パンパカパーン! 魔法使いと合流しました! 作:尻尾の抜け殻
□
「これは…何かの冗談か?」
木曜日の午後、昨日と同じ時刻に現場へ到着した、はずだった。
昨日と同じ場所のはずだ。
しかし昨日とは違う景色がそこにはあった。
見覚えのない建物の残骸、砕けた地面、砂に埋もれた重機たち。
現場監督が輸送車の中で地図と位置情報を確認している。
輸送車両から外に出た俺たち作業員は様変わりした道路に立ち尽くしていた。
「この道路は昨日、俺たちが舗装した場所で間違いない。
だが、なんで建物の残骸が道の真ん中に倒れてるんだ。
風で飛んできたのか?
ハハ、笑えるぜ」
倒れているのはどこかのビルの残骸だ。
俺たちの目の前に屋上のヘリポート部が道路に横たわっている。
舗装したばかりの道路は大きな亀裂が開いていた。ヘリポートの半分が地面に埋まっているということはその分陥没もしているということだろう。
これでは作業が始められない。
撤去する作業は流石に専用の機械なしでは始められない。
横になっているビルの内部へ勝手に入り込む。
中は悲惨だった。
言ってしまえばスクラップの山。
オイルのような臭いが部屋中に充満している。
俺に現場検証なんてできやしない、仕方なく他の人間を呼んでくる。
「飛行機事故ってあるだろ」
流石は元マーケットガードというか、呼んだら入りにくいビルをするすると難なく入り込み惨殺現場へやってきた。
横を向いているビル内部のオフィスを見渡して彼はそう俺に話し始めた。
「勢いの付いた状態で地面や海面に真正面からぶつかるとどうなるか、わかるか」
ぺちゃんこになる。
「そうだ、飛行機の外側はそうなる。
同様に内部は内部で物体が潰れ合うらしいぜ。
機内は潰れる前に中身が高速で移動するんだ。
推力に揚力、抗力、慣性とか飛行機が飛ぶ全ての力が都合の悪い方に作用するとか。
流体力学や航空力学みたいな専門分野は欠片もわからんが。
慣性や様々な移動のエネルギーが一瞬で機内に加わるのさ。
当然人間同士もぶつかる。
機内の壁にまとまるんだ。瞬間的にな。
車の衝突なんて目じゃないくらいの力だろう。
原型なんて留められるはずがない。
…こいつら何十人といたんだろうが、壁を貫いて合体してやがる」
これは飛行機じゃなくてビルだが。
「見ればわかる。
飛行機ならその状況から火事が起きるがこのビルでは起きなかったらしいな」
その飛行機事故のようにビルが高速でここまで飛んできたってことか。
「そういうことだ。
この砂まみれのビルがアビドスのどこにあったか知る必要があるな。
このオフィスに残ってるもので何かわかるかもしれねぇ。
現場監督なら調べられるだろう」
いいけどよ、それは俺たちの仕事か?
