ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 食堂に集まっていた児童達が、ようやく出入口付近に集まる蓮太郎達に気づいた。血に塗れて生傷だらけになった蓮太郎とリカルドの佇まいを見て、二つのグループが一斉に短い悲鳴を洩らす。

 今さらながら、どう言い訳しても小さな子供達には見せられない格好をしていたと気づくが、もう後の祭りである。どうしたものかと蓮太郎が考えていると、「藍原、保護者が迎えにきたぞ」と多田島が助け舟を出してくれた。

 延珠の顔がこちらを向き、蓮太郎の事を視野に入れた途端、小動物のような両目が大きく見開かれた。じわりと目許に涙が浮かぶが、すぐさまかぶりを振って泣き顔を引っ込める。「――蓮太郎っ!」と無理矢理作った笑顔と共に、こちらへ駆け寄ってくる。

 蓮太郎の方も素直に彼女を迎え入れる。延珠が額から土手っ腹に突っ込み、髪留めの先端が皮膚へめり込んだ。傷口に塩を塗るかのような激痛が走るが、それをぐっと堪えて、蓮太郎は優しく言った。「クラスの皆を……守ったんだな」

 延珠は大袈裟に頷く。「妾は……ちゃんと民警としての役割を全うしたぞ。ガストレアを倒して……ちゃんと皆を守り切ったッ……!」少女の発する声に嗚咽が混じる。押さえ込んでいた感情が決壊しそうになっているのが、否が応でも見て取れた。「妾はッ……妾はあッ……!」

「ああ、ああッ……! 大丈夫だッ、分かってる……!」両膝を突き、力の限り延珠を抱き締める。男性の自分と比べて何倍もの膂力を持つはずの少女の体は、今にも折れてしまいそうなほど頼りなかった。

「おらガキ共! 喧嘩は終わりだ。お前らも迎えが来るまで大人しく待ってろ。スタッフの皆さんに迷惑かけんじゃねえぞ」多田島がわざとらしく威圧しながら、子供達の一団に割って入り、虫でも払い除けるように乱雑に手を振る。

 大人、しかも警察に凄まれたからには、先ほどまで延珠を罵っていた児童達も何も言い返せない。明らかに納得していないといった表情でありながらも、表面上は素直に退いていった。

「多田島警部……」

「礼はいらん。俺はこの現場の担当として、やるべきをやっただけだ」

「それでも言わせてほしい」蓮太郎は被せるように言う。「ありがとう。延珠を助けてくれて――」

「はッ、似合わねえな、クソガキがよ」多田島は鼻で笑い飛ばしながら、蓮太郎達から視線を逸らす。照れ隠しなのは簡単に分かった。「本当に感謝してるっつうなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「ああ、任せてくれ。俺と延珠で――いや……」とリカルド達を見やる。「必ず全員でやり遂げてくる」

「その意気だ。東京エリアの英雄さんよ」

 蓮太郎は首肯し、静かに立ち上がると、「行こう、延珠」と少女の頭をぽんぽんと叩く。「お前の力が必要だ」

「……承ったッ……!」未だ涙で顔を濡らしたままの延珠は、しかし気丈に笑って胸を張る。無理をしている事は痛いほど伝わってくる。でも、きっと、この心意気は途中で折るべきではない。

 東京エリアを救う――この一点が、今の延珠の心の支えになっている。『呪われた子供達』としての力を目の当たりにし、それでも自身を受け入れてくれた者達への恩返し。それは、彼ら彼女らが生きていく『世界』を守る事だ。

 ならば自分にできる事はただ一つ。

 全力を()ってして、延珠の願いを共に果たす。

 蓮太郎自身も無理矢理な笑みを浮かべて言う。「リトヴィンツェフの野郎をぶっ飛ばして、東京エリアと――ついでに仙台エリアもまとめて救ってやろうぜ。頼りになる仲間もできたんだ」

「……後ろにいる、そやつらがか?」

「ああ。一緒にリトヴィンツェフを追ってる」

 蓮太郎が背後を見やると、リカルドが一つ頷いて前に出てきた。「()()()()()延珠ちゃん。俺は元陸上自衛隊の藤沢リカルド。里見とは今日会ったばかりだが、何度も命を助けられたよ。俺も――この子もな」

