ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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「延珠ッ! 着いてきてるか!?」三半規管を上下左右に揺さぶり続ける銃声の中、蓮太郎は力の限り喉を震わせる。

「大っ……丈夫……! この程度、何て事ないのだ……!」

 蓮太郎と並走する延珠の頬には、言葉とは裏腹に玉のような汗が浮かんでいる。

 二人がいるのは、神栖に案内された第8採掘場だ。行く手を阻むのはカーキの軍服に身を包んだ兵士達。VSK小銃で武装した男達は、疑うまでもなく、リトヴィンツェフの部下だ。

 その中には見覚えのある顔もある。

 ――旧品川地区で戦った奴だ……!

 蓮太郎が仕留め損なった兵士の内の一人。狙撃によって場を掻き乱した男だ。

「均等な距離を保って撃ち続けろ!」と(くだん)の兵士が周囲へ指示を飛ばす。「絶対に固まるな! 機械化兵士の注意を散らし続けるんだ!」

 蓮太郎と延珠を取り囲むのは、全部で八人。各々が二〜三メートル程度の間隔を維持しながら、切れ目なく銃撃を叩き込んでくる。フル稼働させた義眼がショートしそうなほどに発熱し、視神経と脳髄を焼き上げてくる感覚に苛まれる。

 ――くそッ。あの時の戦いで学習してやがる……!

 蓮太郎は内心で毒づく。旧品川地区での戦闘――その際、蓮太郎は閉所で密集した兵士達を、義肢とカートリッジを用いた近接戦で圧倒した。

 天童式戦闘術は対人戦において無類の強さを誇るが、それはあくまで対象が格闘術で対応できる範囲にいる場合のみ。距離を取って飛び道具で攻められれば、蓮太郎の強みを押しつける余地がなくなる。

 今のように複数人で距離を取られると、途端に不利に陥ってしまう。

 ――無理矢理一人に接近しても、他の兵士が中距離からフォローに回る……!

 ――小銃の制圧射撃を受ければ、俺も延珠もおしまいだッ……!

「蓮太郎ッ! 妾はどうすれば良い!? このままでは共倒れだぞ!」延珠が焦燥と共に訊いてくるが、ローストされかかった脳味噌は一向に満足な解決策を導き出してはくれない。

 蓮太郎は砕けんばかりに奥歯を噛み締める。僅かな逡巡ののち、「ちくしょうッ!」と叫んだ。「今すぐ俺から離れろ!!」右腕を振り被り、カートリッジを撃発させる。

 延珠は、蓮太郎の意図を正確に汲み取れたのかは定かでないが、炸薬使用によって何かを仕掛けようとしている事は察したのだろう。とっさに地面を蹴り抜き、横合いに飛び退る。

 直後、推進力を加えられた拳が赤茶けた地面に振り下ろされた。落石がアスファルトに叩きつけられたような轟音が走り抜け、粉砕された土塊(つちくれ)が砂塵のごとく舞い上がる。

 ――煙に紛れて速攻で一人倒して包囲に穴を空ける!

 すでに第11採掘場に続く通路がある方向は把握している。蓮太郎はそこめがけて地面を蹴り込み、弾丸のごとく突っ込んでいく。

 手ずから仕掛けた煙幕を切り裂き、その先にいる兵士を奇襲しようとして――蓮太郎の息が詰まった。

 ――いない!?

