ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです! 作:三山畝傍
旧校舎に戻ると、みんな一足先に寝る支度をしていた。1階の廊下は煌々と明かりが灯っていて、生徒達の小さな生活音が気味の悪さなんかを一切感じさせない。
先生はイヴちゃんに了解を取ってから、下江コハルさん、先生(本人は最後で良いと言っていたけどイヴちゃんが遠慮した)、イヴちゃんの順でシャワーを浴びる。
生徒私生活用教室の奥、下江コハルさんとイヴちゃん側のベッドの電気はもう切られて、半分だけの薄暗いLEDの力ない明かりが部屋を照らしている。
くたくたなのか、今日もすぐベッドに潜り込む下江コハルさん。ベッドの側に、出かける前にイヴちゃんが渡したらしきペットボトルの水が置かれていて、イヴちゃんはふぅと安堵の溜息をついた。
阿慈谷ヒフミさんは藍色のパジャマで、背中にでっかいペロロがプリントされたものを着て、メモを片手にスマフォのチェックをしている。ティーパーティーからの補習授業部への業務連絡に集中してるっぽいな。
浦和ハナコさんはまだ元気一杯で、今日はスクール水着を着て、その上にジャージの上着を着ている。は?水着?ナンデ?阿慈谷ヒフミさんが気付いてたらツッコミ入ると思うんだけど気付いてないっぽい。
白洲アズサさんは浦和ハナコさん曰く、校舎の周りを散歩すると言って出ていったらしい。
イヴちゃんは今日は黒のズボンに、釘が山ほど打ち込まれた心臓を両手で抱えているアルバムジャケが描かれたバンドTシャツ。*1
「イヴちゃん、今日のシャツは……その、痛そうですね?」
浦和ハナコさんがまじまじと絵柄を眺めてから不思議そうに呟く。
「……名盤ですよ……?」
心臓ないなったら流石のキヴォトス人でも死んじゃうだろうし、結構ずれた感想の浦和ハナコさんに、同じく結構ずれた答えしちゃってるイヴちゃん。
悲しきメタラーは何だか世間的にはズレたデザインのジャケットでも何が変か判らないし、センスの違いに一番驚いてるのは俺なんだよね。すごくない?いやマジで、ダサいかダサくないかも段々判らなくなるんだよな……。このアルバムジャケは割とマシな方だと思うんだけど。
浦和ハナコさんにイヴちゃんのお勧めをスマフォ+イヤフォンで何曲か聴いてもらったけど、あんまり伝わらなかったみたいで、不思議そうに首を傾げられてめっちゃ素直に尋ねられた。
「何でこんな変な声で歌うんですか?」
デスボイスの事だろう。まあハイトーンとかも変かもしれんけど。
「……怒りだとか、苦痛だとかを素直に歌うジャンルでもあるんです……。そのための表現の一種だとか……。一番の理由はやっぱり、格好良いから……?」
「格好良い、んですかね?」
うんまあ、人によるけど格好良いんですよ、我々の業界(?)では。
「……メタルは、『びっくり人間コンテスト』、みたいな面もあるので……」
身も蓋もない発言しちゃった。まあ「俺が一番早く弾けるんだぜ~」みたいなんもあるし、そうなんだけど。
浦和ハナコさんには残念ながらメタルの良さは伝えられなかったけど、楽しい時間ではあった。逆に浦和ハナコさんの好みの曲(仏教音楽の
『少し時間を作ったので、会えませんか?プールのところにいます』
即座に塹壕に籠もっている女の子のスタンプ*2を返して、嬉しそうに立ち上がったイヴちゃんに、あらあらと微笑む浦和ハナコさん。
「……ごめんなさい、ハナコさん……」
「構いませんよ。私も、ちょっと先生のところに行ってきますから。お友達によろしく♥」
小さく手を振る浦和ハナコさんに見送られて再び旧校舎の外へ。
さっきまで薄曇りだったのが雲が払われて、月光が明るくプールを照らしている。
宇沢レイサさんはプールの入口から一番近いプールの角に座って素足をプールに漬けて、ぱちゃぱちゃとつま先で水を蹴っていた。
