ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣 作:鏡之翡翠
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「決まっている」とアンドレイ・リトヴィンツェフは、こちらに背を向けたまま言った。「残った戦力を引き連れて迎撃だ。里見蓮太郎と相方のイニシエーター以外、誰一人として通すな」
「…………」
「? どうした、マーク」
閉口したマークを怪訝に思ったのか、リトヴィンツェフの相貌がようやくこちらを向いた。彫りの深い顔は、逆光によって一層陰が落ちており、表情を読み取るのが難しい。
代わりにマークは、少し離れたところに座っている銀髪の少女を見やった。ブラウスに黒スカートという出で立ちのユーリャ・コチェンコヴァの両手には、
「コチェンコヴァを戦わせるのか」というマークの問いに、リトヴィンツェフの眉が僅かに動いた。
「当たり前だろう」と金髪の男は、平静を装って答えていた。
その感情の奥底に微かな逡巡が見え隠れしたのを、マークは見逃さない。「――もう良いだろう? コチェンコヴァはすでに俺達とは関係なくなったはずだ。アレンスカヤもマルキドノフもいなくなった。アンドレイ、お前が分かっていないはずがない。魔女部隊の面々を巻き込む理由は、もうないんだ」
「……お前からそんな言葉が出てくるとはな」
「ずっと考えていた。俺達のやろうとしている事の妥当性を。だが結論は変わらなかった。――俺達の側に正義はない」
「そんな事は言われずとも分かっている」とリトヴィンツェフは断じるように告げた。「しかし私達はもう止まれない。止まる理由を失ったからだ。ここで生き方を曲げれば最後、私達という存在は本当の意味で死ぬ」
「お前の言う『私達』の中にコチェンコヴァを含めるべきではないと言ったんだ」
ユーリャが立ち上がり、「私は……戦います」とマークの方を見据えた。「私のいるべき場所は大尉の隣です……! 私は魔女部隊の最後の生き残りとして――」
「それは本当にお前自身の意思か? コチェンコヴァ」
「無論です……! 私はッ……――!」
「ならばなぜ――さっきからそんな顔をしている?」
「――っ」
マークの鋭い眼光に、ユーリャが一瞬たじろいだ。
「藍原延珠。もうすぐ彼女がここに来る。里見蓮太郎と共に」マークは強調するように、一人の少女の名を口にした。「敵対勢力の中に彼女の名を見つけてから、ずっと目に迷いがある。俺やアンドレイがそれに気づかないとでも思ったか?」
「…………」
「藍原延珠を知っているな? いや、言い方を変えよう。コチェンコヴァ――お前は彼女と会った事があるな?」
マークの問いにユーリャは唇を引き結んで沈黙を続ける。それが何よりもの答えだと、幼い少女は気がついているだろうか。
「戦いたくないんだろう? 藍原延珠に刃を向けたくないんだろう? なら、お前の中にある答えは今さら問うまでもないはずだ。だから――」
「――そこまでだ。マーク」遮るように差し込まれた声と共に、銃口がマークの方を向いていた。リトヴィンツェフが右手に携えた拳銃から、キリキリと引き金を絞る音が聞こえてくる。「お前をここで殺したくはない」
「本気で言っているのか」先手を取られているにも関わらず、マークの顔色には一切の変化がない。「引き金を引いたあと、どちらが血の海に沈んでいるか、お前が分からないはずがない」
「……引く気はないか」
「論じるまでもない」とかぶりを振る。「もう終わりにするべきだ。……地獄へ行くのは俺達だけで良い。コチェンコヴァはまだ引き返せる」
リトヴィンツェフは薄く笑って言う。「ははっ。マーク、お前こそ感傷に浸り過ぎて肝心な事を忘れているんじゃないか? ――
「……俺は」
「ここにいる者の中で、
リトヴィンツェフは口許を鋭利に引き裂いたまま、静かに銃を下ろした。
「お前だけは『未来』という選択肢を掴める。前を見据えて私の敵になるのならば、もう私達の歩く道が交わる事はないだろう」
「アンドレイ!」
叫ぶマークに構わず、リトヴィンツェフは不敵な声音で続ける。「私は里見蓮太郎を殺す。次に世界を壊す。私が自らの意思で歩みを止める事はない。私を止めたければ、お前が私の心臓を撃ち抜け。そして私からユーリャを奪い去ってみせろ」
大仰に両手を広げて、こちらを招き入れるような態度を見せるリトヴィンツェフ。しかし彼の相貌に輝く瞳には、死を受け入れる様子は微塵も見られなかった。それは命の終わりを拒否しているからではない。今ここでマークが引き金を引けない事を確信しているからだ。
「……策謀家め」
「私にとっては褒め言葉だな」
マークはしばしリトヴィンツェフを睨めつけたあと、踵を返して歩き出した。「俺は必ずコチェンコヴァを迎えにくる」と断言する。「それまで誰一人として、ここに辿り着かせはしない。――里見蓮太郎も、藍原延珠もだ」
広大な地下空間に、静かな覚悟を決めたマークの足音だけが