「…そうだな。
久々にこんな酷いもん見たからか、昔を思い出したぜ。
お前、度胸あるな。
こんな死体、見たら普通はゲロ吐いたりするもんだぜ」
気の毒だな、とは思ってるよ。
機械の人間の死体は、あんまり抵抗がないんだよな。
スクラップだな、としか思えていない。
血の通った人間だったり死体と糞尿の臭いが立ち込めていたら話は違っていたはずだ。
実際に見たわけではないが、状況から昨日ここらを通っていた武装集団のなれの果てかもしれないと思った。
「だが誰かが原因を突き止めなければならないだろう。
同じことが俺たちに起きないとも限らない。
いつ崩れるかも知れないし出ようぜ」
ビル内部の話を全員に共有し、程なくして仕事の中止が言い渡された。
誰一人文句を言うものはいなかった。
来週あたり撤去作業の依頼が入るんじゃなかろうか。
流石にクレーンはド素人には無理だ、教えてもらえればできるかもしれないが。
時間の無駄になってしまったな。
輸送車両の中でこれからどうするかを考えたが思いつかなかった。
土日をミレニアムで過ごすくらいはあるが少し心許ない。
切り詰めればいけるだろうか。
職安に戻り普段着に着替えると待っていたかのように現場監督が姿を見せた。
「よぉ、災難だったな、お互いにさ。
輸送車両を使った代金は自腹なんだよ、まったく嫌になる。
で、そんなお前にすぐに稼げる仕事があるんだが。前と同じでさ」
待ってました。
あると良いな、程度でしたが。
今すぐでいいですか。
「あんなことがあった手前、よくやる気になれるな。
無理かもって思ってたんだが」
そりゃあんな死に方なんてしたくないですが、宝くじで当選するくらいの確率じゃないですか、自分から飛び込まない限りは。
「何が飛び込む切っ掛けになるかわからんものだが。
まあいい、いつも通りに俺の名義で受注してくれ。
担当者が変わったのは知っているか?」
変わったのは知っていますが誰になったかは知りませんね。
「今は受付がいない、代理だ。
今日からバイトを雇ってるらしい、若い娘だ。
…気を付けろよ」
どういうことだろう、という疑問は一瞬で氷解した。
いつもの受付に立っていたのは機械の職員ではなかった。
若い娘だった。
なんというか、目力があるというか、殺すくらいの勢いで俺の方をじっと見つめている。
きっと今の俺と現場監督の会話が聞こえていたのだろう。
黒い髪に顔を半分覆っている黒いマスクをしている。
胸元にバイトではなく研修中という札が見えた。代用だろう。
ヘイローがあるから間違いなく学生ではあると思うのだが。
えっと、仕事の依頼を受けたいのだけど。
名前言っていい?
「……」
あの。
その。
「……」
更に目つきを鋭くしている。
心なしか眉間に皺が寄っている気がする。
どうすんのこれ。
あ、バイトだからどうすればいいかわからないのかな。
マニュアルとかもらってないの?
「…!」
端末に名前を入力したら対応した依頼が出ると思うんだけど。
前の人はそうしてたし。
「なるほど」
マスク故にか、篭った声で彼女は確かにそういった。
遠巻きで機械の職員が俺に向かって親指を突き出していた。それたぶん君の仕事なんだけど?
あれだろうか、新人に話しかけにくい先輩社員的な。
ブラックマーケットでヘイロー持ちがバイトをしているのはそう珍しいことではない。
大抵は学校をサボったり辞めたりしているスケバンたちであるが、彼女も似たような境遇なのだろうか。
PCの操作は慣れているのかそれとも端末が優秀なのか、マニュアルを見ながらするすると手続きが終わり書類を差し出した。
「できた」
じゃ、今回の依頼を拝見させてもらおう。
書類を受け取り目を通し、依頼内容に明らかな違和感がないことを確認してサインをする。
今すぐ砂漠へ向かえば夜には帰れるだろう。
よし、じゃあ行ってきます。
お嬢ちゃんもバイト頑張れよ。
「…あぁ」
無口な子だな、と思ったがそれ以上のことは考えなかった。
最低限の荷物を持って職安を出た。
深夜、職安に帰って来た時には既に日付が変わっていた。
最短距離で行って戻ってきたがそこそこ時間が掛かってしまった。
だが気分は晴れやかだった。
これでいつも通り金が手に入るし、この時間帯なら昨日と同じくゲヘナのスーパーマーケットにあるガムボールの筐体で人目を気にせず遊ぶことができる。
砂を払い落として受付に向かうと深夜時間にも関わらず同じ学生のバイトが立っていた。
見たところ他のも職員はいるが受付に立っているのは彼女だけだった。
バイトなのに深夜残業とは感心だなお嬢ちゃん。
…いや、マジで交代の人はいないのか?
