ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣 作:鏡之翡翠
小銃による一斉掃射が蓮太郎達を襲う。高所を押さえられた事で、すでに相手へ地の利を明け渡してしまったのが悔やまれる。
リカルドが入っていった病院跡、そこの三階部分の窓から、小銃の銃口がいくつも覗いている。襲撃者達の装いはカーキの軍服で統一され、使用している小銃も、七・六二ミリ弾を用いるVSK-100アサルトライフルで揃えられている。
鼓膜を細切れにするような発砲音が重奏を奏で、蓮太郎達をその場に釘づけにする。
「くそッ」と蓮太郎は毒づいた。「奴ら、俺達が来た時からずっと潜伏してたのか。藤沢さんが別行動を取って、戦力が分散するのを待ってから仕掛けやがったッ」
蓮太郎、阿久津、聖天子の三人は、横転した救急車の陰に身を潜めながら鉛弾の雨あられを凌いでいる。時折、跳弾によってライフル弾がこちらに跳ね返ってきそうになり、思わず肝を冷やす。
「どうするよ? 相手は完全武装のプロ連中だろ。この人数と装備じゃジリ貧だぞ」ニューナンブを携える阿久津は、歯軋りしながら言う。「このまま立ち往生してたら、どんどん包囲網は狭まる」
言われずとも理解はしている。だが、突破しようにも糸口が見当たらない。見たところ、敵兵の中にイニシエーターはいないようだが、だからといって考えなしに突貫する訳にもいかない。
こちらには絶対に失ってはならない駒がある。
「…………」蓮太郎は生唾を飲み込みながら、ちらりと傍らの聖天子を見やる。フードを目深に被った純白の少女の相貌は、緊張と恐怖で引き攣っている。銃弾飛び交う死地のど真ん中に立たされた事など、彼女の人生において一度たりともなかっただろう。
当然、それが悪い事だとは思わない。運の尽き一つで命を散らすなど、彼女の立場上、本来あってはならないからだ。
聖天子の正体はまだ襲撃者達にはバレてはいない。奴らに気づかれれば、この凶弾の嵐の矛先は、まとめて彼女へ向けられる事だろう。それだけは許容できない。
何としてでも、聖天子を死守する。
そのためには蓮太郎が彼女の側を離れる訳にはいかないのだ。
「里見さん」不意に耳許で聖天子が囁いた。蓮太郎が思考の渦に囚われている間に、距離を詰めていたらしい。迫る死の恐怖で化粧を施された少女は、それでもなお意思の強さを想起させる瞳を輝かせている。「私の事は構いません。行ってください」蓮太郎の迷いを断ち切るように、真っ直ぐとこちらを見据える。
「けど……俺が行ったら、アンタを一人にしちまうだろ……?」
「自分の身は自分で守ります。里見さん、あなたは矛としての役割を全うしてください。この状況を打開できるのは、あなたしかいません」
「……っ」
「おい里見」と阿久津がドスを利かせた声で呼びかけてくる。「こっちには俺もいるって事を忘れんなよ。イニシエーターもガストレアもいないんだ。それなら鉛弾だけでも対処できる」
「だが相手はプロの軍人だッ! 装備の質だって段違いだ! 戦力が二人しかいない以上、こっちの不利に変わりはないッ」
「
阿久津の指摘に、蓮太郎は面食らう。
「さすがに機械化兵士の存在を疑うような奴は、もう東京エリアにはいねえぞ。そもそもお前自身が、何度も公衆の面前で、機械化兵士としての力を振るっている訳だからな。出し惜しみしてんじゃねえ。こっちで可能な限りカバーはする。だから、お前は難しい事考えずに存分に暴れてこい」
阿久津と聖天子の両名から促され、蓮太郎は彼らの視線を受け止めきれずに下を向いた。「良い、のか……?」
「当たり前だ。ガキが一丁前に大人の心配してんじゃねえ」
「私とて覚悟して、この場に立っています。私という存在が里見さんの足を引っ張る事など、絶対にあってはなりません」
「…………」しばしの沈黙ののち、「……分かった」と蓮太郎は顔を持ち上げた。「俺が奴らの陣形に斬り込む。阿久津さんは援護を頼む」
