パンパカパーン! 魔法使いと合流しました! 作:尻尾の抜け殻
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金曜日の午後、そろそろ日が傾く時間帯。
目を覚まして時計を見ると午後を過ぎてかなりの時間が経っていた。
今日の内にミレニアムへ行くならそろそろ電車に乗らなければならない。
折角行くのだから閉店するまでゲームセンターで時間を潰したいし、その後はネットカフェでだらだら過ごすのも悪くない。
そこまで考えてから金の節約を思い出した。決意が秒で揺らぐ。
よし、節約は月曜からにしようか。
趣味の前には余りにも脆い決意を改めて決め直し、布団から体を起こした。
しばらくここへは帰れない可能性がある。
部屋を掃除するか悩んで、結局した。
部屋を検められた場合に掃除の有無がどういう方向へ転ぶか考えた結果のことだ。
結果、考えても仕方がないと思った。
普段のルーティンを経て荷物をまとめて部屋を後にした。
新聞は購読していないし俺宛の郵便物も基本は来ない。
変な勧誘の広告は何度も来ているからそれを頼りに帰宅していない日数を特定されるのだろうな、と漠然と思った。
世界は違えど二十年余りを放浪した人間が本気で隠れるのだ、この世界の情報化社会との戦いになるだろう。
スマホは契約していない、電子機器も持っていない。
ただそれだけだが、少しはこちらに有利に働くだろうか。
隠れる力には自信がある。
戦う力よりも得意になるとは思いもしなかっただろう。
昔の自分が今を見れば何と言うだろうか。
少しだけ昔の自分を思い出して、鼻で笑った。
キヴォトスの観光名所でも調べておこうかな。
□
ミレニアム方面行きの電車内。
夕日に照らされたサンクトゥムタワーが窓から見える。
頬杖をついてそれを無感情に眺めていた。
電車から眺めるこの景色は気に入っている。
どんな季節でも、どんな時間帯でも、サンクトゥムタワーは大きく、そして見応えがある。
この世界を象徴とする建造物の一つなのは間違いない。
それが一体何のために存在するのか、一般人には理解が及ばない。
昔はそんな未知の建造物を探索するのが好きで堪らなかった。
ゲームを趣味とする前の俺の趣味と言えるだろう。
観光するならあんな巨大な場所がいい、のだが。
確か連邦生徒会の本部があるのだったか。
このキヴォトスの全行政を担っている中央組織。
絶対に関わり合いになりたくない組織だが、そういう稀有な建造物は得てして権力者たちの巣となるものなのか。
それほどの価値があそこにはあるということなのだろうが、重要なのは関係者ではない人間が入ることは許されないということだ。
見学が許される程度の場所であるなら良かったのだが、俺のような何も持っていない人間には不可能だ。
観光名所、他にどこがあるか。
手元にある雑誌に視線を落とし、カラーのページを読み開く。
駅の購買でキヴォトスのガイドブックが売られていて購入した。
情報なら今夜あたりにネットカフェで調べれば済むのだが、物理的な本があるに越したことはなかった。
それすらスマホがあれば要らないのだろうが、雑誌片手に各地を辿り歩くのも悪くはない。これはこれで旅の醍醐味の一つだ。
見開きはゲヘナとトリニティの名所が載っていた。
観光業が盛んなのは百鬼夜行の地区だが、最近はエデン条約で話題が集まり、それが商機と踏んだ両地区が観光業を盛り上げるために資金を動かしているようだ。
ゲヘナは万魔殿、トリニティはティーパーティーが中心組織だったか。
両学園の垣根を越えることがエデン条約の目的だったと認識しているが、こういう恩恵もあるんだな。
ゲヘナの観光もしたくないわけではないが、自分にとって全くの未知の地域であるトリニティは魅力的だった。
トリニティ総合学園、ゲヘナ側からはお嬢様学校ということ以外にはあまり情報がない。そこまで入念に調べていないこともあるが。
雑誌には教会や聖堂などの地域が書かれている。聖職者が多いのだろう。
聖職者、つまりは僧侶だ、この銃社会で僧侶という立場に興味が出る、が、映画のイメージを持ったまま実物を見るべきではないだろう。
色眼鏡なしで実物を見るためにも是非トリニティのシスターを画像検索するべきだろうか。
いや、それこそが実際に足を運んで見た時の楽しみだろう。
ガイドブックには一般の立ち入りができる場所も整備され次第に順次解放されていくそうだ。
そういえばブラックマーケットの野郎どもから聞いている翼の生えたゴリラはどうやら都市伝説のようだ。
その真偽を確かめるのも悪くはないだろう。
