ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 喫茶店のドアを無造作に開け放ち、切羽詰まった表情の男女が雪崩(なだ)れ込んでくる。全て知っている顔だった。というよりも、一人を除いて全員が三ヶ島ロイヤルガーダーの社員だった。

「社長! 緊急事態です!」人混みの中から声が上がる。

「何事だ。ティナ・スプラウトを押さえておけという指示はどうした? ()()()()()()()()()()()()()?」

 三ヶ島の視線の先には、天童木更とペアを組むイニシエーターの姿もあった。肩まで伸びた金髪に、緑を基調とした露出度の高いドレスを纏った少女だ。先ほどまで自社の社員と睨み合いをしていたとは思えないほど、集団に溶け込んでいる。

 フクロウの因子を持つイニシエーター、ティナ・スプラウトは、(まなじり)を割けんばかりに見開いて、「仲間割れしている場合じゃありません!」と一喝した。「ガストレアです! 市街地に大量のガストレアが出現しました!」

「何だって?」思わず席から立ち上がる三ヶ島。足先がテーブル上のマグカップに触れ、あわや転倒しそうになる。

 咲良と沓澤に武器を突きつけられている木更も、こめかみから冷や汗を垂らしている。彼女自身も状況を飲み込み切れていないようだった。「ティナちゃん、それは本当なの?」

 ドレスの少女は慇懃に頷いた。「想像を絶する数です。ここもすぐに戦場になるでしょう。早急に逃走の準備を」

「…………」三ヶ島は顎に手を当て、思考を巡らせる。

 ――ここ新宿は内地の中でも、かなりの中心部だ。

 ――通常、ガストレアが侵入したところで、ここまで到達する事など、まずありえない。

 ――それが想像を絶する数だと?

「天童社長」と三ヶ島は黒セーラーの少女を見やる。「この状況、あなたはどう見る?」

「人為的な生物テロでしょう」断言するように木更は言い放つ。

「私も同じ意見だ」三ヶ島は首肯し、「咲良、沓澤さん、彼女を解放するんだ」と部下に命じた。

 二人は反論なく従い、素直に身を引いた。沓澤は無言のまま木更へ一礼し、軍刀を鞘に格納してカウンターへと戻った。咲良は一瞥(いちべつ)すらせずに三ヶ島の隣に戻ってくる。

「すまなかったね、天童社長。この無礼の埋め合わせは後日必ず」

「いえ、後ろめたい事があるのは、こちらも同じですので」

「ウチの社員を何人か護衛につけよう。ティナさんと共に安全な場所へ。この場は三ヶ島ロイヤルガーダーが引き継ぐ」

 三ヶ島は片手でネクタイを締め直すと、その場にいる自社の従業員へ向けて指令を飛ばす。

「付近の民警や警察と協力し、迅速にガストレアを撃滅しろ! フォローし合えるよう、必ず二組で動くんだ! これは人為的に引き起こされたバイオハザードの可能性が高い! 第三勢力の介入にも警戒! 以上を踏まえた上で行動を開始するんだ!」

 社員達が一斉に応答し、迷いなく駆け出していく。ついさっきまでの喧騒が嘘のように落ち着き、店内には、元々居合わせた者達と、二組のペア、そしてティナ・スプラウトだけが取り残された。

「さあ、天童社長。あなたも早く」と三ヶ島が促す。

「分かりました。恩に切ります」木更は泰然とした様子で応じ、静かに立ち上がる。「ティナちゃん」と呼びかけると、金髪の少女が追従した。出口へ向かう木更は、一度だけ立ち止まると、三ヶ島の方を見やる事なく言う。「そちらが抱えている事情についても、十分理解はしているつもりです。ただ……これだけは分かっていていただきたいです。聖天子様は、今も戦っています。戦争の危機にある東京エリアを救うため、今もたった一人で」

「存じている」対して、三ヶ島は軽い調子で言った。「聖天子様の人柄は、この地に住んでいる者であれば、程度の差こそあれ良く把握している。私もそうだ。だが、私もこれだけは言っておこう。彼女には立場がある。それは、今の彼女にとっては自らを縛るだけの鎖かもしれない。しかし、それを断ち切って、自身の衝動に任せて突き進むのは単なる傲慢でしかない」

「……聖天子様に対して、聖居の言いなりになれと仰っているのですか?」

 木更が剣呑な雰囲気を滲ませ突き刺してくるが、三ヶ島は、「違う」と断言した。「自らを取り巻く全ての障害を飼い慣らし、意のままに動かせるようになれば良い。それは彼女にしかできない事であり、彼女にしか実現し得ない事だ。それを成す事そのものが、この混沌を打ち破るきっかけになるはずだ。――要するに、大人になれという事だよ」

 木更はしばし口を(つぐ)んだのち、「……伝えておきます」とだけ言って店をあとにした。

 それを見送った三ヶ島は、自嘲するかのように苦笑して、「少し説教臭かったかな」と頭を掻いた。「何にせよ、これが一つの起爆剤になってくれれば僥倖(ぎょうこう)なんだが」

「そもそも大人しく帰して良かったのでしょうか」咲良が唇を尖らせる。「聖居に恩を売れる話を逃しはしないって言ったのは、どこのどなたでしたか?」

「いやはや、耳が痛い」

「……社長」

「とぼけている訳ではないさ」

 ジトっと睨みを利かせる咲良に対し、三ヶ島は涼しい顔で応じる。

 彼は再び椅子に腰を下ろすと、すっかり冷めてしまったコーヒーに口をつけた。「聖居の求めている事には応えているじゃないか。彼らは聖天子様が聖居にお戻りになる事を望んでいる。過程は重要じゃない。そして聖居に帰還した彼女が何を成すかも――ね」

「全く……」と黒づくめの少女は呆れたように溜息をついた。「相変わらず食えない性格をしてますね」

「褒め言葉として受け取っておくよ」三ヶ島は経営者としての顔を張りつけて語る。「目的を達成するための根回しは大人の特権さ。一つの方法が頓挫(とんざ)した時のために、第二第三の案を用意しておくのも。強さというのは腕っぷしや意志の堅固さだけじゃない。彼ら彼女らも、いつかは身につけなければならないものさ。たとえ、その過程で元々持っていた高潔さを失ったとしても――」

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