ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 蓮太郎はXD拳銃を握り締め、深く深呼吸した。

 リカルドの運転する軽自動車と、マーク・メイエルホリド達の搭乗しているトラックとの距離はみるみる内に縮まっている。だが、このまま事が上手く運ぶとは思えなかった。

 胸がざわつき、過去の光景がフラッシュバックする。「……藤沢さん」と傍らの傭兵に呼びかけた。「おそらくマーク達は俺達の接近に気づいてる。前にも似たような事があった。荷台の中に注意してくれ」

「俺も何となく想像はついてる。おおかた機銃でも積んでるんだろ。俺達が不用意に接近したところで、粉微塵にする腹積もりだろうな」

「どれだけのスペックのものを積んでいるかは分からないが、機銃の掃射を喰らえば、俺達の軽自動車じゃ一溜まりもない」

「だろうな。しかも向こうさんのトラックはウィングタイプ。横にも後ろにも開きやがる。俺達が(ケツ)にくっついてる限り、死角はないに等しい」

「何か策はあるか?」

「一番良いのは適度な距離を保ちながら追跡し続ける事だろうな」リカルドは答える。「荷台の床に固定しようが、機関銃の反動は相当なもんだ。ほんの少しの連射でさえ、車体のバランスを崩す事になりかねん。敵さんだって、こいつを使うのは最後の手段にしたいはずだ」

 軽自動車とトラックの距離が一〇〇メートルを切る。しかし、先の発言に反して、リカルドがアクセルを緩める気配は見られない。

「おいッ? 近づき過ぎずに追うんじゃなかったのか?」

「どこかで撒かれたら、それで終いだ」リカルドは断言する。「今俺が言ったのは、奴らが高速を降りずに逃走を続ける前提の案だ。仮に下道に降りられて、入り組んだ道で翻弄されようもんなら、もう追いつける道理はなくなっちまう。唯一追跡可能な里緒ちゃんは、しばらく動けないしな」

「じゃあどうするんだッ?」

「命を賭けて接近するんだよ。見てみろ、里見。奴らの運転するトラックの下側を」

「下……?」目を凝らして、車体下部を凝視してみるが、蓮太郎にはリカルドの意図するところが理解できない。

「トラックってのは荷台に荷物を積んで運ぶのが仕事だ。だが、馬鹿正直に荷物だけ載せて走ったら、中身はどうなると思う?」

「そりゃあ……崩れるんじゃないか?」考えられるだけでも、路面の凹凸による揺れ、ブレーキによる慣性などが思い浮かんだ。

「その通りだ。だから積み荷は、荷崩れを起こさないように固定される。ベニヤ板を当てたり、あるいはラチェットベルトで押さえつけるなりしてな。そういった道具を収めるための収納場所がトラックにはあるんだ。そんで、それは大体車体下部のデッドスペースに設けられている。当然、奴らは運送屋なんかじゃない。だから収納があっても使わない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……――!」

「分かったか? 俺の考える策はこうだ。何とかして奴らの車に近づいて、荷締め用の収納に、俺のサブ端末を忍ばせる。GPSで奴らの居場所を特定できるようにすれば、仮に逃げ切られたとしても何とかなる。いや、あるいは仕込みに成功した時点で、わざと逃しても良い。その方が連中の油断を誘えるからな」

 土壇場でリカルドが導き出した答え。それは間違いなくリトヴィンツェフへ繋がる一筋の道に思えた。

「奴らの斜め後方から仕掛けるぞ。それなら、たとえ機銃が積まれていたとしても、横か後ろかのどちらを開けて応戦するべきかの択を迫れる。少しでも反撃までの時間を稼いで、可能な限り近づく」

「分かった。運転は頼む」

「よし、やるぞ」

 法定速度を超過した車体が、ぐんぐんとトラックに詰め寄っていく。マーク達の乗る中型車の姿が大きくなるにつれて、心臓がより早く脈打つ。いつ荷台から機関銃の銃口が覗いてくるかと考えただけで、怖気が走る。

 リカルドがハンドルを回し、軽自動車が大きく揺れる。第二車線と第三車線を区切る白線の上を走行しつつ、前方へと肉薄していく。

「――! 来たッ!」蓮太郎が叫ぶ。トラックの荷台後方の扉が開き、黒光りする機銃が姿を露わにする。引き金に指をかけているのは当然マーク・メイエルホリド。氷のような冷徹な視線が、フロントガラス越しでも鋭く刺さる。「藤沢さんッ!」