 関東会戦の際に、共に戦った事はあえて言わないつもりのようだ。説明が拗れるのを嫌ったのか、はたまた別の理由があるのかは分からない。とはいえ蓮太郎の方から訂正するのも無粋というものだ。あえて口を噤み、こくりと首を縦に振って同調するだけに留める。

 そして、リカルドが促した事で、里緒の方も自身の姿を晒した。彼女の佇まいを見て、延珠はすぐに里緒が同類だと察したようだ。

「……あたしは占部里緒」と控えめな声色で自己紹介する。「正式なイニシエーターではないけれど、今はリカルドと組んでる。あたしの目的も……アンドレイ・リトヴィンツェフ達だから、きっと協力できると思う」

 一向の最後尾で存在感を消している聖天子は、フードの下から柔らかく延珠に微笑みかけた。ただ、それだけの仕草で、この場の荒んだ空気が浄化されるようだった。

「延珠、良く聞いてくれ。もうすぐリトヴィンツェフ達の根城が分かるかもしれない。だが、その前に先生に会いに行かなきゃならない。怪我の治療、義肢と義眼の調整、それと……いくつか助言を乞いたいと思ってる。詳しい事はその時に延珠にも話す」

 うさぎを思わせる格好の少女は、小さく頷く。

 蓮太郎も、「よし」と応じると、踵を返して出入口の方を向く。蓮太郎に同調して、リカルドと里緒、聖天子も同じ方向に歩き出す。

 複数の靴音が堂内から退出しようとした時、「待って!」と静止の声が掛かった。声の出どころに目線をやると、先ほど多田島によって引き下がらせられた内の一人が、唇を引き結んでこちらを見つめていた。

「百花、ちゃん……?」と延珠が目を丸くしている。

 ふんわりボブの少女は、胸の前に握った両手を当て、ふるふると体を震わせている。「このまま……どこかに行っちゃうの……?」と今にも泣き出しそうな表情だ。「だって、刑事さんが保護者って言ってたそのお兄さん……どう見ても高校生でしょ……?」

「ああ、そうだ」対して延珠は少ない言葉数で返す。「こやつは……蓮太郎は、妾のプロモーターだ」

「――……っ!」百花の顔が引き攣る。薄々分かっていた現実を、改めて突きつけられたような様子だった。

「妾は民警だ。戦う事を選んだ『呪われた子供達』、イニシエーターだ。だから妾は行かなければならないのだ。――民警の役目は、ガストレアから皆を守り抜く事だから」

 一切の迷いなく放たれた宣言を前に、百花は静かに顔を伏せる。「駄目ッ……」と絞り出すような悲痛な声。「せっかく助かったのに……また危ないところに行くだなんて……本当に死んじゃうよッ……?」

「それでも――妾は行く」延珠は僅かな逡巡さえ見せない。「天秤宮(リブラ)の事は百花ちゃんも知ってると思う。このままでは仙台エリアだけじゃない……東京エリアも酷い目に遭う」

「それは延珠ちゃんがやらないといけない事なの……? 民警さんなら、いっぱいいるじゃない……。その人達に任せればッ……」

 百花が延珠を引き止めようとする理由が、蓮太郎には何となく分かった。

 ここで延珠を送り出してしまったら、もう彼女に会えないと考えているのだろう。

 そして、それはあながち間違いでもない。『呪われた子供達』である延珠を庇う者達が現れたとしても、結局それは一握りでしかない。直接、延珠に助けられた者――それもほんの一部が味方になってくれただけに過ぎない。

 当然、教師達には正体を隠して転入させた事を詰められるだろう。延珠がもう学校に戻れないのは紛れもない事実だ。

 学校のレベルから考えても、百花は聡明な子供だ。明確に言語化できなくとも、その事を敏感に感じ取っているのだ。

「心配してくれてありがとう」対して、延珠の表情はどこまでも穏やかだった。取り乱す百花とは対照的に、すでに落ち着きを取り戻している。「でも……これは妾がやりたい事だから。皆が安心して生きていける場所を……妾が守っていきたいのだ」

