ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです! 作:三山畝傍
無事補習授業部の監督官の任を終えて、自警団活動を再開したイヴちゃん。自治区内の巡回はまた別だけど、校内の巡回は当然のように宇沢レイサさんがイヴちゃんの右手を握って一緒にやっている。
今、トリニティ校内でホットなのは当然、聖園ミカさんへの処分に対する抗議行動だ。処分軽減派にせよ、再審査派にせよ、平和裏なデモの支度か、暴力を予定しているかで対応が変わってくる。イヴちゃんが強化した聴力でドアの向こうの音を盗み聞きして、後者なら逮捕、正義実現委員会に引渡しとなるわけだ。
今イヴちゃんが耳を押し当てている空き教室は3年生の校舎の一角。かわいさ余って憎さ百倍、という事なのか、元パテル分派の子達が先鋭化するのが一番多い。他には、お姫様扱いを疎んじているだとか、可愛い子ぶってるのが気に食わないだとかはあるけれども。
この教室のグループは当たり、デモ隊に混じって手榴弾を投げるという相談をしている。キヴォトス外で言えば腐った卵を投げるのと同じくらいの感覚なのと、それに慣れてる自分がかなり怖いが、とにかくイヴちゃんがドアを蹴破った。宇沢レイサさんが脇を固めてくれる。
「……お前達で28人目。恐れるな……逮捕の時間が来ただけだ……」
実際には全然違う人数なんだけど、一々こっちも覚えてないし、ハッタリを効かせるには良い感じの台詞だ。
6人のグループの抵抗をあっさり抑えるイヴちゃんと宇沢レイサさん。気のせいじゃ無く、イヴちゃんの一撃の火力が上がっている。でも、何があるか判らないというか、忘れて来ちゃったので、暇な時にもっと鍛える練習をしておかないといけないな。キヴォトスがヤバくなるイベント、まだまだたくさんあった気がするんだよな。天童アリスさん絡みとか。かーっ、ナラクペディアより役に立たん知識だこれ。
3年生、まさに聖園ミカさんの教室前で、正義実現委員会の2人と何らかの悪戯をしようとしていた生徒が揉めていた。正義実現委員会の片方は下江コハルさんだ。正義実現委員会とは流石に本格的に事を構えたくなかったのか、盗み出そうとしていたらしい聖園ミカさんのだろう私物を床に放り出して逃げ出す犯人らしき2人、正義実現委員会の片方が下江コハルさんに一声掛けて追いかけていく。
下江コハルさんは大事そうに私物を拾い上げてから、こっちを見て、挨拶に手を挙げようとしてから、真っ赤になってぷいと顔を背ける。「ライバルとは馴れ合わない」とかそういうのかな。何だか微笑ましい。イヴちゃんと宇沢レイサさんは気にせず手を挙げて挨拶した。
今日は確認と打合せを兼ねて、羽川ハスミさんが、自警団の幹部の守月スズミさん、イヴちゃん、宇沢レイサさんに自警団本部で説明してくれている。
自警団の条約から直接受けた影響は、書類の様式が何種類か増えた事と、治安維持アプリにゲヘナの風紀委員会の情報が入ることになったことくらいだろうか。逆に、自警団から提供する情報も風紀委員会に入るようになっている。
皆忙しい身なので、さっさと説明を済ませた羽川ハスミさんが、聖園ミカさんの残りの奉仕活動期間について、警備を強化するので自警団にも協力して欲しい旨切り出す。頷く一同。
「……さっき、コハルさんが、一件嫌がらせを摘発していました……」
「それは、後で褒めてあげないといけませんね」
くすりと笑う羽川ハスミさん。
結果的には、奉仕活動期間中、細かな嫌がらせや、デモの申請を逸脱して、キヴォトス基準でも暴動に近いものも何件かあったが、聖園ミカさんは無事に奉仕活動と謹慎期間を終えてパテル分派の長に復帰した。
政治的にはパテル分派の内部の勢力変動は幾つかあったものの、聖園ミカさん以上にパテル分派の長としての正当性と実力がある人間はいない、という方向で収まったようだ。騒動の前に、聖園ミカさんがパテル分派をほぼ完全に掌握していたのも大きかった、らしい。
