パンパカパーン! 魔法使いと合流しました! 作:尻尾の抜け殻
□
ミレニアム、ゲームセンター。
昨日と同じ場所、同じ筐体で、同じように硬貨を入れて飽きもせずに作業ゲームに勤しむ。
入店早々レアカードに恵まれ気分はとても良かった。
しかし今日は日曜日、明日は月曜日で仕事がまた始まると思うと少し憂鬱な気持ちになる。
ゲヘナ地区へ帰るため日が沈む前には電車に乗らなければならない。
残りの時間はそこまで多くはない、刻一刻と迫るタイムリミットに焦りが募るが毎度のことだ。
それを忘れるために筐体の画面を注視した。
場面が切り替わり、一瞬のロードで画面が暗転する。
にこやかな笑顔の子供が反射して見えた。
腰よりも高い筐体の椅子にちょこんと座ってこちらを見ている。
……見てるだけで面白いか、勇者。
昨日とあんまり変わり映えしていないが。
「はい! とっても。
一見何の進歩もないように見えますが、着実にレアカードは集まっていますので」
そうかい。
まぁ君がそう言うなら俺は構わないが。
つまらなくなったらすぐに帰っていいんだぞ。
昨日の時点で察していたが、このアリスとかいう少女は普通の子供とはあらゆる方面で価値観がズレているらしい。
初対面に対する人との距離感もそこに含まれている。
外を出歩いたことの少ない、良いところのお嬢さんなのだろうか。
遺憾ではあるが、思ったことをそのまま口に出しているような表裏の無さは俺には少しばかり心地良かった。
倫理観は狂っていると思うがこのキヴォトスの住人は総じてどこかしらずれているから誤差だ。
どうやってお引き取り願おうかという気持ちがずっとあるのだが、ゲームに没頭していく内に頭の片隅から滑り落ちていきそうだ。
筐体の画面の前に頬杖を置いてだらだらと舵を動かす。
このゲームはもう目を瞑っていても周回が続けられる、そんな自信が出てきた。
「時に魔法使いのおじさん。
今やっているこのレア掘りですが、最終的な目的はカードをコンプリートすることですか」
いや、そこまでは目指していない。
来週からイベントが開催されるんだ。
期間限定のステージで最高難易度をクリアするのが目的だ。
この手のゲームにはクリアは存在しない。
一般的なソーシャルゲームと同じく定期的にアップデートされてサービス終了まで果てがない。
だから名残惜しさはあるが切り上げなければならない。
体は一つしかない、他にもやりたいゲームがあるのだ。
出てきたカードがあるから再開しようと思えばいつでもできる。
そのまま引退する時もあるが。
大抵はそのままサービスが終了して二度とできなかったりする。
可能な限りは満足するまでやりこんでから次へ行きたい。
程々のラインを見極めるのはとても難しい。後悔は山ほどある。
筐体本体にもそういう情報は書いてあるが来週からイベントステージが始まる。
もう手に入っているが、この掘りで手に入るレアカードはボスマスへ直行するためには必須だとネカフェで下調べしてある。
で、そのレアカードを育てながらあわよくばレアリティの高いものを狙ってる。レアリティが高いとステータスが上がるから。
土日しかできないが可能な限り最高難易度のクリアを狙うつもりだ。
見ているだけでどこが面白いのか。
時間が経てば焦れてどこかへ行くだろうと思っていた自分が甘かったらしい。
初対面の人間を追跡するような頭のネジがぶっとんだ子供だし、元の世界の倫理観を重ねるべきではないのだろう。
かといって邪険に扱えばお巡りさんが飛んでくる可能性がある。
職質されて身元証明がないことがわかってお尋ね者、そのパターンだけは何としてでも避けなければならない。
ミレニアムのゲーセンを制覇すればどうでもいいが、それまでは穏便に済ませたい。
治安の悪いゲヘナは不良たちに絡まれて散々だった。
