ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです! 作:三山畝傍
明らかな廃屋で部屋の隅に置かれた三脚の上に据えられたLEDワークライトがビル入ってすぐの一室を煌々と照らしている。ドアは吹き飛んでいて、突き当たりの壁も人2人分くらいが通れるくらいの大穴が開いている。広さは8m×8mくらいか?壁も床もコンクリ打ちっぱなしだが、掃き掃除をしたみたいでそんなに汚くは無い。
会議室とかにある安っぽい折畳み長机の上にそのまま置かれた、電気式おでん鍋2つがこの良い匂いの大元らしい。向かいにはパイプ椅子が10脚。
「あっ、いけないいけない」と言いながら、どこからともなく取り出したコック帽を被る下倉メグさんが部屋からの明かりに照らされて何というか禍々しい。本人はまるで敵意の無いニコニコ笑顔。火炎放射器は背負っているけど手に取る様子はない。キヴォトス人は基本的に武装を手放さないので、これは最大限の敵意が無い表明だ。
イヴちゃんと白洲アズサさんの後ろにいる先生が困惑したような声で問いかけた。
「"メグ?"」
「あっ、先生!と、トリニティのお客さんだよね?待ってたよ!」
「あ、あの……」
部長としての矜持だろう。代表して口を開いた阿慈谷ヒフミさん。
「あ、私はゲヘナ温泉開発部の下倉メグ!えーと、ヒフミさんだよね?今日来る予定の皆は、写真と名簿を見てるから大丈夫!」
言いつつ、全員の名前を口に出す。イヴちゃんを見て、驚いたような反応。
「あっ、思い出した!カンフーの人だ!」
「……カンフーじゃなくて、空手です……」
火炎放射を回し受けで弾いたアレな。補習授業部の一同も先生も不思議そうな顔をしている。
「カラテかー。ゲヘナでもカンプ……何だっけ、あ、そうだ。皆、入って!」
イヴちゃんと立ち話してると皆が入口で立ちっぱなしになってしまうことに気付いたらしき下倉メグさんがてくてくとおでん鍋の向こうに陣取り、皆を招く。
先頭イヴちゃん、白洲アズサさんと罠の有無を確認しつつ入り、白洲アズサさんが頷くと、緊張か責任感かで表情の硬い阿慈谷ヒフミさん、何が起こるのかと楽しげな浦和ハナコさん、のんびりした顔の先生、一番後ろに借りてきた猫みたいにびくびくしてる下江コハルさん。これは多分顔見知り発動してるんだと思うけど。
おでん鍋、下倉メグさん、その後ろの壁に、『Blumenwal』と書かれた、A3横の紙に印刷された、花冠を被った鯨の絵。その下に『んでお』というのれんが壁に貼り付けられている。おでん鍋は電気式らしく、コンセントが壁に開いた大穴から外に這って右側、このビルで言えば試験会場の部屋側に曲がっている。発電機は右手に置かれてるみたいだな。
イヴちゃんは鯨の絵に興味を惹かれているみたいだ。
(……口の下が白いのは、ナガスクジラ、だったかな……?)
(そういえば絵で描かれるクジラって、下が白いああいう感じのが多いよね)
(……シロナガスクジラとかは、白い筋は入るけど、割と黒かった気がする……)
確かイヴちゃんに教えてもらった話だと、あの白いのは丸呑み系のクジラ特有の器官で、クジラベーコンも口の下~お腹辺りの部分らしい。
あと、キヴォトス人は人間含む生き物に厳しいので、クジラ保護運動は盛んじゃ無いらしい。割と容赦なく食べられる。
「えーと、お手洗いは一旦ビルの入口から外出て右、建物くるっと回ったら仮設トイレが2つ持ってきたから使って!この建物の奥のは水道通ってないから。水も出るよ」
何かのカンペを見ながら話す下倉メグさん。そういやお手洗い意識してなかったから地味に助かるな。
「"メグ、このおでんは?"」
「えっとね、部長が万魔殿から依頼を受けて、この辺一帯の温泉開発の許可と引換えに店番を頼まれたんだ!あ、試験が終わる時間までは開発しないから安心してね!」
契約された時点でヤバい案件が、ヤバく無くなった。
「試験終了とは、いつまでですか?」
浦和ハナコさんが楽しげなまま尋ねる。
「採点が終わって結果が出るまで!って書いてある」
ひとまず安心できそう、というところで顔を見合わせた一同。下江コハルさんのお腹がくうぅ、と可愛い音を立て、真っ赤になった。可愛いね。
「あっ、皆のために準備したから食べてよ!」
顔を見合わせたまま「えっ、これ食べていいのか」という顔をする白洲アズサさん。ご飯的な意味なのか、罠を警戒的な意味なのか、いや本人もちょっと食べたそうだし、両方かな。
「業務用の一番美味しいらしいスープと、一番美味しいらしいおでん種セットを1時間くらい煮込んでるから美味しいよ!さっき食べて美味しかったし!」
部屋の隅、入口側を指さす下倉メグさん。『業務用おでん出汁セット』『業務用おでん具材セット』と書かれた空き箱とビニール袋がゴミとしてちゃんとまとめられている。あーうん、コンビニおでんみたいなもんか……。