「…………」かけるべき言葉を失って立ち(すく)む百花。

 そんな彼女を見かねたのか、リカルドが近づき、目線を合わせるように屈んだ。「百花ちゃんって言ったか?」傭兵の男は、眼前の少女が頷くまで待ってから、「安心してくれ」と笑いかける。「延珠ちゃんも里見も死なせはしない。全部解決して、必ず二人を無事に帰してみせる。だから君は延珠ちゃんの友達として、彼女を応援してやってくれないか?」

「この男の言う通りだ!」延珠が続く。「妾は死なん。東京エリアを危機に陥れた不届者共を成敗して、絶対にここに戻ってくるのだ。だから百花ちゃんは、妾の無事を祈っていてくれれば、それで良い」

「……分かった。絶対、絶対だよ……!? 必ず帰ってきてね……!」

「無論だ!」

 指切りをして再開を約束する二人を見届けていると、背中を軽く叩かれる。「行こうぜ、里見」とリカルドが促してくる。

「……そうだな」蓮太郎も同調し、リカルド達に続いた。

 食堂を出て、しばらくすると後ろから小刻みな靴音が追いかけてくる。延珠の履いている編み上げ靴から発せられている事は、見なくとも分かった。

「ちゃんと約束できたか?」

「もちろんだ。『天誅ガールズ』について、百花ちゃんとは、まだまだ語り合い足りないからな」

「……悪いな」

「うん? 何がだ?」

「せっかくできた友達と……また離れ離れにしちまう」蓮太郎は苦虫を噛み潰すように告げる。

「そんな事は気にしなくて()い! 学校に通えなくなっても、百花ちゃん(友達)とはいつでも会えるのだ!」

「……そうだな」と力なく返すと、隣を歩く少女をちらりと見やる。強がりを言っている訳でないのは分かる。実際、かつての正体バレと比べれば、これからの希望は確かにある。だが、それでも延珠に子供として当たり前の人生を与えてやれない事が、どうしようもなく歯痒い。

 発電所の出入口まで戻ってくる。行きは多田島が出迎えてくれた辺りに、中年の小太りの女性が佇んでいた。女性は明らかに延珠を含む一向に視線を向けている。

 一体誰だろうと思っていると、「先生……」とおもむろに延珠が呟いた。

「藍原さんの担任の八柄と申します」と女性が名乗る。「藍原さんの保護者はどなたでしょうか?」

 蓮太郎は片手を挙げて前に出る。「里見蓮太郎。俺が延珠の保護者だ」静かに、敵意の籠もった目線を八柄と名乗った教師に突き刺す。「俺達はもう行く。悪いが退学の話なら、あとにしてくれねえか。先を急いでるんだ」

 子供達の中からは、少ないながらも延珠の理解者が現れた。とはいえ、すでに自らの思想の確立した大人には期待できない。担任というからには、間違いなく引率として、ガストレア襲撃時に延珠と一緒にいたはずだ。イニシエーターの力を解放した延珠を目の当たりにしていない訳がない。

「少しお時間をいただけますか」と八柄の目線が蓮太郎一人に固定される。「長くは取らせません」

「なら、さっさと言ってくれ」

「一〇年前の大戦の折、私の実家はガストレアに襲われ、両親と兄、姉を奪われました」

「同情はするが、あの時に大事な人を失ったのはアンタだけじゃない」

「分かっています。しかし私は、その時から赤い目を持つ全てを恨むようになりました」

 赤い目。

 つまりはガストレア――だけではない。当然、その中には『呪われた子供達』が含まれている。確かに良くある話ではある。『子供達』の扱いが比較的マシな東京エリアでさえ、八柄のような思想を持つ大人の方が、割合は多いだろう。

「教育者として、親御様方から子供達の命を預かる私のすべき事――それは教育現場を絶対的な安住の地とする事だと信じてきました」八柄の言葉は途切れない。「だから私は排除し続けてきたのです。学舎(まなびや)に紛れ込んだ『呪われた子供達』を徹底的に――」

