ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 リカルド達を乗せた軽自動車は、まだ車通りの少ない高速道路を駆けていた。

 運転席に阿久津、助手席に聖天子、そして後部座席の左側に蓮太郎が座り、右側にリカルドがいる。

「警察って、警視まで昇進しても軽自動車しか買えないんだな」蓮太郎が言う。彼の表情も相まって、どこか皮肉めいた口調にも感じる。

「お前ら二人はともかく、聖天子様の護送に使うのにふさわしくない事は認めるよ」阿久津はフロントガラスの向こうを見据えたままだ。「ただ一つ訂正しておく。買えない訳じゃない。これはあくまで俺の趣味だ」

「そーかい」不幸面の民警は興味なさげに相槌を打つ。

「さて、それじゃあ聞かせてもらいましょうか」阿久津の方も蓮太郎を無視して話し出す。目線は前を向いたままだが、その声は明らかに助手席の少女へ向けられていた。「なぜ、この緊急事態に、本来ならば聖居で仙台エリアと交渉に当たっていなければならない立場であるはずの聖天子様が、むさ苦しい男共と一緒にいるのか」

「もちろん全て説明する所存です」と白い少女はフードを取った。車内の湿気など微塵も感じさせない、絹のごとき髪が流れるように揺らめいた。「今回のリブラ出現にあたり、仙台エリアへの対応に関して、私と聖居側で意見の相違が生まれました」

 リカルドが首を傾げる。「意見の食い違いって言っても……そもそも東京エリアは聖天子様が治める国って扱いでしょう? 全ての決定権はあなたにあるはずだ。いくら周りが反対意見を出したところで……」

「そう簡単な話でもない」蓮太郎が何か嫌なものを思い出すかのように、眉間に皺を寄せる。「彼女の補佐官……天童(てんどう)菊之丞(きくのじょう)が動けば、たちまち聖天子様の意見は覆っちまう」

 挙げられた人名と記憶の中にある人物を一致させる。テレビは余り見ないが、ネットニュースで幾度か目にした事がある。いつも聖天子の後ろに付き従っている和装の偉丈夫だ。

「お恥ずかしながら、実権を握っておられるのは菊之丞さんと言って差し支えありません」聖天子は伏し目がちに俯き、言葉を連ねる。「未熟な私は未だ傀儡なのです。このような場合に、周囲を牽引するだけの器を持ち合わせてはおりません……」

「聖天子様と天童菊之丞は、それぞれどういった立場を取ったんです?」リカルドが問う。

「……私は仙台エリアとの和睦の道を検討し、リブラの排除の方法を探るつもりでいました。しかし菊之丞さんは……仙台エリアと真っ向から対決する姿勢を見せました」

「つまりは報復措置を取るって事だな」阿久津が先に結論を述べた。「仙台はすでに東京エリア大使館を占拠して、大使館員も拘束した。飛行場も封鎖して、東京エリア行きの便も差し止められてるんだってな。それと同じ事を東京エリアもやれって言ったんだな」

 聖天子はこくりと頷く。「私は世界が憎しみの連鎖に陥る事を許容できませんでした。私の決断が原因で、私自身が失脚する事になったとしても、甘んじて受け入れるつもりでした。ですが……」

「天童菊之丞が強引に意見を押し通したのか」リカルドは腕を組む。「それで聖天子様と聖居は完全に対立。あなたは頼れる人間を探して、聖居から抜け出したって事ですか」

 再び純白の少女が首肯する。

 これが政治という奴なのかもしれないが、この後に及んで身内で争う人間の醜さに辟易としてしまう。なぜ自分達の住む国や地域が危機に陥ってなお、一丸となって立ち向かう事ができないのだろうか。

 脳裏を掠めた思考を改めて吟味し、リカルドは内心で自嘲気味に笑った。――それは俺達も同じか。

 関東会戦の折、自衛隊上層部は戦果を総取りするために、あえて民警を後方に配置して戦場から実質的に締め出した。リカルド達のような末端の隊員の中には、民警を部隊に組み込んで共同戦線を張るべきだと主張する者もいたが、それらの意見はまともに取り合われる事なく握り潰された。

 その結果が、ステージⅣ『アルデバラン』率いるガストレア軍団に惨敗――陸上自衛隊主力部隊の壊滅だった。

 あの時、里見蓮太郎達、超越的な力を持つ民警連合と協力できていれば、あのような敗北を味わう必要はなかったはずだ。

「藤沢さん? 黙り込んでどうしたんだ?」

 思考にふけるリカルドを不審に思ったのか、蓮太郎がこちらを横目で見やる。リカルドは、「悪い。何でもない」と誤魔化すと、「話を戻そう」と言う。「結果として聖天子様は聖居の後ろ盾を失った訳ですが、勝機はあるのですか?」

 こう言っては何だが、今の聖天子には発言力も影響力もないに等しい。民衆の前に立って堂々と顔を晒せば話は変わってくるだろうが、そんな事をしたが最後、聖居の人間に発見されて連れ戻されるのが関の山だ。

