ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです! 作:三山畝傍
素人調理にしてはかなり良い感じだった先生の炒飯はじめ、晩ご飯を美味しくそれなりに和気藹々と食べて夜の勉強中。阿慈谷ヒフミさんの提案を受けて、過去問の対策をしている。後30分もしたら寝る支度に切替えるところだけれども、皆熱心に勉強している。
「イヴ、少しいいか。この問題だが……」
「あ、その問題ならわかる!参考書を今日見たところだから!」
鞄をごそごそし始める下江コハルさん。イヴちゃんは横で見守るつもりみたいだ。
「あった!そう、この参考書に書いてあったはず!」
キヴォトスでは滅多に見ない人間男性と人間女性の半裸の表紙。R18と右上にしっかり書かれている。ア!
一番近くに座っているイヴちゃんが首を傾げた。
「……コハルさん、本当に、その本……?」
「あらあら♥」
「え、ええええ?!コハルちゃん?!それは違うのでは?!」
「? 何かまずい本か?」
「えっ?!あっ!!!ち、ちち違うの?!これは違うくて?!普段持ってる本はこれじゃないし?!っていうかこれは押収品だし?!」
真っ赤になって鞄に本を押し込み直す下江コハルさん。
「まあまあ、コハルちゃんはこの本のどのページが気に入りました?トリニティどころか、キヴォトスでも探すのが大変そうな、かなりハードな描写の本とお見受けしましたけど。内容を見て、どう思いました?」
「ち、違……本当に違うし……」
「できれば私も読ませて欲しいです。そして感想をねっとりと熱く語り合いましょう?♥」
嬉しそうに迫る浦和ハナコさんと、本を間違えたこと、急にぐいぐい来られたのでだろう、感情が限界に達したのか泣き出す下江コハルさん。宥めに入るべきかわたわたするイヴちゃん。
「う、ぐす……ほ、本当に知らないもん……」
それまで静観していた先生が宥めに入った。
「"コハルは本当に入ってたのを知らなかったんだよね"」
「ぐす、うん……押収した校則違反の品物が、鞄に入ってたのを忘れてただけだし……」
「ごめんなさい。私も同好の士を見つけたと思って嬉しくて。困らせてしまうつもりはなかったのですけど」
申し訳なさそうに頭を下げる浦和ハナコさん。そっと水のペットボトルを机に置くイヴちゃん。
ううん、と小さく唸る阿慈谷ヒフミさん。
「でも、押収品となると、持っておくのはまずいのでは?」
「そうですね。正義実現委員会に持っていった方がいいかもしれません」
「"コハル、今の時間帯なら詰めてる生徒は少ないかな?"」
まだぐずぐず鼻を鳴らしてしまっている下江コハルさんが時計を見た。
「う、うん……今のくらいなら、ちょうど少ないと思う……」
「"じゃあ、一緒に行こう。もし誰かに会ったら、私が上手く言うから"」
頷いて立ち上がる下江コハルさん。
「……わ、私……う、何でも……」
涙目の下江コハルさんに睨まれるというか、見つめられて、立ち上がりかけたのが腰砕けになってしまうイヴちゃん。
そこに意外なところから助け船が出された。真顔の白洲アズサさんが先生とイヴちゃんに目を向けた。
「先生への護衛は必要だろう。監督官のイヴと先生なら出歩いても問題ないだろうし」
「……う、うん……」
ほっと溜息をつくイヴちゃん。
嫌そうな下江コハルさん、笑顔の先生。少し気まずい顔のイヴちゃんで小声で喋りつつ連れ立って歩く3人。
正義実現委員会本部にはすぐ着いた。入口すぐの自警団の事務局はもう施錠されているらしく誰もいないみたいだ。
幸い、夜も遅い上にティーパーティーからのパトロール強化指示の影響か、建物内は普段より人が少ない。通り過ぎた事務室のホワイトボードには普段より荒れた字で色々な殴り書きがされている。
一番前に下江コハルさん、先生、しんがりがイヴちゃん。
「……本当に、忙しそう……」
調子を少し取り戻したらしい下江コハルさんが呆れたように言う。
「アプリ見てないの?みんな、シフト凄いことになってるから」
「……自警団員の方のスケジュールしか、見てなかった……」
人員のスケジュール管理*1、巡回エリア共有から自走砲の発砲指示、ドローンや航空機の撮影データ確認、あくまで治安維持用途限定だけど車両の使用予約もできるミレニアム製のセキュリティ堅固なアプリで、かなり高額の使用料をトリニティが負担している。*2
下江コハルさんの言うとおり、自警団員でも正義実現委員会側が見られるし、逆も然りなんだけど、イヴちゃんは大体の場合、下江コハルさんと羽川ハスミさんの情報しか見てないんだよな。
歩きながらスマフォのアプリを確認する*3と、確かにスケジュールがみっちり入ってるし、ティーパーティーの『ゲヘナとの外交交渉のため、活動強化をお願いします』という趣旨の有難いお言葉が通知として表示されている。あれ、羽川ハスミさんは今日本部詰になってるな。
会議室が幾つか仮眠室になっているのを横目に通り過ぎる。押収品保管室、一番奥だからヒヤヒヤした。