「アンタの考え方は良く分かった。どの道、延珠をアンタに預けておく訳にはいかなかったみたいだ」

 ここまで先鋭化された『子供達』の差別主義者など、こちらから願い下げだ。たとえ正体を隠し続けられていたとしても、間違いなく延珠のためにはならなかっただろう。

 しかし、「そう……し続けていたのですがね」と不意に八柄の言動がしおらしくなった。「藍原さんは、そんな私さえも救ってくださったのですよ。私がどういう人間かを知った上で、それでもなお――」

「…………」

「藍原さんに守られ、失わずに済んだ自身の命と向き合った時、私は自らが犯し続けてきた過ちを思い知りました。過去の恐怖に負けて心を折られ、あるはずのない殺意を向けられていると錯覚して――そうして何の罪もない子達を排斥してきた事実を突きつけられました」

「……結局、アンタは何が言いたい?」

「償いをさせてください」姿勢を正した八柄が、深く(こうべ)を垂れた。床を見据えたまま、「藍原さんを退学にはさせません」と断言した。「彼女が学校に戻れるように手を尽くします。彼女が学び、情緒を育む機会を必ず守ると誓います」

「今、アンタ自分で言ってたよな? 学校にいる『呪われた子供達』を排除していたって」蓮太郎の嫌疑に満ちた視線が、八柄を射抜いた。「アンタの身勝手な都合で世界から弾き出された子達が、そのあとにどんな思いをして、どんな仕打ちに遭ったのか考えた事はあるか? 延珠一人を庇った気になったところで、アンタの重ねてきた罪が消える訳じゃねえんだ」

「それは百も承知です。藍原さんの退学を取り消そうとすれば、今度は私自身が排斥される側になるでしょう」

「それでも延珠を助けるって断言できんのかッ、アンタは!」

「無論です」八柄が顔を上げる。彼女の相貌には決意と覚悟が張りついていた。曇りなき瞳が蓮太郎を真っ直ぐと捉え、思わず気押されそうになる。「罪に塗れた咎人(とがびと)として、あらゆる罰を受ける覚悟はできております。その上でお約束いたします。藍原さんの『世界』を守り切ると!」

 きっと八柄の言葉に嘘は微塵もない。蓮太郎の予想に反して、この女性は自らの思想を――これまでの人生で積み上げてきた、自身を構成するためのアイデンティティを、間違っていたものとして捨て去ったのだ。

 蓮太郎は歯噛みしながら目を逸らし、「アンタの言葉を受け入れるかどうかは、延珠が決める事だ」と言った。「いくらアンタが延珠を受け入れたところで、敵に回すもんが多過ぎる。アンタの手から溢れた憎悪は、全て延珠に向くんだぞ」

「蓮太郎、もう良い。先生とは妾が直接話す」横から延珠が口を挟んだ。「八柄先生。一つだけ訊いて良いか?」

「ええ」

「学校に戻っても……妾は百花ちゃんと友達でい続けられる?」

「もちろんです」

「では決まりだ」と満足したように微笑むと、延珠は八柄に背を向けて歩き出した。「一日でも早く学校に戻れるように、今はお別れだ。行くぞ皆の者! 天秤宮(リブラ)を倒して、皆を助けるのだ!」

「ははっ!」とリカルドが声を上げて笑った。「天秤宮(リブラ)を倒すときたか。言ってくれるじゃねえの! それなら早く行かないとな!」

 蓮太郎以外の全員が施設から出ていく。

 残された蓮太郎と八柄が向かい合う。

「行かなくてよろしいのですか、里見さん」

「……アンタに言われるまでもねえ」と蓮太郎もワンテンポ遅れて踏み出す。自動ドアを潜り、その場で立ち止まってから口を開く。「俺はアンタらみたいな連中を心から信用できない。少しでも信じて……その度に何度も裏切られてきたからな。だから、アンタがほんの僅かでも、延珠を害する行為を取った時には――無理矢理にでも延珠を引き剥がす」

 八柄からの答えは聞けなかった。

 彼女が何かを言おうとする前に、自動ドアはすでに閉ざされていた。

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