ま、実際に観光するかどうかも決めてはいないんだけどね。
しばらく身を隠すのに丁度いい場所を見つけること、観光とは体のいい隠れ蓑の一つだ。
観光地ならば多少の不審者であっても環境に溶け込めるから。
今までそうして来たのだ、このキヴォトスでも同じように振舞えるかはわからないが、勇者のような例外が現れなければ問題ないだろう。
問題は金なわけだが、ブラックマーケット以外で身分も何もなしにお金を稼ぐことはできないと思っている。
トリニティにもブラックマーケットに相当する場所があるなら話は別だが、それならばブラックマーケットにいる時に話が出ているはずだ。
無理に資金繰りをすれば逆に自分の足跡が残ってしまうことになるだろう。
最悪の場合、公園で自給自足の生活をするしかない。
人祓いをすれば畑を作っても気にされないのは実証済みだ。
そこはトリニティの田舎にどんな公園があるかによるのだが。
少しだけ楽しみになってきた。
資金が尽きれば笑えない状況になるのだが、今それを考えても意味がない。
どうとでもなるの精神でガイドブックを閉じた。
もうすぐミレニアムだ。
□
金曜の夜、携帯食で食事を済ませ、公園のベンチに寝転がりガイドブックを見ながら時間を潰していた。
完全に日は落ちて公園の街灯が辺りを照らしている。
日曜日でイベント周回を終わらせるために下調べとしてネットカフェに行くのは確定しているが、夜が始まってまだ間もない。
ゲームセンターで残りの時間を使おう、と体を起こす。
運が良ければ勇者が来ているかもしれない。
会ったらまず最初に中指を突き立てたか否かを問い質そう。
その道中、ミレニアムの街中で立ち止まる。
ビルの一角に設置された巨大な街頭テレビを見上げた。
普段なら見向きもしないそれだが聞こえてきたその内容に足を止めざるを得なかった。
昨日、ミレニアムの校舎の一角が倒壊したというものだった。
テレビには無残にも崩れて瓦礫となった校舎のような物が見える。
校舎っていうかビルの残骸だな。
アビドス砂漠の件が脳裏を過る、中にいた学生は無事なのだろうか。
勇者の所属しているクラスとゲーム開発部という部活が学校のどこにあるかも知らないが、巻き込まれていなければいいが。
といっても勇者なら巻き込まれても無事そうなイメージしかできない。
むしろ率先してこの騒動の解決に動こうとするに違いない。
次のニュースに切り替わり、ゲームセンターへ歩き始めた。
その日、勇者はゲームセンターには姿を見せなかった。
□
翌日早朝、一晩過ごしたネットカフェから公園へ移動を済ませ、ゲームセンターの開店まで時間を潰していた。
ミレニアムで最後となるネットカフェ、利用する名義でデカルトの名前を使わせてもらった。
本人には了承を得ていたが得たのは少し前のことになる。
既にブラックマーケットを離れた彼らであるが、どこかで元気に暮らしているだろうか。
街中で偶然出会ったら50万をそれとなく回収できるか聞こう。
キヴォトスのどこにいるかもわからないが。
流石にスラムでの生活をするくらいならブラックマーケットでそのまま働くだろうと思う。
しかし、それはそれとして、事前にミレニアムで名義を使うと金を払って了承を得たのだから、その分のリスクは背負ってもらうが。
まだ自分が追われる身となるのかも不確かだ。全てが杞憂に終われば何も問題はない。
必要以上に注意を払うのは経験があるからだ、多少は目立つ、それを放置した結果を知っているから。
もうかなり前のことになるが前の世界ではそれが原因で世界を出る羽目になった。
なりふり構わず逃げてこの世界へ跳んできた。
同じ経験を味わいたくはない。可能な限りの安全策を取るべきだ。
コンビニで買った携帯食で朝食を済ませていると、公園内に何かが踏み入ったのを感じ取った。
複数、モーターの駆動音から人だけではないことがわかる。
清掃機械か何かだろうか。
真っ直ぐとその機械たちは俺の元へやってきた。
ベンチを取り囲むように。
思わず身構える、無機質な白い機械たちは何も話すこともなく、静かに駆動音を辺りに響かせているだけだ。
機械たちにミレニアムの校章が刻印されていることに気が付いた。
公園内ならどれだけの荒事が起きても即時対応はできるが、今の自分の状況を鑑みれば何も行動を起こすことができない。
事情だけは把握しておきたいが。
同じく公園内に踏み入っている誰かを待つ。問答無用ならどうすべきか、考えておく必要がある。
策を練り警戒していたが、公園にやってきたのは勇者だった。
ただ、一人ではない。
二人、機械の他に知らない顔触れがある。
よう勇者、こんな朝からどうしたんだ?