「"私、お腹空いたしもらおうかな"」
先生は生徒を疑わないだろうし、変な薬や毒までは無いにしても、素人調理でお腹壊すみたいなリスクはあるにしても、最悪、先生が体調を崩しても何とかなる、ってところか。毒味に使うみたいで申し訳ないけど、最悪アロナちゃん判定が入るから大丈夫だろう。
キヴォトス、どっかの炊き出しに睡眠薬が入ってて、炊き出しに並んだ食い詰め不良生徒達がそのまま拉致されて行方不明とかいう恐ろしすぎる都市伝説もあったりするので、知らん素人の料理(今回は煮ただけらしいけど)は基本恐ろしくて食べられたもんじゃないらしい。
「……じゃあ、私も……」
先生が口をつける前に、イヴちゃんが手を挙げる。お腹が空いたというか、皆が食べるにせよ食べないにせよ、誰かは反応しておいた方が気まずくならなくて良さそうって判断みたいだ。イヴちゃんえらい。成長したなあ。
先生ははんぺんをほくほくした顔で食べている。まあ先生が大丈夫なら、って僕も止めないことにした。イヴちゃんも箸を割って、袋のからしを適当にスープに入れる。イヴちゃんはこういうときに調味料先に入れちゃう派なんだなあ……。
めっちゃ適当な手つきで適当におでんを掬い、使い捨てのプラスチック丼によそってくれる下倉メグさん。頼まなくても人数分よそってくれたので、大丈夫かな……という感じで受け取る一同。ちなみに、具材に牛すじらしきものはあるけど鯨肉系のものはなさそうだ。巾着とかに入ってる可能性もあるけど。
「"美味しいよ、メグ"」
「ありがと!まあ、注いでスイッチ入れただけだけど」
えへへと大型犬的な雰囲気で笑う下倉メグさん。イヴちゃんはしらたきを口に入れた。
(……美味しい、けど……)
(うーん、コンビニとかのやつだね)
うんまあ、コンビニとかのおでんなんだから美味しいよ。温かいし。ゲヘナの夜はこの時期でもちょっと肌寒いし、イヴちゃんはバイクだからちょっと身体冷えてて助かるのは確かなんだけど。大仰なクジラの絵との落差がすげーっていうか。
はふ、はふと厚揚げに熱そうに苦戦しながらかぶりつく下江コハルさん、温かい目で眺めながら上品にタコを食べる浦和ハナコさん、キラキラした目で大根を食べる白洲アズサさん。
ワカメを頬張ってからふと何かに気付いて、皆に断ってからスマフォを取り出し、膝に丼を載せていた阿慈谷ヒフミさんが顔を曇らせた。
「美味しくなかった?」
「い、いえ。味は美味しいですけど。温泉開発部のSNSアカウントを今見まして。美食研究会にお知らせしてますけど」
「そう、それも契約内容だったから。部長がしたんじゃないかな?」
阿慈谷ヒフミさんが見せてくれた画面に、『百鬼夜行の名店をリスペクト、オマージュ、インスパイアしたかもしれない!!本日限定おでん店舗「Blumenwal」、本日のみ開店!!!!!』というリプライが美食研究会公式アカウント宛だけに送られている。文言だけでもひでー告知だよ。
えーと、椅子の脚数、ひょっとして先生と補習授業部+イヴちゃんと美食研究会ってコト……?!
名店の匂わせして業務用おでん出したら美食研究会でなくてもキレそうなもんだし、もうこの建物は温泉開発部の開発を待つまでもないのかもしれん。
「"そうなると、すぐにでも試験を始めたいところではあるけど、そうもいかないしね"」
「隣の部屋が会場なんだよね?まだ開けられないと思うよ」
「"ちょっと見てくるね"」
丼を持ったまま立ち上がった先生に、イヴちゃんが丼と盾を置いて立ち上がってついていく。部屋を出る前に先生を追い越したイヴちゃんが、罠の類を警戒して先生の前を歩く。
隣の部屋は普通のマンションのようなドア、その横に窓があって光が漏れているが、カーテンだか何だかの布がかけられていて室内は見えない。
トリニティの公文書形式、発出日は今日のA4用紙1枚がドアに貼られていて『試験開始時間までは施錠しています。ティーパーティー』という味も素っ気も無い張り紙。
イヴちゃんがドアノブを回してみたが当然開かない。イヴちゃんなら無理矢理ねじ切ったり銃でぶっ壊したりも出来るだろうけど、それで試験不成立の難癖をつけられても敵わないしな。先生は「やっぱり駄目か。イヴ、ありがとう」と微笑んだ後に、手元に丼持ったままなのに気付いたみたいでへにゃりと苦笑いに変わった。
先生もお腹減ってるんかな。可愛いけども。
作者は関西人なので大体関西風味のおでんの話をしていますが、静岡おでんや東京駅前のおでん屋も美味しかったな……とセルフでお腹が空いてきました。
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