「任しとけ。――やるぞ、東京エリアの英雄」
阿久津がスリーカウントを始める。それに合わせて蓮太郎は深く息を吸い込んで吐き出すのを繰り返し、精神を研ぎ澄ましていく。義眼を解放――知覚する時間の流れが圧縮されていき、阿久津のカウントを刻む声が異様に間延びして聞こえてくる。
制服の右腕と右脚の裾を捲り上げ、義肢の本来の姿を露わにする。人工皮膚に雷光のごとく亀裂が入り、反り返った皮膜が剥落していく。バラニウムの黒々とした光沢を湛える義手と義足が外気に晒される。
レアメタルやコモンメタルを複数種類掛け合わせた超バラニウム合金で生成されたそれは、腕に一〇発、脚に一五発仕込まれたカートリッジの推進力をもって超越的な攻撃力を生み出す。人の身をもってして、ステージⅣガストレアを葬り去る力を有した戦略兵器――それが里見蓮太郎の本領だ。
「――ゼロ! 行け、里見!」
阿久津の怒号が合図となった。蓮太郎は自身の拳銃、スプリングフィールドXDを構えて、バリケードの左側から飛び出す。タイミングを合わせて、阿久津も反対サイドから飛び出した。
的が自ら姿を晒した事で、小銃の掃射がさらに苛烈になる。駆ける蓮太郎と阿久津の軌跡を追うように鉛弾がばら撒かれ、足許のアスファルトに絶え間なく火花が散る。
――撃ち込まれている割合は俺の方が多い……だが阿久津さんのおかげで多少は攻撃が分散した。
――この隙を突いて、奴らの包囲網の中枢に突っ込んで崩し切るッ!
右脚のカートリッジを撃発させ、一気に加速する。吐き出された空薬莢を置き去りにするほどの速度で駆け抜け、射手達が陣取った地点へと肉薄していく。鋭角を描くようにジグザグに走り込み、殺到したライフル弾をやり過ごしていく。
直線距離で五メートルほどまで近づいたと同時、さらに炸裂音が重なる。加速のためではなく跳躍のための炸薬使用。義足で地面を蹴り抜き、跳躍する。そのまま銃口揃い踏む窓際へ突っ込んでいく。
迎撃はさせない。蓮太郎は空中でXD拳銃を構えると、間髪を容れず牽制射撃を叩き込む。階下から阿久津も銃撃。二人分の火力でテロリスト達を押し込んでいく。
被弾を恐れたか、射手達の顔が引っ込んだ。――行ける!
蓮太郎は再度、義足の武装を解放。自分自身が弾丸と化したような感覚と共に、敵陣の真ん中へと突き進む。
義眼と本来の眼球が、ゼロ距離で人の姿を捉えた時、蓮太郎の体躯はすでに病院内へダイナミック入室を果たしていた。空中で一回転、義足の足裏で床を擦りながら急停止する。
――撃たせる隙は与えないッ!
蓮太郎は圧縮された時間のさなかで、的確に相手の人数を把握する。軍服姿の屈強な男が五人。窓際の両サイドに二人ずつ、部屋の出入口に一人。やはり全員が小銃で武装している。
臨戦体勢を取る。天童式戦闘術『
即座に動く。狙うは出入口に佇む孤立した兵士だ。
ここで初めて義手のカートリッジを炸裂させる。撃発音が轟き、鼻孔を火薬臭が舐める。
――天童式戦闘術一の型八番!
五指を握り込み、踏み込みざまに、驚異的な推進力を得た右拳を繰り出す。「――『
反応する余裕も与えず、的確に打ち込まれた
「――――ッ!」残心などしていられない。すぐさま軸足を反転させ、残りの四人を視界に捉える。
仲間が一瞬にして
小銃による
弾き出された回避ルートに沿って、両の足を躍らせる。銃弾の軌跡が交わる中心――その右サイドへ体を滑り込ませる。ライフル弾が左肩を掠め、痺れるような痛み。しかし、かろうじて直撃は避けた。
即座にXD拳銃を照準し、最も近くにいた兵士へ発砲する。乾いた音と共に、男の体が弾かれたように
――くそッ!
だがゼロ距離からの直撃はスタン効果十分だ。思考を切り替えて間合いを詰めると、腰の捻りを利かせたアッパーカットを放つ。義手の拳が男の顎にクリーンヒット。外付けの推進力に頼らずとも、中身まで金属の詰まった鈍器は、成人男性の意識を刈り取るのに支障はない。
――これで三人……! このまま押し切る!