 ハンドルを握る阿久津が、「逃げ出してから最初に頼ったのがこいつな時点で、何かはあるんでしょう? 聖天子様」と言った。

「これも話して良いのか?」蓮太郎が後部座席から少女に投げかける。

「はい」と聖天子は肯定する。「先日、ロシアと日本の研究所から、とある研究物が盗まれました。それが『ソロモンの指輪』と『スコーピオンの首』です」

「スコーピオンって……あのスコーピオンか?」リカルドが恐る恐る尋ねる。「四月の蛭子影胤テロ事件で東京エリアを襲撃したステージⅤ……」

「その通りです。里見さんと彼のイニシエーターである藍原(あいはら)延珠さんが討伐したガストレア……正確にはその死体の一部が『スコーピオンの首』です」

「首とは言ってるが、実際はスコーピオンの声帯だな」と蓮太郎が補足する。「そいつを特殊な薬品に漬けて電気的刺激を与えると、何かしらの波形が観測できるらしい」

「そいつはつまりスコーピオンの……ガストレアの発する『声』って事か?」リカルドは目を丸くする。

「その認識で問題ありません」聖天子が再び主導権を握る。「ですが、その波形は人間にとっては何の意味もなさない雑音でしかありません。それを解析するためのツールがもう一つの研究物、『ソロモンの指輪』です」

 高速で流れていた景色が徐々に緩やかになっていく。

 どうやらICの分岐を曲がって、高速道路を降りていっているようだ。

「その『ソロモンの指輪』ってのは何なんだ? そいつもガストレアの一部なのか?」運転に余裕ができたのか、阿久津は横目で聖天子を見やった。

「詳しい仕組みは省きますが、『ソロモンの指輪』はいわゆる翻訳機です。ガストレアの発する声――その波形を分析、解析し、人間側からガストレアと意思疎通を図るための機器です」

「驚いたな」阿久津の目線はもう前方に戻っている。「そんな事ができるのか」

「いいえ。里見さんにも一度説明しましたが、『ソロモンの指輪』はまだ開発途上です。盗まれる直前まで、この装置でガストレアとコミュニケーションを取れた事例は一つもありませんでした」

 嫌な予感がして、リカルドは思わず呻く。「盗まれるまでって事は……要するにあれか? 今まさにこの状況で、成功事例が出てきちまったって事か?」

「私はそう睨んでおります。『スコーピオンの首』と『ソロモンの指輪』……この二つを用いて、ゾディアックガストレア、天秤宮(リブラ)は呼び出されたのです」

「…………」「…………」

 リカルド、阿久津共に複雑な表情で閉口してしまう。どう受け止めて良いのか分からなかった。

 そして今自分達がどれだけのトップシークレットに触れているのか、強引に思い知らされてしまう。

 ここに至るまで、ずっと胸に渦巻いていた疑問の答えが、徐々に導き出される。

「それを盗み出したのが……リトヴィンツェフ一派なんだな?」

 リカルドの問いかけに、聖天子は沈痛な面持ちで頷いた。「藤沢さんのおっしゃる通り、この災厄を演出しているのはアンドレイ・リトヴィンツェフと彼の部下達です。私が聖居を抜け出して里見さんと接触したのは、天童民間警備会社に二つの研究物の奪還を依頼するためです」

 それこそが聖天子の考える勝算なのだろう。東京エリアでも指折りの実力を有する民警を使って、根本の原因を断つ。そうすれば仙台エリアとの完全な和解とまではいかなくとも、眼前に迫る全面戦争だけは回避できる。

「難儀だな」と阿久津がおもむろに言った。「確かに極秘で進めなきゃいけない話でもある。安易に警察や自衛隊を動かそうもんなら、敵側は『起爆スイッチ』を押すのを早めるかもしれねえ。信用のいく限られた奴にしか任せられねえわな」

「藤沢さんの予想が的中していれば、私達は旧品川外周区でリトヴィンツェフ一派と衝突する事になるでしょう。藤沢さんの目的は占部里緒さんの保護ですが、それだけでは済まないはずです。皆さんにはこれから戦う事になる相手が、どれだけ東京エリアにとって影響力を及ぼす存在なのかを分かっていていただきたいのです」

「むしろ好都合だ」

「……?」

 リカルドは表情を悟られぬよう、顔を伏せて言葉を紡ぐ。「……奴らには返さなきゃならねえ借りがある。とことん個人的な恨みがな」

「…………」この中で唯一、正確に事情を把握している阿久津は余計な口を挟む気はないようだ。

「あいつらは俺のかけがえのない日常を奪いやがった。もう元には戻らない。だから、せめて生き残っちまった者の義務として、奴らを叩き潰す」

 ――悪い、横島。

 ――偉そうに語っておきながら、結局、俺も薄汚ねえ人間の業からは逃れられないみたいだ。

 下半分を失くした頭部から覗く、無念を孕んだ瞳がリカルドを捉えて離さない。今際の際に何一つとして言い残せなかった横島秀貴の心情は、もう永遠に分からずじまいだ。

 もしかしたら彼は復讐など望んでいないかもしれない。ただ、自らが溺愛していた少女を守ってほしいと託すだけかもしれない。命の灯火が掻き消える前に、妹を委ねた占部里津のように。

 ――だから……これはケジメだ。

 ――死者の無念を晴らして、俺がもう一度前を向くためのな。

「アンドレイ・リトヴィンツェフとユーリャ・コチェンコヴァは――俺が殺す」

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