ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 最初に異変に気づいたのは継麻だった。『シェンフィールド』のコピー能力によって、BMI端末を自在に操り、広範囲を見渡せる彼は、「夏樹!」と相棒の名を呼んだ。「すぐにビットを引き戻せ! 敵が――」

 継麻の言葉を待たずに、窓の外から飛来したライフル弾が球体端末の内一つを貫いた。カアアンッ!! という金属音が鳴り渡り、内部基盤ごとカメラを破壊、鉄屑と化した端末が音を立てて墜落する。

 さらに立て続けに撃ち込まれた狙撃が、次々とビットを食い散らかしていく。一瞬の間に三つの端末が機能を失い、床に散らばる瓦礫と一体化した。

「……ッ、見逃したか」と継麻は舌打ち混じりに呟いた。「(しゃく)だが良い腕だ。昏倒から目覚めたばかりだというのに、ここまで正確に撃ち込めるか」

 継麻の発した文字列の一つに引っ掛かりを感じ取った蓮太郎は、とっさに戦場となっている部屋を見回した。

 全部で四人――倒れているリトヴィンツェフ一派の兵士の数だ。

 足りない。部屋に転がっている人数が一人足りていない。蓮太郎は病院突入と同時に、五人の兵士を相手取った。そして、五人とも自らの手で叩き伏せた。であれば、ここに倒れ伏しているのは五人分の(むくろ)でなければ辻褄が合わない。

 そこまで考えを巡らせてから、ふと気がついた。

 一人だけいた。カートリッジ撃発による攻撃力を用いずに無力化した敵兵がいた事を。

 どこかのタイミングで意識を取り戻した兵士は、蓮太郎や継麻、マークにも勘づかれずに部屋を抜け出し、狙撃ポイントに陣取っていたのだろう。おそらく全ては、この瞬間のため――。

「貞蔵さん! 後ろ!」夏樹が叫ぶ。彼女に呼応した継麻がすぐさま反転し、音もなく忍び寄っていたマークへ反撃する。

 横薙ぎの日本刀を、マークは身を屈めて躱し、低姿勢のまま継麻へ組みつく。対応の遅れた継麻の脚が払い除けられ、そのまま転倒。背中を強打し、苦鳴を洩らす継麻の側頭部をコンバットブーツがサッカーボールのごとく蹴り抜いた。

「貞蔵さんから離れなさい! この下郎!」飴色の髪を振り乱しながら、マークへ斬りかかる夏樹。神速の剣技は、しかし、マークが絡め取るように伸ばした腕によって、肘関節を押さえつけられた事で不発に終わる。

「動きに乱れが出てきたな」口の端から血の筋を垂らすマークが指摘する。「外づけの『目』に頼り過ぎなのではないか」流れるような膝蹴りが、夏樹の顎を突き上げ、矮躯が宙を舞う。すかさず放たれた拳銃による追撃が、夏樹の右脛を穿った。

 駄目押しとばかりに遠方から狙撃音が響く。夏樹は空中で体勢が崩れたままの状態で、刀に燐光を纏わせて振り抜く。ワンテンポ遅れて着弾したライフル弾が少女の柔肌を食い破ろうとしたが、斥力フィールドを纏った刀身がすんでのところで銃弾を斬り伏せた。そのまま着地し、苦痛に目許を歪ませながらも、継麻を庇うように立ち塞がる。

 蓮太郎、マーク、継麻、夏樹の四人が四肢を小刻みに震わせながら睨み合う。全員が満身創痍。誰が発したとも知れない荒い呼吸音が、室内をまばらに埋め尽くしている。

 今、全員の頭の中には、『撤退』の二文字が浮かんでいる事だろう。だが背中を見せた瞬間、どちらかの陣営から手痛い追撃を食らう事も確かだ。

 ――しかもマーク・メイエルホリドの方には狙撃手(スナイパー)も控えてる……!

 ――運良く病院から脱出できたとしても、こいつに補足されたら終わりだッ……!

 膠着状態が続く事に一切のメリットはない。全員が治療必須の怪我を負っている。それにも関わらず、最初に退く選択肢を誰も取れないのが歯痒かった。

「…………」蓮太郎は継麻達に悟られぬよう、目線だけで窓の外を見やる。脚部の炸薬で加速し、一気に外へ飛び出ればどうだろうか。狙撃は建物や障害物を使って、射線を切って対応する――。

 そこまで組み立ててから、蓮太郎は首を横に振った。

 狙撃手の腕は確かだ。一発も外す事なく、四つのBMI端末を撃ち抜いた事からも、それは疑いようがない。人間大の的が身を晒せば、狩人にとっては格好の餌食だ。今の蓮太郎にその一発を防ぐ術はない。

 万事休すかと思われた時、蓮太郎の視界の端で黒く輝く軌跡が擦過した。それを確認したのも束の間。直後に一人の少女が、蓮太郎の脇を駆け抜ける。タイミングを同じくして振り回されたバラニウム製曲刀(カトラス)が、継麻達及びマークへと襲いかかる。

