ハッピーエンドさんが好きです!でも家主さんがもーっと好きです! 作:三山畝傍
この話で触れた飲料全てが不味いという訳ではなく、メーカーによって味も異なり、たまたまジルが選んだ製品が全員の口に合わなかったというだけです。
デスクトップパソコンが鎮座した右の棚に雑多な本とDVDとCD、左には食品サンプルとファンシー(?)な雑貨、いつもの部屋。
外は海だか湖だか、足首くらいの水が水平線か地平線まで薄く膜を張るように溜まっている。
ローカルコトダマ空間だな。手を見てみると、僕は相変わらずぬいぐるみだ。イヴちゃんも寝てるのかな?と思って部屋を見渡すと、僕の真後ろにイヴちゃんが座っていた。おおう、とちょっとだけびっくりした瞬間に、イヴちゃんの手が伸びてきて僕を抱き上げた。
フオオー!!!!!!(歓喜)
「……わ、動いた……何これ……」
「僕だよ、ジルだよ」
びくっと跳ねたイヴちゃんに声をかけると、イヴちゃんはぎゅっと僕を抱っこしてくれた。イヴちゃんは起きてる……んだよな?目を瞑ってるが。仮に目を開けてても、イヴちゃんがコトダマ空間認識してなかったら結局見えないんだけど。
「……ジル……?ふかふか、ふわふわ、ふふ……」
イヴちゃんに抱っこされて僕は嬉死しそう。そんな僕の様子に気付いてるのか気付かないのか、イヴちゃんは僕の頭や背中を撫でたりきゅっと抱きしめたりしてくれる。あ、あかん。まじでこのままでは僕が興奮しすぎて死んでしまう。
「イヴちゃん、あの」
「……誰か、来る……」
こんこん、とドアがノックされて、がちゃりと開いた。
「やあ、お邪魔するよ」
百合園"セクシーですまない"セイアさんやんけ!!!
ローカルコトダマ空間内に冷蔵庫があったことに気付いた僕は2人に飲み物を出そうと開けてみたのだが。
ドクターペッ○ー、炭酸コーヒー*1、ル○トビア、黒○沙士、ピル○ルゴールド、ペプ○キューカンバー、緑茶ミント、パクチーレモン、餃子サイダー、フリ○クスパークリング……。
僕はそっと冷蔵庫を閉めた。まあドクペとかルート○アとかその辺は別に不味くは無いし個人的には好きだけど、ちょっと癖が強めだからなあ。っていうか偏ってないこれ?いかにもイヴちゃんが好きそうなラインナップだから、イヴちゃん好みが反映されてるんだろうけど。
ラインナップがちらっと見えたのか、百合園セイアさんは不思議そうな顔をした。
「お構いなく。夢の中だと、どっちにせよ味がしないことが多いからね」
「そうなんですか」
「……初心者は、炭酸コーヒー……」
イヴちゃん見えてる?見えてないよね?しかも絶対初心者向けじゃないよそのチョイス。
まあ味がしないならいっか……イヴちゃんのアドバイス通りで……。って出した炭酸コーヒーを飲んだ百合園セイアさん、凄い顔をしている。僕も飲んでみた*2けど味するじゃんこれ!うわ不味!めっちゃ不味いわこれ!
イヴちゃんが膝に抱き上げてくれてなかったら床を転がってたかもしれん。あー、イヴちゃんの体温が嬉しい。
「何の話をしに来たか忘れそうになったね。ええと、何だったかな」
まあわかるわ。衝撃的な味だもんな。悪い意味で。夢の中だからか、カフェイン効かないのは良いのか悪いのか。イヴちゃんも不味そうな顔をして飲んでいる。
「イヴちゃん、美味しい?」
「……不味い……この不味さが、嬉しい……」
いや不味いんじゃん?っていうかあれか?僕はこういうの付き合った記憶が無いなって思ったけど、遠慮して飲んでないのかな?だとしたら凄く嬉しい。
「起きたら覚えてないかもだけど、僕に遠慮して飲んでないなら、気にせず飲んで良いからね?」
「……ありがとう。見つけたらね……」
「そう、見つけたで思い出した。まあ、君達と雑談をして親交を深めるのもそれはそれで重要なことではあるのだろうけど、残念ながらお互い時間がそれほどなくてね」
「……というと……?」
「今、君達は椅子で仮眠しているだけだろう?どちらかが起きると、私のこの能力は使いづらくなる」
百合園セイアさんは一度言葉を切った。
「以前、ジルが言った『IP』という言葉を覚えているかな?」
「あー、言いましたね」
「私の推測だが、君達は1つの脳の中に複数の人格が共存しているのでは?」
イヴちゃんは座っていて膝上に僕を抱えている。イヴちゃんの太股と胸とお腹の感触を味わえるベストポジション。百合園セイアさんの言葉に反応してイヴちゃんがぎゅっと僕を抱きしめた。ぬいぐるみだからか痛くはないけどかなりぎゅーってなってる。嬉しい。喜んでる場合か?
