ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです! 作:三山畝傍
倒れた空井サキさんを公園のベンチに寝かせて、イヴちゃんが風倉モエさんから書類を受け取る。危険物混入の可能性と書き漏れ、誤りがないかイヴちゃんがしっかり点検してから先生に渡す。
先生は
「"これで大丈夫だよ。あ、ヴァルキューレの皆にも伝えないとね"」
「……私が伝えてきます……」
イヴちゃんが尾刃カンナさんに「稟議中ではあるが、シャーレが公園の使用許可とデモを受け付けた」事を伝えると、尾刃カンナさんは少し安心したようだった。
「感謝する、御蔵。稟議が終わり、ヴァルキューレに通達が来るまで、2名残るが、通常の警邏と変わらないと思ってくれ、それと、見事な手際だった」
尾刃カンナさんは小さく微笑み、先生にも声をかけて一礼すると、2人のヴァルキューレ警備局の子を残して手際よく撤収していった。
イヴちゃんが今後の相談をしている先生と月雪ミヤコさん、風倉モエさんに「警邏と同じ扱いで2名残る」ことを伝えると、先生は安堵の溜息をつき、月雪ミヤコさんは嫌そうな溜息を、風倉モエさんは悪い笑顔になる。
「普通のデモでもヴァルキューレの立会いはあると思えば、仕方ありませんか」
「警備局全員でも相手にならないのに、2人置いといて意味あるのかな。吹っ飛ばしちゃう?」
「不要な挑発はやめましょう」
「"やめてね?"」
ううん、と呻いて目を覚ました空井サキさんを、いつの間にか横にいた黒髪の気弱そうな少女が介抱している。狙撃銃を持っているから、さっき木の上にいた狙撃手らしい。
「サキちゃん、大丈夫……?」
「負けたのか。くそ……ボクシングには自信があったのに」
「くひひ、そもそもボクシングの土俵で勝負されてなかったじゃん」
「うるさい。モエなら勝てたって言うのか?ボクシングの実技は駄目駄目だったくせに。次は負けないからな」
今すぐにでも再戦したそうな空井サキさん含むRABBIT小隊全員にイヴちゃんが言う。
「……大丈夫だと思うけど、もし、空井さんが寝てるときに変ないびきをかいたら病院に連れて行って。……それと、再戦なら、いつでも受ける……」
イヴちゃんはうっすら好戦的な笑みを浮かべる。*1
キヴォトス人は頑丈だから大丈夫だとは思うけどね。脳にダメージがあったりしたら事だから。
「び、病院……?保険証がない、です。どうしよう、サキちゃんがいびきをかいたら……」
「変な心配をするな。無いと言えば、ついでに使える口座もな。学園が閉鎖されて、口座も凍結されてしまった」
「くひひ、私達の持ってるのは山ほどの弾薬と銃火器だけ」
ふっと1人だけ紹介できてないことに気付いたのだろう、月雪ミヤコさんが黒髪の少女を指して続ける。
「あっ、彼女は狙撃手の霞沢ミユです」
「み、ミユです……」
「"無線で聞いてたかもだけど、シャーレの先生と、この子はトリニティの御蔵イヴだよ。改めてよろしくね"」
イヴちゃんは無言で頭を下げる。
「"それで、身分証だけど、シャーレに来ない?シャーレに所属した生徒に発行する当番生徒証は身分証にもなるし。凍結された口座については、ちょっと調べてみないとわからないけど"」
月雪ミヤコさんが即答する。
「信用出来ません」
「怪しいよな」
「何か見返りを要求されるに決まってる。シャーレの先生って言えば、メイドとバニーを侍らせて足を舐めてるって名高いし」
「隣の御蔵さんも、脅されてるんでしょうか……」
先生は地味にショックを受けたらしい。
「"そ、そんなことしてないよ?"」
「……私も、脅されたりしてない……」
先生とイヴちゃんのフォロー(?)にも関わらず、RABBIT小隊の先生に頼らないという意思は堅いようだった。
「"さっき『食糧は持って来なかった』って言ってたけど、食べ物に関してはここに行ったら何とかなるようにしておくから"」
先生はシャーレの所在地の書かれたメモを渡す。胡散臭げに受け取る月雪ミヤコさん。
とにかく今日はこれ以上ここにいても話は進まなさそうだ。胡散臭げなRABBIT小隊一同の目線に見送られながら、
