ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 事務所の空調でクールダウンした体はすっかり火照り切っていた。

 目玉を焼き焦がすのではないかと思うほどの強烈な日差しが降り注ぐ。夕方になっても酷暑(こくしょ)は健在だ。

「何気に来たのは初めてだな」とリカルドは正面に佇む建造物を見据える。

 罅割(ひびわ)れや剥落(はくらく)がところどころに見受けられる白い外壁。海辺にある療養所のような雰囲気を放つと同時に、相対した者の心に暗い影を落とすような不気味な空気感をも(はら)んでいる。

 長い桟橋(さんばし)を渡り切ったあとに見られる景色がこれならば、いっそ近づかない方が良かったと大半の人間は思うだろう。もしかしたら、実際にそういう効果も期待して、このような構造になっているのかもしれない。

 リカルド、横島(よこじま)美梨(みり)の三人は、灼熱(しゃくねつ)の夕日に肌を焼かれながらもドアを潜り、陰気(いんき)なエントランスに立ち入る。先導する横島が受付で民警の許可証(ライセンス)を提示すると共に、面会の意思を告げる。

「後ろの方々は?」と受付の人間が尋ねると、横島は、「私のイニシエーターと同伴者です」と答えた。

 美梨についてはそれで納得したらしいが、スタッフはリカルドの方を(いぶか)しげに見ると、「失礼ですが一般の方でしょうか?」と問うてきた。「そちらの民警さんと比べても、しっかりとした体格をしておられますので」

「元陸自です」リカルドは肩をすくめて言う。「今はただの一般人ですがね」

「なるほど。この方を同伴させる理由をお伺いしても?」

「重要参考人……ってほどじゃないですが、関係者です」横島はさらりと返答してみせる。

 スタッフはしばし沈黙したのち、「分かりました」と言ってからリカルドを手招きする。「身につけているものを改めさせていただいてもよろしいでしょうか? 疑う訳ではありませんが、当敷地内は民警の方など一部の身分を除き、武器の類の持ち込みを禁止しておりますので」

「構いませんよ。……というより屋外での銃の携帯は一般市民は例外なく違法でしょう?」

「形式だけですよ」スタッフも無駄な事だと認知はしているようだ。

 リカルドはスタッフに促されてミリタリージャケットを脱ぎ、服の裏側に銃を隠し持っていない事を確認させる。その後、ズボンの内側や靴も改められたが問題なしと判断された。

「お手数おかけしました。それではどうぞ」

 スタッフが言うと、奥から案内役の刑務官が出てくる。

「それでは私に着いてきてください」と年嵩(としかさ)の刑務官が横島達を促す。

 刑務官が先導し、その後ろから横島、美梨、リカルドの順に並んで歩き出す。

 ――多少怪しまれたが、まあ大事はなかったな。

 リカルドは小さく胸を撫で下ろす。

 九ミリ拳銃や弾薬、バラニウム製軍用ダガーナイフの(たぐい)は、メガフロート刑務所に来る前に全て横島と美梨に預けてある。

 民警許可証(ライセンス)を持ち、公的に武装が許可されている二人とは異なり、リカルドはあくまで一般市民だ。第三次関東会戦を経て、リカルドのような非合法な傭兵は日に日に数を増しており、戦力の補完という意味でも現場の警察からは半ば存在を黙認されてはいる。

 だが、このような場では当然現場での暗黙の了解など機能しない。銃の携行が認められれば、問答無用で連行されるだろう。

「今日は訪問客が多いですね」と刑務官はおもむろに切り出した。「少し前にも一人、囚人との面会に民警さんが訪れておりました。皆さんも良く知る東京エリアの英雄が」

「……!」横島とリカルドの眉がぴくりと動いた。

 幾度となく未曾有のテロや災厄から、この東京エリアを救ってきた民警。横島はともかく、リカルドは当然その顔を知っている。

「里見蓮太郎か……」

「ええ、そうです」刑務官は(しわ)のある顔を綻ばせる。「まさかあんなに若い方だとは思いませんでした。以前から名前は存じておりましたが、実際にお会いしたのは今日が初めてです。……まだ二十歳(はたち)にも届かない高校生が……難儀(なんぎ)なものですな」

「全くです」リカルドも同意する。

 照明のない廊下をひたすら進む。複数の靴音が不揃(ふぞろ)いな旋律(せんりつ)(かな)でる。左右に目をやると等間隔に()まる鉄格子(てつごうし)と小さな彩光窓(さいこうまど)が確認できる。