こんなに賑やかなパーティメンバーは初めてじゃないか。
紹介してくれよ。
「……」
勇者は答えない。今にも泣きだしそうな顔つきで伏せているだけだった。
この場に一人で来なかった時点で嫌な予感はしていた。
これはもしかしなくても、やったな勇者。
たぶんミレニアムの上の人間に中指を突き立てやがったな。
どうしよう、完全に俺の責任だぞ。
後方の二人を横目で見る。
一人はメイド、勇者の先輩とは違いおそらく高等部以降の生徒だろう。
残る一人はスーツ姿の女性だ、大人か大学生くらいだろうか。
勇者が話さない以上、無視は不自然か、と一応声をかける。
えっと、失礼ですが貴女方は?
私はゲヘナ方面からミレニアムへ趣味のためにやってきました、あー、デカルトと申します。
聞いているかもしれませんが、この子とはゲーム友達でして。
年の差はありますが決して怪しいものではありません。
えっと名刺は切らしておりまして、申し訳ありませんが。
「ミレニアムサイエンススクール、セミナー会長、調月リオ。
ご丁寧にどうも。
こちらも名刺は…持っているけれど、悪いけれど今は割愛させていただくわ。
もしも貴方とご縁があれば正式な場で、どうかご容赦を」
―――死。
うわぁああああやりやがったああああああああ!!!
やりましたこの勇者あああああああ!!!
そりゃ言葉も出ないわああああああああああ!!!
「急に取り囲むような真似をして不快な思いをさせてしまったかしら。
彼女の用件を早急に済ませるため、仕方のないことだったから。
貴方のことは道すがら、聞かせてもらっているわ。名前のことは聞いていないけれど。
さぁ、天童アリス、時間は用意した。
早く済ませなさい」
「…わかりました」
心の中で大絶叫をして固まっていると勇者が初めて言葉を口にした。
最早私と一緒に指を切って下さい(物理的に)と言われてもおかしくはない(ヤクザ)
セミナーとはここミレニアムの政治を務める中心組織だ。
その会長ということは、ミレニアムの最高権力者ということになる。
不味い、ブラックマーケットでの問題がどうでもよくなる程度に大事になっている。
身分のある人なら名乗らないのは不味いと思ったが裏目に出た。
まさかここまでの大物が来るとは思いもしなかった。
すまんデカルト、何かあったら間違いなくお前の方に飛び火する。
「大丈夫です。
魔法使いのおじさんは関係ありません。
これは、アリスの問題ですから」
そんな泣きそうな表情で、消え入りそうな声で言うんじゃねぇ。
逆に逃げ道なくなるだろうが。
機械が立ち退いて勇者と向かい合う。
もう既に泣いた後なのか目元が腫れていた。
まず最初に俺から言うことは一つだ。
勇者、俺の教えた必殺技を何回使った?
熟練度が上がるくらいに使ってしまったのか?
「えっと…使ったか使っていないかと言われれば、使ったというか。
実質使っていないと言うべきか」
これはやったな。
この言い方はやった。確信を持てる。
だからこそこのセミナーの会長さんは俺の元へ来たんだろうけど。
「で、でも! そのお陰で意識を取り戻せたというか。
自分に打ち勝てたというか」
じゃあなんでこんな事態になってんの?
「……」
また泣きそうな顔になった。
止めろよ、責めてるわけじゃないし、事実確認だし。
「埒が明かないわね。
私から全て話してもいいかしら。
その方が後腐れがないでしょう」
「いいえ、大丈夫です。
魔法使いのおじさん、実は、アリスはとても遠くの場所へ行くことになりました。
ここへ来たのは、約束を守れないことを謝りに来たんです。
そして…お別れを」
遠く?
どこに?
「…とても、とっても遠くです。
このミレニアムにはもう、帰って来れません。
ごめんなさい、魔法使いのおじさん。
ゲームの約束、それとこの公園での約束、全部、もう守れません」
そうか。
なぁ、勇者。
それは俺にも責任があるんじゃないか?
「ありません。
これはアリス自身の問題だからです。
アリスという存在が問題だから」
あんまり言ってる意味がわからないんだがよ。
必殺技を使ったせいじゃないのか?
