ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣 作:鏡之翡翠
やはり横島の作る料理は美味い。最初の宣言通り作ったボンゴレパスタはアサリの旨みが良く効いていて、口に運ぶ度に舌が歓喜に震えるようだった。
時々思う。横島と美梨の二人には民警なんて物騒な仕事などせずに、仲睦まじく喫茶店でも営んでいてほしいと。きっと経営面でも今よりは良くなっているだろう。
そもそも昨今、民警という職業自体が荒くれ共の隠れ
目の前にいる男など、その最たる例だろう。
さりとて互いに良い歳をした大人同士。自らが選んで進んだ道にケチをつけるのも
リカルドは思考を切り替えて、「で、だ」と食後のコーヒーを
「ああ。
「あそこか。当然知ってはいるが……」
メガフロート――日本語に訳すなら『巨大人工浮島』。
ガストレア大戦終戦直後、モノリス内に閉じ
居住圏はガストレアに徹底的に縮小され、元々の東京一極集中により、他地域よりも人口密度の高かった東京エリア。当然、土地は足りなかった。それを補うために進められたのが、東京湾へのメガフロート建設である。
現在と大戦前を比較すると、地図の形が劇的に変わっていると断言してしまえるほど、東京湾の開発は進んでいる。
そして、そんな人工島密集地の東京湾に浮かぶ建造物の一つに、先ほど横島が挙げたメガフロート刑務所があるのだ。
「正式名称は何つったか……そうそう、東京エリア第三十二区洋上特別犯罪者収容刑務所だ」
横島が
そこまで一息に言ってから、横島は少し罰が悪そうに口を
「
美梨の一押しが効いたのか、やがて横島は苦い顔をしながらも、「分かった。いや、すまなかった」と謝罪した。「あの洋上刑務所には――俺の兄が収監されているんだ」
「……!」初耳だった。彼の身内が犯罪者である事がではなく、彼に兄弟がいた事がだ。
「藤沢、お前は第三次関東会戦の時最前線で戦っていたから知らないと思うが、当時の市街地の治安は酷いもんだった」
リカルドは陸自に所属していた際、モノリス倒壊後のガストレアとの全面戦争の前線部隊として銃を握った。結果、自衛隊の戦力はガストレアを相手に
「俺達みたいな序列の低い民警は、あの戦いに着いていけるだけの実力がないのを分かっていたから、
これも初めて聞いた。リカルドは何となく察する。エリアが存亡の危機に立たされている時に、前線に
だが、それで正解だと思う。第三次関東会戦は里見蓮太郎を中心とした民警達によって平定されたが、戦闘終了後の有様は酷いものだった。
最終決戦の際に残っていた戦力数百名の内、戦闘終了後に生き残っていたのは里見蓮太郎のアジュバントを含めて
この戦いと四月末に起きたゾディアック・ガストレア『
リカルドの所属していた陸上自衛隊も、戦力の八三パーセントを失い、海自は約五割、空自に関しては九割以上の戦力を損失するに至った。
退職願を出して陸自から去ったのは、今後の戦いで死ぬ事を恐れたからなのか、それとも自身の限界を感じ取ったからなのかはリカルド自身も分からない。だが、最終決戦で決行された『レイピア・スラスト』作戦を間近で見たリカルドは、自分の築き上げてきたアイデンティティが一瞬にして叩き折られるのを自覚した。
迫り来るガストレアの大群と大将のステージⅣ『アルデバラン』を相手に、
――あそこはお前のいて良い場所じゃない。
どこからともなくそんな声が聞こえてきたのを覚えている。脳裏に響いたそれはリカルドの声と全く同じだった。
こうして半ば違法な傭兵稼業に身をやつし、東京エリアに時たま侵入してくる低レベルな異形共を狩って民警の分け前を掠め取る――。そんな生き方が自分にはお似合いだと痛感したのだ。
「…………」目の前の男となぜか馬が合う理由が何となく分かる。臆病者であり卑怯者。弱者にしかなれないどうしようもない人間同士だからこそ、この滅亡に王手がかかった世界で互いを分かち合えたのかもしれない。
「――それで、その時だ」とリカルドの思考を寸断するように横島秀貴の独白が再開された。「俺らと自警団は、イニシエーターじゃない『
「……
「全く同感だ。だがな
リカルドはちらりと横目で美梨の方を見やった。明らかに表情が曇っている。目許には
先ほど横島は『俺ら』と言った。
当然、そこには美梨も入っているだろう。言葉にせずとも分かる。彼女は同胞が惨殺された凄惨な現場を目の当たりにしている。
「いや」と横島はかぶりを振った。「もっと最悪な結果だったよ。――噂を広めて金を握らせて子供達を殺すように唆していた親玉が、俺の兄だったんだ」
ガツンと側頭部を殴られたような思いだった。だが、それと同時に得心がいった。「だからメガフロートに収監されたのか」
横島は首肯した。「捕まえた実行犯共に尋問して、元を辿った俺達は
「何でそんな事を起こしたのかをか?」
「もちろん、この情勢のさなかで気にする事じゃないのは分かってる。東京エリアと仙台エリア間の緊張が高まってる今、こんな個人的な理由で動く事に欠片も合理性がないのは理解してる。けど……」
「今を逃したら訊けないかもしれない――だろ?」
「……そうだ」
「それで俺は何をすれば良いんだ?」
「ただの付き添いだよ」と横島は力なく笑った。「俺と美梨だけじゃ、あいつ相手に冷静に対応できる自信がない。だから最も信頼できる第三者を連れて行きたい……理由としてはそんなところだ」