「大丈夫だ! 分かってる!」リカルドが応え、軽が第三車線に移動したのと、機銃が爆音を鳴らしたのはほとんど同時だった。対物ライフルにも用いられる大口径弾がフルオートで射出され、第二車線のアスファルトを爆砕させていく。リカルドの操作が一瞬でも遅れていれば、肉片になっていたのは蓮太郎達だったであろう。

 軽自動車が猛加速し、トラックの右横に回り込み、ぴったりと並走する。すかさず右側の()()()が開き、機銃の無骨なシルエットが、視界いっぱいに広がった。

 いつかの恐怖が重なり、思わずXDを構えた蓮太郎に対し、「怖がる必要はねえ!」という言葉が差し込まれた。「ゼロ距離で撃てるような代物じゃない!」リカルドの言葉通り、機銃は沈黙したまま車体だけが離れていく。第一車線へ逃げようとするトラックへ、そうはさせまいと軽自動車が追従する。

「……ッ! 不味いッ!」蓮太郎の発した警告に合わせるように、横合いから銃口炎が瞬く。機銃による制圧を諦めたマークが、V S K小銃を手に銃撃してきたのだ。ばら撒かれたライフル弾がサイドドアにヒット。車内にいる蓮太郎達にも、はっきりと甲高い着弾音が聞こえた。「タイヤは!? パンクしてないかッ!?」

「問題ない! このまま行く!」

 蓮太郎は奥歯を噛むと、自らの座る助手席側の窓ガラスに、義手の拳を叩きつけて砕き割った。陽光を反射して煌めく無数の欠片が、一瞬にして後方へ流れ飛んでいく。開放された窓から、熱気と湿気を含んだ空気が撹拌されながら舞い込んでくる。

 XD拳銃を突きつけて連発する。走行音にも負けぬ発砲音が鼓膜を無遠慮に殴りつけ、威嚇射撃を受けたマークは、とっさに機銃の裏側へと身を隠す。「埒が明かない!」と蓮太郎が喚いた。「藤沢さん! もっと近づけないかッ!?」

「これ以上は接触する可能性が跳ね上がるぞ!」

「一瞬で構わない! 直接乗り込んでマークを制圧してからGPSを仕掛ける!」

「正気か!? メーター読みでも、一〇〇キロ近く出てるんだぞ!? 着地に失敗でもしたら、大根おろしみてえにズタズタになっちまう!」

「手段を選ぶ暇はない! 良いからやってくれッ!!」

「っ……頼むから俺に東京エリアの英雄を殺させないでくれよ!」

 蓮太郎が荷台へと銃弾を叩き込みながら、リカルドが大胆なハンドリングと共に幅寄せしていく。トラックとの距離が僅か五〇センチを切り、中型車のエンジンの唸り声がはっきりと聞こえてくる。「今だ里見っ!」とリカルドが激を飛ばす。「突っ込め!」

「おおあああッ!!」窓の縁に足を掛け、そのまま蹴り抜いて跳躍する。一瞬の浮遊感。間髪容れず脚部のカートリッジを炸裂させ、無理矢理加えた推進力をもってして、リトヴィンツェフ一派のトラック荷台へ転がり込む。猛スピードで突入した蓮太郎の体躯が、車体助手席側のあおりに激突し、全身に鈍い痛みが駆ける。

 ――怯んでる暇はないッ……! マークが来る!

 視線を跳ね上げると同時に、視界いっぱいに軍用ブーツのシルエットが迫った。腕をクロスさせて蹴り上げを受け止める。衝撃と共に床を転がる。義手の方はともかく、生身の左腕にかなりのダメージ。筋肉を貫通して、骨にまでビリビリとした痛みが走る。

 すかさず起き上がり、再び接近してきたマークを迎え撃つ。

 VSK小銃の銃床(ストック)が、蓮太郎の脳天めがけて振り下ろされるが、僅かに後退しつつ右腕で払い除ける。そこから右足を軸に遠心力を加え、左回し蹴りを放った。マークは、とっさに小銃でガードするが、銃身を脛が的確に捉え、明後日の方向へと弾き飛ばした。

