ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣 作:鏡之翡翠
蓮太郎が突入してから、すぐに状況は動いた。それを
黒衣の少年が戦っているフロアの真上。そこから命綱もなしに降下してきた男を。身につけている装備から見るに、リトヴィンツェフ一派の兵士で間違いはなかったが、遠目から見ていた阿久津にも良く分かった。あの男は別格の実力を有している。
「マーク・メイエルホリドです」と傍らの聖天子が口にした。「ロシアの特殊部隊スペツナズに所属していたベラルーシ人。ロシアの研究所を襲撃し、『ソロモンの指輪』を盗み出した犯人です」
「あいつが……」
自分も突入するべきか。少なくとも、先ほど乱入したマークも含めて、敵勢力は最低六人はいる。いくら里見蓮太郎が人間離れした戦力を保持しているとはいえ、閉所での戦いで小銃の制圧射撃を受ければひとたまりもないはずだ。
――まだ銃声は止んでない。戦いは続いている。
――聖天子様を一人残していくのは思うところがあるが、ここで勝たなきゃどっちにしろ……。
ニューナンブの銃把を握り締める力が、無意識に強くなる。
――藤沢の奴もまだ戦っているのか……?
――もし、あいつが負けたのなら、俺か里見のところに戦力が差し向けられるはず。
――戦力が分散しちまってる以上、どこかの
阿久津は意を決すると、聖天子の方を見やり、「聖天子様、俺も動きます」と言った。「嫌な予感がします。今、里見の方に行かないと不味い事になる気がする……!」
「私も同じ意見です」聖天子が首を縦に振った。「里見さんのところへ向かってください、阿久津さん」
「承知いたしました。ですが、何かあればすぐに呼んでください。ここは外周区です。リトヴィンツェフ一派以外にも、血の気の多い日陰者はいます」
「私の事は大丈夫です。……御武運を」
阿久津は一つ頷くと、バリケードにしていた転倒車両から飛び出す。「――あーあ、一番駄目な選択しちゃったねー」
「「――――っ!?」」
突如として頭上から響いた声に、阿久津と聖天子の皮膚が粟立つ。
――声の出どころは……ちょうど俺と聖天子様の間!
敵勢力からの襲撃を受けたのだと脳が理解した瞬間、阿久津は踵を返して、ニューナンブを持つ手を跳ね上げる。続け様に、驚愕に目を見開いた。
眼前の景色が、瞬くスパークと共に歪み、そこから一人の少女が姿を現したからだ。ゴシックロリータに身を包んだ飴色の髪の少女は、無邪気さと残忍さがないまぜになった表情を張りつけながら、阿久津めがけて日本刀を振りかぶる。
「くそがああッ!!」無我夢中で回転式拳銃の引き金を引きまくる。至近距離から放たれた鉛製の銃弾を、ゴスロリ少女は涼しい顔で掻い潜り、そのまま日本刀を逆袈裟に振り抜いた。とっさに身を
絶叫と共にニューナンブを取り落とし、苦痛に顔を歪めた阿久津が膝を突く。傷口を鷲掴みするように押さえながら、襲撃者の少女を睨みつける。「テメエッ……はッ……!」
「ちなみにリトヴィンツェフ側じゃないからねー、私はー」ペン回しを思わせる動きで、手の中で、くるくると日本刀を回転させる少女は、「でもでもー、
――くそッたれが!
――ここに来て第三勢力の介入だと!?
裁断された神経がジクジクと痛みを脳に伝える。思考がまばらになり、考えを上手く整理できない。
日本刀を弄ぶ少女は、年齢に見合わない妖艶な笑みと共に、こちらへ歩み寄ってくる。揺れるスカートの下から、浮遊する球体状の端末が音もなく現れ、彼女の周りを衛星のように周回し始める。
「これはッ……『シェンフィールド』……!?」
言葉を詰まらせながら、一つの名称を口にした聖天子に対し、襲撃者の少女は、「あはっ!」と甲高く笑った。「そりゃー知ってるよねー。何てったって自分を殺そうとしたイニシエーターが使ってた能力だもんねー!」
「…………ッ!」
「今さら隠そうとしたって無駄だよー? 私達は全部知ってる。そもそも知ってなかったとしても、さっきまで全部ここで見てたもんね! 『シェンフィールド』と『マリオネット・インジェクション』がある限り、私達に隠し事はできないんだよ? せ・い・て・ん・し・サ・マ?」
「退がれ! 聖天子様!」阿久津が怒号と共に躍り出る。血に濡れそぼった右手を振り乱し、少女めがけて血を飛ばす。「汚いなあ、もう!」と露骨に不快げな表情を見せた少女が顔を覆った瞬間、阿久津は左手でニューナンブを拾い上げ、ノータイムで発砲した。乾いた銃声と同時に、鉛弾が少女の腹部に突き刺さる。
――ガストレア因子を持つイニシエーターに、通常の銃弾はほとんど意味を成さねえ!
大きく仰け反った少女へ近づき、阿久津は渾身のラリアットをかます。肉と骨の塊が少女の顔面を捉え、そのまま地面に叩きつける。傷口が振動で痛むのも構わず、阿久津は靴底を少女めがけて振り下ろす。ゴスロリ少女の方も、服が砂埃に塗れるのも
――一刻も早く聖天子様をここから逃がす! 俺の命はもう二の次だ!
バラニウムの武装さえない状態で、イニシエーターと対峙するなど、もはや自殺行為に等しい。だが今の阿久津に選択肢はない。
腰のベルトに仕込んでいた暴徒鎮圧用のスタンロッドを抜き放ち、数メートル先で起き上がった少女と視線を交わす。
「
「小学生くらいの年齢の子に、そんなもん着せようとする変態とは縁を切った方が良いぜ。全く、今のご時世危ない奴が増えたもんだ。里見蓮太郎といい、お嬢ちゃんのプロモーターといい、どいつもこいつも年端もいかねえガキに欲情しやがって」
「
むくれる少女を無視し、阿久津はスタンロッドを構える。
――頼むぞ、里見、藤沢。
――俺がくたばる前に勝ってこい……!