ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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「『廉価版機械化兵士』だと……!?」

 蓮太郎が絞り出すように口にした疑問に対し、『五翔会』からの刺客は、「そうだとも」と芝居がかった身振りと共に答えた。「――『価値の創出方法を変革して、その領域に革命をもたらす』」

「……? 何を言ってる……?」

 首を傾げる蓮太郎とは対照的に、マークは、「シュンペーターの『イノベーション理論』か」と言った。

「良く知っているじゃないか」継麻はクツクツと笑うと、「かつてシュンペーターはワルラスの一般均衡理論を用いて、市場の均衡状態を沈滞であると定義した」と述べる。「その状態を動かす――シフトさせる事こそ技術革新(イノベーション)だと」

 継麻が鳶コートの裾をはためかせると、そこから合計三つの球体状の物体が、浮遊感を伴って現れた。メタリックホワイトの光沢を湛えるそれは、中心部にカメラ・アイが搭載されており、それぞれが自律しているかのように方々へ散っていく。

 蓮太郎はさらに息を飲む事になる。

 仲間のイニシエーター兼機械化兵士、ティナ・スプラウトの顔が脳裏を()ぎる。

 彼女の用いる武装に良く似ていた。こちらは、四賢人の一人であるエイン・ランド開発の思考駆動型インターフェイス――通称BMI端末と呼ばれる代物。脳にニューロチップを埋め込み、操縦者の意のままにビットを動かす。端末一つ一つに精密な観測機器が搭載され、標的の位置情報や、気温や湿度といった大気の状況――そういった生身の目では捉えきれない様々な情報を、無線で操縦者の脳へ送るのだ。

 ティナの操る『シェンフィールド』は、狙撃手の必要とする各情報を寸分の狂いもなく観測、分析し、対象者へフィードバックする。脅威的な狙撃制度を誇る『神算鬼謀(しんざんきぼう)の狙撃兵』。それを構成する必須要素がBMI端末だ。

「停滞した機械化兵士市場をシフトさせたのが、僕達『欠乏運用計画(デフェクト・プラネン)』によって生み出された廉価版機械化兵士だ」と継麻は言った。「技術の研鑽が進めば、それまで特別だったものが特別ではなくなる。莫大な費用をかけて作られていたものが、それ以下のコストで量産できるようになる。手術成功率が極端に低い――という点によって優位性を保っていた連中の特別性が剥がれ落ちる。もはやバラニウムを用いて人体を強化する事は、今後、何の特異性も担保しない」

 愕然とする他なかった。

 巳継悠河やソードテール、ハミングバードといった第二世代型さえ記憶に新しいというのに、研究はさらに進んでいるというのか。

『マリオネット・インジェクション』と『シェンフィールド』らしき能力を併用する継麻貞蔵もさる事ながら、驚くべきはゴシックロリータの少女だ。ガストレア因子を持つイニシエーターは、通常の金属製メスなどでは施術できないため、バラニウム製のものを用いて手術を行う。当然、傷の再生阻害効果を有する同金属での切開は多大なリスクを抱え、通常の機械化兵士よりも手術成功率は低い。

 ゆえに、かつての『聖天子暗殺未遂事件』でティナ・スプラウトの正体を知った室戸(むろと)(すみれ)は柄にもなく憤慨していた。膨大な犠牲(サンプル)を積み上げなければ完成の目処さえ立たないイニシエーター産機械化兵士という存在は、それそのものが人道倫理に真正面から歯向かう事になるからだ。

 技術の進歩はそれさえも克服したというのか。

 世界が進んではならない方向に突き進み続けてしまっている事実に、言いようのない怖気を覚える。

「……継麻と言ったか」マークは話題を切り替えるように、静かにナイフを構えた。「先ほどこう言ったな。『仕込みは終わった』と。何を起こすつもりだ」

「在庫処理と撹乱、そして炙り出し」継麻は簡潔に言った。「リトヴィンツェフ一派と里見蓮太郎をここに誘導する事は叶った。あの傭兵とイニシエーターには感謝しているよ。敗北者にも、まだ利用価値があると知れた」

 ――こいつら……一体どこまで知ってるんだ……!?

 血液供給がおぼつかなくなった頭を必死に回して、蓮太郎は現状把握に努める。

 ――藤沢さんと占部里津に関しても知っている……。

 ――という事は、こいつらの昨夜、メガフロート刑務所にいたという事だ。

 予想を裏づけるように、マークが言葉を発した。「その光学迷彩を使って、悠々と観劇を決め込んでいたのか」継麻を見据える瞳から、徐々に光が消え失せていく。「ずいぶんと舐めた事をしてくれたな。警備のイニシエーターを殺す前に、コチェンコヴァに余計な事を吹き込んだのは、お前達だったか」

「ただの処刑が素晴らしい喜劇に変貌したじゃないか」継麻は大仰に両腕を広げ、「傑作だったぞ。ユーリャ・コチェンコヴァの葛藤する様は」と薄い笑みを浮かべる。「何も聞かなかった事にして、占部里津を楽にするか。それともアンドレイ・リトヴィンツェフに素直に報告し、指示を仰ぐか――どちらを選んでも、自らのアイデンティティが揺らぐと自覚しながら決断を下す様は、最高のエンターテイメントだった」

