ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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第五章 破滅の病巣
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「――()って四年でしょう」くたびれた老医者から、平坦な声で告げられた数字は、現実感を伴わないまま脳の奥に吸い込まれていく。

 どうにかならないのかと訊いた。

 まだ自分にはやるべき事があるんだと。

 しかし、医者はことさら心を動かされた様子もなく、規則正しく動くだけの機械のように首を振った。

天秤宮(リブラ)の被害に遭ってなお、これだけの時間が残されただけでも奇跡ですよ」と分厚い眼鏡レンズの奥から、こちらを()めつける。「ほとんどの人間は、ベラルーシを脱出する事さえ叶わず息絶えたんです。それに比べれば、まだ幸運だったと言えるでしょう。幸い、感染したウィルスも、他者へと移るようなものではありませんでした。お気の毒ではありますが、残された仲間や家族との時間を大切にしてください」

 ふざけるな。

 他人事(ひとごと)だと思いやがって。

 もう家族なんていない。天秤宮(リブラ)の災厄以前に、初期のガストレア大量発生による騒乱の中で全員殺されている。

 俺にはもう、あいつらしかいないんだ。

 あいつらを残して一人くたばる訳にはいかないんだ。

「あなただけではありませんよ」医者は容赦なく無慈悲な現実を突き刺してくる。「あなたの率いていた部隊――その生き残り全員が、あなたと同じウィルスに感染しています。……残念ながら破滅は全員に等しくやってくるでしょう。その体に巣食う病巣(びょうそう)が弾けた時、天秤宮(リブラ)の脅威は正しい意味で、あなた方を蝕んでいくのでしょうね」

 頭をスレッジハンマーでぶん殴られたのかと錯覚した。

 嘘だろう?

 全員?

 俺の助けたかった者は。

 救いたかった者は。

 幸せな人生を望んだ者は。

 もう誰も報われる事はないと言うのか?

 おかしい。――おかしい、おかしい、おかしい。

 そんな無慈悲な現実、あって良い訳がない。

 俺達は死に物狂いで国のために戦ったんだぞ。

 その結果がこれだなんて、認められる訳がないじゃないか。

 いったい何が駄目だったんだ?

 ベラルーシを守り切れなかった事が、全ての不幸の始まりだったのか?

 いや、そもそも軍の一部隊程度にできる事など、たかが知れていた。その制約の中で、俺達の部隊は可能な限り人々を救ったはずだ。襲いくるガストレアの軍勢にも、一歩も退かなかった。一人、また一人と仲間がガストレアに蹂躙され、ある者は肉片にされ、ある者は体液を注入されて不可逆の変容を遂げた。しかしそれでも、自分達こそが国を守る最後の砦なのだと、その決意を胸に、銃口を下ろす事は片時もなかった。

 天秤宮(リブラ)の放出したウィルスが、防衛線に迫ってきていると判明してからも、俺達は――。

 ミキサーにかけられたのかと錯覚してしまうほどに、脳味噌が正常な思考を許さずに、思考がグチャグチャにとっ散らかる。答えのない問いを延々書き連ねる哲学書を読まされたかのように、思考回路がいつまで経っても完結してくれない。

 俺は。

 俺は。

 俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は。

 俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は俺は。

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 ……そうか。

 今、分かった。

 全ての真相を知ってしまった自分が、残された時間でやるべき事が。

 俺の――私の成すべき事は、この体に根を張った病巣を世界へ広げ、思い知らせてやる事だ。

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