 狙われた三人は、とっさにバックステップで距離を取り、紙一重で襲撃をやり過ごす。空振った刃はそのまま床を裁断し、土煙と砂粒を巻き上げた。

「やって! リカルドッ!」振り返らぬまま、乱入者の少女は声を張り上げ、横に跳ぶ。

「里見! ずらかるぞ!」背後から蓮太郎を呼ぶ声。知っている声色に安堵しながら振り向くと、焦燥に塗り潰された表情を見せる傭兵の男がいた。彼の手には自前の九ミリ拳銃ではなく、両手で構えるサイズの自動小銃が携えられている。おそらく、蓮太郎が撃破したリトヴィンツェフ一派の兵士から強奪したのだろう。「食らいやがれ!」とリカルドは、VSK-100のトリガーを引き絞り、粉塵の向こうへと乱射する。

 照射された銃口炎(マズルフラッシュ)が、ライブステージのスモークのごとく、粉塵に反射して室内を眩く染め上げる。鼓膜を金槌で連打されたような音が立て続けに鳴り、スクリーンの向こう岸へいる手負いの兵士達を襲う。

 小銃に装填されていた弾が尽きると同時に、リカルドは鉄屑と化した本体を投げ捨て、蓮太郎をお姫様抱っこの要領で持ち上げた。「ぬあああああッ!」という野太い掛け声が聴覚を叩く。「里緒ちゃん、行くぞ!」

 リカルドに追随するように、里緒と呼ばれた少女も動いた。蓮太郎を担いだリカルドが部屋の出入口を潜り、廊下を全速力で駆ける。

「藤沢さん……無事だったんだな」

「こっちの台詞だ! ボロボロじゃねえか!」

「……すまない、遅れを取った」

「……部屋の中で、羽のないドローンみたいなのが浮いてた。あれは何だ?」

「BMI端末」蓮太郎は端的に答える。「俺の仲間のイニシエーターが『シェンフィールド』っつう機械化兵士能力を使うんだ。あれはそのコピー能力だ」

「ああ、思い出したよ。ティナ・スプラウトだろ。良く覚えてる。ニューロチップでモジュールを組み込んだ機械を自在に動かせるんだったか。あの時、大量の銃火器でガストレアの軍団を木端微塵にしてたな」

 蓮太郎は目を丸くする。「まさか……初対面じゃなかったのか、俺達?」と恐る恐るリカルドへ尋ねた。

「まあな」リカルドはそれ以上言及する気はないようだった。

「……すまない」

「謝るなよ。あの時、自分のアジュバント以外の連中を気にかける余裕なんか、どこもなかっただろ。……俺に至っては自分のペアのイニシエーターすら守れなかった。最期を看取る事さえできなかった」

「二人共、感傷に浸るのはあと!」里緒が割り込むように言った。彼女は黒髪の下から覗く赤い瞳を細め、「来るッ!」と叫んだ。

 照明のない廊下の奥から、青く瞬く閃光が迸る。「不味いッ」と蓮太郎の声が震えた。「斥力フィールドの斬撃だッ!」

 警告を飛ばすと同時、閃光弾が投げ込まれたのかと錯覚しかけるほどの爆光が視界を覆い尽くした。光の鞭を思わせる抜刀が、壁をなます斬りにしながら迫ってくる。

「迎撃頼む!」リカルドの指示を受けて、里緒はその場で急停止。身を翻しながら、曲刀を振り抜き、燐光を迎え撃つ。黒い刀身と青白い光が交差し、聞いた事のない音が響く。眼球を焼き焦がすような光が四方八方へ飛び散り、斬撃の威力に押し負けた里緒の体が後方へ投げ出された。

 蓮太郎の脳髄がけたたましく警笛を鳴らす。言葉による意思疎通を図っている余裕はないと判断し、強引にリカルドの腕からもがき抜ける。不格好に床へ落下し、膝を打ちながらも、XDを照準する。傍らのリカルドも、すぐに蓮太郎の意図を読んだのか、九ミリ拳銃の狙いをつけていた。

 二人が同時にトリガーを引きまくった。それと時を同じくして、暗闇の奥から突っ込んできた夏樹が日本刀の軌跡を煌めかせる。オレンジ色の火花が咲き、殺到した弾丸を残らず破断する。

 夏樹が三人を必殺の射程に収めるまで、残り数秒。今の蓮太郎に、手の内を晒し切っていないイニシエーターを相手取る余裕はない。リカルドは言わずもがな。おそらくは占部里津の妹と思われる里緒も、本職のイニシエーターでない以上は、まともにぶつかれば勝機はないだろう。

 蓮太郎は歯を砕けんばかりに食い縛ると、屋外に面している方の壁を見据えた。パアン! という炸裂音を立てて腕部のカートリッジが排出される。爆発的推進力を加えられた拳が、朽ちかけた壁を容赦なく粉砕した。直径一・五メートルほどの大穴が穿たれ、陽光が差し込む。