蓮太郎の情報がどこまで伝わっているのかは分からないが、一連の競り合いを鑑みて、敵勢力は接近戦を挑むのは愚策だと判断したらしい。残った三人は蓮太郎を視界に収めたまま後退しつつ、サブ兵装の拳銃を抜いた。
そこが勝機の分かれ目だった。
まさに逃亡中の勾田プラザホテルで、
ここで仕掛けぬ道理はない。
――天童式戦闘術一の型一五番!
腕から三発、脚から一発、カートリッジを同時に撃発させる。敵兵士達の表情が後悔に塗り潰されたが、もう遅い。
「『
雲を突き上げんばかりの
「マックス! サーニャ!」残った最後の一人が叫ぶ。彼は歯を食い縛りながら、手にした拳銃を乱射するが、狼狽を見せた時点で勝負は決している。
もはや義眼に頼る必要もない。銃口から逃れるように横に跳び、拳を握り込む。
――これで終わ……!
勝利を確信した蓮太郎の思考が寸断され、背筋に怖気が走る。義眼による補助がなければ、まず感じ取れないほどの静かで冷たい殺意が背中に突き刺さる。
思わず体を捻ると、視界の端で銀色の軌跡が猛然と駆け抜けた。
――もう一人……!? けど、いつの間にッ……!?
疑問が湧き上がるが、そこを詰めて考えている余裕などない。今、蓮太郎は前後を取られて挟撃される形になっている。すぐに敵兵の間合いから逃れなければいけない。
乱入者の兵士が攻め込んでくる。逆手に持ったナイフを両手で構え、恐ろしいほどに暗く沈んだ瞳で蓮太郎を射抜きながら接近。その顔には見覚えがあった。「――マーク・メイエルホリド!」
聖天子が提示してきた、ロシアの研究所襲撃の映像に映っていた男だ。元スペツナズ所属のベラルーシ人。『ソロモンの指輪』を強奪した張本人だ。
「全体の指揮のために上階にいたのが失敗だったな」マーク・メイエルホリドは感慨もなく口にしながら、ナイフを振りかぶる。「この一瞬で四人を
二振りの凶刃が弧を描き、蓮太郎の首を落とさんと迫り来る。
付近には仕留め損ねた兵士もいる。大振りの攻撃で迎え撃って、隙を晒す訳にはいかない。蓮太郎は歯噛みしながら、義眼の導き出した安全地帯に潜り込むようにして、斬撃から逃れる。
――義肢の攻撃力を目の当たりにした上で、何の躊躇もなく距離を詰めてきやがる……!
炸薬を使った一撃は、高ステージのガストレアを粉砕するための攻撃だ。当然、人間相手ではオーバースペックにも
おそらく、マークは全てを正確に理解した上で、蓮太郎相手に近接戦を挑んでいる。それだけ自らの腕に自信があるのだろう。油断はできない。先刻撃破した兵士達とは格が違う。
蓮太郎は覚悟を決めると、ブーツの底で床を踏み締め、
「『
しかしマークは顔色一つ変える事なく、自らの体躯を反転させ、さらには正拳突きの軌道上へナイフをあてがう。ギャリギャリギャリッ!! という怪音と共に、絶対的殲滅力を誇る拳が、いとも
蓮太郎の判断がコンマ一秒遅れた。コンバットブーツの踵が無防備な腹部に喰らいつく。テロリスト達と違って、ボディアーマーも装備していない剥き出しの人体。筋肉と脂肪を陥没させるのではないかと思うほどの衝撃が、蓮太郎を襲う。「ごぼはあッ!?」迫り上がってきた吐き気に耐えられず
手放しそうになる意識を揺り戻したのは、鼓膜を穿つような銃声と、左大腿部に走った焼けるような痛みだった。砕かんばかりに奥歯を噛み締めつつ、音の出どころを見やる。硝煙を上げる拳銃と生き残りの兵士を視認。的確な援護だ。やられる方はたまったものではない。
形勢が完全にテロリスト側に傾いた。このままでは不味い。
そうこうしている内にマークの方も後退し、右手の武装を拳銃に持ち替えていた。蓮太郎が動けぬ数瞬の内に殺し切る腹積もりのようだ。脳の奥がけたたましくアラートを鳴らす。
全身の筋肉が思うように動かせない今、二方向から向けられる銃口から逃れる術はない。
――こんなところで……立ち止まる訳にはいかねえんだよッ!