 室内だというのに、キツめの(いそ)の匂いが鼻腔を突ついた。

 天井の四隅には監視カメラのレンズがあり、無機質な視線がリカルド達を凝視(ぎょうし)している。やはり、ここは洋上の要塞で、咎人(とがびと)達を閉じ込め、隔離する施設なのだと痛感する。ここにお世話になるような事は絶対にしたくないと銃刀法違反常習者は心に誓う。

 先導する年嵩の彼以外にも、ちらほらと刑務官やスタッフの姿が見える。その中には年端もいかない少女の姿もあった。刑務官としての役割――より端的に言えば、社会人として求められる所作を意識的にこなす大多数の大人達とは異なり、自分自身を無意識に(さら)け出す振る舞い。それが彼女という存在の輪郭(りんかく)を浮き彫りにしている。

 外ハネの目立つ黒髪のショートカット、右目の下にパンクロッカーを想起させるスペードのペイントが施され、両耳には大量のピアス。服装についても、前述の(がら)の悪いミュージシャンをイメージしたものなのか、明らかに年不相応な出立ちとなっていた。

「イニシエーター……だよな?」リカルドは吐息を洩らすような微かな声で誰にともなく呟いた。

 おそらく刑務官としてここにいる訳ではないだろう。そもそも『呪われた子供達』は最も年長でも一〇歳を超える事はない。彼女達が定職に就いている事自体がありえないのだ。

 ――国際イニシエーター監督機構(IISO)から派遣された警備員ってところか……。

 そう結論づけて再び前を向く。すると前を歩く美梨が警備員のイニシエーターに向かって控えめに微笑みながら手を振っているのが見えた。

 堅苦しい雰囲気と殺伐とした雰囲気が混在する刑務所という空間に耐えかねた美梨としては、偶然見つけた同胞が救いの女神にでも見えたのだろうか。しかし警備員のイニシエーターは、そんな美梨の内心など知ったこっちゃないといった様子で露骨に目を逸らす。美梨が今にも泣きそうな表情を浮かべてショックを受けているのが見て取れた。

 刑務官に導かれるまま、廊下の先にある詰め所のゲートを潜る。

 二枚目のゲートを潜ったところで刑務官が立ち止まった。「こちらです」とリカルド達の方を向く。

 指し示された独房の一つに目をやる。無機質な鉄格子の向こうに、最低限の家具が置かれている。その中央にあるパイプ椅子に、憔悴(しょうすい)し切った様子の男が腰掛けていた。

「……久しぶりだな、クソ兄貴」横島が、普段とは明らかに違う声色で独房の先へ呼びかけた。

 彼の横にいた美梨がびくりと肩を震わせ、我慢ならないという顔でリカルドの背の後ろに隠れた。リカルドは彼女の頭を努めて優しく撫でながら、「離れとくか?」と問うが、彼女はかぶりを振った。

 逃げようとしないという事は、相方の見たくない一面を前にしながらもここにいる理由があるのだろう。

 横島の兄の確保には美梨も関わっている。彼女なりに思うところもあるのかもしれない。

「無理はするなよ」と(ささや)くと、リカルドも緊張した面持ちで囚人(しゅうじん)を見やった。

 黒地の囚人服に身を包んだ男の体は、ストレスのせいかげっそりと痩せこけていた。毛髪はここに入所する際に剃られたのか、時代遅れの高校球児のごとく丸められていた。落ち(くぼ)んだ瞳に光はなく、うつろな表情と相まって、ひょっとしたら彼は椅子に固定された死体なのかもしれないと思わせてくる。

 だが、ここはあくまで刑務所。行きた犯罪者を収容する施設だ。当然、丸刈りの男は血の通った人間であり、かさついた唇を動かして言葉を(つむ)ぐ。「……秀貴か。なぜ今さらここに来た……?」

「多少は気持ちの整理がついたからだ」横島は語気を強めるが、側から見ているリカルドには彼がどうしようもなく動揺しているのが分かってしまう。「聞かせろ。何であんな事をやった……!? 東京エリアが未曾有(みぞう)の大災害に見舞われてる時に……何であんな煽動(せんどう)をしてまで子供達をッ……!」