「?
いえ、魔法使いのおじさんに教えてもらった必殺技が原因ではありませんが?」
じゃあなんで遠くに行くんだよ。
遠くに行く理由ってなんだ?
「…それは、その、えっと」
「留学よ」
ため息を吐いて、俺たちを見ていた彼女は口を挟んだ。
その声色から少しの苛立ちが伺える。
「彼女は急遽、留学が決まって遠くに転校することが決まった。
彼女は世界に二人といない才能の持ち主で、それはミレニアムでは扱い切れないの。
だから会長である私が引率して今日これから留学先へ向かう。
そうでしょう?」
「……はい、そう、です」
なんだ、そうだったのか。
てっきり会長さん相手にやらかしてどこかに飛ばされるのかと思ったぜ。
なんていうか、おめでとう勇者。
羨ましくはないけど名誉なことなんだろ?
だったら仕方ないよな。
留学、なるほど。
確かにそれなら筋は通る。
――わけもない。
今、明確な異常と違和感を理解した。
勇者はこの女に脅されているかもしれない。
思い過ごしならそれで良い、事情があるなら聞けばいい。
公園の中で良かった。
良かったが、ならこのメイドと機械たちはただの付き添いというわけではないだろう。
試してみるか。
ゲームの約束だが本当に残念だ。
それと実はゲームのイベントを終わらせたらしばらくゲームセンターに通うのを止めるつもりだったんだ。
毎週ゲヘナからこちらに来るのにそろそろ金が尽きそうでな――
がしゃん、と公園の端にある街灯が倒れた。
取り囲む機械以外、全員の視線がそちらへ向く。
メイドはすぐに銃を構えて女の前に立った。
勇者、実際のところどうなんだ、この自称会長さんに脅されているのか?
「えっ?」
安心しろ、今、二人には俺たちの声はさっきみたいな何気ない会話に聞こえてる。
流石に一、二分が限界だが、今なら彼女らの前で何を話してもバレやしない。
倒れた街灯の方を見た二人は視線をこちらへ戻したがこちらを見ているようで見ていない。
異常から正常への切り替わり、その認識を逸らした。
思考誘導は間違いなくその効力を発揮している。
違和感が出ない範囲であれば体を好きに動かすこともできる。
といってもメイドは俺の一挙一動を見逃さないだろうが。
このメイドは要人護衛の心得があるらしい。
この会長が本物であれば護衛の一人や二人いてもおかしくない。
もしそうならその道のプロだろう。
つまりはこの場から姿を消すことはできないということだ。
これ以上の動きには最低限、勇者との連携が不可欠だった。
陣を敷いている公園内であれば俺でもヘイロー持ち二人くらいとなら渡り合えるだろう。
そこに勇者も加われば、敗北はない。
だれか人質にされているのか?
今すぐに解決はできないし、俺一人にできることは少ないかもしれないが、気付かれないように警察を呼ぶことだってできる。
そうだ、先生のいるシャーレに連絡くらい入れることが出来る。
会長が本物か偽物かもはっきりするだろう。
「…いいえ、アリスは大丈夫です。
遠くに留学することになって魔法使いのおじさんに約束を守れないことを伝えたかったのと、最後にお別れを言いたくて無理を言って連れて来てもらっただけです」
もう無理して嘘を吐かなくていいんだぜ。
知ってるか、嘘に慣れてない人間の嘘ほどバレ易いものはないんだ。
勇者の反応から、どう考えても留学は嘘だろう?
正直言って悪いが、君は多少、特殊かもしれないが、俺からしたらただのゲーム好きな子供だ。
このミレニアムでも扱い切れない才能って一体どんなのだ?
実際、何があったんだよ。
「何も、ありません。
魔法使いのおじさんには関係ありません」
…怒っていいか?
「魔法使いのおじさんまで、巻き込みたくありません。
アリスはもう、誰も傷付けたくないので。
だから――さようなら、魔法使いのおじさん」
わかった、もういい。
話は終わりだ。
ぱん、と手を叩く。
明確な音という違和感に思考誘導を強制終了させる。
いやぁ、街灯の近くで不良が銃を乱射してたんで根本辺りの地盤が緩んでたんでしょうかね。
ここらは街灯が多くないんでできるだけ早めに直してもらいたいんですが。
えっと、会長さんでしたよね?
「…優先順位はこちらで検討するわ。
それで、話は終わったと見ていいかしら?」
えぇ、終わりました。
これが最後の会話だと思うと残念ですが。
でも留学だったらいつかはミレニアムへ帰って来るでしょう?