「……」
答えないということは、いないということだろうか。
その分金が入るなら悪い事ではないと思うが。
事務仕事に体力も何もないと思うが、精神的な疲労は蓄積する。
ただ見たところ精神的な疲労感も感じさせていない。
今日の応対を見たところ初日なのではなかろうか。
バイトに初日から残業させるとはやるな職安。ここでは絶対に定職に就かない。
事務仕事に慣れているのだろうか、あるいは静観することそのものに慣れているのか。
彼女から返される言葉はなかったが不快感はない。
口数が少ない人間と話すのは楽だ。
会話が一方通行になりがちだが、それが俺にとってむしろストレスが少ないからだ。
ケースに入れていた依頼の品を受付の机の上に置く。
依頼のアンティキティラだ。
欠片でいいんだよな、そっちで分解してくれ。
「分解?」
…えっと、前もこういう完全なものはそっちで分解してもらってたんだ。
数が足りないと思うが完全なものを砕くなりすれば大丈夫だと前の職員は言ってたんで。
俺も詳しいことは知らないんだが、そっちに任せきりだったし。
他の職員の誰かに聞くなりしてくれないか。
「わかった。
納品した物を預かる」
よし、分解は時間がかかる事になるのは知ってる、いつも通り金は明日取りに来る。
流石に眠いんでな。
お嬢ちゃんも残業頑張れよ。
少しヒヤッとしたが新人なら対応を知らないのは仕方がないだろう。
とはいえこういう依頼で何度も納品しているのだから分解の話くらいはしてほしかったな。
ブラックマーケットを出て帰路に就いた。
□
金曜日に日付が変わってからしばらく。
昨日と同じく徒歩でゲヘナまで戻り、スーパーマーケットまでやってきた。
歩きながら食べたゼリー飲料を自販機の隣のゴミ箱に入れて。
財布を開いて確認する。
お金ヨシ!
袋ヨシ!
筐体ヨシ!!
誰もいないことを目視で確認して100円玉をガムボールの筐体へ投入した。
今日やるのは隣の筐体、昨日のが迷路を上るタイプだったが今回は坂を上るだけのタイプ。
ハンドルが上下には動かず左右のみなのでこれは力の調節が特に難しそうだった。
ことり、とガムボールが最下部に出てきた。
ハンドルを両手で握って軽く揺らす、最初の坂は力いっぱい傾けても落ちることはなかった。
すいすいとガムボールが坂を上っていく。
昨日のに比べると簡単だな、と調子に乗っていると勢いが強すぎてガムボールが筐体のプラスチックの窓にぶつかって落ちた。
そこはかとない敗北感に拳を握る。
数分後、袋の中でガムボールが山になっていた。
原因は間違いなくゴール手前の小当たりだ。
ゴールには大当たりと書かれていてガムボールが3個出てくる仕様なのだが、その直前の小当たりは2個出てくる。
どういうことだ、昨日のは直前の落とし穴に落ちても1個だけだったというのに、これは2個だと?
上に行くほど案外落ちやすく勢いがあればあるほど坂を飛び越えるか小当たりに落ちるかの二択になる。
最適な力加減でなくては一番上の大当たりには辿り着けない。
まずい、昨日と同じくらいの回数失敗しているだけなのにガムの数がほとんど倍だ。
救いは坂を転げ落ちるだけならスタート地点に戻るだけだということか。
昨日の経験もあってか小当たりの前まで行くのはかなり早いが結局はそこからは運も絡んでいる。
息を止めて手の振れを最小限に抑えてトライする。
理解した、これは昨日のやつよりも難しい。
大当たりの3個は何もおかしくはなかった。妥当な対価だ。
通算26回目、ついにゴールへ辿り着いた。
長かった、昨日の倍以上もこの筐体に吸い込まれるとは思いもしなかった。
重くなったコンビニの袋を見ないようにしながらゲームクリアに酔いしれた。
視界の端で自販機の前にゲヘナの風紀委員長が見える気がするが完全に幻覚なので気にせずにコンビニで買ったワンカップを開ける。
五臓六腑に仕事終わりのアルコールが染み渡る。
大満足で自宅の方へ足を進める。
「おい」
スーパーマーケットの敷地から出てすぐに呼び止められた。
振り向けば職安のバイトの子が立っていた。
何事だ、という疑問よりも俺の所在がここであると何故わかったのか薄ら寒い気持ちになった。
「納品した品だが、その件で話があるそうだ。
追加報酬だと。
今すぐに戻ってくれ」
追加報酬?
