ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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第四章 英雄達は信念という旗の下に集う
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 消音器を装着した小銃から、押し殺された銃声が響く。バラニウム製のライフル弾が的確にガストレアの脳髄を貫き、その醜悪な細胞を引きちぎる。つい先ほどまで咆哮と共に暴れ回っていた巨躯は、あっさりと生命活動を停止し、雑草だらけのアスファルトの上へと叩きつけられた。

 マーク・メイエルホリドは噛み締めた歯の間から薄く息を吐き出すと、軍服の袖で額の汗を拭った。周囲を見渡し、生きたガストレアの反応がない事を確認すると、小銃の弾倉を交換して、その場に腰を下ろした。

 マークの周りには、彼を中心として(おびただ)しい数の死骸が散乱していた。その全てが、今しがた彼一人の手によって葬られたガストレアだと説明したとして、一体どれだけの者が信じるだろう。イニシエーターの援護さえない生身の人間が叩き出す戦果としては、いささか異常だと言って差し支えなかった。

「――終わりましたか」鬱蒼と繁った草木の奥から、お嬢様然とした様相の少女が近づいてくる。艶やかな銀髪を靡かせる、アイスブルーの瞳を湛える少女――ユーリャ・コチェンコヴァは、野生動物よろしく四方八方へ警戒の視線を移ろわせる。

「心配しなくとも、この辺り一帯のガストレアは全て処理した」マークは淡々と答える。「しばらく襲撃される心配はない」

「そうですか」ユーリャの方も、マークが断言するからには信じるに足ると判断したのだろう。警戒心を引っ込め、マークの近くまでやって来ると、膝を抱えるようにして、その場にしゃがみ込んだ。

「服が汚れるぞ」

「今さらですよ。すでに返り血塗れです。早く着替えたくて仕方がありません」

「もう少しの辛抱だ」

 マークは森の天蓋の向こうに広がる空を見つめる。すでに日はほとんど暮れ、藍色の夜空の端に僅かばかりの茜色を残すのみであった。

「那須鉱山までは、あとどのくらいでしょうか」

 ユーリャがひとりごちると、マークは空を見やったまま、「体感ではあるが、五〇キロほどだろう」と答えた。「特にこれといったトラブルもない。このままの調子でいけば、あと一時間半ほどで到着する」

「……良く分かりますね」

「経験という奴だ、コチェンコヴァ」

「残念です」とユーリャは、空ではない、どこか遠くを見ながら呟いた。「もう私には何かを経験する時間が残されていません」

「…………」

 なけなしの茜色は、みるみる内に夜闇に飲み込まれ、逢魔ヶ時はその姿を隠してゆく。森の天蓋は一筋の光も通さない文字通りの蓋と化す。

「コチェンコヴァ」マークは暗闇の先へと呼びかけた。

 闇のさなかでサラサラと銀髪がゆらめく。それそのものが、自然発光でもしているのではないかと勘繰りたくなるほどの光沢を放っていた。

「何でしょう」銀の煌めきに合わせて、澄んだ少女の声が響く。

「考え直す気はないのか。お前には、まだ選択肢があるはずだ。……破滅へと突き進む事しかできなくなった俺達大人とは違う。お前はまだ可能性のある子供だ」

 ユーリャは困ったように笑う。「可能性なんてありませんよ」断言するかのような口ぶりだった。「母から貰ったこの名を名乗ってはいますが、私という人間はすでに死んでいるんです。ここにいるのは大尉の道具です。そこに個人の意思はありません」

「アンドレイがそう言ったのか」

「…………」

 閉口するユーリャを見て、マークは静かに顔を伏せる。「これは独り言だ」と目線を外したまま切り出す。「人が人を支配する事はできない。できているように見えても、それはハリボテであり、まやかしだ。いつかは崩れ去る」

「……私が大尉の期待に答えられなくなると?」

「意思決定を他人に委ね続ける事は、いつまでもできる事じゃない。個人の持つ意思はどこまでいっても個人のものだ。他の誰でもない。自らの意思で、決断しなければならない時が必ず来る」

 マークは、ユーリャの返答を待たぬまま立ち上がった。応急処置を施されたばかりの肩の調子を確認しながら、移動用のトラックを停めている場所に足を向ける。

 ――アンドレイ……。

 脳裏に一人の男の顔を浮かべる。

 ――お前は本当にこれで良いと思っているのか……?

 ――お前の思い描く結末にコチェンコヴァを巻き込む事が、本当に正しい事だと思っているのか……?

 内心で渦巻いた疑問に答える者はいない。

 アンドレイ・リトヴィンツェフとユーリャ・コチェンコヴァ。双方を固く結びつける()()の表層を見る事はできても、その内側にあるものをマークには窺い知る事はできない。

 長く彼らと共にいるにも関わらず、そこに割り込む余地が一切ないのがもどかしい。

 マークの周囲を包み込む一寸先さえ見通せないような闇は、さながら自身の現状を可視化しているようで。

 それが余計に頭の裏側に影を落とすようだった。

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