もしかしたら年末年始くらいは帰省するかもですし。
そう考えるとそこまで残念ではないのかも。
「…悔いがないならそれで良いわ。
では、天童アリス、約束は果たしたわけだけど」
「――はい。わかりました。
私も、心残りはありません」
あ、ちょい待ち勇者。
どうせだからこれやるよ。
そう言ってベンチに置いてある鞄を弄る。
取り出したのはゲームセンターで遊ぶつもりだった筐体から出たレアカードだ。俺の財布と交換した思い出(笑)のカード。
剥き出しのまま渡すのは気が引けるのでスリーブに入れて勇者に手渡す。
餞別だ、持って行け。
向こうでも元気でな。
「…今まで、ありがとうございました」
勇者は静かに涙を流した。
俺は黙ってその姿を見つめていた。
ベンチに再び座り、公園から去って行く勇者たちを見送った。
ゲームセンターが開店するまであと少しの時間だった。
開店時間を過ぎても、俺はベンチに座ったままだった。
これで良かったのか、そんな気持ちが渦巻いていた。
□
夕方、空を眺めていた。
結局ゲームセンターへは足を運ばなかった。
あれだけ楽しみにしていたゲームをする意欲が湧かないのだ。
ゲーマーとして致命的だろう、これが燃え尽き症候群ってやつだろうか。
ベンチに背中を預け、何度目かになるため息を吐いた。
勇者が初めて俺に嘘を吐いた。
留学なんてどう考えてもあの自称会長が考えたカバーストーリーだろう。
勇者は嘘を吐く子ではなかった。少なくとも、こんなに苦しい嘘が必要な子供ではない。
いや、もしかするとそれも俺の影響なのかもしれない。
一年も記憶のない子供に嘘を吐くことを教えたのは俺だろう。
俺は勇者に嘘を吐いた、勇者はそれを許した。
なら俺も勇者の嘘を許すべきだろう。
たった数週間、日数だけでいうなら数日程度の付き合いだ。
それでも勇者にとって貴重な出会いだったのかもしれないし、そうでないかもしれない。それに勇者は友達が多そうだし。
巻き込みたくない、傷付けたくない、と彼女は言った。
それが全てだろう。
それはそうだ、俺は彼女たちと違い銃弾一発で死ぬ、鎧がなければ怖くて外を出歩けないくらいにこの世界は危険だから。
ただ、勇者を取り巻く事情の一切を教えてもらえなかったことが、只管に心苦しかった。
勇者は純粋に、俺にお別れを言いに来ただけだったということだから。
自分のことを棚に上げ、そんな感傷に浸るだなんて、なんて傲慢なのだろうか。
これからのことを考える。
トリニティへ行って隠れて過ごして、ほとぼりが冷めたらまたブラックマーケットに戻る。
概ねの計画はこれだった。
何年も隠れて過ごすことになるかもしれないし、もしかするとそのままこの世界から出る可能性もある。
それを考えて、勇者の泣き顔が思い浮かんで、堪らなく自分が情けなく感じてくる。
だが俺はこういう人間だった。
誰かのためではなく自分のために生きる。
俺は昔からそういう人間だった。
公園に何者かが侵入した。
モーターの静かな駆動音、機械だろう。
掃除用のロボットかな、と鞄を持って立ち上がった。
やってきたのは見慣れない機械だった。
戦闘用なのかそうでないのかは俺には判別できないが、浮遊する機構を持ったボール状のそれは俺の元までやってきて停止した。
ミレニアムの校章はどこにも描かれていない。
『指定する地点に来てください。
――待っています、魔法使いのおじさん』
乗れと言っているのか機械は俺の元までやってきた。
乗り心地は最悪だろうな、と限りなく球体に近いそれを見てそんな感想が思い浮かんだ。
それは紛れもなく勇者の声だった。
電子音でノイズ混じりで、電話越しに聞くような声。
少なくとも俺を魔法使いのおじさん、と言うのは彼女の他にいなかったから。
巻き込みたくないと言ったのは嘘だったのか。
それとも状況が変わったのか。
理由はどうあれ勇者は自身の取り巻く状況に俺が関わることを良しとしたのだろう。
俺は拒絶することもなく、愚痴は勇者の元に着いてからでいいか、と機械にしがみ付いた。
「コード名『アトラ・ハシースの箱舟』起動待機」
「最優先排除対象を確認」
「これより