「だからどうだという訳では無いよ。例えば事故のショックによる乖離だとか、イマジナリーフレンドがどうこうだとか言いたい訳では無い。私は医師、看護師、カウンセラーあるいは判事や刑事でもないからね」
まー出所不明の訳わからん外付けパーツやなんて思わんよな。イヴちゃんに悪影響がないことだけをマジで祈るよ。ほんとにね。
「人間の脳の構造は、モジュールのようなものだという説がある。君達の中の、ジル側に私はアクセスしているのではないかなと思っている。あくまで例だが、脳の番地で言えばイヴ側から遠いジル側に割り振られたところにいるわけだ」
「……なるほど……?」
イヴちゃんが少しだけ僕を抱きしめる力を緩めた。
「脳の睡眠という生理現象も、モジュール全てが休眠しているわけではないらしいが、どちらか一方でも起きると多分接続が弱まってしまう。君達ではないが、眠りが非常に浅い時にはそもそも接続ができなかった。これは精神が脳の上で動く……いや、話が逸れたね」
話が長いなあ。面白い話ではあるから、聞いてる分には構わないけど、どっちかが起こされたら不味いかもなんだよね?
「駄目だな。どうにも自分の長広舌は理解しているのだけれども。今日は重要ではあるが急ぎではない話をしにきたからかもしれない。君達にキヴォトスに古くから伝わる7つの問の話をしたくてね」
無理に炭酸コーヒー飲まなくて良いっすよ、百合園セイアさんもイヴちゃんも。
「……古文の授業で、やったような……?」
「内容までは考えなくていい例文として出てた気が」
「そう。『楽園に辿り着きし者の真実を、証明することはできるのか』。我々、トリニティとゲヘナが締結する条約の名は楽園の名を冠している」
東のかたにあった、エデンの園、楽園ね。
「太古の経典では最初に追放された人物と同じ名を持つ、イヴには知っておいてもらった方がいいと思ってね」
シスターフッドの教義は概ねキリスト教なんだけど、細かいところが違うんだよな。旧約聖書レベルの本が『太古の経典』って枠になっちゃってる辺り特に。
「……私は、きっとそんなに深くは関わらないと思います……」
「そうだね。自警団員の君が関わると言うことは、きっと紛争があるということだから、そうあって欲しいと思う……けれども、私の見える未来では」
やっぱり条約締結式とかで揉めるんかなあ。やだなあ。関わらずに済ませたいんだが。
イヴちゃんの身体がゆさゆさと揺れて、抱きかかえられている僕も揺れる。えっ、地震……じゃないな。誰かに起こされてるのか。
「ジルだけでも残れるなら伝言を頼めそうだが、無理か。邪魔したね」
百合園セイアさんが立ち上がった。
「……また、来てください……その、心配してくださってるのは、わかりますから……」
「そうだね。心配はしている。直接会ったことは無いが、ティーパーティーが迷惑をかけるであろう後輩だからね」
古則の意味の説明が無かったけど、まあこれは調べたらええか。百合園セイアさんが慌ただしく退出していき、イヴちゃんもパソコンを立ち上げた。
なるほどな。パソコンというインターフェイスを通じて身体を制御するんだから、夢を見てる状態からの目覚めを横から観測するとこうなるのか。
全然寝た気がしないし実際は寝てても許されそうだけど、僕も起きるか。えーログアウトログアウト。
360,000文字(国際単位系の1夏彦相当)を超えました。まだエデン条約編入ってないのにセルフで驚きです。読んで下さっている皆々様のお陰で書き続けられてます。ありがとうございます。
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