ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 多田島(ただしま)茂徳(しげとく)は、モノリスの向こうへ消えていくヘリを視界に収めながら、肺に溜まった紫煙を吐き出した。「あいつの事、頼んだぜ磯貝(いそがい)

「警視庁の屋上は火気厳禁だボケ」

 多田島の指に摘まれた煙草を睨みつけながら、阿久津(あくつ)義建(よしたつ)が近づいてくる。

「硬い事言うなよ警視様、……いや警視総監様になったんだったか?」

「まだ警視だっつうの」

 呆れた表情で頭を掻く阿久津に、多田島はシャツの胸ポケットから取り出した煙草の箱を差し出す。四角い顔の私服警官は一瞬だけ顔をしかめたあと、渋々と箱から紙巻煙草を一本抜き取った。フィルター部分を咥えたのを確認すると、安物のライターの火を近づける。先端がオレンジ色に染まったかと思えば、すぐに不健康そうな色の煙が発せられる。

 阿久津が味わうように煙を吸い込むのを横目で見つつ、「お前もあいつに会ったんだってな」と何気なく口にした。

「里見の事か」

「ああ」と多田島は首肯する。「笑っちまうくらいの不幸(づら)だろ?」

「はッ、違いない」

「そいつが何度も東京エリアの危機を救ってきた。おそらくは俺達の知らねえところでも、何度も何度も――な」

 多田島の声のトーンが真剣なものに変わったのを察したのか、阿久津も口許を引き締めた。「クソみてえな世界だ。何があったら、あんなガキに世界の命運を託さなきゃいけなくなるんだ」

「間違ってると思うか?」

「当たり前だ」即答だった。「汚ねえもんと向き合うのは、本来俺達の役目のはずだ。何で、たかだか十代の子供が――あんな顔になっちまうくらいの経験をしなきゃならねえ?」

「俺達が弱いからだ」

 多田島の歯に衣着せぬ物言いに、阿久津は静かに頷く。

「正すんだ。里見みたいなガキが全部抱え込まなくても良い世界を作る。そのためには、現場で目先の問題を解決していくだけじゃ駄目なんだよ」

「くくっ」と多田島が短い笑いを洩らす。

「何がおかしい」

「いや、変わったと思ってな」灰の塊になった煙草の先端を欄干で叩き、払い落とす。「まさに頑固一徹。キャリア組のくせに現場一筋で生きてきたお前から、そんな言葉が出てくるとは思わなかったからよ」

「……あいつと一緒に戦ってみて思い知ったんだよ。自分にできる事と、できない事をな」

 阿久津の目がどこか遠くを見ていた。

 彼の網膜にどんな光景が映し出されているか、多田島には手に取るように分かった。

 不良刑事は口の端から薄く煙を吐く。「ははっ。それで俺の話に乗った訳か」

「俺やお前のやり方が全て正しいとは思ってねえ。やってる事は暴力によるクーデターみてえなもんだ。おそらく俺が総監になったところで、必ず反発は起こる」

 警察トップによる、立て続けの不祥事。それが表沙汰になれば、もはや市民からの信用はガタ落ちだ。外も内も敵だらけの四面楚歌(しめんそか)。その状況で舵取りをしていく事の重圧感は計り知れない。

「今からでも降りるか?」

 多田島の冗談めかした提案に、阿久津はかぶりを振った。「最後まで突き進んでやるよ。民警だろうが『呪われた子供達』だろうが関係ねえ。ガキが泣かないで済む世界を作るために、俺個人の感情は全部捨てる。俺がやれる事を片っ端からやってやる――」

「そうかい」多田島は楽しそうに喉を鳴らすと、短くなった煙草の先端を欄干にグリグリと押しつけた。「――俺も同じだ。俺もあいつに会って変わった。自分の中の正義や信念って奴を、こんなオッサンになってから、もう一度見直す事ができた。磯貝や他のSATの連中もそうだ」

 一度は無実の人間に銃を向けた者達。

 彼らは自らの愚行を恥じ、戒め、そして今度は自身の内から湧き上がる確固たる正義感に従って銃を握る。

 二度と銃口を向ける先を間違わないために。

 かつて敵として対峙した、一人の少年を助けにいくために――。

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