契約書にはそんなことは書かれてなかったが?
「私が知るか、お前を連れて来ないと私の給料が入らない。
抵抗は無駄だ、来てもらうぞ」
いや、いいけどさ、そんな言い方されるとすっごく怖いんだが。
酒を飲み干してブラックマーケットの方へ戻る。
これは自宅まで帰ったら日が昇ってそうだ。
ため息を吐いて深夜の街中を歩く。
なぁ、せめて横を歩いてくれないか。
「……」
どうやら会話を楽しむつもりはないらしい。
受付にいた時はあまり気にならなかったが彼女は女性にしては長身だとわかる。
で、なんと俺の横を歩いてくれない。
俺の背後を歩く、くそ、身長差はあるが髪も長いし、こいつも勇者と同類か!
誰もいない道でずっと後ろを歩かれるの、精神的にきついだけなんだが。
職安まで歩くの結構時間かかるからさ、それまでずっと後ろを歩くつもりか?
「…やはり追跡されているか」
俺の話は耳に届いていないらしい。
そんな呟きに俺も後ろを見る。
遥か後方、夜だから当然なのであるが闇が広がっている。目視した限りは誰もいない。
嗅覚でもあるのか彼女は舌打ちをしてアサルトライフルの安全装置を外した。
「走れ、尾行されている」
片手で強く背を押され言われるがままに走り出す。
状況がわからないが何か面倒なことに巻き込まれているのは理解した。
誰が追って来ているんだ?
「さっきお前の近くにいただろう」
追われる理由がないんだけど?
もしかしなくてもゲヘナの最高戦力でしょうね??
そもそもなんで尾行なんてされるのか。
――ああ、俺、やっぱり不審者だった…!
人気のないスーパーマーケットでゲームに熱狂してハイになっている中年、いや、たぶんまだセーフだ。
警察になら職質くらいはされるかもしれないけど!
待った、別に後ろめたいことをしているわけじゃないでしょ。
逃げたら逆に悪いことをしていると思われるぞ。
冤罪はそういう行動から疑われてなるもんだ。
「む、それも…そう、なのか?」
そうだとも。
指名手配でもされてたら別だが。
歩こうぜ、必要と思うならきっと向こうから話しかけてくれる。
なるようになるもんだ。
問答無用で撃ってくる子ではないのは知ってるからさ。
「……そうだろうか。
――撃つ理由なら」
君は俺を連れ戻して給金をもらって帰って寝る。
俺は戻って追加で給金をもらって帰って寝る。
たったそれだけのことだ。
仕事自体はもう終わっているし、言ってみれば君は不備を正しに来ただけだろう。
口裏も合わせておくか?
万が一にでも風紀委員長が何をしていると聞いてきたら仕事していたと言えばいい。
何の仕事かと聞かれたら答える理由はない、それでOKだ。
相手は警察じゃない。
自分のできる権限以上のことはしようとしないはずだ。
追って来ているのが本当かと思うくらい。
それに知っている限り彼女はかなり理性的だ。
「それは私も知っている」
知り合いなのか、と口に出そうになったが止めた。
息を整えて歩き出す。
彼女は納得したのかわからないが、アサルトライフルの安全装置をかけ直した。それだけで十分だった。
結果的に、かの風紀委員長は姿を見せず、バイトの子も追跡がなくなったとゲヘナを出たあたりで言っていた。
なくなったとかわかるものか、そういうの。
□
職安に戻ってきて報酬を受け取った。
指定された金額の倍だった。
聞くところによると前の受付が分解と言っていたのは真っ赤な嘘だった。
それどころか分解せずに市場に流し、多額の金銭を得ていたそうな。
分解した後の依頼の品は自分で購入して納品していたらしい。
他にも職員としての不正が調べられているようだ。
自分たちにとって都合の悪い、という前提は付いているだろうが。
まーそういうやり方もあるよね。
それを伝えた困り顔の職員に向かってそう言って笑ってやった。
職安の外に出ると給料をもらったのか私服のバイトの子が封筒片手に突っ立っていた。
マスクはそのままに帽子を深く被っている。
特長的なヘイローで一発で誰かわかるが。
理由を一つ言うと、俺は彼女と敵対ができないんだ。
自宅の場所が近所でさ、近くに住んでいる者同士、争いは起こしたくないんだ。
だから疑われる行為はしたくないし、疑念は早めに解消すべきだ。
「そうか」
彼女がいる地域は争いが極端に少ない。
これは風紀委員としての彼女が優秀だからだ。
俺たち近隣はその虎の威を借っているってわけだ。
この地区で争いを起こせば風紀委員長がすぐにやってくるぞ、何せ自分の生活圏内だから。
たったそれだけで効果があるんだ。
せこい、とか思うか?
