ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

20 / 96
7

 旧品川外周区。

 かつては区内に四〇もの駅があり、地下鉄やモノレールなど一四線が縦横に走り、東京と関東各地を繋ぐ交通の要所でもあった。だが過去の興隆は、すでに見る影もない。モノリスが建築され、外周区の判を押されたこの地からは徐々に人が去り、朽ちたビル群が今か今かと倒壊の時を待ちわびている。

 時刻は午前一〇時を少し過ぎた頃だ。段々と高くなる太陽から放出される熱が、不快指数を底上げしてくる。

「何で外周区に着く直前で車停めたんだよ? おかげで汗だくじゃねえか」ブレザーの袖で額の汗を拭いながら、蓮太郎は露骨に不満そうな顔をした。

 阿久津は顔に似合わず、ハンカチを使って上品に汗を拭いている。「馬鹿が。こんな治安が壊滅してる場所に愛車なんて置ける訳ないだろうが」と周囲を見渡す。「放置したら最後、戻ってきた時にはフレームだけになっててもおかしくない」

「そうならないように取り締まるのが警察の仕事なんじゃねえのか」

「この世界の仕組みに文句を言ってくれ」

 蓮太郎は溜息を吐くと、すぐ近くにいたリカルドを呼び止める。「ひとまずはアンタに着いていく。占部里津の妹がいる場所ってのはどこなんだ?」

「里津ちゃんは大学病院跡だって言ってたな。そこの非常階段近くのマンホールを訪ねれば良いって」

「大学病院っつうと……」阿久津が腕を組んで、空を見上げる。「あそこか!」と閃いたように口にした。「ここから西に行ったところにある東和(とうわ)大学病院跡だろうな。かなりモノリスに近いぞ」

「そういや里津ちゃんも、そんな事を言ってたな。よし。そこを目指そう」

「武器はどうする?」阿久津が剣呑な眼差しと共に言う。「見たところ、周りには一般人しかいないみたいだが」

 道路の端には、汚れた身なりの大人や、年端もいかぬ少女達が座り込んでいる。彼らは一様に奇異の視線を蓮太郎達に送っていた。

「さすがに構えながら歩くのはやめた方が良いな」と蓮太郎。

「ああ」リカルドも同意する。「ここに住む人達を怖がらせる必要はない」

「だな」さすがに阿久津も反論しなかった。

 蓮太郎達はひび割れたアスファルトを踏み鳴らしながら、モノリスの方向へ歩いていく。

「…………」男共の後ろを着いてくる聖天子は、どこか苦しそうな表情で周囲を観察している。

 蓮太郎は彼女と歩幅を合わせると、「外周区を直に見るのは初めてだったか?」と訊いた。

 少女はふるふると首を振る。「いえ……」と消え入るように否定する。「視察として訪れた事は何度かありますが、何と言いますか……『聖天子』として聖居の方々と来た時と比べて、やはり別種の雰囲気を感じ取ってしまいます……」

「……きっと今アンタが見ている景色こそが、何のフィルターも通さない本当の姿だろうな」

「はい……記憶に刻みつけます」

 伏目がちに頷いた聖天子から目を逸らし、蓮太郎は前を歩く藤沢リカルドに注目した。

『アンドレイ・リトヴィンツェフとユーリャ・コチェンコヴァは――俺が殺す』

 車の中でリカルドが発した宣言が脳裏に木霊する。顔を伏せていたために、彼がどんな表情をしていたかは分からなかったが、その声色には躊躇も懸念も感じ取れなかった。

新人類創造計画(しんじんるいそうぞうけいかく)』によって生み出された機械化兵士の蓮太郎でさえ、真正面からプロモーターとの連携ありのユーリャと戦える自信はない。それを特殊な力のないリカルドが一切の逡巡もなく『殺す』と言い放った。直接奴らと手合わせした本人がだ。今の彼がどれだけの覚悟と怒りに満ちているかを思い知らされる。

 無意識にリカルドと天童木更の姿を重ねてしまう。復讐という二文字に囚われてしまった人間が醸し出す危うさ。上手く言語化できないが、彼が纏っている雰囲気はそういう類のものだった。

 蓮太郎は並び歩く聖天子に、「なあ」と呼びかける。

 純白の少女は、「何でしょう」と蓮太郎を上目遣いで捉えた。

「アンタとしては『ソロモンの指輪』と『スコーピオンの首』さえ取り戻せれば、あとはどうでも良いのか」

「と言いますと?」

「つまりは……まあ、あれだ」蓮太郎は頭を掻きながら、「リトヴィンツェフ達の生死は問わないのかって事」と言った。

「里見さんは私にどうあってほしいと思っていますか?」

「……!」質問に質問で返され、蓮太郎は少し面食らった。「そりゃあ……」と視線を泳がせる。「アンタならリトヴィンツェフ達を生かした上で確保しろって言うんじゃないか?」

「であれば私は里見さんの意見を尊重しましょう」聖天子は微笑んだ。

「…………」

「藤沢さんの言葉が引っかかっているのでしょう?」どうやら見透かされていたようだ。「残念ながら私は、彼を思い留まらせるための言葉を持ち合わせてはいません。目の前で友人を殺され、おそらくは命の恩人の最期の希望を汚された――死者の魂に報いようと銃を握る彼の覚悟の全てが間違っているとは思えないのです」

「俺だってそれは分かってるッ……」

 蓮太郎は思わず語尾を詰まらせて、ぎゅっと拳を握り締めた。自分だって聖天子と同じ気持ちだ。自らの復讐のために、天童一族の同胞を手にかけた木更を見てきた。蓮太郎自身も他人の命を奪った事は幾度かある。それが復讐のためだったかと問われれば、答えはノーだ。だが、かつて『新世界創造(しんせかいそうぞう)計画』によって造られた第二世代型機械化兵士達を殺めた際、自分の深層心理に『水原(すいばら)鬼八(きはち)紅露(こうろ)火垂(ほたる)の無念を晴らすため』という想いが全くなかったかと言えば、それは嘘になるだろう。

 だから否が応でも理解してしまえるのだ。突き進むリカルドを止める事はできないし、やはり蓮太郎も止めるための言葉は持ち合わせていない。

 聖天子は落ち着き払った様子で、「藤沢さんを止めたいのであれば、言葉ではなく行動で示す他ありません」と口にする。「彼よりも先に研究物を奪還し、リトヴィンツェフ一派を生かして捕える――それこそが間接的に藤沢さんを救う事にも繋がるのかもしれません」

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。