「天童式戦闘術二の型
銃口が宙空に向く前に片をつける。体を九〇度回転させ、薬莢を爆ぜさせながら急降下。「――『
天から振り下ろした
ほとんど叩き伏せられるような形で、不格好に着地すると、蓮太郎は荒い息を吐き出しつつXD拳銃を持ち上げる。狙いをマークの眉間に絞る。
「これで残りは……貴様だけだッ……!」
「虚勢だな」とマークは吐き捨てた。彼の持つ拳銃の先端も、蓮太郎の額を正確に見据えていた。「お前が引き金を引き切る前に、俺はお前を殺せる。いくら義肢を人間の神経以外のシステムで制御しようが、大元の命令系統が脳髄である事に変わりはない。違うか?」
蓮太郎は慄然とする。
――くそッ、この短時間でそこまで見抜いたのか……!
マークの指摘の通り、義肢も義眼も脳に直結する事で初めて、体の一部としての機能を果たす。蛭子影胤や、かつて対峙した第二世代機械化兵士『ソードテール』のように、臓器や皮膚を人工物に置き換えた者達と、決定的に異なる点がそこだ。
先ほど撃たれた傷からは、少しずつではあるが、休みなく血が流れ出している。絶え間ない出血によって、脳にまで血液が行き渡らなくなりつつある。
この状態で同時に動けば、どちらが先に相手の脳味噌を撃ち抜けるかは、火を見るより明らかだった。
「安心しろ。仲間の傭兵もすぐにあとを追わせてやる」
「……予想はしてたけどよ、やっぱり藤沢さんの方にも刺客を送っていやがったか……!」
「元々の標的は、奴と
――リトヴィンツェフ一派にいるイニシエーターが、ユーリャ・コチェンコヴァだけのはずはない。
――おそらくは元『魔女部隊』の高序列の奴らが他にもいるはず。
――そいつらは藤沢さんを……
『子供達』には『子供達』をぶつける。機械化兵士の蓮太郎に対しては、マークが直接手を下す。相手の作戦の方が一歩先を行っていた。
「そろそろ幕引きといこう」トリガーを引き絞る音が、ギロチンの縄を挽き切る音と重なる。蓮太郎の命に王手をかけてなお、マークの目の色に一切の油断は滲んでいなかった。
体は碌に動かないにも関わらず、義眼だけが諦める事なく演算を続ける。引き伸ばされた時間の中で、蓮太郎はいくつもの考えを浮かばせては、すぐさま振り払う。八方塞がり。自らが生還するための一手が導き出せない。
ここまでかと諦観の情が顔を覗かせた時、視界の端が何かを捉えた。
さながらCGアニメーションの映像乱れのように、景色の輪郭が幾重ものパーツに分かれ、左右にずれる。割れた空間から、二人のシルエットが描き出された。
「な――」
蓮太郎が言葉を紡ぎ出す前に人影が動いた。黒い
――民警!? だが今のはッ……!?
思考が追いつく前に、大正浪漫風の男とゴスロリ少女が、携えた日本刀をマークめがけて振り抜く。
「――っ!」至近距離で放たれた不意打ち。マークはすぐさま体を
謎の二人組も深く踏み込む気はないのか、あっさりと引き下がる。後退し、一定の間合いを確保すると、得物を構えたまま静止した。
「初見で『マリオネット・インジェクション』を見切るか」と大正浪漫は楽しそうに言った。「さすがに単独でロシアの研究所を襲撃しただけはあるな」
「……何者だ」マークが静かに殺意を放射する。
「
蓮太郎は男の話に耳を傾けながら喫驚していた。
――二つの研究物について知っている……?
――しかも、今こいつ『マリオネット・インジェクション』って言ったか……!?
それは先に言及した機械化兵士、ソードテールの操る能力の名称だった。四賢人、アーサー・ザナックが開発した機械化兵士能力。ナノマテリアルを埋め込んだ皮膚は、任意に光を捻じ曲げて光学迷彩化し、完璧に周囲の景色に溶け込む事ができる。
――こいつらも機械化兵士……!?
――その上、この能力を持っているという事は……!?
嫌な予感が寄生虫のごとく、ぞわぞわと頭の中を這い回る。
継麻と名乗った大正浪漫の化身は、悠々と自身の右袖を捲り上げる。ご丁寧に露出した皮膚を蓮太郎にも視認できるように角度調整していた。
蓮太郎は思わず息を飲んだ。予感が的中してしまった。
継麻の上腕部には、
「僕と夏樹は『五翔会』所属の