ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです! 作:三山畝傍
美食研究会の面々全員が捕縛された結果、繁華街の通行止めが解除され、夜中なのにもかかわらず賑わいを取り戻した商店街。
「きひひ……」
「『先生、補習授業部の協力に感謝する。もちろん、コハルとイヴもな』」
「……いえ……」
「はっ、はい……!」
正義実現委員会のトップから声をかけられて緊張した面持ちの下江コハルさんと、普段通りな感じのイヴちゃん。
「イヴ、大丈夫か?」
心配そうに声をかける白洲アズサさんにきょとんとしたイヴちゃん。
「その、さっき、前世がマグロで寂しいと聞いたが。コハルも心配していた」
ああ、と頷いて小さく微笑むイヴちゃんと、はぁ?!って顔をする下江コハルさん。
心配してくれてるのは嬉しいけど、前世がマグロってそういう話だっけ?
「……2年までの、寂しかった時の事を、思い出しただけです。今は、とっても楽しい……」
「私は別に?!心配とかしてないし!!」
照れ隠しだろう、イヴちゃんの肩を軽く何回も小突く下江コハルさん。ニコニコするイヴちゃん。可愛いね。
店から出てきた先生が、愛清フウカさんの縄をほどいて欲しいと開口一番に言ったので、イヴちゃんがナイフでスパッと縄をぶった切った。
「ありがとうございます。窮屈でした。先生、イヴ、トリニティの皆さん。助けてくれてありがとうございます」
複雑そうな顔で、立場を変えて簀巻きにされている美食研究会の面々を眺める愛清フウカさんに、小さく首を横に振るイヴちゃんとニコニコの先生。
先生が皆の怪我が無いか口頭で確認してる間の数分でお迎えが来た。ゲヘナの校章があしらわれた重統制型乗用車改装らしき救急車が颯爽と停車した。
「死体はどこですか?」
降りてきた青と白の看護師っぽい服装の女の子が開口一番に死体を要求する。
「死んではないはずよ、セナ」
次いで降りてきた背の低い、豊かな髪の毛の量を誇る女の子がうんざりしたような声を発する。あっ、ゲヘナシナシナしてないモップこと空崎ヒナさんだ。今日は流石に深夜に起こされたみたいだからちょっと眠そうだけど、肌つやとかは良い感じで動きもキビキビしている。
死体、という言葉にトリニティ側の一同から、動揺の低いどよめきが零れる。キヴォトスではまず見ることが無いからな。
って今思ったけど、大人の遺体とかはどうなってるんだ?例えば、柴大将みたいなまともな大人もいるわけだし、その下でバイトとかしてる場合もあるだろう。そういった生徒と『搾取』だの詐欺だのとかの要素がなく、普通に関わりがある大人が寿命や病気、あるいは事故や事件で亡くなる事も当然あるだろうし、そういう場合なら葬儀とか出るんじゃない?って思うんだけど。でもまあ、今はそれどころじゃなさそうだな。
「"初めましてかな。シャーレの先生だよ。それと、ヒナ、お疲れ様"」
「初めまして。私はゲヘナ救急医学部の氷室セナです。死体……もとい、負傷者が出たらいつでもお任せください。ところで、今日の納品リストには新鮮な負傷者4人と人質1人と書かれていましたが」
ゲヘナ側と挨拶と自己紹介をかわす一同。といっても、羽川ハスミさんもだし、イヴちゃんも空崎ヒナさんとは面識があるけども。
「本来、美食研究会を引き渡すのは正義実現委員会で、相手方としては風紀委員会になりますが、今の時期に風紀委員会と正義実現委員会が接触するのは、少し問題がありまして」
「せっかく軌道に乗った合同演習も式典後まで停止しているくらいだから。万魔殿もティーパーティーもピリピリしてて。先生にお願いできたのは助かる」
「"これくらいなら、喜んで"」
あくまでシャーレがゲヘナの救急医学部に引き渡すっていう図になるらしい。
剣先ツルギさんは顔を赤らめて、先生の顔と地面に視線を往復させているので、羽川ハスミさんと空崎ヒナさんが事務的なやり取りをして、横で先生と阿慈谷ヒフミさんが聞いている。
政治的な事には興味が無いのだろう。氷室セナさんは救急車の後部扉を開けて、簀巻きの美食研究会を投げ込んでいて、その度に床にぶつけられる痛そうな音がしてる。まあ、頑丈そうな面々だから大丈夫……か?
