ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 延珠が増えた事で車内はさらに狭くなるかと思われたが、どうやらその心配は必要なかったらしい。

 うさ耳パーカーの少女は満足気に助手席に――もっと正確に表すのならば、助手席に座る里見蓮太郎の膝の上に陣取っている。椅子にされている少年は、羞恥心で居心地悪そうに頬杖をついていた。

「延珠ちゃんは里見の事が好きなんだな」

 リカルドの発言に延珠は得意気に頷き、「妾と蓮太郎は相思相愛(そーしそーあい)なのだ!」と慎ましい胸を張る。背中を逸らした事で、居場所を圧迫された蓮太郎が、「ぐえッ」と蛙のような呻きを洩らしたが、延珠は気づいていない。「何と言っても将来を誓い合った仲だからな!」

 無駄に純真無垢な聖天子は、後部座席で赤面しながら口に手を当て、里緒は割と白けた顔でその光景を眺めている。

 一向を乗せた車は、蓮太郎の地元である勾田町に向かっている。ちなみにリカルドが住居を構えているのは、勾田町の隣町だ。少年を目的地まで送り届けたら、里緒を連れて一度自宅に戻るのも良いかもしれない。武器弾薬の補充や着替え等を済ませられるので一石二鳥だ。

「藤沢さん」と蓮太郎が延珠を押し退けながら、こちらに話しかけてきた。「仕込んだGPSはどうだ? マーク達は今どこにいる?」

「さっき確認した時点では、奴らはほとんど止まる事なく北上し続けてる。……こいつは俺の予想だが、連中はモノリスの外に出ようとしてるんじゃないか?」

「『未踏査領域』にか?」

「ああ」リカルドは小さく首を縦に振る。「奴らは都道三一八号線を進んでる。この道は今でもモノリスの外まで繋がってる」

 モノリスが敷設され、内地と外界の境界が明確化されてから、モノリスよりも外側の地域は人の手が入らなくなった。未踏査領域には旧時代の遺物がまだ形を残してはいるが、人の営みがなくなり、住人がガストレアに置き換わってしまった事で、徐々に歪な自然に侵食されつつある。

 だが何事にも例外はある。未踏査領域の中でも、比較的モノリスに近い場所には、国境警備を行う自衛隊の詰め所がある。作戦エリアまでスムーズに人員を運ぶために、今でも最低限の整備が為されている道路だってある。

 三一八号線は、まさに自衛隊の管理下にある道の一つだ。沿線上には自衛隊の所有する施設がいくつもあり、かつてリカルドもこの付近で警備の任務に就いた事がある。

「けど何のためにだ?」蓮太郎は首を捻る。「未踏査領域に逃げたところで、奴らに利があるとは思えない」

「少なくとも内地で逃げ回るよりかは、追手は少なく済むだろ? 何が問題なんだよ?」

 リカルドの疑問に、蓮太郎は、「ああそうか。この事、藤沢さんにはまだ話してなかったよな」と頭を掻いた。「ええと……どこから話せば良いか……」

「構いませんよ、里見さん。藤沢さん達には、私から改めて説明いたします」聖天子が後部座席から言葉を添える。

「頼む」と蓮太郎が言うと、純白の少女は慇懃に頷いて、「藤沢さんには『ソロモンの指輪』と『スコーピオンの首』についてはお話ししたと思います」と話を進めていく。「『首』――つまりはスコーピオンの声帯から電波、音波を発生させ、それを翻訳機となる『指輪』で送受信する。それによって天秤宮(リブラ)を制御化に置いているのではないか、と――」

 そこまでは確かに聞いている。今、聖天子が述べたのは前提となる知識。リカルドにというよりは、里緒と延珠に対して話しているのだろう。要するに本題はここからだ。

「ここで一つの疑問が生まれます。それは――」

「――いかにして栃木県の那須岳まで電波を送信しているか――ですよね? 聖天子様」

 純白の少女の言葉に被せるように答えを口にしたのは、彼女の隣に座っている里緒だった。

 里緒は瞳に知的な色を灯して、「いくら超大型ガストレア(ゾディアック)とはいえ、声帯単品では遠方まで『声』を送れません」と述べた。「電波の減衰まで加味したのなら、莫大なエネルギーと規格外の機器を用いて、電波を増幅する必要があります」

