ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです! 作:三山畝傍
洗濯機を全力稼働させ、1人1着ずつ、普段着と制服と下着を優先して乾かす作業を済ませ、夕食直前ではあったけれども勉強を再開できた。
天候は相変わらず余り優れていないが、隣の教室内に干して、エアコンの除湿全力稼働させているので、明日の夜までには他の服も大丈夫そう。
慌ただしく模試の準備を進める阿慈谷ヒフミさんに、やや下江コハルさんが不審な目を向けていたけれども、良い感じに先生が誤魔化してくれた。
今日の時間ロス、ちょっとイヴちゃんも気にしていたけども、まあ何とかなるだろう。なると思いたい。
夕飯は先生が主導で、イヴちゃんが手伝って作ったフィッシュビリヤニ*1だった。ビリヤニは結構時間がかかるけど、朝ご飯の後に先生が仕込んでくれていたらしい。野菜たっぷり、サラダも一応添えていたけど、ビリヤニだけで何とかなりそうな勢い。
配膳が終わるぎりぎりまで教室に残り明日の模試の支度をしていた阿慈谷ヒフミさん含め、程良い辛さで皆に好評で、皆がおかわりをして、明日の夜食まで引っ張るつもりがあっという間に無くなった。予定はちょっと狂ってしまったけど、大好評だったので先生もイヴちゃんも嬉しそう。
夜の勉強もほぼ終わり、皆が寝室に戻り、普段なら順番にシャワーを浴び始める段。
浦和ハナコさんが先生を連れてきて、扉を閉めてから腕組みして笑顔で一同に向かって問いかける。
「今日は充実した1日でしたね?」
「そうですね。模試の準備も終わって、やっと安心しました」
「水着パーティ、楽しかったな」
「……洗濯物も、何とかなったし……」
「"うん。でも、天気予報はちゃんと見ないとかな"」
否定的な表情はしてないけど、賛成するのも微妙に難だな、みたいな顔をした下江コハルさんが最後に曖昧に頷く。
「今から皆でお出掛け、しませんか?」
真っ先に反対したのは、意外にもイヴちゃんだった。眉をひそめる*2
「……でも、先生と私以外は、外出が禁止されています……」
「うふふ、それがいいんじゃないですか。夜中に、禁じられた遊びを皆でする。赤の信号、いえ、封鎖は皆で破るのがいいと思いませんか?」
浦和ハナコさんが(多分だけど)『赤信号、皆で渡れば』の洒落を出しかけて、イヴちゃんの顔を見て止めたところを見るに、事故の事は当然知ってるらしい。
「あはは……私は、良いと思いますよ」
阿慈谷ヒフミさんは生粋のアウトロー気質が出てしまっているっぽい。『どうせ駄目なら退学なんだから、少々の規則違反くらい構わんだろう』みたいな雰囲気が漂っている。
「私は行きたい」
「う、うう……バレちゃったら不味いんじゃ……」
白洲アズサさんは賛成、下江コハルさんは賛成寄りの保留。
イヴちゃんは溜息をついた。
「もちろん、監督官として、止める気持ちはわかりますけど。ね、先生」
「"私が皆を無理矢理連れ出すから、イヴは監視のためについてきてほしいな"」
ヒュー!流石先生やなあ。まあ僕的にも良いんじゃないかなって思う。こういう経験、イヴちゃんにもして欲しいしね。
(多分、阿慈谷ヒフミさんも思ってるだろうけど『退学』っていう一番強い札をもう向こうは切ってるんだから、バレたところで大した事無いよ)
(……それもそう、かな……?でも、明日とかに、影響ないかな……?)
そこを心配してたのか。なるほど、それなら確かに反対するか。
(みんな若いし、別に始める時間決めてないんだから、起きる時間を後ろ倒しにしたら大丈夫だって!その分、お昼と夜の休憩はちょっと削ってもらおう)
イヴちゃんはもう一度溜息をついた。
「……明日、影響が無いよう、睡眠時間をちゃんと取るのと……休憩時間を少し削って勉強に充てていいなら……」
「え、そんな勉強させたがりだった?」
下江コハルさんが意外そうな顔をする。イヴちゃんはちらりと一同を見て、頷いた。
トリニティの水族館、通称アクアリウム*3が夜間延長営業をしていて、無事に生きているゴールドマグロを見ることができた。閉館まであんまり時間が無いけども、ゴールドマグロ見るだけなら充分。
そもそも、マグロは設備的にも飼育難度的にも生態展示できる水族館は珍しい。普段からマグロの群れが見られるアクアリウムではあるけど、ゴールドマグロはかなりの目玉らしい。
2,200トンのドーナツ状の大型水槽は夜の海中を再現している黒っぽい海水に満たされている。向かい合う僕達の立つスペースもまた、薄暗がりの中だ。
黒々とした水中の景色を浮かび上がらせたアクリルパネルの前に、新調されたらしきプラスチックの解説板が立てられている。
『トリニティ近海で引き上げられたマグロで、見た目が金色なのは「黄化現象」というもので、ヘラヤガラやコガネアジなどが有名です。ゴールドマグロは、外見以外は通常のクロマグロと同じですが、マグロ属で黄化現象個体は極めて珍しく、生体展示はキヴォトス全域でも数例しかありません』
ふーん。ちなみに味はどんなもんだろう。まあこんだけ希少だと標本とかにしちゃうだろうし、食べられないか。
閉館間近なせいか空いていて、水槽の真ん前に全員無事位置取りができた。
当初は金色だ、凄い、という感じで感心して見ていた一同だけど、数分も同じマグロを見ていると飽きが来たらしい。じっとゴールドマグロを、正確にはゴールドマグロの目を見ているイヴちゃん以外は雑談している。