「どうでもいい」
そうか、それもそうだな。
だから、君と彼女の関係は知るところではない。
俺も知ろうとはしない。
君みたいな子がこれからブラックマーケットで働くなら同じ仕事も請け負うと思うし、できるなら彼女とはかち合いたくないが。
もしも現場で力仕事を請け負うなら一緒に働くことが増えるだろう。
その時はよろしく頼む。
俺は銃とか使えないから傭兵や荒事はできないが。
「…何がよろしくなのか」
え?
だってブラックマーケットで働くんだろう?いや、もう働いているのか。
ずっとあの受付にいるなら別に良いが、手取りクソだぞあの仕事。
あんなとこで深夜まで残業するより俺たちのように現場仕事をした方が倍は稼げるぞ、倍は。
俺は他の奴らと違って銃の扱いが下手だから傭兵業はできないってだけ。
ただ傭兵も割とブラックだからさ、毎度のようにどこかで死人が出ているし。
ヘイロー持ちの君なら長く続けられるかもしれないが。
「そういう意味じゃない、が、そうか。
この給料はまだ少ない方か」
疲れたように彼女は大きくため息を吐いた。
職安を出た後の俺の追跡、尾行に気が付いたこと、それからの彼女の身のこなし、その立ち回りは修めれば要人護衛もできるだろう。
もう既にそういうスキルは修めているかもしれない。
だからこそ疑問に思った。
彼女は外で働くタイプなのは疑いようがない。
どうして受付のバイトなんてやっていたのだろうか。
寡黙なタイプは得てして向き不向きな職業がある。
受付などのサービス業は最たるものではないのだろうか。
まぁ、他人の身の上話を想像しても意味がないか。
決めつけもよろしくない、彼女も今の仕事が気に入っているならそれが全てだ。
その仕事で食っていくつもりか、と尋ねてみた。
彼女はしばらく無言だった、不躾な質問で今日あったばかりの人間がしていいものではなかったが、無視ではなく考え込んでいるように見えた。
「事務職は地に足のついた職業だと聞いたが」
それは確かに間違ってはいない。
事務職ってのは肉体労働と違って年齢を重ねても続けやすいからな。
ただ、良いことを教えてやろう、新人。
月残業20時間、年間休日120日、正社員登用有、アットホームな職場、未経験者歓迎、必要なのはやる気と根気。
これらの売り文句に心当たりはないか。
「全部今回の面接で聞いたセリフだな」
ぜん…マジかよ。
まぁ君に拘りがあるなら別にいい。
稼ぐだけなら普段俺たちがしてる仕事の方が良いってだけだ。
確かにまともな仕事だし危険なほとんどない。
君の動きを見て勝手に現場で働いた方が向いてると思っただけだ。
失礼なことを聞いてしまったかな。
「いや、もう十分だ。続けるかと聞かれて断った。
明日からまた職探しだ」
彼女があえてこのブラックマーケットを選んで働く理由は後ろ暗いことがある以外には考えられない。
それでも先のことを考えて就職活動をしているのであればそれは立派なことだろう。
老婆心だ、聞き流してくれていい。
君が今日働いたあの場所は日雇いの斡旋も行っている場所だ。
今時めずらしく現金支払いだから、俺のような口座を開設できない人間には重宝されてる。
君の身の上なんて俺にはどうだっていいが、あそこはまともに生きられなくなった人間が行き着く場所だ。
本当に行き詰まったならそこで仕事をしてみてもいいはずだ。
真っ当な仕事ができるならおすすめはしないが。
不安定な生活は人に容易に一線を越えさせる。
尊厳を捨て続けることは人間にはできない。
