ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 横島(よこじま)が約束の時間を失念(しつねん)していて待ちぼうけを食らったのはひとまず脇に置いておき、三人は仲良く食卓を囲んでいた。

 やはり横島の作る料理は美味い。最初の宣言通り作ったボンゴレパスタはアサリの旨みが良く効いていて、口に運ぶ度に舌が歓喜に震えるようだった。

 時々思う。横島と美梨の二人には民警なんて物騒な仕事などせずに、仲睦まじく喫茶店でも営んでいてほしいと。きっと経営面でも今よりは良くなっているだろう。

 そもそも昨今、民警という職業自体が荒くれ共の隠れ(みの)となっている側面がある。彼らは血の気が多く、(すね)に傷を持つ者も少なくない。民警の存在はガストレアに対する抵抗力として不可欠ではあるが、わざわざ向いていない者が()く必要は感じられない。

 目の前にいる男など、その最たる例だろう。

 さりとて互いに良い歳をした大人同士。自らが選んで進んだ道にケチをつけるのも野暮(やぼ)な話だ。

 リカルドは思考を切り替えて、「で、だ」と食後のコーヒーを(たしな)むのもほどほどに切り出した。「俺を呼び出した理由は何なんだ? ガストレアの討伐補佐ってんなら、わざわざ食事つきのもてなしなんかしないだろ。というか、それが理由なら、おちおち飯作って食ってる暇もないはずだ」

「ああ。藤沢(どうざわ)、お前の言う通りだ」横島の皿はまだ少し残っていたが、彼は構わずにリカルドの問いに答えた。「元陸自のお前が知らない訳はないと思うが、東京湾のメガフロート刑務所……それに関連して頼みたい事があってな」

「あそこか。当然知ってはいるが……」

 メガフロート――日本語に訳すなら『巨大人工浮島』。

 ガストレア大戦終戦直後、モノリス内に閉じ()もった人類は数え切れないほどの問題を抱える事になった。その内の一つに逆疎開(ぎゃくそかい)によって増大した人口の受け入れ先をどうすべきか――というものがあった。

 居住圏はガストレアに徹底的に縮小され、元々の東京一極集中により、他地域よりも人口密度の高かった東京エリア。当然、土地は足りなかった。それを補うために進められたのが、東京湾へのメガフロート建設である。

 現在と大戦前を比較すると、地図の形が劇的に変わっていると断言してしまえるほど、東京湾の開発は進んでいる。

 そして、そんな人工島密集地の東京湾に浮かぶ建造物の一つに、先ほど横島が挙げたメガフロート刑務所があるのだ。

「正式名称は何つったか……そうそう、東京エリア第三十二区洋上特別犯罪者収容刑務所だ」

 横島が(うなず)く。「戦後のハイパーインフレを経て犯罪率が激増した事で、内地で抱え切れなくなった『一線を越えた連中』を収監(しゅうかん)する場所がここな訳だが……」

 そこまで一息に言ってから、横島は少し罰が悪そうに口を(つぐ)んだ。その沈黙に言葉を選んでいる逡巡(しゅんじゅん)を感じ取ったリカルドは、「元請けが情報開示してくれなきゃ、下請け()は安心して仕事ができないぞ」と諭した。

秀貴(ひでき)さん……藤沢さんになら言っても大丈夫ですよ。二人の仲じゃないですか」と美梨(みり)も助け船を出す。

 美梨の一押しが効いたのか、やがて横島は苦い顔をしながらも、「分かった。いや、すまなかった」と謝罪した。「あの洋上刑務所には――俺の兄が収監されているんだ」

「……!」初耳だった。彼の身内が犯罪者である事がではなく、彼に兄弟がいた事がだ。

「藤沢、お前は第三次関東会戦の時最前線で戦っていたから知らないと思うが、当時の市街地の治安は酷いもんだった」

 リカルドは陸自に所属していた際、モノリス倒壊後のガストレアとの全面戦争の前線部隊として銃を握った。結果、自衛隊の戦力はガストレアを相手に惨敗(ざんぱい)。同僚が次々と異形の餌食(えじき)となるさなか、リカルドは運良く生き残った。

「俺達みたいな序列の低い民警は、あの戦いに着いていけるだけの実力がないのを分かっていたから、自警団(じけいだん)と一緒に市街地の治安維持に回る事を選んだんだ」

 これも初めて聞いた。リカルドは何となく察する。エリアが存亡の危機に立たされている時に、前線に(おもむ)かなかった事を恥じているのだろう、横島は。

 だが、それで正解だと思う。第三次関東会戦は里見蓮太郎を中心とした民警達によって平定されたが、戦闘終了後の有様は酷いものだった。

 最終決戦の際に残っていた戦力数百名の内、戦闘終了後に生き残っていたのは里見蓮太郎のアジュバントを含めて(わず)か一五名。残りは血と臓物(ぞうもつ)(かたまり)に姿を変えた。