「……憎かったからだ。それで満足か」

「憎かった? 呪われた子供達がか? あの子達が一体何をしたってんだッ!?」

「落ち着けよ秀貴。俺は過去の話なんてしてない。今だよ。現在進行形で起きている話をしている」

 リカルドの背に身を寄せている美梨が一際強く(すそ)を握った。彼女の震えがこちらにまで伝わる。

 横島の兄は続ける。「奴らは存在しているだけで罪を犯し続けている。ガストレアはモノリスを隔てて人類の生活圏の向こうにいるのに、どうしてあいつらはこっちにいる? なぜ誰もその異常性に気づかない? 俺達は『奪われた世代』だ。これ以上奪われないために、敵を殲滅(せんめつ)する事がそんなにおかしい事なのか?」

「美梨は敵なんかじゃねえッ!!」

 激高した横島が両手で鉄格子を掴んで言い放つ。刑務官が、「落ち着いてください」と横島を嗜めながら独房から引き離す。

「つまりはこういう事か?」とリカルドは冷静な態度を意識しながら要点をまとめる。「そもそも、おたくは第三次関東会戦以前から呪われた子供達に対する敵愾心(てきがいしん)を持っていて、東京エリアが滅亡する瀬戸際になって――要するに失うものが何もなくなったから、ここぞとばかりに行動を起こした。それまでの鬱憤(うっぷん)をまとめて晴らすかのようにな」

「何だ、愚弟(ぐてい)と違って頭の冷えている奴もいるんだな」ギョロリとした瞳で、横島の兄はリカルドを射抜いた。

「否定しないのか」

「そもそも答えは先に述べているはずだが」

「悪いが、こんな要塞もどきにぶち込まれるほどの事をやった奴が、そんな単純な動機だったとは思えなくてな」

「……何が言いたい?」

「もっともらしい事を言っちゃあいるが、その裏にもっと薄汚いテメエの本性が見え隠れしてるって言ってんだよ」

「…………」

 ――実際、呪われた子供達への迫害は平時から起きてる。

 ――ここまで悪質かつ規模の大きい虐殺をやったのはこいつが久々の例だが、それでもメガフロートに収監されるレベルの事だとは思えねえ。

 ――こいつの捜査を担当した警察達は、たぶん何かを怪しんでる。

 ――だからここに移送したんだろう。

 胸の奥でヘドロのようにこびりつく疑念(ぎねん)、果たしてそれが何なのか。どこまで行っても部外者でしかないリカルドには答えに辿り着く事はできないだろう。

「秀貴のお友達さんよ。あんたがどう穿(うが)った見方をしようが勝手だが、俺はあんたの期待には答えられねえよ」囚人服の男は(おぞ)ましい笑みを張りつけて言う。「あの時、俺は楽しくてしょうがなかった。赤目のガキ共が苦悶(くもん)の表情を浮かべて死んでいくのが。シェルターに入る権利も最初からない。他エリアに逃走する手段も最初からない。倒壊したモノリスを踏み(にじ)ってガストレアが大挙してくる光景を見ながら、自衛隊と民警の勝利を願って(すが)るしかない連中。その最後の希望を目の前で奪ってやるのがこれ以上なく楽しかった!」

「――テメエエエエエエエエエえええええええッッッ!!」

 ガシャン! と施設中に響く勢いで鉄格子を叩きながら、鬼の形相をした横島が実の兄へと詰め寄った。

「おい! 落ち着け、横島!」

 リカルドが静止を呼びかけたが焼石に水。今にも拳銃を抜いて発砲しそうなほどに感情を昂らせた横島がまくしたてる。

「テメエの身勝手でどれだけの子供達が犠牲になったと思ってやがる!? 何が『奪われた世代』だ! テメエにそれを名乗る権利なんかねえだろうが! テメエに分かるか! あの最前線で戦ってた自衛隊と民警が唯一の希望だった子供達の気持ちが! 一日先すら見通せない地獄の底で、たった一つの光に縋りつくしかない怖さが!」

 横島の言葉は、関東会戦の際に切り捨てられた呪われた子供達の心の代弁であると同時に、最前線で銃を握っていた者達を最後の()りどころとして、治安維持に努め続けていた低序列の民警や自警団の本音でもあるのだろう。

 まさに最前線に赴く側だったリカルドには知る由もないが、彼らも彼らで別種の地獄を見てきたはずだ。

 その底の底を見せつけられた横島の言葉は、一言一句が苦痛に塗れていた。

 リカルドは横島に背を向け、怯え切った様子の美梨を抱き締めた。今だけは少しでも横島や彼の兄の言葉を聞かないで済むように。少女の顔を自身の胸に埋めさせ、その小さな背中を優しく撫で続けた。

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