ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです! 作:三山畝傍
金田ターンをスケルチでイヴちゃんが練習してたのは内緒だよ
トリニティとゲヘナ付近、建替計画が頓挫して放置されていた高架上の高速道路を改造した、ほぼ8の字型の一周長さ20kmというレース場。エデン条約調印がなって、無事計画が再開されたらしい。
そろそろ夜中という時間に、2台のバイクと、その後方、中継車両が止まっている。
1台はイヴちゃんの9,000ccV8エンジン搭載、ミレニアムエンジニア部製作の怪物車両、スケルチだ。ハンデとして盾を装備した状態になっている。正義実現委員会のエンジニアと、ミレニアムエンジニア部から、猫塚ヒビキさんが応援で来て直前までメンテをしてくれていた。猫塚ヒビキさんと宇沢レイサさんが関係者席からイヴちゃんに手を小さく振ってくれ、イヴちゃんもそれに応える。
もう1台の黒基調に白LED、どことなくモノアイACを思わせる顔に、イルカを思わせる形状のモータースポーツ用、排気量1,800ccのカイザー新型試作バイク、『イシビベノブ』に乗った河駒風ラブさんは悲壮感を浮かべた顔をしている。*1カイザーの整備班がバイクに取り付いて作業をしている。ジャブジャブヘルメット団他、今回はヘルメット団代表として出るらしく、複数のヘルメット団*2が河駒風ラブさんに応援の声援を送っている。
高速道路路肩から斜めに増設された観客席は遅い時間にも関わらず、物見高いトリニティ、ゲヘナ、ヘルメット団、少ないけどもミレニアム*3、そして獣人やアンドロイドの大人の観客で埋まっている。帰りの大階段とエレベータは混みそうだな。
「本日はエラレース場開場記念レースにお越しくださりありがとうございます。トリニティの記録としての実況は私、桐藤ナギサと」
「モータースポーツには実は一家言ある百合園セイアだよ。ゲストには先生もお招きしている」
「"あの、モータースポーツとかわからないけど大丈夫かな"」
「大丈夫です、先生。私も実況する自信はありません。セイアさんに全てお任せしましょう」
聖園ミカさんだけ来てないように見えるのは、本来は桐藤ナギサさんが開催の挨拶をするだけで良かったのが、モータースポーツ大好きな百合園セイアさんが参加をねじ込んだかららしい。しかもなぜか実況*4まですることになっている。特にサボってないのに働いてないように見える聖園ミカさんにちょっと同情しちゃうな。
レースフラッグを準備し、露出度の高いレースクイーンの服を着て、フラッグを持っているのは浦和ハナコさん*5と、それより遥かに大人しいものの、ヘソ出し状態に正義実現委員会の制服を着た下江コハルさん。
このレースクイーン、浦和ハナコさんが自分で名乗り出たものの、正義実現委員会からも1人安全上出した方が良いだろうと言う事になり、補習授業部繋がりで下江コハルさんに白羽の矢が立ったらしい。浦和ハナコさんにエ駄死判定*6を出しながら、恐らく恥ずかしさでだろう、顔を赤らめつつぷるぷる震えているものの、仕事はちゃんとするつもりらしい。
「さて、今日はエキシビションレースで、お互いアマチュアとはいえ、最新鋭の大型バイク同士ということで楽しみだね」
「バイク2台が並んだ状態で、もう大きさに劇的な違いがありますが……」
「搭載しているエンジンの違いだね。(スケルチのV8エンジンとカイザーの水冷ボクサーツインエンジンに関する説明が数分続く)、排気量で言えばイヴ、(咳払いを一つ)、御蔵選手のスケルチが9,000cc、河駒風選手の試作イシビベノブが1,800cc」
「"排気量がそんなに違うと、スピードも全然違うんじゃないの?"」
「良い質問だね。それは設計思想の違いによるもので、5倍排気量が違うと5倍スピードが出るというものでもないんだ。重量も全然違うからね。(以下専門的でやたらと早口な解説が続く)」
解説の詳しさに観客が感心を通り越してうんざりし始めた頃、やっとスタート時間になった。
「攻撃はもちろん、故意の接触は禁止です」
「このレース場開始を彩る歴史的なレースだ。両選手とも頑張ってほしい」
水平対向エンジンの特徴的な音と、V8エンジンのドロドロとした音が唸りをあげ、浦和ハナコさんと下江コハルさんがレースフラッグを振り下ろす。
「お先!」
どう、と轟音を立ててスタートを切るイシビベノブ。加速は確かに向こうの方が圧倒的に速い。
(イヴちゃん、安全にだけ気をつけてね)
(……うん。負けない……)
轟音を上げながら加速するスケルチ。向こうは体重を掛けて車体を倒す。普通なら
でもイヴちゃんは鍛え方が違うから、普通のバイクと同じように重心を傾けて戻すことで曲がることができる。
「何てインチキ!」
「……負けない……」
最高速度で言えばスケルチの方が早いはずだが、主催側がハンデを兼ねた障害としてレース場内に置いた廃車両を躱しながら、時にイヴちゃんはウィリーで車両を踏み潰しながらだとじりじりとしか距離を詰められない。
「"危なくない?"」
「バイクの小回りも性能のうちだからね」
だが、最終コーナーで遂にスケルチが追いついた。
「……直線でぶち抜く……」
「くっそ、もっとスピード出しなさい!!」
最後の直線ではお互い最大出力、勝ったのは2両差でイヴちゃんだった。
「あー、負けた。小回りで勝てるかなって思ったのに。やるじゃない、あんた」
「……あなたも……」
速度を落として並んでコースを流しながら、ヘルメット越しに笑みを交わす2人。観客達も名勝負に拍手しきりだ。
その2両の間を、白いバイクのような何かが通り過ぎ、慌てた河駒風ラブさんが急停車して立ちゴケする。
慌ててスケルチを駐め、河駒風ラブさんを助けに行くイヴちゃん。
河駒風ラブさんは無傷だったようだが、バイクが傷だらけになってしまった。
真っ白い何かはタイヤの無い、浮いているバイクのような何かだ。人参のシールが貼られている。
絶句している皆を尻目に、フルフェイスヘルメットの上からあっかんべーの仕草をした後、バイク(?)は観客席の隙間をすり抜けて、高架下へ飛び降りて闇夜に消えていった。
レース自体は無事終わっていたし、記録映像としては乱入までで問題無い。河駒風ラブさんのバイクも傷だらけにはなってしまったものの動作は問題無い。
多分ミレニアムの車両だろうということで、猫塚ヒビキさんが調べてくれることになった。