政治的な話は、夢の中でお見舞いと称して様子見に来てくれる百合園セイアさんづてに聞いただけなので、どこまでどうなってるかはわからないが。
聖園ミカさんの奉仕活動期間最終日、まさかの処分軽減派と再審査派が武力衝突する事態を正義実現委員会と自警団で両陣営とも制圧する羽目になって疲れて寝ていたイヴちゃんの夢の中で、キューカンバー浅漬け味のドリンクを不思議そうな顔で飲みながら告げた。
「予知能力が弱まってきている。ご丁寧に、『予知ができなくなる』未来が見えた。ジルの警告で、攻撃は避けたのだけれども、尻尾の毛を持って行かれたみたいでね。見えるかな?」
背中を向いて可愛らしい狐の尾をふりふりする百合園セイアさん。確かに、目で見てはっきりわかるくらい、現実の百合園セイアさんの尻尾より毛がかなり少なくて細くなっている。
「……尾っぽが、アンテナみたいなものなんですか……?」
百合園セイアさんは肩をすくめた。
「どうもそうらしいね。夢の尾が能力に影響している以上、現実の尾も手入れに気をつけた方が良さそうだ」
「……能力が無くなって、大丈夫なんですか……?」
「予知能力は、むしろ体力と精神力を消耗してたからね。心配してくれてありがとう、イヴ。むしろ、予知の頻度が減った今、体調は良好だし元気になれるんじゃないかと推測しているよ」
小さく笑ってイヴちゃんの頭を撫でる百合園セイアさん。
百合園セイアさんが元気になるのは良いことだけど、これでまた一つ、未来へのヒントが減ってしまったわけか。
「そうだ、今度、ドライブを一緒にしよう。運転は得意なんだ」
なぜか猛烈に嫌な予感がしたけど、止める理由が無かったので黙っていた。後で悔やむから後悔って言うんだよね。
皆忙しく、補習授業部解散の日にやっと全員が集まって打ち上げができた。イヴちゃんお勧めの、辛さが調節できるビリヤニ*1がウリ、デザートにチョコレートが入ったナンという珍しいものも食べられるお店。和解委員会で多忙な先生も乾杯の挨拶だけ顔を出してくれた。これからまた仕事に戻るらしい。徹夜するほどではないらしいけど、恵体がちょっと痩せてるような気がする。心配だ。
皆、イヴちゃんの左手と左目を心配してくれて、何事も無いのに安心してくれた。
「補習授業部は終わってしまったが、また定期的に集まろう」
「……次のテスト、集まれるときに集まって勉強しておく……?」
チョコレート入ナンとココナッツの果肉入のヨーグルトをつつきながら、白洲アズサさんとイヴちゃんの発言に賛成する一同。下江コハルさんとイヴちゃんが特に忙しいから、予定を早めに入れておかないといけないなと、早速予定を突き合わせると日程が全然合わなくて2回くらいしか勉強会が出来なさそうな事が発覚してしまった。
「あはは……私、和解委員会のオブザーバみたいになっちゃって」
「私も、シスターフッドのお手伝いが増えてしまって」
「私も和解委員会の、サオリの手伝いが多くて、慣れない書類仕事だらけだ」
「ま、まあ、みんなちゃんと勉強のしかたは覚えられたし?エリートの私も、次はイヴに成績でも勝つんだから!」
1年生のテストで90点取るのに一杯一杯なのに、変なデスノボリ立ててない?
(イヴちゃん、止めなくて大丈夫?)
(……コハルさんにも、きっと勝算があって言ってるんだと思うから……)
謎のノボリを立てちゃってる気がするなあ、と思いながら、和解委員会は夏前には終わりそうという見通しを聞いて、僕達の条約絡みの案件はようやく落ち着きそうだった。
エデン条約編はこれで完結です。
蛇足ですが、イヴもジルもパテル分派の後援会に入ったままなのを完全に失念しています。
続きの構想を練り練りするのに暫く時間が掛かるかもしれません。