とはいえ――
「……?」
じっと勇者の顔を見つめると気が付いたのか彼女は首を傾げた。
ミレニアムの学生にロックオンされた時点で分が悪い。
彼女は身の丈ほどの大きな武器を持っているが武器を携帯している学生はこの世界においては普通だ。ヘイロー持ち同士の戦いを何度か見たことがあるが初見時は自分の目を疑った。
彼女らは撃たれても痛いで済むのだ。
普通の人間は撃たれれば死ぬ。
それは俺も同じだった。
それだけではない、同じ銃火器でも使用者が異なればその攻撃力は変わるらしい。
以前ゲヘナで観察したことがあるが、あちらの最高戦力らしい風紀委員長の放つ弾丸とその他の学生の放つ弾丸は格が違う。
私見だが、彼女らはヘイローを通して武器に何かを付与している。
魔力と同質だと考えているが少なくとも俺の知る魔法はこの世界にはないらしい。
彼女らのそれが科学によるものなのか魔法によるものなのか、俺にはわからない。
過ぎた科学はもはや魔法と同義であるが彼女らは誰かが造った英知の結晶なのだろうか。
生物としての格が明らかに違う。
元の世界で彼女らが存在すればさぞ愉快なことになっただろう。
とはいえここまで大きな武器を携帯している生徒はミレニアムどころかゲヘナでも見ない。
見た目に反してそこまでの長物ではないのだろうか。
何でもないと大きく息をついて席を立つ。
気分転換だ、勇者よ、昼飯を兼ねて適当にここらの出店をうろつくぞ。
付いてくるか?
「同行イベントですね!
行きます!」
両手でガッツポーズをしてとてとてと俺の後に続く勇者を見て彼女のこれからが心配になった。
あと、できれば横を歩いてほしい。
□
勇者よ、前が見えないだろう?
俺の前を歩け。
で、おすすめの店を適当に選んでくれ。
隊列変更だ。
ミレニアム都心部付近、様々な飲食店が立ち並ぶ街のホットスポットの一つだ。
機械の外装の都合で体格も背も大きくなっている俺が先頭だと背丈の差がありすぎる。
彼女は二つ返事で俺の前を歩く、素直過ぎる。
因みに勇者が好きな食べ物は何だ?
「アリスの好きな食べ物ですか?
ええと、私はまだ多くの物を食べたことがないので。
魔法使いのおじさんが好きなもので――」
最近の若者の間で流行っているやつでいいぞ?
混んでいるなら、一昔前に流行ったものでもいい。
「検索します。
…チュロスという食べ物がミレニアムで流行っていたそうですね
混んではいますが待つほどではないみたいです」
じゃーそれ食おう。
悪いな、ここらにはあんまり詳しくないんで。
金くらいなら出すぞ。
彼女の言葉に違和感を覚えつつもできるだけ自然な足取りで後ろに付く。
丁度肘の位置に彼女の頭が来る。
ここらが丁度いいだろう。
――記憶を消すか。
ヘイローを避けて彼女の頭の上に手を乗せる。
全身にノイズのような振動が機械鎧へ伝う。
記憶消去は初めてではない、金を出せと喧嘩を売ってきたゲヘナの不良で慣れている。
後は認識阻害を再展開して人混みに紛れたらいつも通りだ。
「???」
あれっ?
「モモイに教えてもらいました。
女子の頭に手を乗せる行為は状態異常ナデポを誘発させると。
魔法使いのおじさんからの状態異常はアリスにはちっとも効きませんよ?」
すまん、機械の鎧の誤作動らしい。
…すみませんでした。
……以後気を付けます。
ちょっとだけ彼女の言葉がきつくなったのは理解できた。
ナチュラルに煽られた気がしないでもないが、無遠慮に女性の体に触る行為だった。
素直に謝る。
しかし、流石だな勇者よ。
状態異常が効かないのか。
「はい!
モモイのゲームで熱暴走は幾度も経験しましたが、簡易な状態異常はアリスには効きません!
勇者なので!」
そっかぁ…
逃げられないんだが?
逃げれないのは魔王だけの特権じゃなかったのか??
□
「おいひいです!