しかし捨てなくては生きていけないことも事実だ、誇りで飯は食えないのだから。
そうして人は内側から壊れ消えていく。
この仕事をしている人間はみんなそういうギリギリの人間だ。
このブラックマーケットには様々な組織が存在する。
自分たちのしている仕事もこのブラックマーケットではまだ表の仕事で、暗い場所はそこら中に点在している。
彼女がこれからどういう生き方をしていくのか興味はないが、邪魔になるなら俺とも殴り合いになるだろう。
少なくとも今日の君のような素っ気ない態度や睨み付ける程度じゃここらの人間には邪魔にならない。
君はそこらのスケバンのように簡単に銃を撃つ人間ではないことは理解はしているが。
「…待て、睨み付けるとは何の話だ?」
受付の時、睨め付けてただろう。
近寄り難い空気を出して来る人間を警戒していた、とかか?
それか寄せ付けない空気を出して仕事を済ますつもりだったか。
「そんな空気は出していない。
それに接客業は根気と笑顔だと聞いている」
マスクをしてるのに笑顔とか不可能では?
「それは…最初の人間が泣いて出て行ったから。
口元を隠してもいいかもしれないと指導を受けたからだ」
その眼光のまま口角を上げたりしてたのかな。
今からお前を血祭りにしますって宣言されても違和感ないぞ。
心の中でそう突っ込んだ。
「…難しい場所だな、ここは」
難しいのは君の表情筋だ、と口に出そうになった。
なんか…思っていたよりもこう…勇者寄りの人間だな、この子。
真面目に話しているの、疲れてきた。
あー、社会勉強だと思えば悪い事ではないと思うぜ。
なぜなら様々な職業を知らなければ自分にとっての価値ってのはわからないものだから。
そうやって経験をして、人は大人になっていくものなのだよ。
そう、キメ顔で俺は言った。
畳みかけるように言葉を続ける。
と、いうわけでそんな傷心中の君にプレゼントだ、何、遠慮は要らん。
君のお陰でかなりの報酬も手に入ったし少しの間、金の心配はなくなった。
ありがとう、勤勉な君のお陰で俺は助かった。
そう言って持っていたコンビニの袋を差し出す。
言うまでもなくガムボールの山だ。
ガムだからおやつ程度にしかならないが、まぁ友達と一緒に食べてくれ。
噛み終わったらそこらに捨てるんじゃないぞ、きちんとゴミ箱へ捨てるんだぞ。
じゃあな嬢ちゃん、縁が有ったら現場で会うだろう。
無感情にコンビニの袋をじっと見つめている彼女をそのままに足早にその場を後にした。
コンビニで酒を買い足そう。
仕事仲間が一人増えた、かもしれない。
ファンファーレを口ずさみながら追加の酒を飲みつつ帰路に就いた。
彼女の名前も知らないが、そうだな、ジョブは…レンジャーかシーフあたりか。
□
――まだ可能性の話だが、しばらくの間、ブラックマーケットからも姿を消す必要があるかもしれない。
報酬の倍額がもらい過ぎだったこともあるが、前の職員の不正を洗い直されるのであれば不要な脚光を浴びるだろう。
裏市場の価値を知らなかったのが痛手だったかもしれない、調べることができなかったこともあるが、情報収集を怠っていたことも事実だった。
やりようはあったはずだ。
調べれば調べられる、ある種のこの世の鉄則だ。
情報の専門家の伝手さえあれば痕跡を残さずに調べることができたかもしれないが、ない物ねだりは無意味だ。
今はもう遅い。
荷作りをして睡眠を取った後にミレニアムへ早めに移動しておくか。
郊外のあの公園は自分の陣地として最後まで構築してある。