4人全員を詰め込み終えて、ちらりとこちらを一瞥する氷室セナさん。用事が終わったからさっさと帰ろうと言うことなのだろう。
正義実現委員会の一同は、無関係というポーズの必要からか、さっきゲヘナの面々の分も含む差し入れのジュースを持ってきてくれたのを最後に、10m程度後退している。補習授業部の面々も、正義実現委員会の人達と打ち解けて来たのか雑談に興じていて、万が一の先生のカバーのために先生の後ろに立っているイヴちゃんの他にはトリニティの生徒はいない。
苦笑いしてドアを開け、愛清フウカさんを先に救急車の後部座席に案内してあげる空崎ヒナさん。
「"ヒナ、セナ、ありがとう。帰り道、気をつけてね。フウカもお疲れ様"」
「ええ、先生もまた」
「今度はこういう状況じゃない時にお会いしたいです。切実に」
背中が煤けてる愛清フウカさん。哀愁が漂うな。
空崎ヒナさんも乗り込もうとして、ふと車内に「ちょっと待っていて」と声をかけ、振り返って先生を見る。
「先生は、今、トリニティで何をしてるの?補習授業部、というのがイヴを含む彼女達なのはわかってるけど」
先生が空崎ヒナさんに現状とティーパーティーの2人から頼まれたことを、言葉を選びつつ伝えた。
空崎ヒナさんは盛大な溜息をつく。
「『トリニティの裏切り者』か。誰が本当の事を、嘘を吐いてるのかわからない状況」
「"視点によって、真実は変わるかもしれない。だから、誰の言葉も、誰の頼みも切り捨てたくないんだ"」
「それは大変なことだけど……。いかにも先生らしいわね。エデン条約が軍事同盟という視点は、新しいし興味深いけど、現状の草案ではそう動かすのは難しいと思う。平和条約だと私は見ている。
「"軍事力としては、皆が協力しないと動かせなくなるってことかな?"」
「そう。だから、治安維持のために、私は条約推進に協力したの。治安好転に繋がるのは間違いないから。治安が好転すれば、私がずっと風紀委員長である必要もなくなる」
言葉を切って、小さく微笑む空崎ヒナさん。
へえ~。空崎ヒナさんが推進してたのか。そういえばそんな話だった気がするな。
まあでも、実務にも明るそうで他校への野望が薄そうな空崎ヒナさんが、先生相手にあえて嘘をつく必要性は薄いだろうし、実務全然してなさそう*1な聖園ミカさんの言よりは信用できるんじゃないだろうか?
「そろそろ楽をしたいもの。と思っていたけど、先生と、意外なことにトリニティのお陰で現状はかなり楽になったから……。とはいえ、ずっと私が委員長を務めるのも、組織として不健全でしょう。後進の育成も、必要なこと」
トリニティの下りで、イヴちゃんの方も見て小さく笑う空崎ヒナさん。首を傾げるイヴちゃん。
カウンターパートが疲労困憊してたら困るから、って釘を刺したのは効果があったみたいで良かった。
「"ヒナは、やっぱりしっかりしてるね。色々考えてる"」
「な、そ、そんなこと……」
耳まで真っ赤になってそっぽを向く空崎ヒナさん、可愛い。
救急車の窓から、氷室セナさんが身を乗り出して問いかける。
「委員長、まだですか?」
「そ、それじゃ、先生、イヴ、お疲れ様。また」
一瞬だけ名残惜しそうに振り返ってから、救急車に乗り込んで去って行く空崎ヒナさん達に、大きく手を振る先生と、同じく小さく手を振るイヴちゃん。可愛い。
ゲヘナの救急車を見送ってから、後始末も終わったらしい羽川ハスミさんと補習授業部の一同のところに戻る先生とイヴちゃん。
「"みんな、本当にお疲れ様"」
「先生、もちろん皆さんも改めてありがとうございました。ツルギは明日の朝から所用があり早いので、お先に失礼しましたが『先生によろしくお伝えください』とのことです。私も後の事務処理があるので、これで。コハル、勉強頑張って。イヴさんも、また」
「はいっ!ハスミ先輩!お疲れ様です!」
「……お休みなさい……」
にこりと微笑み、残った正義実現委員会の子達をまとめて引き上げていく羽川ハスミさん。キラキラした目で見送る下江コハルさん。確かに後ろ姿も凜々しいし、夜中にパフェ3杯食ってるとは思えないな。
イヴちゃんはさっきのスイーツの店で、一番人気のあるお土産セットと一番人気の無いお土産セットを放課後スイーツ部の部室*2宛に。
(そうか、さっきの水族館で買ってなかったのはここで買おうって事だったんだね)
(……うん。それに、同じお土産ばっかりなのも、面白くないかなって……)
(一番人気無いのチョイスするのは何で?)
