ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 空はすでに暗澹(あんたん)とした藍色に染め上げられている。

 発電プラントや畜産、農業といったインフラ施設が進出しているならともかく、それらがない外周区は、ほとんど廃墟群と形容して差し支えがない。継麻のいる旧品川地区は、電気もほとんど通っておらず、夜になれば周囲に光源はなくなる。

 遠方に内地のネオンを視認しながら、継麻は楽しそうに笑った。「――久しいな。ネスト。まさかお前が直々に出向いてくれるとはな」

「……仕事を片づけてきたばかりでな。ちょうどお前達が近くにいたから、来てみただけだ」

「その()()の対象に僕達も含まれていたんじゃないか?」

「…………」

「図星か」継麻は身を(ひるがえ)し、白いコートにハンチングの訪問者を視界に収める。「残っているのは?」

「継麻貞蔵、志藤夏樹、志藤春樹。つまりはお前達だけだ」ネストは事務報告のように淡々と答える。「――他の者は軒並みリタイアした。リトヴィンツェフ達の潜伏先を襲撃した際にな。三〇人が殺られ、戦果は元魔女部隊のイニシエーター一人だ」

「ユーリャ・コチェンコヴァか?」

「いや、別だ」

 継麻は鼻を鳴らす。「はッ、とてもじゃないが採算は取れないな」

「返す言葉もない」

「他は逃亡したか」

「……ああ」ネストは肯定するのみで、次の句を紡ぐ様子はなかった。彼が飲み込んだ言葉。その内容を継麻は手に取るように把握できた。

 すでに敵前逃亡を図った他の廉価版機械化兵士は、一人残らず、ネストによって始末されているだろう。今回の作戦にあてがわれているメンバーの内、作戦続行可能なのは、もう継麻達だけのはずだ。

 ――想定通りに事が運び過ぎて、笑えてくるな。

 継麻は内心でほくそ笑んだ。こうも順調に邪魔者が消えてくれるとは思っていなかったからだ。

 ――元魔女部隊のエヴドキヤ・アレンスカヤは、あの傭兵達に葬られ、同じくスサンナ・マルキドノフもリトヴィンツェフ襲撃のどさくさに片づいた。

 ――残っているのは里見蓮太郎とリトヴィンツェフ(メインディッシュ)のみ。

「心配せずとも、僕らは逃げる事などしない」ばさりと和服の袖を大仰に広げてみせる。「根拠が欲しいなら与えてやろうか? 僕には五翔会に対する忠誠心など塵芥ほどもないからだ。僕は僕の指針に基づいて動く。――里見蓮太郎を超える。これを実現するまで、何人(なんぴと)たりとも僕を止める事はできない」

「……余計な事を口走らない方が良い。誰が聞いているか分からんぞ」

「組織のお気に入りのお前が出張ってるんだ。わざわざ別の人間を寄越す道理がない」

「――イニシエーターは?」露骨に話題を逸らすネスト。ハンチングの鍔下から覗く眼光が、微かに継麻への苛立ちを湛えていた。

 継麻は観念したように肩をすくめて、「疲れて寝ている」と答えた。ここで事を荒立てるメリットはない。継麻の態度を見て、ネスト自身も、継麻がまだ粛清対象でない事は分かっただろう。口許に軽薄な笑みを張りつけて、継麻は言う。「次の指示があるんだろう? 作戦の詳細は、二人には僕から追って伝えよう。といっても、内容は大体見当がつくが」

「リトヴィンツェフ一派が那須鉱山に向かっている事は知ってるはずだ」

「『指輪』と『首』がそこにある事もな」

 ネストは構わず続ける。「第一目標は『指輪』と『首』――二つの研究物の奪取だ。次点でアンドレイ・リトヴィンツェフ及びユーリャ・コチェンコヴァ、マーク・メイエルホリドの抹殺。……里見蓮太郎は最後だ」

「それは組織の定めた優先順位か? それともお前個人の願望か? ネスト――それとも()()()()()()()()()()()()()?」

「……その名は捨てた」瞳の奥に引っ込んでいた殺意が、僅かに表面化した。

 継麻は苦笑し、降参の意を示すかのように両手を挙げる。「ただの冗談さ。別に僕だって、お前と殺し合いたい訳じゃない。夏樹と春樹を残して死ぬのは御免被る」

「彼女達の事を本気で想っているなら、余計な気は起こさない方が良い」

「肝に銘じておくさ」

「…………」

「そんな怖い顔で睨まないでくれ。上司からのパワハラで十全なパフォーマンスが発揮できなくなったらどうする?」おどけた態度ではぐらかしながらも、継麻は真っ直ぐとネストを見据え、「――夏樹と春樹の命は、僕よりもよほど重い」と逡巡なく言い放った。「二人を置いて遠くには行かない。僕はそう誓った。だから、必ず三人で戻ってくる。それだけは本心として断言できる」

 ネストは小さく息を吐くと、目線を外して、継麻に背を向けた。「動機についてどうこう言うつもりはない。作戦さえ滞りなく遂行すればな。――健闘を祈る」

「それはお前の本心か?」

「さあな。想像に任せる」

 廃墟の闇の中へと消えていくネストを見送り、継麻は肩を揺すって笑った。「滑稽だな。人間である事を捨て切れない機械化兵士(あやつり人形)というのは。……とはいえ、それは僕も同じか」

 愉悦の笑みは、やがて自身への嘲笑に姿を変え、外周句の鬱屈とした空気と混ざって輪郭を失っていく。

 継麻の乾いた笑い声だけが、延々と闇夜に響き渡っていた。

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