ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです!   作:三山畝傍

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 「上司への報告というインテリジェンス・サイクルのこの最後の段階は、最も厄介なものだ。凶報をもたらす者は始末するというのは遠い昔の話だ。しかしそれでも、政府や軍の首脳部に、好ましくない報告をしたいとは誰も思わないはずだ。情報将校といえども、われわれと同じ人間だ。上官の意向に沿うような話をもっていきたい。あるいは、上官の機嫌をそこねないように、悪い話にはなるべく蓋をし、良い報告には尾ひれをつけてもっと良く見せたいと思うものだ。とくに、野心家でその上おべっか使いの将校が、そういった誘惑にかられたとしても不思議ではない。」
(ジョン・ヒューズ・ウィルソン『なぜ正しく伝わらないのか 戦争に見る情報学研究』)

 ヘイト的な表現がありますが、作者の思想と一致したものではありません。


閑話2:長い手のこと

 トリニティは伝統があり、複数の勢力が合同し生まれた学園です。かつては複数の組織に複数の情報組織がありましたが、今は私が所属する情報局がティーパーティーの一元的な指揮を受け、一括して情報活動を行っています。

 情報局の活動は学園内外に及びますが、対外活動は秘密情報部、内部の防諜活動は私の所属する保安部が行っています。軍事情報だけを取り扱う正義実現委員会麾下の情報参謀部もありますが、それは余談として。

 3年生の私は保安部副部長として、ティーパーティーのホストに閲する栄誉を得ています。特に重要な役割として、ホストの最も欲しい情報を汲み取ることも私の重要な仕事です。

「仮にの話ですが。特定の学園の医療技術の支援を受けた生徒がいます。それは不実でしょうか?」

 使えるべき主達の一人、桐藤ナギサ様が憂いを含んだ顔で紅茶を嗜まれています。私はいいえと答えます。軍隊式の「はい、いいえ」の受け答えをナギサ様は好まれません。

「では、対価もなく最新鋭の技術供与を受け続けている生徒がいればどうでしょうか?その生徒は他校の生徒会の代表とも親しく、我が校の潜在的な権力監視グループを組織化することにも関与しました」

「なるほど。それは調査の価値がありますね」

 連邦法及び学園法の法的に何の問題も無い調査となるとは限りません。今のやり取りでは、具体的に誰であるかすらも示されることがありませんでしたが、ティーパーティーの中でこういったやり取りがなされ、かつ聖園ミカ様もいない状況であるということは、つまりそういう事でしょう。

 加えて、ティーパーティーの新体制で話題に上る、今の条件の生徒は1人しかいません。醜い機械の翼を持った、御蔵イヴです。

 

 学園内諜報の情報では、いじめの加害者グループと被害者のリストがあります。もちろん全てが把握できているわけではありませんが、これは我々保安部の貴重な財産です。ちょうど今日、当の御蔵イヴ(と宇沢レイサ、他不明の1名)の手により壊滅させられたグループがありました。

 この被害者をエージェントとして使いましょう。

 

 数日して、ちょうど御蔵イヴが他校に外出するという情報をナギサ様よりいただきました。

 私は赤髪赤目のボブカット、低身長、自分で言うのもなんですが胸は大きい方です。

 黒髪ロングのウイッグをつけ、髪を押し込み耳を隠し、シークレットブーツを履き、サラシで胸をぎゅうぎゅうに圧縮します。後は口元を覆うマスクをつけ、綿を頬袋の下に押し込み、顔の輪郭を変え、カラコンで瞳の色を茶色に変え、伊達眼鏡と白手袋をつけました。

 そして、普段着ているのとは別のティーパーティーの白制服を身につけます。ティーパーティーの制服は卒業や退職後には返却するのが原則です。本来処分されるべきだった制服の1着がこの服なのですね。

 

 正義実現委員会に指示する権限が私達情報部にもあります。正義実現委員会の委員に指示し、ティーパーティー本部の裏手にあるログホーム*1にいじめ被害者の方――被害者さんとお呼びしましょうか――を連れてきてもらいます。

 

 被害者さんを連れてきた正義実現委員会委員の子は私に一礼して退出しました。てっきり正義実現委員会で調書を取られるのだろうと思っていたのでしょう、被害者さんはなぜティーパーティーの私が出てきたのか怯えています。

 マスクの下なので目しか見えないでしょうが、私は小さく微笑みます。

「初めまして。私は道志(どうし)エンミと言います。この度の被害、大変でしたね」

 おや、小さく震えて泣き出してしまいましたね。困りました。慰めるのは私の役割でも目的でもないのですが、仕方ありません。

 