先生はシャーレに着くなり、エンジェル24に立ち寄り、店員のソラさん*2に「廃棄弁当を処分してくれる人が明日から来るから、渡して欲しい」という話を済ませた。
なるほど、飯って廃棄弁当のことか。他のコンビニなら扱いが厳重かもしれないけど、ここはワンオペでソラさんが責任者だから緩いんだな。あれ、24時間開いてなかったっけ、ここ。
深く考えるとキヴォトスの別の闇が見える気がしたので僕は考えるのを止めた。
4日後、イヴちゃんがシャーレの当番に行くと、少しドヤ顔の先生が待っていた。
「"仕事を全部終わらせておいたから、コーヒーを飲んだら子ウサギ公園に連れて行って欲しいんだ"」
「……RABBIT小隊の様子を見に行くんですね……?」
ちょっとドヤ顔の先生が首肯、やっぱり顔がいいな。イヴちゃんはこくりと頷く。シャーレのコーヒーは、時間に余裕ができた先生が拘って淹れているので評判がいいのだ。もっとも、イヴちゃんは砂糖ドバドバ入れるから、味の方はイマイチわからないけど。
そういえば、学園が消滅したことにより凍結された口座は、シャーレの権限でもそのままでは解除できないらしい。RABBIT小隊が正式にシャーレ所属になれば複雑な手続きのうえで解除できるのだとか。
美味しいコーヒーを飲んだ後の子ウサギ公園の入口、先生とイヴちゃんは、さっきまで廃棄弁当の取り合いで喧嘩していたRABBIT小隊に、あからさまに警戒されていた。おまけに物理的距離も置かれている。
「"近付いたら危ないのかな?"」
無警戒に近付く先生の左腕をぐいっと引っ張ってイヴちゃんが引き留める。
「……危ないです。トリップワイヤがあります……」
「ちょっとは目が利くんだな、民兵」
空井サキさんが得意げに言う。多分トリップワイヤは判りやすい罠で、二段仕掛けとかになっているのだろう。
「"あ、それで近付くなってこと?"」
「それだけじゃない。その……水浴びしかできてないんだ」
「……野外入浴セットは……?SRTの装備には、あったはず……」
前、イヴちゃんと一緒にSRTの教範を読んだときには使い方と一緒に車両の写真が載ってたはずだ。
「くひひ、ロケットとかミサイルしか意識になくてさ」
「実際、車両に積む余裕はありませんでした」
「うう、このまま異臭を放つ兎になっちゃうんだ……」
悲痛な呻きを漏らすRABBIT小隊に、先生が提案する。
「"シャーレのシャワー、使って構わないけど?"」
一斉に後ずさるRABBIT小隊。
「残滓の方が好みなんだ?くひひ」
「武装解除の隙に何をしようとしてるんだ?」
「きっと盗撮とかしてるに違いありません」
「うう、怖い……」
先生は地味にショックを受けているが、必死に対案を考えているようだ。
「"どこかからドラム缶をもらってきてお風呂を作らない?"」
「ドラム缶?百鬼夜行か何かの本で見たことがある」
「ふーん、ドラム缶なら手に入りやすそうだし、いいんじゃない?」
「モエ、近郊の企業で廃棄予定のドラム缶があるところを調べてください」
「了解」
ドラム缶を分けてもらうことになった。と、先生とイヴちゃん、そして僕は思っていた。
夜、インターフォンを押そうとする先生を空井サキさんが押しとどめる。
「先生、何するんだ。せっかく夜まで待ったのに」
「"何って、廃棄予定のドラム缶を分けてもらうんでしょ?"」
「何のために夜まで待ったと思ってるんだ。忍び込んで持帰るんだよ。情けにすがるんじゃない。あくまで確保だ」
月雪ミヤコさんが同意する。
「廃棄予定のドラム缶を持帰ったところで、処理費用が浮くだけです。ですから、これは盗難ではありません」
「"ええ……。しょうがないな。私は外で待ってるから、危ないことしないようにしてね。イヴは着いていってくれる?"」
先生とイヴちゃんがアイコンタクトをする。危ないことになる前に止めてくれ、って事だな。イヴちゃんは頷いた。
「戦力は足りている。ドクトリンも訓練手法も違う民兵を連れて行ってもお荷物になるだけだ」
「"まあまあ、イヴの強さはサキが一番よく知ってるでしょ?"」
これ以上止まっていては見つかるリスクもあると思ったのだろう、溜息をついた月雪ミヤコさんが頷く。
「わかりました。御蔵さんを連れて行きます。それでは、『ニンジン作戦』を開始します」