ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです! 作:三山畝傍
教室に戻って勉強の続きをしていると、旧校舎入口の鳴子が激しい音を立てた。銃を取り出して教室を飛び出す白洲アズサさんと、盾を掴んで続くイヴちゃん。
「わ、わわ……」
明るい茶髪、慌ててかフードが脱げてしまって猫耳が見えているシスターの子がロープに引っかかってうろたえている。膝をついて発砲しようとした白洲アズサさんの前にイヴちゃんが盾を叩きつけるように突き出す。
「イヴ?敵じゃないのか?」
「……お友達……」
「そうか」
銃を下げて立ち上がる白洲アズサさんと、盾を引き戻しててくてくと近づくイヴちゃん。
「あ、イヴさん!あの……お恥ずかしい話ですが、助けてくださいませんか……?」
「……もちろん……」
恥ずかしそうな伊落マリーさん、謎の色気が凄い。
え、何この引っかかり方。えっろ。胸とお尻とお腹が強調される縛られ方(?)になってる。肌は一切見えてないのになんか凄いえろい。そもそも足引っ掛けたくらいでこんな風にロープ巻き付いたりする?何か拘束プレイの一種みたいになってるんだけど。
残念ながらこの場にツッコミ役が一人もいなかったし、ロープをほどき始めた頃に慌ててやってきた先生が目撃しなかったので「こんなことある??」は僕だけの疑問で終わった。
イヴちゃんがほどくために外した鳴子を再度設置し直した白洲アズサさんが立ち上がる。
廃材を使って、軽く跨ぎ越えると目につきづらい位置に通されている鳴子のロープに丁度足が引っかかったり、見えてるロープを避けると他のロープに引っかかったりするよう工夫が凝らされていて、「侵入者がいたら絶対警告鳴らすマン」みたいな絶妙な設置がされている。閉鎖されている他の扉や窓も、扉をピッキングや切断なんかされたら警報が鳴るように白洲アズサさんとイヴちゃんが趣向を凝らしているので、爆発物こそ無いもののすぐ迎撃できるようにはなっている。手元の資材を使って作ったアナログ式なのでハッキングにも無縁だ。
「なるほど、シスターフッドから慰問に来てくれたのか。感謝する。白洲アズサだ」
お恥ずかしいところを、と赤面した伊落マリーさんがハンカチで額を軽く拭いてから頭を下げた。
「はい。伊落マリーと申します。よろしくお願いいたします」
「"ごめんね、マリー"」
「いえ、皆さんにちょっとしたサプライズと思い、ぎりぎりまで連絡しなかったのは私ですから」
申し訳なさそうな先生と、慌てて手を振る伊落マリーさん。あ、イヴちゃんのモモトークにも本当に直前にメッセージが入ってる。
伊落マリーさんがせっかく持ってきてくれていた差し入れの一抱えはある布袋*1は地面に落ちてしまっていたけども、中身は缶入クッキーとペットボトルだったので、最低限中身はぶちまけられずに済んだ。
「……マリーさん、来てくれてありがとう……凄く、嬉しい……」
「私もです。お昼にお2人がいないのは寂しいですから」
微笑みあう伊落マリーさんとイヴちゃん。友達が来ると、イヴちゃんは凄くいい顔になるなあ、ってほっこりする。
ずいぶん重たい差し入れなので、先生が当初持つと言ったのだけど、結局重すぎたので白洲アズサさんが率先して持ってくれた。
4人で2階に上がる途中、小声でイヴちゃんが伊落マリーさんに尋ねる。
「……マリーさんは、『補習授業部に関わらないように』とか、言われてる……?」
「? いいえ。むしろ、サクラコ様はあの差し入れを持たせてくださいましたが」
シスターフッドには隔離干渉はなしか。でっかい組織だし突いて蛇を出したく無かったのかな。
っていや待って、あの鞄のイラスト、やっぱり暗黒卿なの?!
「……サクラコさんに、お礼言っておいてくれる……?」
「もちろんです」
話してる間に教室にたどり着いた。先生がドアを開けて白洲アズサさんが重さを感じさせない動きで、底の土を払ってから教室に入る。
それを見てから、埃とかついてないか改めて気になったらしい伊落マリーさんが修道服を見渡して払い、イヴちゃんも後ろをくるっと回って確認を手伝い、問題なかったのを確認。
改めてすうっと深呼吸してから教室に入る伊落マリーさん。イヴちゃんは後ろに付き添うような形になって、入ってから扉を閉めた。
真面目に勉強をしていた下江コハルさんと教えていた浦和ハナコさん、教材を仕分けて行き来している阿慈谷ヒフミさんの視線が集中した。下江コハルさんににっこり微笑むけど、小さく頷くだけのリアクションだった。
ちょっとがっかりしたっぽい伊落マリーさんは気持ちを切替えて、教壇前に立つ。
「こんにちは、皆さん。シスターフッドの伊落マリーです。マリーとお呼びください」
「ありがとうございます!補習授業部部長の阿慈谷ヒフミです!」
「はい、ご苦労様です。うふふ、浦和ハナコです」
自己紹介を受けてあっ、と驚いた顔をする伊落マリーさん。
「私の顔に何かついてますか?」
「あ、いえ……意外なところでお目にかかるな、と」
気まずそうな伊落マリーさんに、うふふと微笑む浦和ハナコさん。
「私は単に、勉強ができないだけの生徒ですから」
うーん、勉強が出来ない人は3学年全部トップは取らんよなあ。本当に一体何があって、どうしてこんなことになってるんだろう。
伊落マリーさんが困った視線をイヴちゃんに一瞬向けるけど、流石にイヴちゃんが解決できるはずもなく。