最悪そこに寝泊まりしておくか、ブラックマーケットから出るなら当面の間収入がなくなるわけだ、節約に越したことはないだろう。
だがゲームはやる。
ゲームは心の健康のためだし約束もあるし。
と心の理論武装を施した。
路上生活者になってもゲームはしてるかもしれないな、俺は。
空が少しだけ明るみ始め、間もなく人の活動が始まるゲヘナの街並みを見ながら歩いた。
自宅の近くに差し掛かった頃、背後から足音が聞こえた気がした。
振り向くかどうか迷ったが、物音に目を向けるのは当然の反応だ。
歩いたままちらりと後方を見てまた前に向き直った。
ゲヘナの風紀委員長の姿が見えた。
どういうことだ、ただの偶然か。
彼女がここの近辺に住んでいるというのはデマだ。
ゲヘナのこの地区の治安をマシにするために、この地区の住人たちが仕組んだ情報網、それに俺が乗っかっている。
当初は彼女に対する根も葉もない悪い噂だけだったが、嘘の中に本当を忍び込ませ、信憑性を増して周りに浸透させた。
住人は次第に悪い情報よりも良い情報の方が自分たちに利点があると理解し、そのまま虎の威を借っているわけだ。
ゲヘナはそれを無害だからと今まで放置していたはずだが。
とはいえ見間違いではない、幼児体型に大人でも大き過ぎる機関銃を背負っている。遠目からでも間違える方が難しい。
偶然だと仮定しよう。
ただ、この人通りのないタイミングであれば認識阻害はそこまで効力を発揮しない。
意識を逸らすにはその場の環境に依存する。
人が俺しかいないのであれば効力は著しく低下するのだ。
いや、まだ認識阻害を強化する方法は残されている。
自分をこの環境の一部とすればいい。
私は木、街中でそんな素人みたいなことを俺はやらない。
俺くらいの魔法使いになると即座に環境へ適応するために動くことが出来るのだ。
周りを見渡して気が付く、この前俺が出した酒類の瓶ゴミがゴミステーションに残されている。それどころか多種多様なゴミが雑多に置かれている。
水木金のゴミが一か所に置かれていた、ゴミ収集は職務怠慢しているか何かが原因で来れていないか。
これだ。
ゴミステーションの壁に貼られているゴミ出しのカレンダーを確認する。
金曜日は週二回ある燃えるゴミの日だ。
前日夜から置いている家が多いようで燃えるゴミと書かれた袋は幾つか置いてある。
指定ゴミ袋に入れていないものは論外だ、外に出す。
燃えるゴミの袋以外は全部外へ出そう、整理整頓だ。
この時間帯で外にいる人間で違和感が少ないのはゴミを出す人間だ。
生活の一部で人としてやって当然の行いだ、違和感などあってたまるか(自己暗示)
地区によってはこういうことをする当番もあったりするし、それに乗っかることにしよう。
せっせと対象外のゴミ袋を外へ出して燃えるゴミの袋を小屋の中に敷き詰めていく。
置き方はわからないが隅から置いていけば見栄えがいいだろう。
むせる悪臭が立ち込めているが我慢して作業する。
一応外に出した金曜日以外のゴミも袋ごとに分別しておくか。
とかしていると、風紀委員長が何故か手伝い始めた。
なんで?
「風紀委員だから」
良い子かよ。
街の風紀を改善する活動。
社会生活を改善する活動。
確かにちゃんとした風紀活動だ、美化活動に近いが。
いや普通に良い子じゃねぇかよいい加減にしろ。
どういうことだ、ゲヘナの風紀委員とは人を掃除するだけじゃないのか?
言葉少なめにゴミステーションの整理を終えて、何事もなく別れて自宅に帰った。
酒類の瓶ゴミは手元に戻ってきた。
体が臭くて眠りにくかったとだけ言っておこう。