 泣き止んだ被害者さんに丁寧に丁寧に、ティーパーティーからお願いしたいことを伝えます。

 あなたを助けた御蔵イヴが他校からのスパイ容疑をかけられていること。

 御蔵イヴだけでなく、自警団自体がティーパーティーから要注意組織として見られていること。

 ティーパーティーの権力を使い、あなたを今後のいじめ被害から守ることができること。

 これはまごう事なき事実です。そして最後に。

 我々はティーパーティーの少数派閥として、いわれなき容疑をかけられている1生徒を助けたいこと。

 「嘘を最も効率よく信じさせるには、多くの真実の中に少しの嘘を入れること」と言います。ただし、そう考える生徒があるいはティーパーティーの中にいるかもしれません。そう思えば、これも嘘では無いと言えるでしょう。

 

 寮の部屋全ての鍵のマスターをティーパーティーは保管しています。鍵の保管室にアクセスするための権限を私は持っていますので、御蔵イヴの部屋の鍵を持ち出し、情報局御用達の業者にコピーを作らせるのは何の問題もありません。

 細々とした指示を被害者さんに与え、鍵と変装のための帽子と衣服一式、そして撮影用のスマートフォン、ティーパーティーの透かしが入った大きな紙袋、そして最後にピッキングツールを渡します。

「今日、御蔵イヴさんは夜遅くまで帰ってきません。安心して仕事をしてください。逆に言えば、今日を逃せば彼女の容疑を晴らすのは大変です」

 あくまで合法であると聞こえるように言い含めたものの、悲壮な顔持ちの被害者さん。これは善行であり、彼女のためなのだということを再三言い含めてようやく勇気を出してくださったようです。

「守月スズミさん、宇沢レイサさんの家については入る必要はありません。明日以降に、ツールで鍵に適当に傷をつけてくださったら大丈夫です」

 本来であればその2人も内偵したかったところですが、流石に容疑としては弱すぎます。もっとも、御蔵イヴと宇沢レイサはデキているらしいので、本当に必要であれば別途エージェントを用意する必要があるでしょう。

 今日の調査で何かが得られるとは思っていませんが。家に忍び込まれた程度で馬脚を現すような相手であるとは思っていません。

 これはあくまで揺さぶりと牽制です。わざわざ合鍵を使わせるのも権力筋の誰かが「情報の漏洩があれば、お前のせいであると見なす」というメッセージです。

 

 翌日、正義実現委員会のデータベースに『御蔵イヴの私室に侵入者』の被害届が提出されました。私は手早く指示を出し、ティーパーティーの予算で見舞金を出すことにします。

 これも牽制と口止め料、あわよくば猜疑心を膨らませて行動を控えるようにという信号です。ミレニアムのビッグシスターに尻尾、いや、翼を振る薄汚い白髪頭には過ぎたものかもしれませんが。

 

 翌々日、『道志様へ』と書かれた道具類一式がティーパーティーの受付に渡され、スマートフォン内の記録だけが私の手元にやってきます。

 他の資材は情報局には持ち込まれず、全て焼却処分されます。万が一、位置情報などが発信されたら事ですからね。ティーパーティーに持ち込まれるまではもし追跡されても何も問題はありません。

 誰かが何らかの意図を持ってティーパーティーに持ち込んだだけ、と言ってしまえばおしまいですからね。

 

 素人臭い写真はクローゼットやチェスト、室内の様子を必要充分に撮影しています。初めてとしては悪くないでしょう。

「めぼしい物は何も無し、か」

 もとより、有罪の証拠などすぐには出てこないでしょう。ましてや、「無い事を証明する」などというのは悪魔の証明です。

 ナギサ様は彼女を疑っているのですから、それに沿った報告を出すのが私の正しい仕事でしょう。事実がどうかは、今の段階ではわからないのですから。

 今日はこの報告書を上げるのと、報酬として約束したいじめ加害者グループに被害者さんをターゲットにしないことを伝える指示をしておしまいですね。ティーパーティーも把握していないグループの被害に遭われた時には、頑張ってほしいものです。

*1
丸太組みの建物、ログハウスとも言います




 情報局秘密情報部と保安部は勿論MI6、MI5がモデルです。
実在の情報部も玉虫色で保守的な報告が多い(CIAからの評)らしいですが。

 チャーチルがプリンス・オブ・ウェールズが撃沈された時だったか「日本にそれだけの力があるなら交渉時に伝えて欲しかった」と言ったり、ベトナム戦争で米国が絨毯爆撃によってベトナム側に意思を伝えようとしたり、アングロサクソンも「言わなくても伝わるだろう」的な文化があるようなので、きっとトリニティにもあるのかなと。

 保安部がいじめを把握しても摘発しないのは法で定められた役割が違うからなのでおかしくはありません。役所仕草といえば勿論そうなんですが。

 閑話はこれで終わり、新章に入ります。

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