 ――ここで攻め切る! 天童式戦闘術一の型()()

「『烈火無謬(れっかむびゅう)』ッ!!」至近距離から左右の拳撃が連続して撃ち込まれる。ストレート、フック、アッパー全てを織り交ぜた打撃が、嵐のごとくマークに襲いかかった。

 防御姿勢の隙間を縫って拳がヒット。肉を叩く感触が皮膚を撫でる。マークの上半身の筋肉が軋み、後退しながら、たたらを踏む。

 体勢を立て直す隙を与えるつもりはない。立て続けの『隠禅(いんぜん)玄明窩(げんめいか)』。カートリッジは使わず、義足が金属本来の重さをもってして振るわれる。

 蹴りがマークの側頭部を捉えようとした瞬間――蓮太郎の視界からマークが消えた。目を見開き、すぐに彼が屈んだだ事に気づく。が、すでに遅い。蹴りが空振ったと同時に、マークが蓮太郎の懐へと潜り込んでいた。

 ――くそッ、誘われたッ!

 ノーガードの顎へ、マークの放った突き上げが刺さった。強烈な衝撃と目眩が蓮太郎を襲う。天地がひっくり返ったのかと思うほどに、脳味噌が乱暴に揺さぶられ、平衡感覚が根こそぎ奪われた。走行の揺れに抗う余力すらなくなり、片膝を折って跪いてしまう。「がッ……!」

「炸薬の使用を躊躇ったな」冷徹な指摘と共に、今度こそブーツの甲が蓮太郎の顔面を捉える。顔全体に鈍痛。「不安定な荷台の上で体勢を崩すのを恐れたか?」倒れ伏した蓮太郎の頭部が鷲掴みされ、荷台の外側へ晒け出される。悍ましいほどの大気の奔流が、顔面を叩く。「このままアスファルトの上にダイブさせてやる。一〇〇キロの速度で、ヤスリの上で踊る訳だ。原形だけでも残る事を願うと良い」

「…………ッ!!」眼下に高速で流れていく路面が広がる。胸の中で恐怖が爆発的に膨らみ、激しい動悸がした。

 頭を掴む手に力が込められた。ずりずりと片腕の力だけで、床の上を引き摺られる。このままではマークの言う通り、ノーガードの人体がそのまま硬いヤスリの上へ投げ出されてしまう。

「――里見から離れやがれ!! このクソ野郎があああああああああッッ!!」

 ――藤沢さん!?

 横合いからエンジン音にも負けぬほどの咆哮が轟き、次いで破裂音が幾重にも鳴り渡る。運転席からのリカルドの援護射撃だ。右手でハンドルを操作しながら、左手のみでの銃のコントロール。一歩間違えれば車体のバランスが崩れて、大惨事になるほどの曲芸だ。

 不意に頭を鷲掴みにしていた手の力が緩んだ。首だけを動かして見やれば、苦痛に顔を歪めるマークの姿。リカルドの撃ち込んだ銃撃の内、一発が右肩に当たったらしい。パッと血が吹き出し、蓮太郎の顔に血の玉が降り注ぐ。

 ――今がチャンスだ……!

 マークの注意は、並走する軽自動車へ向いている。蓮太郎を後押しするように、運転席から絶え間なく銃撃が加えられる。

 蓮太郎は歯を食い縛りながら、ブレザーのポケットに忍ばせていたスマートフォンを抜き取る。幸か不幸か、先ほどマークに押さえつけられていた際に、車体下部の収納をこの目に捉えていた。蓮太郎の横たわる位置のすぐ真下。そこが網目状の籠が取りつけられたデッドスペースだ。

 ――頼むッ……! 右手で端末を握り締め、狙いをつけて下へ放り投げる。走行音に混じってカラカラと物が転がる音。流れていく路面の景色に、落下した端末の姿は見受けられない。

 発信機代わりのGPSを仕込むのには成功した。あとはここから離脱するだけだ。

 片膝を突いて体を起こしたのと、リカルドの九ミリ拳銃が弾切れを起こしたのは、ほとんど同時だった。銃撃に意識を割く必要のなくなったマーク・メイエルホリドが再度臨戦体勢を取り、蓮太郎の方へ突っ込んでくる。