「初めて来た水族館で30分しか時間がないのは残念ですが、間に合って良かったですね」
「ゴールドマグロ、まさか早速見る機会が訪れるなんて。早速、お出掛けの甲斐がありましたね♥」
「でも、金ぴかってだけじゃないの?」
「金ぴかだろうとそうでなかろうと、生きてるマグロを見るのは初めてだ」
イヴちゃんと僕も初めてだ。生きてるマグロ、見たかったんだよな。
イヴちゃんがマグロに目を向けたまま、呟くようにみんなに問う。
「……マグロが口を開けながら泳ぐ理由は、知ってますか……?」
イヴちゃんの問いかけに、皆が首を傾げた。
「確か、呼吸のためと聞いたことがあります」
阿慈谷ヒフミさんの答えに、頷きながらイヴちゃんを見る浦和ハナコさんと、ふうん、という感じのほか一同。
マグロから視線を剥がして、一同を見て、ちょっとだけもったいをつけて答えるイヴちゃん。
「……そう、マグロは、口を開けながら泳がないと、窒息して死んでしまうそうですよ……」
「嘘でしょ。じゃあいつ寝るの?」
くすりと笑う下江コハルさんに、イヴちゃんは本人的には重々しく答えを返す。
「……泳ぎながら寝る。一生、時速100kmだかで泳ぎ続ける……泳ぎだしたら止まらない。止まれない……。無限に泳ぎ続けないといけないのは、怖くない……?」
鼻で笑い飛ばそうとして、何だか重々しい表情のイヴちゃんに気圧されたのか黙る下江コハルさん。
代わりという訳では無いのだろうけど、浦和ハナコさんが小さく微笑む。
「生きている限り、動き続けないといけないのは私達もそうですよね」
「……私達は、ちゃんと寝ましょう、帰ったら……」
そこが言いたかったんだなって改めて笑う一同。
閉館までは自由時間ということで、イヴちゃんはゴールドマグロの真ん前に張り付いて眺めている。
水槽に入って日が短いからか、どこか怪我でもしているのか、群れに混ざらず、あるいは混じれず、低速で水槽の底を這うように泳ぐゴールドマグロ。体格は他のマグロに負けず劣らず大きいのだけど。
どことなく悲しげな目でイヴちゃんはそれを追っている。
(どうしたの?)
(……何だか、あのマグロを見てると、寂しくなる……ジルも、みんなもいるのにね……)
僕はどう答えたものか迷って、黙り込む。イヴちゃんも別に答えを求めていた訳では無いようだ。
10分ほど、無言で、2人とも会話をするでもなく、ゴールドマグロを眺めていただろうか。ぽん、と肩を叩かれた。
ぴくりとイヴちゃんが振り返ると、微笑みを浮かべた浦和ハナコさんだった。
「イヴちゃん、ずっと見てたのですか?そろそろ閉館時間ですし、行きませんか?」
こくりと頷くイヴちゃん。
「ヒフミちゃんは水族館限定のモモフレンズグッズに夢中で、さっと流し見して、お土産コーナーに直行してたそうです。アズサちゃんとコハルちゃんは、全部見ようって張り切ってました。先生が付き添って行きましたけど、間に合ったのでしょうか」
「……ハナコさんは、楽しめましたか……?」
「もちろん。皆さんを見ている方が楽しかったので、ばらけた皆さんの間を行ったり来たりしてましたけど。イヴちゃんも、楽しめました?」
「……はい。生きてるお魚、美味しそうで……。ちょっとお腹が空いてきました……」
うふふ、と笑う浦和ハナコさん。
「では、この後はスイーツでも食べに行きませんか?魚の気分なら、ちょっと申し訳ないですが」
「……皆さんの意見を聞いて、決めましょう……」
それももっともだと頷く浦和ハナコさん。
閉館まであと5分のアナウンス。薄暗い水槽の横を進む2人。深海コーナーの、他の水槽より更に薄暗い黒が、どことなく迷いを帯びつつイヴちゃんの顔をちらっと見た浦和ハナコさんの横顔を映す。
それも一瞬のことで、水槽内でタカアシガニが他のカニと喧嘩している姿に見入り、足を止めそうになったイヴちゃんに、苦笑いしながら手を伸ばす浦和ハナコさん。
「今夜は、止めないでくださって嬉しかったです。こういうこと、前からとても憧れていて」
「……追試さえ問題なければ。私も、息抜きはとっても大事だと思いますし……」
「そうですね。やっぱり、皆さんは――」
「遊びに来てまでまだ勉強の話してるの?もう追い出されちゃうよ?」
「ハナコ、イヴ、凄いぞ!不思議なふわふわが一杯だ!」
思わず小さく飛び上がるイヴちゃんと、あらあらと微笑む浦和ハナコさん。
出口のお土産コーナーはすぐ角を曲がったところで、呆れた顔の下江コハルさんと、土産物を見て更にふんすふんすと興奮している白洲アズサさんが迎えに来てくれたらしい。
「……び、びっくりしただけ……」
「どうだか。さ、早く行こ」
「そうですね。お土産も見たいなら、急がないと」
「早く早く」
白洲アズサさんが浦和ハナコさんとイヴちゃんの手を引いてずんずん歩き始めた。
お土産かー。でもこの後うろうろするならあんまり嵩張るのは嫌かも。なんて下らない事を考えた。
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実際マグロは神秘的な生き物ですね。実際には、80km/hとか100km/hだとかの高速を水中で出せる訳では無いらしいですが。
国立国会図書館のリファレンスだと90km/h説と25km/h説、もっと遅いよ説が併記されており、神秘(属性)となっています。