「……下衆が」

「チャップリンも言っていただろう? 『人生は近くで見ると悲劇だが遠くから見れば喜劇である』とな。そちらがやろうとしている事も、マクロな観点で見れば、そう違いはないと思うが?」

「…………」

「返す言葉もないか。まあ僕らも討論がしたくて、ここに来た訳じゃない。とはいえ役者が揃い切らなかったのは誤算だったな。アンドレイ・リトヴィンツェフ本人が出向いてくるとは、さすがに思っていなかったが、ユーリャ・コチェンコヴァの方もいないとはな」

「お前達を始末するのに、アンドレイもコチェンコヴァも必要ない」

「里見蓮太郎と木端の警察一人に壊滅寸前まで追い込まれている人間の台詞とは思えないな」

「おいッ――! 貴様ッ!」血の味の滲む口を動かして、蓮太郎は継麻へと呼びかけた。「今回の一件……介入したところで五翔会(そっち)には何の旨味もないはずだッ! そもそもリトヴィンツェフ達を潰す行為そのものが東京エリアに与する事になる! 何が目的だッ!? この血みどろの争いの先に、貴様らは一体何を見据えているッ!?」

「良い着眼点だ、里見蓮太郎」微塵も賞賛するつもりなどなさそうだった。「だが認識を一つ改めてもらう必要がある。まず第一に、五翔会は各エリアの滅亡そのものを望んでいる訳ではない。それは東京エリアでも仙台エリアでも同じだ」

「ならッ……!」

「言っただろう。在庫処理と撹乱だと。僕達は全く別の観点から、この一件を見ている」

「貞蔵さん、もったいぶらずに」継麻に横に控えていたイニシエーターの少女――志藤夏樹が(たしな)めるように口を挟んだ。

「ああ、すまない。少し興奮し過ぎたみたいだ」継麻は頭を横に振りつつ、「僕の悪い癖だ」と言った。「さて、では少しばかり話を端折(はしょ)るとしようか」と指先を地上へ突きつける。「里見蓮太郎よ。お前はかつて、その目で見た事があったはずだ。僕達が作った『失敗作』を」

「失敗作……?」

「『ブラックスワン・プロジェクト』ですよ」呆れた様子で、夏樹が種明かしする。「逃亡している際に目にしたでしょう? バラニウムへの耐性を植えつけられたガストレア達を――」

「……! あいつらか!」

「あなたも勘づいていたでしょうけど、あれらは研究者にとっては失敗作も良いところでした。理由は……説明する必要がありますか?」

 同計画によって生物兵器として培養された『抗バラニウムガストレア』。

 確かにバラニウム磁場への耐性を獲得させる事には成功しているが、もちろん、それだけでは生物兵器として不完全だ。運用する側が制御できなければ、それらに商品としての価値はないからだ。

 ガストレアを意のままに操るために、五翔会はトリュヒドラジンなる強力な催眠効果を持つ薬物を用いて条件づけ(コンディショニング)を試みていた。だが、それすらも十分な効果は挙げられずに終わっていたはず。

「失敗作とはいえ、莫大な費用を投じて作られた以上、上もただ廃棄処分するのには足踏みしていてな」継麻は理解できないといった面持ちで、肩をすくめた。「せっかくならば有用な使い道を模索したいと。だから僕は一つの選択肢を提示した」

「馬鹿なッ! あれは――あのガストレア共は全て研究所ごと爆破したッ! 全て自分で見届けている! ありえない!」

「子供だな」斬り捨てるように継麻は言う。「あれだけの大規模な研究と実験だぞ? 本当にあの一箇所だけで進められていたとでも思っているのか?」

 蓮太郎は絶句する。喉に砂利でも詰め込まれたかのように、あらゆる言葉が遮断される。

 構わず継麻は続ける。「不良在庫はまだまだある。今日はそれをまとめて有効利用しようと考えている」

 蓮太郎やリトヴィンツェフ一派をこの場に集結させ、念には念を入れて機械化兵士達が足止めしてまでやろうとしている事。この場には言ってしまえば、リトヴィンツェフ一派の主要メンバーはいない。マーク・メイエルホリドが一派の中でも頭一つ抜けた実力者なのは確かだが、首領(リトヴィンツェフ)ほどの重要人物ではない。

 撹乱。

 継麻の提示した目的の二項目目がリフレインする。そして、そこから繋がる三つ目、炙り出し。

 そこから導き出される答えを想像し、背中に氷点下の怖気が突き抜ける。「まさかッ……!」

「やってくれるな」とマークも呟く。どうやら彼も、蓮太郎と同じ答えに至ったようだ。

 鳶コートをはためかせ、継麻は、「ようやく理解してくれたか」と笑った。浮遊する三つのBMI端末が、不規則に彼の周囲を回り始める。「すでに東京エリア中に『失敗作』を解き放っている。それらがダイナマイトのように起爆し、連鎖的に混乱をばら撒く。民警や警察は対応に追われ、都市は機能不全に陥る。そして、未だ東京に潜伏している親玉(リトヴィンツェフ)を炙り出す。これが僕らの目的の一段階目。お前達はそこで指を咥えて、何もできない自らの無力さを噛み締めていると良い」

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