その間、阿慈谷ヒフミさんが下江コハルさんに目線を向けるけど、口をきゅっとへの字に結んでだんまり。取りなすようにイヴちゃんが言う。
「……コハルさんは、マリーさんとお友達ですから……」
その言葉にきっ、と顔を上げて凄い目でイヴちゃんを睨む下江コハルさん。びくりと震えるイヴちゃん。イヴちゃん、別に親しくない人からなら全然気にならないんだろうけど。
険しい表情のまま、口を開きかけてもにょもにょと何か口ごもり、目を伏せる下江コハルさん。あわあわとする阿慈谷ヒフミさん、怯えたように黙ってしまうイヴちゃん。教室全体の様子を見て首を傾げる白洲アズサさん。
先生が様子に気付いて小さく手を叩いた。
「"せっかくマリーがシスターフッドから来てくれたから、聞いてあげて"」
「あっ、先生。ありがとうございます」
ちょっと不穏な空気が流れてたのが一時保留になり、伊落マリーさんに向き直る一同。
「改めて。シスターフッドは信仰を通じ、皆さんの心の安らぎを――」
シスターフッドは成績が駄目な生徒の助けにもなりたいし、精神バランスの支えにもなりたい。という話だった。
今日の差し入れは果物ジュースとクッキー。クッキーは暗黒卿もとい歌住サクラコ様が自腹で出してくれたものらしい。幸い、中身はバキバキにもなってなかったしありがたく皆で頂くことになった。
もう一つ、と伊落マリーさんが手紙を取り出した。
「白洲アズサさんに助けられた生徒さんから、お礼の手紙が届いています。ティーパーティーに持っていくか事務局に持っていくか迷われたけれども、こちらに持ってきてくださったと」
「ああ……そんなこともあったな。結果的に正義実現委員会にかなり小言を言われてしまったが」
首を横に振ってキラキラと尊敬のまなざしを向ける伊落マリーさん。
「力なき方を無私の心で助けるのは、素晴らしいことです」
「全ては空しいが、抵抗しないのは私の心情に反するだけだ」
「アズサちゃんも、表情が意外と判りやすいですよね。凄く嬉しそうですよ♥」
「そうか?」
手紙を受け取った白洲アズサさんがちょっとだけ嬉しそうなのはわかった。
伊落マリーさんを先生、阿慈谷ヒフミさん、イヴちゃんで見送ってから、同じ面子で晩ご飯の準備。
先生はその前にプールに水を止めに行こうとしたけれども、阿慈谷ヒフミさん曰く、トリニティのプールはセンサーがあって、自動でちゃんと水が止まるらしい。流石金満学校だな。
今日は先生が炒飯を作ってくれるらしい。付け合わせのサラダをイヴちゃんが、スープを阿慈谷ヒフミさんが作ることになった。といっても、イヴちゃんは切るだけ、阿慈谷ヒフミさんは出汁取った後はスープの素と具入れるだけなんだけど。
「先生、その……このペースで、大丈夫でしょうか」
「"ヒフミが焦る気持ちもわかるけど、まだ始めたばっかりだからね。そう、それこそ『苦手を洗い出すくん』の余白にも書いてあったよね。ね、イヴ。……イヴ?"」
イヴちゃんは心ここにあらずという感じで、野菜を洗って切ってボウルに入れる手が動いているけど、さっきから暗い表情のまま。僕も何とか気分転換してもらおうと思ってるんだけど中々上手く行かないんだよな。
(イヴちゃん、先生が呼んでる!)
「……はっ。え、ええと……何ですか……?」
「"ああ、いや、ごめんね。『勉強は植物に似ていて、根や茎になる過去の前提を疎かにしては大輪の花は咲かせられない』って余白に書いてあったよね、ってだけなんだけど"」
心配そうな顔をしたまま、イヴちゃんの様子を伺う阿慈谷ヒフミさんと、優しく2人を見る先生。あ、こっち見てたから卵割るのミスったな。
「"もちろん、気持ちもわかるし、寝る前の時間、毎日30分くらいは試験対策に割り振ってみる?"」
「はい。ありがとうございます!部長の私が焦ってはいけないとは思うのですが……」
少しすっきりしたらしく、優しい音をして煮え始めたお湯に出汁を放り込みに行く阿慈谷ヒフミさんの表情はやや明るくなった。
先生は鉄鍋を火にかけてから、イヴちゃんに近づく。優しい笑顔で膝を落として目線を合わせる先生。
「"イヴ、さっき教室で話してた時からちょっと大変そうじゃない?もし、悩んでることがあったら、聞かせて"」
「……いえ、大丈夫です……」
(下江コハルさんの事だよね、イヴちゃん。相談した方がいいんじゃない?)
(……ありがとう、ジル。うん……でも、私が、やりたいこと、やるべきことだと思う……もっと困ったら……)
イヴちゃんがそう言うなら、僕は黙って従うだけなんだけど。でも、親しいと思ってる相手にバチバチ当たられ続ける経験って、イヴちゃんはしてないからなあ。僕も本当に心配なんだけど。
「……いえ、まだ、大丈夫です……。本当に困ったら、お願いします……」
「"うん。いつでも言ってね"」
「……ありがとうございます……」
予熱していた鍋が良い感じに煙を立て始めた。コンロの方に引き返した先生は卵を溶いてからご飯を入れ始めた。ご飯が焼け始める良い香りと中華風スープのこれも良い香りが漂う。
でも、イヴちゃんの表情は晴れないままだった。
シスターフッドは謎めいた独立政治勢力であり、つつくと何が出るかわからないため工作はされていません。
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