 開けた視界の中には、先ほどまでいたはずの兵士の姿がなかった。一瞬遅れて釣られた事に気づく。しかし勢いづけた四肢は簡単には止まってくれない。前につんのめるようにして急停止すると同時に、左側頭部に鈍い衝撃が走る。ブレる視界の端で、今しがた見失った兵士を確認。煙に乗じたのは蓮太郎だけではなかったのだ。

 拳打をモロに喰らった頭の中身が乱暴に揺さぶられ、胃液が逆流してくる感覚。胸を握り潰さんばかりの力で押さえて吐き気を制し、強引にXDを照準して発砲。兵士の肩に着弾し、呻き声と共に血が弾けた。

「蓮太郎ッ!」と延珠に襟を掴まれて、後ろに下がらせられる。直後に一塊になった銃声。先刻まで蓮太郎のいた場所をライフル弾の一斉掃射が薙ぎ払っていった。

「わ、悪い……延珠……!」

「妾達の動きを読んでおるぞ! このままでは……!」

「ああ……分かってる……!」

 予断を許さぬ状況だ。このまま釘づけにされている訳にはいかない。こうして手をこまねいている間にも、刻一刻と事態は深刻さを増していく。

 ――おそらく連中の目的は足止め……!

 ――俺と延珠をリトヴィンツェフのところへ行かせないようにするつもりだ……!

 脳裏に焦燥が募る。何か良い方法はないのか――。およそ打開策とも言えない考えが、泡沫(うたかた)のように浮かんでは消えていく。

 鈍く輝く銃口がいくつも突きつけられ、喉の筋肉が強張る。

 現場指揮を()る男を含め、彼らの顔には一切の油断がない。旧品川地区で蓮太郎相手にしてやられた経験が生きているのだろう。さすがはプロの元軍人といったところか。

「……蓮太郎。どうして、あやつらは撃ってこないのだ?」と延珠が押し殺した声で訊いてくる。

「……俺が自棄(やけ)を起こすのを恐れてるんだろうな」蓮太郎も同じく小声で答える。「……仮に俺が出し惜しみなくカートリッジを使えば、何人かは道連れにできるはずだ。そうやって包囲網が破られて、延珠だけでも突破されるのを気にしているのかもしれない」

「……妾があやつらを撹乱するのはどうだ? 多少撃たれるのを我慢すれば、妾のスピードなら――」

「駄目だッ……!」思わず大きな声が洩れていた。

 とっさに口を噤むが、指揮官の男はこちらを真っ直ぐと見据えたまま、「何を画策しようが無駄だ」と刺すように告げた。「マークの命令でな。大尉が宿願を果たすその時まで、お前達を通すつもりはない」

 ――マーク・メイエルホリドの? リトヴィンツェフ本人の命令じゃなくてか……?

 どこか引っ掛かりを感じたが、それを突き詰めて考える余裕はない。

 土壁に這わせられた電線から伸びる裸電球の明かりが、変わり映えなく空間を照らし続け、停滞した空気が無遠慮に肺の内側を舐め回す。不快感と焦りで頭がおかしくなりそうだった。

 無意識にXD拳銃の引き金に添えた人差し指へと力が加わった時――

 

「――何だ、ガストレアじゃねえのか」

 

 地獄の底から響いてきたような低い声音に、ハッと我に返る。その出どころを把握するよりも前に、洞穴の土壁が内側から爆砕し、無数の拳大の岩が弾丸のごとく殺到してくる。

「ッ――! 伏せろッ」と延珠の後頭部を鷲掴みして、強引に顔を下ろさせる。地面に這いつくばった蓮太郎達の頭上で、空気を切り裂く音がしたかと思えば、野太い悲鳴がいくつか上がった。

 目線だけを動かして見やれば、射出された岩に体を貫かれ、四肢を吹き飛ばされた兵士達がくず折れるところだった。五人がダウン。傷口を見る限り、出血多量で絶命するのは避けられないだろう。残り三人は運が良かったのか、回避が間に合ったのかは分からないが、とにかく無事だ。指揮官の男は歯噛みしながら仲間へと呼びかけている。

「蓮太郎……! 今のって……!?」

「ああ……あいつだ……!」蓮太郎は砂塵のスクリーンの向こうにいる人影を、恐れを讃えた瞳で見据える。「伊熊……将監だ……」

 散らばった土塊を踏み砕きながら乱入してきた大男は、壊れた玩具を見るような蔑んだ視線と共に言う。「おいおい、嘘だろ? まだ攻撃さえしてねえぞ。何死んでんだよ、クソ雑魚共が」