押収品保管室の頑丈そうな扉、物理鍵と電子鍵どっちでも開けられるように先日改装されたそうだけども、その手前の本棚が押収書籍を置くところなんだとか。
思想犯はさすがに今のトリニティでは無いし、著作権的な違反か、えっちな本こと治安紊乱書籍が大半だから、これくらいの扱いで大丈夫なんだとか。
本を戻してほっと一息ついた瞬間、後ろから声をかけられて跳び上がった下江コハルさんと同じく跳び上がりそうになったイヴちゃん。
「イヴさんと先生?と、コハル?どうしました?コハルは補習授業部が終わるまで、立入禁止のはずですが」
ちょっぴり疲れた顔をしているけど、喜色が見える羽川ハスミさんだった。いやびっくりした。問題解決の瞬間だったから油断してたな。
「"いや、補習に必要な資料を忘れてきてしまってて……コハルとイヴに頼んで、一緒に取りに来てもらったんだ"」
さらっと先生が良い感じに誤魔化し、納得してくれたようだ。
「なるほど、そうでしたか。夜分遅くまでお疲れ様です。あ、イヴさん、伝言は聞いてくださってましたか?」
頷くイヴちゃん、それに同じく嬉しそうに頷く羽川ハスミさん。ちらりと周囲を伺ってから小声で囁く。
「表立っての準備はできませんが、きっと力になりますから」
「……ありがとう、ございます……」
にこりと再度笑顔になった羽川ハスミさん。イヴちゃんへの話はこれで終わりらしい。
「さて、それでは、先生、イヴさん。コハルに少し話がありますので、席を外していただけますか?」
「"わかった。じゃあ、せっかくだし自警団の事務室を見せてもらってもいい?"」
「……構いません。では、自警団事務室で待ってます……」
「ありがとうございます。では、先生、イヴさんもまた」
時間が無いのか急いてるのか、部屋を出る前に羽川ハスミさんはもう話し始めていた。
普通なら聞こえないんだけど、イヴちゃんの聴覚は神秘パワー(?)で強化されてるから結構聞こえちゃうんだよな。
「コハル、しっかり勉強して……。本来の目的を忘れ……」
「で、でも……が……わ……」
「それでは駄目なのです!!」
羽川ハスミさんの怒鳴るような大声も含めて気にはなるけど、盗み聞きしてる訳にはいかないので、先生と一緒に自警団の事務室へ。
「"お邪魔します。思ってたよりシンプルだね"」
「……自警団のリーダーの、スズミさんと、代表を一緒にしているレイサちゃんも、あんまりここの装飾とかはしないので……」
先生に椅子を勧めて座ってもらうイヴちゃん。
椅子も普通のパイプ椅子だしね。頼めばもっと良い椅子を準備したりできるのだろうけど。
正義実現委員会の子達はもっと良い椅子使ってるけど、デスクワークの時間長いしな。自警団は長くて1時間もあれば大体の事務終わっちゃうし、どうも3人とも全部片付けて折りたたんで隅に寄せると何も無くなるのがちょっと好きっぽいんだよね。
自警団員もアプリ見たら用事大体済むから、代表の3人以外ここに来る子あんまいないし。
まあ、毎日誰か最低1人は出てくることになってるから、メインの長机と椅子1個ずつは出しっぱなしになってるけど。
冷蔵庫を開けて、先生に冷えた水を手渡して、自分も1本開けて飲むイヴちゃん。この水は期限切れが間近になったので防災倉庫から放出された備蓄用品だ。トリニティの水源の湖から採水した美味しい水。
「……お菓子もありますけど、食べますか……?」
「"時間も遅いし、気持ちだけもらっておくよ。ありがとう"」
そういえば、と時計を見て、ついでホワイトボードを見ると、細々したメモの他に、赤字で来週の月曜に丸をつけて『イヴさん復帰予定日』と几帳面な字で書かれている。守月スズミさんが書いたのかな。少し頬を緩めるイヴちゃん。
「"その、今日のことなんだけど、イ――"」
先生が話し始めた直後、がちゃっとノック無しで扉が開けられた。不機嫌そうな下江コハルさんが立っている。
「"あ、コハル。終わった?"」
小さく頷く下江コハルさん。また難しそうな顔をしている。一体羽川ハスミさんに何を言われたんだろう。
そういえば、何だっけ、補習授業部の様子を正義実現委員会に報告してるのは本当にしてるんだっけ?まあ、報告されて困る事は今んとこ無いんだけど。
でも、今なら、羽川ハスミさんが状況を知りたいならイヴちゃんにも聞いてきそうな気がするんだよなあ。下江コハルさんに聞くだけで事足りるから聞いてないだけかもしれんけど。
あ、いや、待てよ。報告自体出来ないじゃん。缶詰だし、モモトークは最悪ログをえらいさんに見られる可能性があるし。ちゃんと言い含めて正義実現委員会式の暗号*4で下江コハルさんから報告をもらってる?わかんね~。
補習授業部の面子で言うと、ブラックマーケットの銀行襲撃犯、水着徘徊、お説教もらいがちやり過ぎ自衛、成績超低空飛行。と、先生と大天使可愛すぎ監督者。
そこまで警戒する面子かっていうと――ブラックマーケットの銀行襲撃犯はヤバいか。うん、そうかも。あと先生の様子も知りたいかもだな。
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