アリス、初めて食べました!」
……そうか。
公園でベンチに座ってチュロスを頬張る勇者を眺め、立ったままの俺は手に持った棒状のお菓子を見つめた。
店内で食べる物でなくて安心したが、これからどうしようとここに来るまでずっと考えていた。
記憶消去があまりにも楽だった、それ故に他の手段を用意していない。
俺からすると彼女らは超常の存在だ、効くという前提で動いていたのが俺の怠慢だった。
最悪な形で例外が目の前に現れてしまったわけだが。
「魔法使いのおじさん、食べないのですか?」
機械の頭を外してチュロスを食べる。
振りかけられた砂糖を零さないようにゆっくりと咀嚼する。
あっま。
「やっぱり先生と同じ、外の世界の人なんですね」
やはり認識阻害も思考誘導も効いていない。
人祓いも効いてなかったと見るべきか。
「?」
ふぅ、五臓六腑に糖分が行き渡るぜぇ!
「ユウカが言っていました!
お菓子は別腹だと。
つまり肉体のストレージとは別領域に保存されるということ」
おっそうだな。
じゃーこの後おやつにカレーでも食べるかぁ。
えぐいほど甘いチュロスを頬張って、すぐに胸やけがして、もう若くないことを自覚させられた。
その後コンビニの激辛カレーを奢って見たことないくらいに顔が険しくなる彼女の姿を見て爆笑した。
どうやら初めて食べる物が多いらしい。
重大な問題に直面した時、人はどうするか。
俺は逃避した。
単純そうなこの子供なら周囲にバラして回らない気もするし、よほど機嫌を損ねなかったらどうにかなりそうだとも思う。
いざとなったら高跳びすればいい。
ゲヘナのゲーセンに戻るという手もあるし他の地区もまだ見ぬゲーマーの巣窟があるに違いない。
□
えぇ…寝たよ…
ゲームセンターに戻ってしばらく。
筐体の画面の反射で彼女の姿を見ると後ろの筐体に体を預けて眠っていた。
他に客がいないから迷惑にはならなさそうだが。
結構大きめの音が流れているのに眠れるとは。
確実に適応し始めてるな、ゲーセンに。
ヘイロー持ちは意識を失うとヘイローが消える。
寝たふりとかできない種族なんだなと気絶させた不良を見て思ったことがある。
彼女のヘイローが明滅してから消えて、そのまましばらく放置して。
夕方、明日は仕事だからそろそろゲヘナ方面へ帰る時間だ。
硬貨を財布に入れ、カードを全部スリーブに入れて片付けて、最後の一枚の印刷を待っている。
さてどうするか。
声をかけて呼びかけるが反応はなし。
これがゲーセンに適応した者の末路だ。少しの音では気が付かない。
体を揺らして強引に起こすしかないか。
そこでふと気が付いた。
ヘイローの消えているこの状態なら記憶を消せるかもしれない。
試す価値はある。そう思い、彼女の頭に手を伸ばした。
同時に臀部に何かが当たった。
「そのチビにそれ以上手を伸ばすなよ。
ケツの穴を増やしたいなら別にいいが」
ゲームセンターにおいても俺の認識阻害は効いている。
ここを通りかかる店員はこの筐体があること認識しつつも忘れ、客は俺が座っていることを知っているのに気が付かずに避けて通る。
認識阻害とは無意識の改竄である。
俺の姿が視界に入った瞬間から効力を発揮し、その違和感には気が付けない。
俺がこの世界に来てから毎日欠かさずに使っている魔法の一つだ。
思考を変える類ではなく、あくまで意識を逸らすもの。
その魔法を知っていて俺という存在を意識することができればレジストは容易だ。
それを突き抜けるということは俺ではなく、彼女に用があったのだろう。
もしくはまた例外が現れたか。
――迂闊だった。
初めてあった時も彼女は誰かと待ち合わせをしていた。
ここにその知り合いが偶然通りかかる可能性は大いにあったのだ。
彼女に会ってからあまりにも日常の行動に粗が目立つ。
それに気が付かないのは致命的だ。
待て、誤解だ。
「何がだ」
事案じゃない。
「どうやら自覚はあるらしいな。
だがそれを判断するのはあたしじゃねぇ」
この子とは日が浅いがゲーム友達なんだ。
「ゲーム友達ぃ?
