ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです!   作:三山畝傍

177 / 209
試験会場……これは……面倒な事に、なった……

 試験時間5分前、隣の部屋の鍵、そして扉が開く音がした。イヴちゃん、白州アズサさんがほぼ同時に反応し、それに気付いた先生が時計を見た。

「"そろそろかな?"」

 スマフォのモモトークを見た下倉メグさんが満面の笑顔。

「入っていいって!がんばってね!先生もまたね!!!」

 先生と、あんま面識無い補習授業部の面々にぶんぶん手を振る下倉メグさんに小さく頭を下げる下江コハルさんと白州アズサさん、イヴちゃんも続く。スマフォ片手で忙しそうに操りつつ暗い顔をしていた阿慈谷ヒフミさんも目礼。アルカイックスマイルでお辞儀する浦和ハナコさん。

 

 イヴちゃんが盾を前面に構えたまま、白州アズサさんと罠の確認とクリアリングをしつつ試験会場の部屋に入室。

 会議室だかオフィスだかの跡だったらしい試験場には、煤けてはいるが拭き掃除されて綺麗になっている長机とパイプ椅子。部屋の一番奥には薄汚いホワイトボード。補習授業部、監督官兼受験者のイヴちゃん、そして先生の座る席が指定されている。小汚いタイルカーペットは打ち捨てられた時からのままなのか、元は灰色だったらしいのが黒寄りの灰色になっている。

 座席指定を再度見ると、氏名50音順らしき並びはわかるが、先生の席が一番出口に近い一番後ろ。別に試験監督がいるからか?

 ホワイトボード左手にはさっきの部屋同様、人1人が余裕で通れる穴が開いていて、投光器が目映い光を投込み、小型発電機のものらしい駆動音とほんのりしたガソリン臭と共に、1人の小さな人影を映し出す。

 ぶかぶかの白衣に小さな体躯、左右に突き出た角。長い黒髪に根拠不明の自信満々の笑顔。

「やあやあ!先生に補習授業部の皆、初めましての挨拶も兼ねて、今回の試験監督を務める鬼怒川カスミだ!短い付き合いになると思うが、よろしく頼む!ああ、一応書類もあるが、見るかな?」

 イヴちゃんがピクリと左腕を上げかけ、小さくかぶりを振って動きを止めた。下江コハルさんがイヴちゃんに駆け寄って来て肩を掴み、小声で、でも強く囁く。

「指名手配犯!!」

「……ここはゲヘナ領内で、あの人は試験監督……」

 どっちも正論だ。下江コハルさんはちゃんと著名指名手配犯とかを日頃暗記しようとしている(できてるとは言ってない)らしいし、ゲヘナの指名手配犯トップだからまあわかるよね。

「"カスミがやってくれるの?"」

「もちろん。我々ゲヘナはトリニティが全部整えた後に入ってきただけだから、投光器と隣のおでん鍋以外は何も触ってないぞ?」

 まだびくびくしながら銃の安全装置を触る下江コハルさんをイヴちゃんが小さく手で宥めるようにポンポンと叩きながら、会場内を見渡す。うっすらとしたガソリン臭が鬱陶しいが、窓は開けられなさそうだ。

「『ゲヘナの皆さんは触ってない』ですか。それに、『温泉開発部』ではなくて、ゲヘナのですか?」

「そうとも!今回の依頼は正式にティーパーティーから万魔殿を通じ、温泉開発部に下りてきたものだ。だからこの一帯の試験終了直後からの開発許可は下りている。私の立場は今回は公的に万魔殿の代表というわけだな。皮肉ではあるがな」

 一瞬だけ苦々しい顔をしてから、普段の自信満々な笑顔を見せる鬼怒川カスミさん。

「と、とにかく時間がありません。皆さん、席につきましょう」

 部長としての義務感か、阿慈谷ヒフミさんの声は硬い。全員が定められた席に着いた。この机、ちゃんと拭き掃除した後にワックスでもかけたのか?何だかベタベタして手触り最悪だ。机の上に手を置いたイヴちゃんは不愉快そうに引っ込め、ハンカチで拭う。

 一同を見渡し、鬼怒川カスミさんが朗々と説明を続ける。

「試験の方法はこのホワイトボードを読み上げるだけでいいそうだ。『一、着席者は問題用紙と答案用紙が揃っているかめくって確認する』――おや?」

「ひっ!?」

 下江コハルさんが紙をめくった瞬間、問題用紙が発火した。

(イヴちゃん、紙に触らないで!)

