ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣 作:鏡之翡翠
施設内に悲鳴が木霊する。
ガストレアの大群が有無を言わせず押し寄せ、そこにあるものを津波のごとく飲み込んでいく。
「何なのだ……これは……」
社会科見学中に前振りなく現れた異形の群れ。バイオマス発電の燃料として集められていたガストレアの死体の中に、生きた個体が混じっていたのかとも考えたが違う。明らかに混入しただけでは説明がつかないほどの頭数が、猛威を振るっている。
死体とはいえ、ガストレアを集めていた関係上、万が一の状況に備えて民警の警備員を雇っていたらしく、施設のあちこちでプロモーターとイニシエーターが異形と交戦していた。
しかし、侵入してきたガストレアの勢力に対して、圧倒的に戦力が足りていない。すでに発電所のスタッフや、警備の民警も数ペア殺られている。
まさに地獄絵図だった。
「――藍原さん! 何をしているのですか!」不意に後ろから怒鳴り声が叩きつけられる。振り返ると、顔中に脂汗を浮かべた八柄教諭が立っていた。彼女の背には、恐怖に表情を塗り潰されたクラスメイト達がいる。「私は親御様方から、あなた達を預かっている身です! 一人たりとも欠けさせる訳にはいきません! 早く着いてきてください!」
「先生……」
「延珠ちゃん! ほら早く!」中年教諭の背後から、比恵田百花も姿を現す。動こうとしない延珠の腕を引っ張り、強引に連れ出そうとする。
延珠は彼女らに促されるがまま、操り人形のように、おぼつかない足取りで追従する。
発電所内には、薬品臭の混じったような煙が立ち込めていた。すでに火災が起きているのである。主要な設備などがガストレアによって蹂躙され、人間の管理から無理矢理引き離された結果、最悪のイレギュラーが引き起こされたのだ。
至るところで火が上がり、夏の気温と合わさって、灼熱の空気が肌を焦がす。
社会科見学の過程で、発電所内のかなり奥まったところまで来てしまっている。さらには案内役のスタッフも、ガストレア襲撃の際、一目散に逃げ出してしまったため、避難経路を指示してくれる人間は誰もいない。
――蓮太郎……
胸に一つの選択肢が渦巻く。
侵入してきたガストレアは、確認した限りでは、全てがステージⅠだった。いくら数で
だが、「……――っ」喉に棘が刺さったかのように、肺から絞り出される空気が細切れになる。――自分が戦う。その、たった一言を口にする勇気が湧いてこない。
過去に受けた仕打ちが、醜悪な補正をかけられた上で脳裏にフラッシュバックする。
自身が『呪われた子供達』だと周りに知られた時の、かつてのクラスメイト達の罵声が幾重にも折り重なり、鼓膜を引きちぎるように反響する。
さながら人間でないものを前にした時のような、恐怖と敵意に満ち満ちた瞳。無数のそれが延珠を包囲し、一寸の狂いもなく自身に注がれる光景。
オセロの石が盤上で次々と反転していくように、反論の余地を与えず、自分の築き上げてきた居場所が奪われていく感覚。
もう二度と味わいたくないと誓った感情。
それらと、クラスメイト達の命を天秤にかけなければならないこの状況に、どうしようもないほどに胸が締め上げられるのだ。
その時だった。
延珠達が走る連絡通路の横壁を突き破って、大型のカマキリの様相をしたガストレアが強襲してくる。破砕音と共に瓦礫を撒き散らし、生理的嫌悪を催す挙動で接近。虫らしからぬ凶悪な咆哮を発し、それに釣られて集団がパニックに陥る。八柄の静止も虚しく、泣き叫ぶ子供達が三三五五に散って行ってしまう。
「待つのだ!」延珠も反射的に叫ぶ。「先生から離れては駄目なのだ!」
だが大人が指示してもどうにもならない状況で、同い年の延珠の言う事を聞き入れるはずがない。そもそも物理的に声が届いているかも怪しかった。
「え、延珠ちゃんッ。私達も早く逃げよう! このままここにいたら殺されちゃうよッ」
かろうじて踏み留まっていた百花も、目許から涙を滲ませながら、延珠の服の裾を引っ張ってくる。実際、彼女の言葉にも間違いはない。周りに警備員もいない状況では、暴れ始めるガストレアを食い止める手立てがないのだから。
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!」指数関数的に鼓動が速くなる。胸を内側から張り裂けさせるのではないかと錯覚するほど、心臓が脈打つ音が鮮明に聞こえる。
――やらなければ……。
――妾がここで動かなかったら……百花ちゃんが……クラスの皆がッ……!
――でも……でもッ……!!
全身の関節に針でも打ち込まれたのかと思うくらいに体は動かない。理性がやれと命令しているのに、延珠の心の最奥に埋まった恐怖心が、それを徹底的に阻む。
カマキリ型ガストレアが鎌状の前腕を振り回しながら、こちらへ突っ込んでくる。延珠の耳許で百花が絶叫を迸らせ、八柄が言語の
視界に映る全ての光景が、コマ送りのフィルムのごとく緩慢に流れていく。チェーンソーの刃を思わせる歪な刀身を持つ前腕が、ギラリと鈍色に輝いていた。
「あ、ああああ。あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!」
延珠の悲痛に満たされた慟哭が、無情に響き渡る。