へぇ、じゃあゲーム友達ってのは眠ってる子供の頭を無遠慮に触るものなのか?
学生同士のじゃれ合いのようには見えなかったな?
大人と子供だからなぁ?」
それに関しては出来心というか、なんというか。
「事案だな」
事案だよな。
待て、まだ認めるわけにはいかない。
両手を上げて振り向こうとするが相手は俺のかかとを踏みつけて押さえつけている。
手慣れている。
自分の優位を崩させようとしない。
声のトーンと銃の位置から彼女と同じくらいの背丈。
小中学生くらいの身長だ。
どんなアクションでも銃弾の方が早い。
機械鎧のお陰で数発は生きられる自信があるが、連射できる銃なら間違いなくケツの穴が増えることになるだろう。
わかった。
警察を呼んでくれていい。
だがその前にこの子を起こしてくれないか。
夕方で俺はそろそろ帰る時間で、彼女をゲームに付き合わせた手前、勝手に帰るわけにはいかなくて。
呼びかけても起きないんで揺すろうとしただけなんだ。
頭だったのは出来心だ、嘘じゃない。
「……」
考えているのか背後の少女からの返答はなかった。
それもそのはずだ。
彼女を起こすということは背後を取ったこの優位を崩すということ。
未知数の相手にやっていい行動ではない。
それをわかっているということも含め、手練れの傭兵を連想させた。
ゲームセンターの音源は変わらず大音量で辺りに流れている。
すぅ、と大きく息を吸い込む音が聞こえた。
「オイ!起きろ、チビ!!」
「はい!アリス起きました!!
ひぅう!?」
びくぅ、と勇者は大きく痙攣し、目を閉じたまま勢いよく筐体の椅子から立ち上がったと思いきや、筐体の椅子が高過ぎてそのままずっこけた。
膠着状態の真横に勇者が滑り視界から消えた。
「や、野生のネル先輩が現れました!」
両手で手刀を構えて急に挙動不審になる勇者。
ゲームセンターの騒音の中でも飛び起きる程に彼女にとってこのネル先輩というのは苦手な存在らしい。
ともあれ状況は動いた。
勇者、状況を見てくれ。
「え、えっと。
魔法使いのおじさんがネル先輩に銃を突きつけられています!
弱い者虐めです!」
暴力反対、と言って慌てている勇者を見たからか張り詰めた空気が緩んだせいか、背後の彼女は大きくため息を吐いてから銃を降ろした。
「――で、申し開きはあるのか、おっさん」
ないです。
本当に、すみませんでした。
「だそうだ。
警察に突き出せるがどうする」
「大丈夫です! せっかくできたパーティメンバーをブタ箱に入れるわけにはいきませんので!」
「そういうことだ。
運が良かったな、おっさん」
裁判は終了、被告(俺)は無罪放免だった。
筐体の椅子で胡坐をかく朱色の子供はどこかつまらなさそうに舌打ちをした。
着崩したメイド服に横須賀ジャンパー、所謂スカジャンを着た風変わりな格好をした子供だ。
勇者曰くミレニアム三年の先輩らしい。
三年、中学三年生かぁ…
背は勇者の方が高そうだ、頭は誰よりも高そうだけど。
わざわざ自分より背の高い勇者をチビと言っているあたり、その態度の大きさが窺い知れる。
こじんまりとした風貌に合わぬ鋭い眼光。
普通の不良は違うらしい。
勇者が正座している俺に耳打ちしてきた。
「ネル先輩はボスキャラなので逆らわない方がいいですよ」
そっか。
避けられないタイプのシンボルエンカウント式か。
大変だな勇者。
「聞こえてんぞテメェら。
で、チビ。
このおっさんが昨日話してた魔法使いってやつか。
…一度痛い目見ねぇとわかんねぇのかお前は。
知らないヤツに付いていくな」
「でも!