「くそッ、しつけえんだよッ!」思わず悪態が洩れる。しかし当の本人は全く意に介した様子はなく、静かな殺意を放射し続けるだけだ。

 マークは使えなくなった右腕の代わりに、足技主体で攻め立ててくる。だが先ほどまでの動きのキレはない。リカルドからもらった一撃がかなり効いているようだ。

 とはいえ、まともに動けないのは蓮太郎とて同じ。すでに義眼を稼働させ続けるほどの気力もなくなり、筋繊維の一本一本が悲鳴を上げている。マークの蹴りを受け止めるたびに、皮膚が裂けるような感覚に苛まれる。

 負けじと蓮太郎も体を捻り、反撃に移る。マークが放った左後ろ回し蹴りを躱しながら、踏み込みざまに右拳を繰り出す。――天童式戦闘術一の型三番!

「『轆轤鹿伏鬼(ろくろかぶと)』ッ!!」

「ッ――!」至近距離で打ち込まれた神速の拳打に、マークは紙一重で反応する。軸足をスイッチし、右脚の踵を掬い上げるように振り上げて、義足の脹脛(ふくらはぎ)を突き上げた。

 ――対処される事は……織り込み済みだッ!

 マーク・メイエルホリドの実力は、外周区での戦闘から嫌と言うほど思い知っている。機械化兵士に囲まれてなお、生身で対処し切る掛け値なしの傑物。だからこそ、『轆轤鹿伏鬼(ろくろかぶと)』を迎撃してくる事は、予想できていた。

 分かっていたからこそ、蓮太郎の体勢は崩れなかった。拳打を何かしらの形で迎え撃たれる事を前提で動いていた蓮太郎の構えは、乱される事なく滑らかに次の行動へ移行する。――喰らいやがれッ。

 軍用ブーツの甲を踏みつけ、その場に縫い止める。そのまま肩からのぶちかまし。天童式戦闘術三の型九番『雨寄籠鳥(うきろうちょう)』。衝撃を後ろに逃がす隙を与えない体当たりが、マークの鳩尾(みぞおち)に激甚な痛手を与える。「ごッ、はッ――!?」とマークの青い虹彩がブレる。ここに来て初めて決定的なダメージが入った。

 ――畳み掛けるッ。天童式戦闘術一の型一五番ッ!

「『雲嶺毘湖鯉鮒(うねびこりゅう)』ッッ!!」と必滅の拳が解き放たれた。大気を切り裂くようなアッパーが、未だよろめくマークへ容赦なく迫る。

 だが。

 やはり、マーク・メイエルホリドは、ここで大人しくやられるような人物ではなかった。

 左手が反射的に腰のホルスターから拳銃を抜き撃発。射出された鉛弾は寸分の狂いもなく義手の先端を捉え、僅かに軌道を逸らす。勢いに任せて拳を突き込むが、拳打はマークの左側頭部を掠めるのみに留まった。

「ちいッ――!」拳を引いて体勢を立て直すが、集中する蓮太郎の思考の渦を断ち切るように、「里見さん! こちらへッ! 急いでくださいッ!」という切羽詰まった声が響いた。大声を出し慣れていない喉から発せられたソプラノボイスは、今にも途切れそうなほど頼りなかったが、それでも確かに蓮太郎の鼓膜を震わせた。

 ハッとして横合いを見やると、トラックと並走する軽自動車の後部座席ドアが開け放たれ、白いパーカーをはためかせる聖天子が、顔を真っ赤にしながら声を張り上げている。

「里見いっ! ()()()()()! ()()()()()退()()()()()!」何をどうやったのか、運転しながらリロードを終えたリカルドが再び援護射撃を開始。マークを言葉で惑わし、銃撃によって正常な判断力を奪いつつ、目的を果たした蓮太郎に撤退を促してくる。

「ッッ――ああああああああああああッ!!」雄叫びと共に荷台から飛び降りる。対気流に体を打ちのめされながらも、真っ直ぐと後部座席へと突き進む。顔面から聖天子の両太ももにダイブし、「きゃあっ!?」という可愛らしい悲鳴が聞こえた。「わッ、悪い……!」と慌てふためきながら顔を上げると、聖天子は頬を紅潮させたまま、「い、いえ……里見さんが無事で良かったです……」と僅かに顔を逸らした。

