それは、どこか異様とも言える光景だった。
モノリス外周区――かろうじて都市機能を維持している内地とは異なり、ここは文明の恩恵をほとんど得られない場所だ。
人類の生存圏と、ガストレアの跋扈する外界を隔てる境界線を最前線と形容するのならば、外周区はその最も近いところに存在する危険地帯だと言える。
世界の終焉に片足を突っ込んだような僻地には、やはりそれ相応の者達が集まってくる。この辺りを行き交う人々の薄汚れた格好を見れば、この外周区を『ゲットー』や『スラム』と呼ぶ人間達がいるのも頷けてしまう事だろう。
そんな中で身綺麗な服装をした者が佇んでいれば、やはりそれは異様と表しても差し支えない。
その上、服装の趣味が一八〇度異なる男性と少女の三人組ともなればなおさらだ。
暗めの寒色の和服と革製のブーツを合わせ、残暑の厳しいこの季節にも関わらず涼しい顔をして、黒の鳶コートを着こなす男は、チェック柄のハンチング帽の鍔を摘まんで空を見上げた。「……日が高い。夏樹、今何時だ」
「もうすぐ一三時です」と傍らに控えていた少女が答える。「捜索を始めてから五時間ですね」
「もう良い加減お昼ご飯にしようよー! ずっと動きっぱなしでお腹空いたあー!」もう一人の少女が不満を垂れる。
瓜二つの顔のつくりに、瓜二つな体格。フリルつきのゴシック調の衣装に身を包んだ少女二人は、一見するとバーチャル上でコピーアンドペーストした同一人物のようにも見える。
しかし、艶のある飴色の髪の結び目だけが異なっており、それが唯一彼女らが別人である証拠として存在している。
男性の質問に答えた方が右結びのサイドテール、不満を述べていた方が左結びのサイドテールだ。
大正浪漫全開の出立ちをした男は小さく溜息を洩らすと、その格好に似つかわしくない現代の機器を取り出して画面を操作し、耳に当てた。「こちら継麻貞蔵、志籐夏樹、春樹の捜索隊だ。未だ東京エリアに侵入したと思われるリトヴィンツェフ一派は見つかっていない。そして春樹の方が緊急事態だ。空腹で任務に支障が出ている。至急昼休憩を所望する」
「……貞蔵さん。その言い方じゃ冗談としか受け止めてもらえませんよ……?」右結びの志籐夏樹が複雑な表情で耳打ちする。
「言ったという証拠があれば良い」と大正浪漫の化身、継麻貞蔵は真顔で返答した。スマートフォンをしまうと、「行くぞ」と身を翻す。「春樹、外周区を出る間に行きたいところを調べておくんだ」
「はーい!」
楽しげに自分のスマートフォンで検索を始める春樹を横目に、夏樹の方は沈んだ様子で言う。
「全く呑気なんだから……これじゃあ他の隊に先を越されてしまいます」
「そこは心配しなくても良い」
「え?」
継麻は変わらず平坦な調子だった。
「ここまでは上の命令に従っている事を見せるためのパフォーマンスだ」
「パフォーマンス……?」
「そうだ」と継麻は首肯し、「そもそもリトヴィンツェフ一派を追ったところで、まともに補足できない事は最初から分かっている」と説明した。「上の頭でっかち共は、それを微塵も理解していない」
「……貞蔵さんには当てがあると?」
「里見蓮太郎だ」継麻はとある人物の名を挙げた。
「アンドレイ・リトヴィンツェフを確保した東京エリアの英雄ですよね」
「その通りだ。里見蓮太郎はここ直近で起こった全ての出来事に関与している。さながら天から逃れられぬ運命を与えられたように――」
「…………」
「蛭子影胤テロ事件、ティナ・スプラウトによる聖天子暗殺未遂、モノリス倒壊による第三次関東会戦、そして櫃間親子が起こした冤罪事件……東京エリアの命運を左右する全ての事件の中心には、必ず里見蓮太郎の名がある。今回の『疫病王』天秤宮の那須鉱山占拠事件。これによって、東京エリアと仙台エリアの間で全面戦争の気配が漂い始めている。要するに、再び東京エリアは存亡の危機に立たされている」
そこまで順序立てて述べられた事で、齢一〇の夏樹にも、継麻の言葉の裏に隠された意図を汲み取る事ができたようだ。
「貞蔵さんはリトヴィンツェフ一派の起こす大規模テロに、里見蓮太郎が関わってくると睨んでいるんですね」
「睨んでいるというよりはほぼ確信していると言って差し支えない。ロシアの研究所から強奪された『ソロモンの指輪』、東京エリアの研究所から強奪された『スコーピオンの首』……この二つが揃った事で、リトヴィンツェフ一派は国崩しの手段を得た。奴らが遠からず里見蓮太郎と激突するのは、僕達の関与できないところで決定づけられた運命なのさ」
「里見蓮太郎を追う……そういう事ですか」
「ああ、奴は極上の釣り餌だ」継麻は薄く笑う。「里見蓮太郎をマークしておけば、必ず事件の中心に辿り着ける。すでにメガフロート刑務所にいるアンドレイ・リトヴィンツェフが、交渉人として里見蓮太郎を指名している事は分かっている。『ソードテール』の遺産を持つ僕達ならば、潜入は容易だろう」
「では」
継麻は首を縦に振る。「春樹の腹を満たし次第、次の行動に移る。ちなみに夏希、お前は何か食べたいものはあるか? 意思表示できる内に言っておかないと、春樹の好みだけに合わせる羽目になるぞ」