「その通りです。聡明ですね、里緒さん」

「……別に。前読んだ電波工学の本に色々書いてあったので……」と里緒が頬を赤らめながら目線を泳がせる。

 リカルドがハンドルを握ったまま口を開く。「要するに奴らの計画は、『指輪』と『首』だけじゃ成立しないと。そいつらをフルスペックで出力するための設備がいるって訳か」

「ええ。元自衛隊の藤沢さんであれば、その設備に当てがあるのではないですか?」

「人工衛星だな」

 聖天子は首肯する。「人工衛星に搭載された中継器(トランスポンダ)に、『声』を受信させて電波を増幅させ、地上に送り返す――。この方法であれば電波の減衰による問題点を解決できます」

「理論上は確かにそうだな。だが現実的には無理だろ」リカルドは断言するように言った。「衛星へのアクセス権なんてもん、昨日今日入り込んだばかりのテロリスト共が手に入れられる代物じゃない。警察、民警、自衛隊――政治家除けば、衛星を使えるのなんて、この程度だろ。仮にアクセス権のある誰かを買収や脅迫して操っていたとしても、そんなもんはすぐにバレる。重要な設備を用いる以上は、各所に履歴が残るんだからな」

「やはり良く知っていますね。藤沢さんの指摘の通り、人工衛星が不正に利用された痕跡は未だにありません」

「だが、そうでもしないと、この状況を作り出す事はできない――聖天子様はそう言いたいと」

「はい。私と里見さんは、リトヴィンツェフ一派が東京エリア内にメインとなるアジトを持ち、潜伏、暗躍していると踏んでいます。衛星へのアップリンクとダウンリンクを行う施設がなければ、彼らの計画は一手目から頓挫するからです」

「確かにそんな大仰な設備は、内地にしか用意できないわな」リカルドは肯定し、「だから連中が外に出る利点はないと」と先の蓮太郎の言葉に対する答えを述べる。

「刑務所では里見さんにも言っていませんでしたが、聖居はすでに、これらがある施設を全て捜索済みです。どこにも敵対勢力が潜伏している様子はありませんでした」

「そういう訳なんだ」と蓮太郎が締め括る。「だから連中が未踏査領域に向かっているのはブラフなんじゃないか? もしかしたら、トラックに仕掛けたスマホに気づいて……」

「――いいや」蓮太郎の話を遮るように、リカルドが鋭く否定した。「里見、聖天子様。お前達は無意識に固定観念に囚われちまってる」

「あたしもリカルドと同じ意見。普通に考えれば絶対にありえない――だから考える間もなく、候補から外してしまってる。灯台下暗しってこの事かも」と里緒も続いた。

 蓮太郎と聖天子が目を丸くして、顔を見合わせる。延珠はすでに脳をオーバーヒートさせており、表情から知性の一切が抜け落ちてしまっている。

「藤沢さんには分かるのか? 奴らが潜伏している場所が――」

 蓮太郎の疑念に、リカルドと里緒の双方が頷いた。「あたしから言わせてもらえれば簡単な話」「ああ、里緒ちゃんの言う通りだ。()()()()()()()()()使()()()()()()()()()()()

「馬鹿な! じゃあどうやって東京エリアから一五〇キロ以上も離れた那須岳まで、スコーピオンの『声』を届けているってんだッ!?」

「そこが、そもそもの間違いだよ」里緒が冷静に指摘する。「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――その前提が全ての誤謬(ごびゅう)の始まり」

「とはいえ、そういう判断をしちまうのも仕方ない」リカルドはフォローしつつ、「立場を自分達に置き換えて考えれば、まず間違いなく最初に切り捨てる答えだ」と里緒と同じ事を言う。「だがな……そこを意識的に拾って、思考を組み立てていけば、自ずと回答は見えてくる――」

 そうして、即席のペアは同時に言った。

 

「「――那須岳だよ。リトヴィンツェフ一派は那須鉱山に『指輪』と『首』を持ち込んで、そこから直接天秤宮(リブラ)を操っている」」

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