折角見つけたパーティメンバーなので!」
「…そうじゃなくてだな」
朱色の少女は頭を掻いて考え始めた。
意外と面倒見のいい先輩なのかもしれない。
いいタイミングだと思うから口を挟もう。
それを彼女に言わせるのは俺としても心苦しい。
勇者、俺とパーティを組んでくれたのは俺が共に冒険しようと言ったからだよな。
「はい!」
でもな、世の中にはパーティを組んだのに裏切ったりする奴がいるんだ。
勇者の持つアイテムを狙っていたりするかもしれないし、勇者自身が目的かもしれない、ロリコンだね。
君の先輩はそうならないように注意しているんだ。
「でも、魔法使いのおじさんはそんなことをする人じゃない、ですよね?」
期待するような目で彼女は俺を見た。
その前提がまずおかしいことに気が付いていない。
今、この状況で君を裏切ろうとしていました、なんて言うほど正直な人間はいないさ。
まず人を疑えとまでは言わない、だけど、人を信用するかしないかを決めるには少しだけ早かったんだ。
君と君の先輩との関係は知らないが、少なくとも俺よりは信用できるだろう?
「いえ! ネル先輩よりも魔法使いのおじさんの方が信用できます!」
「あァ!?」
あれ風向きが。
「魔法使いのおじさんはチュロスを買ってくれました!
ネル先輩はゲーム開発部に置いていた私のプリンを勝手に食べました!」
「うぐっ!
…そんな昔のこと根に持ってんじゃねーよ!」
「三日前です!
一月前もです!」
これはこの子が悪いな。
日頃の行いかぁ…
どうやら俺の思い過ごしだったらしいな。
すまんな、説教みたいになってしまって。
それで話はまとまりそうか?
そろそろゲヘナ行きの電車に乗る時間なんだが。
すごい形相の少女に胸倉を掴まれて必死に抵抗する勇者を微笑ましく眺めて鞄を手にする。
トラブルがなければ来週もゲーセンに通うから。
縁が合ったらまた会おう。
プロレス技を極められて地面をタップする勇者に手を振りながら別れを告げた。
□
ゲヘナ方面行きの電車内。
自分の寝床まで戻るのは終電になるだろうか。
明日の仕事を思い浮かべ、ため息交じりの息を吐いて窓の外を眺めた。
日はすっかり落ちて淡い夜の色が夕空を追いやっている
どこからでも見えるサンクトゥムタワーが淡く光っている。
車内を一望する。
様々な服を着た獣人と機械がつり革を持って立っている。
女性専用車両が当然のようにあるが獣人と機械の人間の性別はなんとなくでしか見分けがつかない。
誰一人として自分と同じ人間はいない世界、もう慣れたな。
片道切符でこの世界にやってきたが出て行きたいとまでは思わない、とはいえ今日は肝が冷えたな。
そういえばシャーレの先生が俺と同じく生身の人間らしい。
ゲヘナとトリニティとの間で条約が結ばれるとか結ばれたとかいう話は巷でも有名だ。
戦闘能力を持たない人間らしいが、もし本当なら彼は本物の聖人と言えるだろう。
不健全な生活をしてオタク趣味な俺とは真逆の完璧な人間に違いない。
そんな立派な人間と正面から会うとは少しイメージできないな。
実際治安は良くなってきている、らしい。
まだそれが体感できていないのか、それともその程度しか効果がないのかわからないが。
とはいえ、俺がまだ外を闊歩できる程度には治安は良くないのだ。
いずれ俺のような人間が表立って外を出歩けなくなった時、改めて世界を出よう。
何駅か経由して人がまばらになってきた頃にようやくつり革から手を放して車内の席に座ることが出来た。
鞄に入れておいたエナジーバーとゼリー飲料を取り出す。
昼飯代わりに昨日買っていたが結局食べなかったな。
まだチュロスの甘さが口元に残っている。
10倍カレーを食べさせた時の勇者は迷いの無さといいまさしく勇者だったな。
と、思いに浸っている場合ではない。
もう彼女とは会うべきではないだろう。
ミレニアムにもしばらく足を運ぶべきではない。
自然な形で別れるために来週来ると伝えたが、真っ赤な嘘は悪い大人の専売特許だ。
丸一日一緒にいたから少しくらいは察しが付く。
素直が過ぎる、人を信用してしまう、怖いほどに。
本気でわからないんだろう、何が違うのか、良し悪しが。
だから昨日初めて会った俺と付き合いのある先輩とで優劣が付けられない。
等価値にみえる。
それは彼女に経験がないからだ。
積み重ねた人生の経験が足りない。
記憶喪失、それも特殊なケースだ。
健忘症とは次元が違う記憶の欠如。
成熟した脳と未熟な心。
意図して記憶を抹消された人間と似ている。
――まぁ、そういう人間もいるだろうな。
俺には関係のないことだ。
彼女のこれは天然、それで十分だ。
車内飲食禁止という車内広告を正面に見据えてエナジーバーを開封する。
誰も何も気にしない、認識阻害は当然のように俺を隔離する。
瞬間、ドーンという轟音と不自然な揺れが車内で起きた。
誰かが発砲した、というよりもこれは爆発音だ。
後ろの車両からたくさんの獣人や機械の人間がこちらの車両へ押し寄せてきた。
「テロだ!