月光に照らされながら輝く水際で目を閉じ、気持ちよさそうに小さく何か歌っている様子は、ベタな表現だけど、星の妖精のようだ。プールの水面の照り返しまで受けて、完璧な美少女って感じ。
「……綺麗……」
イヴちゃんが小さく息を呑み、見惚れてる気配がありありとわかる。
僕如きが何か思うのも本当は過ぎたことだけど、何となく気にくわない気持ちと、確かに滅茶苦茶綺麗だなという気持ちが沸き起こる。
多分邪魔をしたくないと思ったんだろう、イヴちゃんがこっそり近づいていくと、何を歌っているか聞こえてきた。実際には発音はもうちょっと崩れてる感じだけど。
「You keep me save and warm, give me shelter from the storm」
Fair Warningの"Stars and the moon"か。キヴォトスに伝わってた音源でもあり、イヴちゃんが大量に貸した音源の中で、宇沢レイサさんも気に入ってくれたもののひとつ。
「You talk to the stars an the moon」
「「Smile at me, shine 'tll my dark night is through」」
一緒に歌い始めたイヴちゃんに一瞬びっくりしてこっちを見た宇沢レイサさんが、優しく柔らかい笑顔で続きを歌う。
「「Your smile can take away all my fears
When you're by my side gone is the pain and the tears」」
イヴちゃんも微笑みながら歌いつつ、靴と靴下を脱いで、宇沢レイサさんの横に座って、足首までをプールに浸した。自然と手を繋ぐ2人。
宇沢レイサさんと大天使イヴちゃんの小さいけど可憐な歌声が終わって、凄くいい雰囲気で目と目を見つめ合う2人。
きょ、今日こそ階段1段登っちゃうのかな。内心嫌ではあるけど、同時に2人が幸せになるならそれはとても良いことだなと思う複雑な寄生虫心。
直後に硬い物がぶつかる硬質で小さな音。びっくりした2人が振り返ると、聖園ミカさん、それとその後ろにお付き兼護衛だろうか、ティーパーティーの制服を着た子が2人立っていた。お付きの子の小銃が何かに当たった音のようだ。
聖園ミカさんは真っ赤な顔で食い入るようにイヴちゃん達を見つめていた。お付きの2人も頬が赤くなってて、興味津々というのが隠せてない。
「ご、ごめんね、お邪魔するつもりは無かったんだけど」
聖園ミカさんは申し訳無さそうな顔だし、事実邪魔するつもりはなさそうだけど、覗く気は満々っぽい。続きをどうぞ、って顔に書いてある。
かーっと真っ赤になってうつむく宇沢レイサさん。
「あ、いや、せ、先生とお話するためにたまたま通りがかっただけなんだけどね…?」
いや、このタイミング、マジで無いじゃんね☆って思うけど、内心安堵した僕もいる。家主の恋路が妨害された事を喜んじゃうの、我ながらひでー寄生虫だよ。
あと、この無粋そのものは咎めて良いと思うけど、プールの使用権そのものに関しては、宇沢レイサさんかイヴちゃんの私有地じゃないから、不幸な事故っていうか。
居心地の悪い沈黙を破って、宇沢レイサさんががばっと顔を上げた。
「わ、私!パトロールの続きがあるので!イヴちゃん、また!ミカさんもお休みなさい!」
足を水から魚が飛び出すように引き抜き、ぴょんぴょん跳ねてからハンカチでぱっと足を拭って、素足のまま靴を履き、靴下を乱暴にポケットに突っ込んでから走り去っていく宇沢レイサさん。
あちゃー、まずった、って顔を一瞬する聖園ミカさん、申し訳ないという顔をしているお付きの2人。
イヴちゃんは寂しそうな顔*3で宇沢レイサさんの背中を見送った。
Fair Warningの"Stars And The Moon"、名曲なので是非聴いてみてください。歌詞中では歌われているのは男性なんですが。
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