ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 ローターの轟音が絶え間なく鼓膜を叩く。

 三ヶ島(みかじま)ロイヤルガーダーの資金力を惜しみなく注ぎ込んで手配したヘリは、確かに自衛隊のものほどではないが、しかし極端に見劣りするようなものでもなかった。

 操縦士を含めて八人の人間を乗せて夜空を駆ける機体は、紛う事なき攻撃ヘリコプターだ。いったいどこの組織が所有していたものなのかは分からないが、重機関銃に加えて、ロケット弾に誘導ミサイルまで完備している逸品だった。

 三ヶ島はああ言っていたが、これほどの装備があれば生半可な空棲ガストレア程度ならば、歯牙にもかけず撃墜できるだろう。

「今さら訊くのもあれだが」とリカルドは対面に座る三ヶ島を見やる。経営者の男の格好は、クリスチャン・ディオールのスーツの上からタクティカルベストや、プロテクターを着込んだものとなっていた。出発前は革靴だったが、今はコンバットブーツに履き替えている。「おたくが直接出てきて良かったのか? 一応はデカい企業の社長なんだろ」

「構わないよ。不測の事態が起きた場合の指示は済ませてある。……血の気の多い者達だが、皆優秀だ。それに――これは私自身が自分の手でケリをつけないといけないんだ。将監(しょうげん)の友人としてね」

「元一〇〇〇番台のプロモーターなんだってな」

「ああ。当時、ウチの四番手だった」

「勝てるのか」リカルドは探るような目つきを向けた。「おたくは民警として登録こそしているが、本業はあくまで経営者なんだろ。対して、相手は元高位序列者だ。正気を失ってて、イニシエーターもいないが、本当に勝算はあるのか……?」

 疑いたい訳じゃない。だが今将監の元には、横島(よこじま)の忘れ形見である谷塚(たにつか)美梨(みり)がいる。三ヶ島の勝敗がそのまま彼女の生き死にに直結するのだ。

 三ヶ島が寂寥(せきりょう)を含ませて微笑し、「藤沢(どうざわ)君が心配するのは当然だ」と内心を見透かしてくる。「大切な人の運命をどこの馬の骨とも知れない人間に任せなければならないんだ。不安になるのも分かるよ」

「いや、そういう訳じゃ……」否定するが、まさにその通りだった。リカルドは(ばつ)が悪そうに目を伏せる。

「大丈夫だ」三ヶ島の自信に満ちた声が耳に届く。「私は取り戻すよ。将監の事も、君の仲間の事も。今度こそ後悔したくないんだ」

「……分かった。おたくを信用する。美梨ちゃんの事、頼んだ」

「ああ、任せてくれ。藤沢君は心置きなくリトヴィンツェフ一派と戦ってくれて良い」

「藤沢さん! 三ヶ島社長! お喋りは終わりです!」突如としてティナから制止が入る。弾かれたように金髪の少女を見れば、こめかみから冷や汗を流す彼女と目が合う。すでにその瞳は真っ赤に変色していた。

 フクロウの因子を宿し、誰よりも夜目の効くティナの狼狽した様子。

 そこから、リカルドはすぐに状況を察する。「ガストレアが来やがったか!」

 ティナは慇懃(いんぎん)に頷く。「このままの速度で進めば、すぐに接敵します!」

「迎撃するぞ!」と三ヶ島が立ち上がる。

 蓮太郎(れんたろう)も腰を上げて操縦席へと近づいていく。コクピットの背もたれに手を置き、パイロットを覗き込む。「操縦士さん、頼めるか!?」

「任せてください!」と頼もしい声。「機銃掃射で迎え撃ちます! 撃ち洩らした分をお願いします!」

「ティナッ――!」

 蓮太郎が金髪の少女の名を呼ぶと、フクロウの因子を持つイニシエーターは、機内の一角に置いていた巨大な銃器を手に取った。バイポッドの装着された、ティナの身の丈ほどもあるそれは、アメリカのバレット社製の軍用対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)――バレットM82。

 ブローニングM2重機関銃などと同じ12.7×99mmNATO弾を使用する、セミオート式対物ライフル。当然、装填されているのはバラニウム弾。

 初速は秒速八五〇メートルを超え、銃そのものの有効射程も二〇〇〇メートルをカバーする。狙撃兵として特化した機械化兵士施術を受けたティナならば、その数値を如何(いかん)なく活かす事ができるだろう。彼女の要望に合わせ、三ヶ島が用意した得物だ。

「反対サイドは俺に任せてくれ」とリカルドが八九式を構える。「一応ドットサイトをつけてるから、中距離までなら対応できる」

「了解です」ティナが応える。

 迅速な動きでリカルドが機体の左側、ティナが右側に移動。ヘリの左右の扉が開け放たれ、攪拌(かくはん)された空気が嵐のように雪崩れ込んでくる。

 ティナが腹這いになり、バイポッドでバレットM82を床面に固定、スコープを覗き込んでタイミングを待つ。

 リカルドも同様にドットサイトに視線を潜り込ませた。

「目標補足!」蓮太郎ががなる。「蝙蝠(こうもり)型の大型ガストレアだ! 一〇体以上いる! 確認できる限りで全て単一因子(ステージⅠ)!」

掃射(ファイア)!!」操縦士が重ねるように叫ぶ。瞬間、鼓膜を叩き破るような轟音が連続。機銃から放射されたマズルフラッシュが闇夜を切り裂く。

 殺到した大口径バラニウム弾が、急速接近していた蝙蝠の一団を血煙に様変わりさせた。火薬臭と血臭が鼻腔を舐め、吐き気を催すような不快感が脳髄を駆け巡る。

「――あッ!」と里緒(りお)が何かに気づく。

「二匹取り零したぞ!」同じタイミングで延珠(えんじゅ)も警告。

 肉片の雲を突っ切り、再び藍色の空が広がったところで、運良く生き残った二匹がそれぞれ右舷(うげん)左舷(さげん)に回り込む。怪しく煌めく赤い眼光が、攻撃ヘリをレーザーサイトのごとく射抜いてくる。

 ――時間がないんだ。

 ――こんなところで途中下車させられる訳にはいかないんだよ!!

 間髪容れず、リカルドはセミオートに切り替えた八九式の引き金(トリガー)を引き絞った。ガツンという衝撃が右肩を貫き、銃口から狙い(たが)わず放たれた弾頭が、一直線に蝙蝠の眉間を穿った。脳への一撃。バラニウムを用いずともガストレアを葬り去れる弱点を、再生阻害効果のある弾丸が食い破ったのだ。蝙蝠は断末魔を撒き散らしながら、暗い森林地帯へと墜落していく。

 それを見届ける暇もなく、背後から雷鳴のごとき発砲音。ティナの放った一撃も、寸分の狂いもなく蝙蝠を捉え、悲鳴を上げる口腔(こうくう)ごと肉体を爆散させた。

「ガストレア沈黙!」レーダーで周囲の状況を把握できる操縦士が、適切に報告する。「第二波が来る前に突破します! 各員、振り落とされないように掴まっていてください!」

 鋭利な風切り音を唸らせながら、さらに攻撃ヘリが加速していく。

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