トレインジャックだ!」
誰が叫んだかわからないが大方状況は理解した。
人が津波のように押し寄せて先頭車両へ移動していく。
少しして大きな機関銃を持ったスケバンの女子生徒たちが通り過ぎていく。
いつもの。
なんか慣れた。
そんな気持ちが込み上げる。
認識阻害は滞りなく効力を発揮している。
先頭車両に人が集まる中その手前の車両の俺には誰も気にしない。
女子生徒たちの声が嫌でも聞こえる。
どうやら女性専用車両と分けられヘイロー持ちと隔離しているこの状況なら行けると判断したらしい。
これは天才。
エナジーバーを頬張る。
必要最低限よりちょい高いくらいの栄養素が五臓六腑に染み渡る。
「おい、なんだあれ」
スケバンたちが電車の窓を指差す。
外を見るとサンクトゥムタワーが淡く光る街並み…は見えずに何か砂ぼこりが舞い上がっていた。
「あれ…人じゃね?」
隣の席で窓に指をさすテロリストの指先をなぞると確かに人影らしいものが見えた。
うわ、マジだ。
なんだ、セグウェイで爆走とかしてるのか?
夜の視界が悪い中でゆっくりと人影が近付いてくる。
「おいミレニアムの制服着てるぞ!?
まさかあれが噂のC&Cか!?」
「バカ、C&Cは全員メイド服だ。
あれは……なんだ!?」
あれ、勇者じゃね?
なんか手を振ってる。
ばっちり俺と目が合ってる。
あ、電車がトンネルに入った。
疲れてるのかな、きっとそうだ、と震えた声を上げるスケバンの声を無視して目を閉じる。
どすん、と連結部から音が聞こえたのは気のせいだと思いたい。
叫び声を上げながらスケバンたちが後退しながら先頭車両の方へ発砲を始めたのは幻聴だ。
「光よ!!」
スケバンごと後ろの車両が光に飲み込まれた。
目を開けると風通しが良くなった車両と俺の目の前にカードを差し出す勇者の姿が見えた。
「魔法使いのおじさん、レアカード、忘れてましたよ!」
そっか…ありがとう勇者。
代わりと言ってはアレだけど、これを受け取ってくれ。
今日一日こんな俺に付き合ってくれたお礼だ。
震える手でそれを受け取り、代わりに財布を差し出した。
有り金全部入ってるからこれで許してくれという意志表示だ。
「わあ! アリスはクエスト報酬を手に入れた!」
飛び跳ねるように嬉しさを隠そうとしない勇者。
「またパーティを組みましょう!
魔法使いのおじさんにはマーカー…フレンドを結んでいるのでいつでも会いに行けますし。
では、また来週ですね!」
勇者は夜の闇の中に消えていった。
どこだ…俺の体のどこにマーカーがあるんだ!!
裸になって体の隅々まで探したが発信機らしいものは見つからなかった。
来週ミレニアムに行かなかったら家に凸される。
その日俺は一睡もできなかった。