「死線を潜り抜けた褒美としては上等なんじゃねえか」リカルドが軽口を叩きつつ、「振り落とされんように捕まってろ」とすぐに真剣な口調に戻った。「このまま引き離すぞ」

 ついさっきまでトラックに並走するために速度を合わせていた軽自動車が、猛加速する。隣の車線に移ると同時に、トラックの荷台に搭載された機銃が爆音を撒き散らしながら、大口径弾を撃ち込んでくる。

「当たるかよ!」リカルドは細かいハンドリングで、フルオート射撃を躱しながら確実に距離を離していく。機銃の射角外まで退避し、トラックを置き去りにして駆け抜けていった。

 マーク達の乗る車両が完全に見えなくなった瞬間、その場の誰もが大きく息を吐き出して胸を撫で下ろした。

「……ありがとう、藤沢さん。助かった」

「気にすんな。それに一番危険な役回りやってたのは里見の方だろ? ともかく、これで命をベットした見返りは得られた訳だ」

「ああ。これでリトヴィンツェフ達の居場所を特定して、一気に叩く。……俺一人じゃ、ここまで辿り着けなかった。藤沢さんには感謝してもし切れない」

「感謝するのも俺の方だよ」リカルドは苦笑して、後部座席の里緒を見やる。「あそこに向かってたのが俺一人だったなら、俺も里緒ちゃんも、まとめて殺されて終わりだった。他のリトヴィンツェフ一派の連中を里見が足止めしてくれてたからこそ、俺は彼女を助けられたんだ。――ありがとよ、里見」

「……やめてくれ」こそばゆさに耐え切れずに後頭部を掻きながら(うつむ)く。

「何だ、感謝されるのには慣れてないのか? 照れ隠しなんかしなくて良いんだよ。どーんと構えとけよ、大将」カラカラと笑いつつ、リカルドが朗らかに言う。「お前はそれだけの事をやってくれたし、きっと、これまでもそうやってきたんだろ。そいつは胸を張って誇って良い事だ」

「わっ、私もそう思います……」と傍らの聖天子も傭兵に賛同の意を示す。未だに()(だこ)のように真っ赤な顔で、「里見さんが危険を顧みずに動いてくれた事で、リトヴィンツェフ一派の動向に迫る事ができたんです」と言った。

 二人の言葉を受けて蓮太郎の顔が僅かに綻ぶ。「ああ、分かった。ありがとう、二人共」

「ははっ。そういう顔もできるんじゃねえか」ルームミラー越しに、蓮太郎のはにかんだ表情を見たリカルドが笑う。「子供は笑っててナンボだ」

「……阿久津さんにも言われたけどよ。やっぱりアンタ達から見たら、その……俺はガキに見えるのか?」

「見えるさ」即答だった。「お前は人とは違う出自があって、人とは違う力を持って、人とは違う目線で世界を見てるのかもしれんが、俺みたいな二八のおっさんからしたら十分に子供だよ。確かまだ高校生だろ? ちょうど、そのくらいの時期ってのは自分が大人に近づいてきたって自覚が芽生えてくる頃だ。そんで、お前はこれまで何度もその手で世界を動かしてきた。余計に自分が子供じゃいられないって意識は強いのかもしれん」

「…………」

「もちろん、そいつを否定するつもりはない。里見蓮太郎っつう存在が自分の役割を果たし続けるために、自分にそう言い聞かせてきた結果がそれなんだ。それは誰にだってできる事じゃない。お前は確かに特別な存在だよ。……ただまあ、たまには年相応に戻っても良いんじゃねえかって話だよ。変に親しい人間より、俺みたいな見ず知らずのおっさんの前の方が、肩の荷も下ろしやすいだろ」

「それは……」

 ――藤沢さん、この人は……。

 どこか不思議な気分だった。これまで対峙してきた大人は、ほとんどが蓮太郎を障害と見做す敵対勢力ばかりだった。 

 無論、室戸菫(むろとすみれ)多田島(ただしま)茂徳(しげとく)のように、味方になってくれる大人ももちろんいたが、彼らは皆一様に蓮太郎を『自分達とは違う存在』として一線を引いていたように思う。

 彼らを責めるつもりは毛頭ない。そもそも菫は、自らの持つ知見と技術の全てを使い、蓮太郎を『機械化兵士』という人間を超越した存在として作り直したのだ。彼女が蓮太郎に込めた想いを考えれば、そういった扱いになるのは当然である。

