ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 予想に反して、いつまで経っても痛みはやってこなかった。

 磯貝は、反射的に固く瞑っていた目を、ゆっくりと開く。怪訝に思いながらも広がった景色に意識をやると、眼前に集まっていた面子にこれでもかと驚かされる。

「全く……間一髪だったな」硝煙(しょうえん)を立ち昇らせる回転式拳銃を構えた私服刑事が呟く。阿久津(あくつ)義建(よしたつ)は口許に苦笑いを浮かべ、「無事だったか? 磯貝」とこちらを見た。

「一人で勝手に突っ走ってんじゃねえ」呆れたように言いながら近づいてきたのは殺人課の不良刑事。多田島(ただしま)茂徳(しげとく)は、磯貝の背後にいる志島を睨みつけ、「ずいぶんと好き勝手してくれたみてえだなクソ野郎」と吐き捨てた。「鉛弾の味はお気に召したか?」

「……ッ! 貴様らッ……!!」苦鳴と共に、志島が悪態を洩らす。先ほどまで磯貝に突きつけられていた拳銃は、少し離れたところに転がっており、志島の右手からは(おびただ)しい量の血が流れ出していた。「こんな事をして……どうなるかッ……分かっているのかッ……!?」

「テメエの保身に迎合して東京エリアが滅んだら、身も蓋もねえだろうが。それなら俺達は僅かな可能性に賭ける方を選ぶ。それだけだ」

 磯貝が放心したような顔で多田島を見る。「多田島、それに阿久津も……。なぜここに……?」

「俺達だけじゃねえよ、良く見な」

「……?」不良刑事に促され、改めて彼らの現れた方向を見やり、そして気づく。

 志島の手駒達が一人残らず制圧されていた。拳銃を取り上げられ、床に組み伏せられて呻いている。彼らから血は一滴も流れていない。

 濃紺の制服に、各種武装、ボディアーマーやプロテクターを着用し、フルフェイスのヘルメットを被った者達。

 武装した警察官を瞬く間に無力化できるほどのノウハウを持った集団。

 対人、対テロのエキスパート。

 磯貝が身を置く部隊。

 

 完全武装した特殊部隊(SAT)の面々が、そこにはいた。

 

「――水臭いですよ、隊長」とポイントマンの広野(こうの)が声を上げた。「何で俺達に一声かけてくれなかったんですか? 里見蓮太郎を助けに行くんでしょ? それなら俺達が断る訳ないじゃないですか」

 広野が口火を切ったのをきっかけに、集まったSAT隊員達が次々に思いの丈を吐き出す。「隊長にだけ美味しいところは持って行かせませんぜ」「俺も里見蓮太郎には借りを返したかったんだ」「こんな絶好の機会、中々ないじゃねえか」「俺達で東京エリアの英雄を助けに行くんだ」

「お前達……何て事をッ……」対して、磯貝は悲痛な表情を浮かべる。「組織を敵に回した以上、お前達の立場はもう……」

「磯貝隊長、俺らもアンタと一緒の考えですよ」広野が言う。「組織の保身のためじゃない。自分の信念に則って、後悔しない選択をしたいんです。俺達は隊長に着いていく。そう決めてここに立っているんです」

「残念ながら、ここには馬鹿しかいねえんだ」と多田島はニヤリと笑った。「だから警視総監殿、もうテメエの好きにはさせねえ。テメエが単なる自己保身のクズでも、五翔会の一員だったとしても関係ねえ。テメエの築いてきたキャリアは、ここで終わりなんだからな」

「終わり、だと……!? 置かれた立場が分かっていないのは、そっちだろう……!? 私は警視総監……! 警視庁のトップだッ! お前達のような末端ごときが、いくら束になろうが――」

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「は――」

 多田島が一歩後ずさると、SAT隊員達の後ろから、クスクスと控えめな笑い声が響いてくる。妖艶な声色は女性のものだった。志島に釣られるように、磯貝も廊下の奥を見据える。

「見ての通りだスポンサー様」多田島の冷徹な声が響き渡る。「こいつに警察を任せる訳にはいかねえ」

「――もうちょいマシな言い訳が出てくれば良かったんやけどなあ。ここまで言われたら、しゃあないわ。不本意やけど介入させてもらおか」

「あなたはまさか……」と磯貝が目を見開く。直接会った事こそないが、知っている顔と名前だった。「司馬(しば)未織(みおり)さん……司馬重工の令嬢がなぜ……?」

 ウェーブのかかった艶やかな黒い長髪に、若者らしい明るい色の和服。幼さの中に、どこか妙齢(みょうれい)の女性のような妖美(えんび)さをも併せ持つ少女は、広げた大判の扇子(せんす)を口許に当てて、やはりクスクスと笑う。「考えてる事は皆一緒やったって訳よ。勇敢な隊員さん」

 阿久津が言う。「今回の内地におけるガストレア襲撃の件、不可解な事が多過ぎたからな。里見や藤沢と別れたあと、俺も少しばかり調べさせてもらった。抗バラニウムガストレアの一部が、警察の所有する車両で運搬されていた記録――。そして、そいつが抹消されていた痕跡が見つかった」

「指示したのはテメエだろ、志島総監」と多田島がナイフのように鋭い視線を、志島へ差し向ける。「用意周到な五翔会にしちゃあ、ずいぶんと杜撰(ずさん)改竄(かいざん)だったな。おそらく、お前自身はガストレア放出には関わっていない。もうあとがない警察の不祥事を揉み消すために、仕方なく――ってところか。末端に手を噛まれたのには同情するが、そのあとの対応には同意できねえな」

司馬重工(ウチ)が警察にも武器の提供をしとる事は、志島総監も分かっとるはずよね」

 未織の圧を加えるような一言に、志島の肩がびくりと震える。

 司馬重工――現代の日本において、トップクラスの規模を持つ兵器会社。民警や自衛隊はもちろんの事、警察にも銃器の提供を行っている一大企業。ガストレアの脅威によって国際貿易が減少した今、同社が占める軍需産業の国内シェアは、留まる事なく伸び続けている。磯貝に支給されている拳銃も、最近になってヘッケラー&コッホ社のものから、司馬重工製のものに更新されている。

 社長令嬢はにこやかな笑みの中に、猛禽類のような獰猛さを隠し混ぜながら告げる。「あんまし一企業が公務員さんに口出しするんは良くないんやけど、今はそうも言ってられへんしなあ。多田島はんの言う通り、腐ったミカンに迎合して国が滅んだら本末転倒やろ?」

「司馬重工の力を使って……警視総監()に圧力をかけようというのかッ……!?」志島の顔面が蒼白に染まる。そこには明確な恐怖が塗りたくられていた。

「人聞きの悪い事言わんでもらいたいなあ」

「事実だろうがッ!!」

「これは脅しやないで。ただの――お・ね・が・い。聞き入れてくれるんやったら、悪いようにはせえへん」

「そういう事だ」と拳銃の銃口を志島へ向けたまま、阿久津が歩き出す。私服刑事は志島の目の前で足を止めると、銃砲の先端を上司の眉間へ押しつけた。「――里見に踊らされてるみたいで気に食わんが、ここまで来たからにはやってやろうじゃねえか」

「何を言って……ッ」

「その椅子寄越せ」阿久津の有無を言わせぬ宣言が叩きつけられる。「次の警視総監は――俺だ」

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