 この戦いと四月末に起きたゾディアック・ガストレア『天蠍宮(スコーピオン)』戦を経て、東京エリアは同地域の民間警備会社の戦闘員の四三パーセントを喪失(そうしつ)したのだ。

 リカルドの所属していた陸上自衛隊も、戦力の八三パーセントを失い、海自は約五割、空自に関しては九割以上の戦力を損失するに至った。

 退職願を出して陸自から去ったのは、今後の戦いで死ぬ事を恐れたからなのか、それとも自身の限界を感じ取ったからなのかはリカルド自身も分からない。だが、最終決戦で決行された『レイピア・スラスト』作戦を間近で見たリカルドは、自分の築き上げてきたアイデンティティが一瞬にして叩き折られるのを自覚した。

 迫り来るガストレアの大群と大将のステージⅣ『アルデバラン』を相手に、鬼神(きじん)のごとき戦果を挙げ続ける一部の民警を目の当たりにし、逆立ちしても埋めようのない才能の差という奴を見せつけられた。

 ――あそこはお前のいて良い場所じゃない。

 どこからともなくそんな声が聞こえてきたのを覚えている。脳裏に響いたそれはリカルドの声と全く同じだった。

 こうして半ば違法な傭兵稼業に身をやつし、東京エリアに時たま侵入してくる低レベルな異形共を狩って民警の分け前を掠め取る――。そんな生き方が自分にはお似合いだと痛感したのだ。

「…………」目の前の男となぜか馬が合う理由が何となく分かる。臆病者であり卑怯者。弱者にしかなれないどうしようもない人間同士だからこそ、この滅亡に王手がかかった世界で互いを分かち合えたのかもしれない。

「――それで、その時だ」とリカルドの思考を寸断するように横島秀貴の独白が再開された。「俺らと自警団は、イニシエーターじゃない『(のろ)われた子供達(こどもたち)』を無差別に殺し回る集団を捕縛(ほばく)した。……当時は体制が崩壊しかけてたのもあってか、根も葉もない噂が真実と同レベルに扱われて、それを信じて暴走する連中があとを絶たなくてな。『ガストレアの大群は同胞の赤目に釣られて押し寄せてきてる。だから東京エリア内の「呪われた子供達」を根絶やしにすれば、ガストレアの進軍は止まる』ってな」

「……反吐(へど)が出るな。どこの大学のデータベース漁ったってそんな荒唐無稽な事書いてる論文なんか出てこないぞ」

「全く同感だ。だがな藤沢(どうざわ)、社会の構成員の大半が冷静さを失って、ガストレアに蹂躙(じゅうりん)される末路(まつろ)を思い描いてしまったあの時は……そんな当たり前の事ですら理解できなくなっちまったんだ」

 リカルドはちらりと横目で美梨の方を見やった。明らかに表情が曇っている。目許には()っすらと涙の粒が浮かんでいる。

 先ほど横島は『俺ら』と言った。

 当然、そこには美梨も入っているだろう。言葉にせずとも分かる。彼女は同胞が惨殺された凄惨な現場を目の当たりにしている。

 沸々(ふつふつ)(ねば)ついた怒りが込み上げてくる。「で……そのクソ野郎共の中にお前の兄弟がいたのか?」

「いや」と横島はかぶりを振った。「もっと最悪な結果だったよ。――噂を広めて金を握らせて子供達を殺すように唆していた親玉が、俺の兄だったんだ」

 ガツンと側頭部を殴られたような思いだった。だが、それと同時に得心がいった。「だからメガフロートに収監されたのか」

 横島は首肯した。「捕まえた実行犯共に尋問して、元を辿った俺達は勾田町(まがたちょう)の警察と連携して親玉を逮捕した。その時に協力してくれた刑事……多田島(ただしま)さんだったっけな? その人は俺に対して『お前が責任を感じる必要はない』って断言してくれたけど……やっぱり俺は割り切れなかった。兄がメガフロートの方に移送された事を知って、もうあのクソ野郎が娑婆(しゃば)に出てくる事はないと安心したと同時に……どうしても知りたくなったんだ」

「何でそんな事を起こしたのかをか?」

「もちろん、この情勢のさなかで気にする事じゃないのは分かってる。東京エリアと仙台エリア間の緊張が高まってる今、こんな個人的な理由で動く事に欠片も合理性がないのは理解してる。けど……」

「今を逃したら訊けないかもしれない――だろ?」

「……そうだ」

「それで俺は何をすれば良いんだ?」

「ただの付き添いだよ」と横島は力なく笑った。「俺と美梨だけじゃ、あいつ相手に冷静に対応できる自信がない。だから最も信頼できる第三者を連れて行きたい……理由としてはそんなところだ」

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