 多田島は春の一件以来、共にガストレアの対処に当たるビジネスパートナーだ。だが彼の所属は警察で、蓮太郎は民警の戦闘員。かつての冤罪事件の時のように、敵対する理由が降って湧けば、多田島は必ずしも蓮太郎の味方でいてくれる訳ではない。

 しかし目の前にいる傭兵は、蓮太郎を子供だと言い切った。年相応の振る舞いをしても良いと言ってくれた。蓮太郎を特別たらしめ、自らを雁字搦めにしている枷を、リカルド(自分)の前では下ろしても良いと言ってくれた。

 第三次関東会戦で共に戦っているとはいえ、蓮太郎は彼の顔さえ覚えていなかった。リカルドだって、蓮太郎の抱える事情については、見た以上の事は知らないだろう。

 くしくもリカルドの口にした通り、見ず知らずの間柄だからこそ、言えた事なのかもしれない。だが彼の言葉は確かに蓮太郎の心に確かな救いをもたらしていた。

 目頭が熱くなり、とっさに顔を下に向ける。隣の聖天子が慌てふためきながら、蓮太郎の容態を心配してくるが、それに応えられるだけの余裕はなかった。

「さて、こっからどうするよ」蓮太郎の様子を茶化すも事なく、リカルドが話題を転換する。「リトヴィンツェフ一派の潜伏場所は遠からず分かる。特定さえできれば、お前はそこに乗り込むつもりなんだろ」

「あ、ああ。そのつもりだ」顔を下げたまま蓮太郎は答える。

「その傷で連中と戦うつもりか?」

「……っ」

「おそらくは五翔会の奴らも参戦してくる。当然、リトヴィンツェフ一派の中には、序列元七七位のユーリャ・コチェンコヴァもいる。機械化兵士である里見(お前)と対等以上にやり合ったマーク・メイエルホリドもな。そんな連中を相手に、手負いの状態で対峙するつもりでいるのか?」

「それは……」分かっている。リカルドの言う通りだ。この満身創痍の状態で、高序列のイニシエーターや機械化兵士達と戦うなど無茶にも程がある。僅かに逡巡したのち、「勾田大学に向かってほしい」と言った。「そこに俺の機械化施術をした室戸菫って人がいる」

「室戸菫……あのガストレア研究の第一人者か?」

「そうだ。先生なら、最低限の治療も、武装のメンテナンスもできる。とにかく時間がないんだ。最短で準備を整えてリトヴィンツェフ達を叩く」

「了解だ、大将」

 リカルドが車内に備えつけられたカーナビを操作しようと手を伸ばした時だった。

 不意に蓮太郎の携帯電話が着信を鳴らした。

 こんな時に誰だろうと怪訝に思いながらも電話を取って画面を見やれば、顔見知りの名前が表示されていた。通話ボタンを押して、端末を耳に当てやる。「多田島警部か? 何かあったのか?」

『何かもクソもあるか』ぶっきらぼうな声が返ってくる。『おい民警、お前今どこにいる?』

「今? ああいや……旧品川外周区から少し離れた高速道路に……」

『高速だあ? 車運転できねえだろお前。――って事は誰か他の奴と一緒にいんのか? まあ良い。一つ訊くが、さっきまで東京エリア各地でガストレアが暴れてた事は把握してるか?』

「ああ。そっちは無事だったのか?」

 蓮太郎が訊くと、スピーカーの向こうの声は、『どうだろうな』と答えた。『死人も出てるし、インフラ系統もかなりやられたが、あれだけの数のガストレアに奇襲された割には被害は少ない。そういう意味では、まあ……無事だとは言えるかもしれねえ』

 多田島の言葉に若干の歯切れの悪さを感じた蓮太郎は、「何かあったのか」と思わず訊き返していた。

『民警、俺が今どこにいると思う?』質問に質問で返され、蓮太郎は言葉に詰まる。そして多田島の方も、答えが返ってこない事は織り込み済みだったのか、特にもったいぶる様子もなく次の句を紡いだ。『発電所だよ』という一言に、一瞬にして蓮太郎の相貌が青ざめた。『第二七区発電所――お前の相棒が社会科見学に来てたところだ』

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