(……食べたことない、っていう可能性を選んで……それに、美味しそう……)
一番人気がないというか、売れてないスイーツは新商品の梅を使ったもので、確かに美味しそうではある。梅は百鬼夜行や山海経では盛んに食べるけど、トリニティとかゲヘナ、ミレニアムではそもそも栽培自体ほとんどしてなくて入手困難らしい。
帰ってシャワーを浴びて寝る支度をして、先生含め一同が寝る前に集まった。
「夜のちょっとしたお散歩が、大変なことになりましたね」
「正義実現委員会の戦術を目の前で見られて参考になったな。建物の屋上を活用するのも興味深い」
自警団由来、というか、宇沢レイサさんが発祥なんだよな。宇沢レイサさんの更に源流に誰かがいるのかもしれないけど。
これも、宇沢レイサさんの友達が増えて一緒に行動する人が増えると、治安維持側もテロリスト側も戦術に幅が出るっていう謎バタフライエフェクト、なのかもしれない。
「それにしても、皆、意外と強いな」
「意外と、ですか?うふふ」
特に気にして無さそうな苦笑いを浮かべる阿慈谷ヒフミさんと浦和ハナコさんに、むっとした顔の下江コハルさん。イヴちゃんはノーリアクション。小さく否定の意味でだろう、両手を振る白洲アズサさん。
「ああ、済まない。変な意味があるわけではなく。正義実現委員会のコハルや自警団のイヴはともかく、他の皆は戦闘慣れしてないだろうと思っていた」
「ま、まあ、私は当然エリートだし?そのライバルのイヴだって当然っていうか」
イヴちゃんの分も含めてな感じで胸を張る下江コハルさんに、白洲アズサさんに対して首を傾げて微笑む浦和ハナコさん。
「まあ、私はそれほどでもありません。先ほどの戦闘でも、支援に徹してましたし。ヒフミちゃんは、ふふ、色々あるようですから♥」
「あうう……」
困った笑みを浮かべて曖昧に誤魔化してるけど、ほんまに何やろうなこのペロキチ姐さんは。つつくと色々出てきそうで、違う意味でも怖い。
「それに、今日はハスミ先輩をお手伝いできたし!」
「コハルちゃん、本当に嬉しそうですね」
「憧れの先輩だもの!」
「ハスミさんの言っていたとおり、テスト勉強を頑張って、ちゃんと正義実現委員会に復帰しないとですね?」
「だ、大丈夫!私はエリートだし!!」
「"じゃあ、そろそろ寝ようか。ええと、普段より消灯時間が遅いから、起床時間は後ろにずらすからね"」
「そうですね。先生、ありがとうございました。皆さん、お疲れ様です。お休みなさい」
阿慈谷ヒフミさんの号令というか、挨拶に従ってベッドに潜り込む一同。先生は優しい声で「"お休み"」と言って電気を消して退出した。
(お疲れ様、イヴちゃん)
(……ジルも、ありがとう。お休み……)
今日は本当に長い1日だったな。
今回は政治的に微妙な時期なのと万が一暴れ出すと制圧できないので護送要員としてヒナが急遽呼ばれました。
万魔殿の無茶振りが激減しているのと、風紀委員会全体の練度が向上したこと、間接的にですが正義実現委員会との連絡が良くなった事で治安が改善し、ヒナの疲労度はかなり下がっており、辞めたい理由もそれに従いやや前向きになっています。
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