 リカルドへ目配せすると、彼はすぐに頷いて、里緒の名を呼んだ。曲刀を右腿の鞘に収めた少女は、リカルドへ駆け寄り、軽々と成人男性の体躯を背負い上げた。里緒と蓮太郎の靴底が、同時に床の縁を蹴り抜く。大穴を潜り抜けて、三人が宙空へと投げ出される。

 浮遊感も束の間、すぐに重力が蓮太郎達を地表へと吸い寄せる。落下の恐怖を押し殺して、痛覚を切った右脚から着地。アスファルトが薄く陥没し、次いで右半身が地面へ叩きつけられる。何とか右腕で受け身を取ったが、それでも衝撃が体全体を駆け巡り、内臓と骨格をいたずらに圧迫してくる。「がはッ!」と口から胃液と血液の混じったものが吐き出された。

「無事か!?」耳許でリカルドの声。彼は里緒に抱えられていた事で、安全に着地できていた。イニシエーターの方も落下によるダメージは見られない。

「俺の事は良い! 立ち止まるんじゃねえッ。すぐに狙撃が来るッ!」

「――――っ!」

 三人がその場から動いた瞬間、足許の舗装材が弾けた。義眼に搭載されたナノコア・プロセッサが高速回転し、加速された視覚の端が、ひしゃげた弾頭の先端を視認した。7.62×51mmのNATO弾。弾種から、使用されている狙撃銃はドラグノフではなく、SV−98当たりだと予想。ボルトアクション方式ならば、立て続けの狙撃はない。

 ここが勝機だ。すでに義眼の演算により、狙撃手の位置も割り出せている。「ここから、およそ一〇〇メートル先――あの建物の四階だッ!」と病院とは真向かいにある雑居ビルの方向を指差す。

「里緒ちゃん、頼んだ!」

 リカルドの頼みに応える形で、里緒が一気に駆け出した。真人間のペースに合わせる必要のなくなったイニシエーターは、コンマ一秒にも満たない時間の中で、バイク以上の加速力を発揮。瞬く間に後ろ姿が小さくなっていく。

 狙撃は一時的に止んだが、依然、敵勢力の猛攻に晒されている事に変わりはない。蓮太郎の開けた穴から、今度は夏樹が飛び降りてくる。応射しようと拳銃を構えた蓮太郎とリカルドの表情が強張る。空中で目にも留まらぬ素早さで刀が振るわれ、斥力フィールドによって射程を伸ばされた二対の斬撃が飛んでくる。

 反射的に横に跳び、自身の真横を通り過ぎる光の刃を見送る。大気が焼ける匂いが鼻を貫いた。アスファルトが豆腐に刃を入れたのかごとく寸断され、細かい粒が流砂のように巻き上がる。

 片脚を引き摺りながら、不機嫌そうに唇を引き結んだ夏樹が近づいてくる。「……春樹、あなたは何をしているのですか?」

 蓮太郎の後方から、「ぐああッ!」という悲鳴が聞こえ、すぐ後ろで何かが叩き伏せられる音。前方の警戒をリカルドに任せて振り返れば、そこには裂傷だらけの阿久津が転がっていた。

「だって聞いてよー、お姉ちゃん」間延びした幼い声が近づいてくる。口調こそ違うが、声質は驚くほどに夏樹と似通っていた。モノクロのゴシックロリータを纏う飴色の髪の少女は、やはり日本刀を肩に担いでいる。夏樹と瓜二つの容姿をした少女の左頬は、何かで殴られたかのように赤く腫れていた。「こいつ面倒臭いんだよー。聖天子様殺そうとしたら、いちいち邪魔してくるんだもん。弱いくせに。だから、最初に殺そうと思ってさー」

「……その肝心の聖天子はどこに行ったのです?」

「ちゃんとビットはつけてるよ。お姉ちゃんだって見えるでしょ?」

「……余計な事を言わないでください」

 複数の機械化兵士能力を有したイニシエーター達が、前後から蓮太郎達を挟み撃ちにしている。背中を流れる汗が止まらない。彼女達の意識がこちらに向けば、すぐにでも勝負は決してしまう。

「……どうする、大将」こめかみから冷や汗を垂らしながら、リカルドが問うてくる。「ここからイニシエーター二人をぶっ飛ばして逃げ延びる策はあるか?」

「…………」蓮太郎は瞑目したまま首を横に振る。

「だよなあ……。どうしたもんかね……」

「無駄な策など練る必要はありませんよ」断言した夏樹が居合い抜きの構えを取る。それに連動して、春樹と呼ばれた瓜二つの少女も、同じ挙動を見せる。二人の刀に燐光が瞬き、纏わりついていく。「あなた達は三人まとめて、ここで肉塊となる定めですので――」

 日中の陽光にも劣らぬ閃光が二方向から爆発し、無情にも蓮太郎達へと迫りくる。

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