 イヴちゃんと白州アズサさんが同時に弾かれたように立ち上がり、イヴちゃんは下江コハルさんの手から問題用紙をはたき落とし、白州アズサさんは先生を抱えて教室から飛び出す。

「ガソリン臭は、紙から出てたんですね?」

 浦和ハナコさんは落ち着き払って試験用紙の上で冬服の袖を擦り合わせる。パチリと出た静電気が落ちると同時に、試験用紙と答案用紙が燃え始めた。火は徐々に、ゆっくり燃え上がる。

 あっという間に教室の全部の机上が火の海になった。炎はちろちろと机を舐めるくらいの高さだが、当然、試験用紙は灰になってしまっていく。燃える、燃えてしまう……これは、面倒な事に……なった……。

「ハーッハッハ!なるほど!立ち位置から奥に入るなという注意はそういうことか!ガソリン臭いとは思っていたが!」

 鬼怒川カスミさんが腹を抱えて笑い始める。

「試験監督として、本日の試験は只今を持って終了とする!」

「"待って、カスミ!"」

「先生、駄目です!」

 燃え始めた机から、灰になった試験用紙をかき集めようとして抵抗する下江コハルさんを、イヴちゃんが無理矢理右手で抱え上げる。白州アズサさんの机は先生を助けるために席を立った瞬間に火がつき、唯一燃えていなかった阿慈谷ヒフミさんの答案用紙も周りの机からの火の粉で火が付いた。

 

 鬼怒川カスミさんの哄笑を背後に試験会場を逃げ出す最中も、担がれた下江コハルさんは泣きながらイヴちゃんの二の腕をぽかぽか叩いていた。

「ばかイヴ!ばか!試験が終わっちゃう!」

「コハルちゃん、試験は――」

 諦め顔の阿慈谷ヒフミさんの発言を、浦和ハナコさんが制止した。

 戦車の前面装甲板上に下ろされ、膝を抱えて泣く下江コハルさんの背中を、イヴちゃんがそっと撫でる。

「"……みんな、今日は、帰ろう"」

 廃ビル対岸では温泉開発部の車両群が息を吹き返し、作業員らしき子達の動き回る気配がする。美食研究会も来るかもしれないし、撤退はやむを得ないだろう。

 泣きじゃくる下江コハルさんを除いて、全員が疲れた顔で頷いた。

 

 行きは揚々と戦車長を務めていた下江コハルさんはまだショックでだろう、戦車内の機関銃席で呆然としているらしい。前面ハッチを開けて操縦に専念する阿慈谷ヒフミさん。皆無言だ。

 往路と逆に、Ⅱ号戦車が前を行き、スケルチは後方を距離を取って走っている。単に戦車の方が大通りに近かっただけで深い意味はない。

(……何か、方法はなかったのかな……。あの紙を1枚でも持って帰れれば……)

(うーん、ガソリンの精製元を突き止めても、そこから捜査は終わりじゃないかな。縄なら、灰の塊のまま持って帰ればいけたかもだけど*1ね)

 

 Ⅱ号戦車が通過した直後に、左手の細い道から下を灰色がかったカーキ、上を黄色で塗り分け、ボンネットに『給食』と白帯で描かれた車両、Typ R200 Spezial っぽいのが出てきた。

 イヴちゃんが急ブレーキを掛ける。無灯火なのと戦車の音で気付かずにぶつけるところだった。馬力的にはこっちの方がでかいから、吹っ飛ばしちゃうところだったな。

 向こうの運転手もⅡ号戦車に気を取られていたらしく、慌てて右*2に急ハンドルを切って戻しつつブレーキをかける。あ、右側後部車輪が溝に落ちた。

「ちょっと!危ないじゃない!どこ見てんのよ!」

「……ライトつけてなかったのはそっちだし、直進優先……」

 助手席のドアのへりから身を乗り出す赤司ジュンコさん相手にパッと言い返せるようになったのは成長だなあって嬉しく思ったけど、美食研究会とここで遭遇かあ。一難去らないまままた一難って感じだ。

*1
『灰で縄をなう』みたいな民話がある

*2
こっちから見たら左




AnekdotenとLoud Parkで関東遠征が続いたり、TOOL、Moon Safari、Godspeed You!Black Emperorとライブ3日続いて疲れて体調を崩したり、家に衣服食害害虫が発生して大掃除を敢行する羽目になったり、闘病(腰含む)を続けつつ生前整理や遺言書を作ったりしている間に年末になってしまいました。
腰は相当マシになってきましたし、家中の「やらない理由」を撲滅できたはずなので、更新ペースを今度こそ取り戻して行きたい所存です。
よいお年をお迎えください。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。