 逆立った金髪と口許に巻いたドクロスカーフ、ボロ切れ同然のタンクスーツ、そして背中に刺さった大剣。人間であれば致命傷となる傷を負いながらも、それを全く意に介さず、赤い眼光を放つ男は悠然と歩みを進める。

 バラニウム製の鉄板を肩に担いだ伊熊将監の背後には、余りの凄惨な光景に絶句する少女の姿。間違いない。将監に拐われたイニシエーターだ。

「何だこいつはッ――!?」「変異前のガストレアか!? どうするミーシャ!」

 生き残った一派の兵士が、口角から泡を飛ばしながら吠える。ミーシャと呼ばれた指揮官の男は、目許を引き()らせながらも、「撃て!」と一喝した。「奴を近づけるな! 引き撃ちしながら後退しろッ!!」

 再び火を吹くVSK小銃。三方向から射出されたバラニウム弾が将監を襲う。

 そして蓮太郎は、義眼の映す圧縮された時間の中で目の当たりにする。

 将監が鉄板を(おうぎ)のごとく振り回し、巻き起こした風圧で全ての弾丸を払い飛ばしたのを――。

 ――化け物めッ。

 赤目の男はすかさず地を蹴り、一気に加速。大剣代わりの鉄板を振り(かざ)しながら、猪を思わせる躊躇のなさでミーシャ達の方へと突っ込んでいく。

 勝負は決した――蓮太郎がそう思った時、ミーシャが自身のVSK小銃を狙撃銃のように構えた。そこで初めて彼の銃だけにアイアンサイトが装着されているのに気づく。

 ミーシャと連動するように他二人も動く。両サイドから回り込むようにして散開し、将監を包囲。

 乾いた銃声が一発。ミーシャの放った近距離狙撃が将監の眉間めがけて突き進む。

 同時に将監の左右からフルオート射撃。致命傷を回避するために、将監が頭を下げて動きが鈍った瞬間を待っていたかのように、無数のライフル弾が喰らいついた。「――ッぐ!?」という苦鳴を洩らしながら、将監がよろめく。

 それを見計らっていたかのように、すかさず一派の兵士達が後退していく。彼らは蓮太郎や将監を意にも介さず、第11採掘場へと続く通路の先へ消えていった。

 ――くそッ……! あいつら……!

 蓮太郎は前歯を噛み締める。

 あれだけ蓮太郎の足止めに躍起になっていたミーシャ達が、あっさりと引き下がった理由。

 それは――

「……ちッ。雑魚相手に油断しちまったぜ……」

「将監……!」

 鉄板を携えた大男は、肩の調子を確認するように腕を回しながら、蓮太郎の方を向いた。「次はお前か?」

「……ッ!」

 すでに将監の傷は塞がっている。恐るべき再生力だ。

 バラニウム弾の再生阻害効果さえものともしない将監は、人の形を保ちながらも、明らかにガストレアウィルス保菌者として高みに登っている。

 蓮太郎は反射的にXD拳銃を持つ左手を跳ね上げた。もはや衝突は避けられない。直感がそう告げていた。

 伊熊将監の様相を象った何者かは、ドクロスカーフ越しに悍ましい笑みを浮かべると、漆黒の鉄板を下段に構えて腰を落とす。「おい夏世!」と後ろにいた谷塚美梨に呼びかける。「本気でやるぞ! バックアップ忘れんじゃねえぞ!」

 びくっ、と美梨の肩が震え、幼い顔が恐怖に染まる。千寿夏世とは似ても似つかぬ少女は、小刻みに震える手でスチェッキンマシンピストルを持ち上げた。

「将監! 良い加減に気づけ! その子は夏世じゃない! お前の相棒はもういない!」

「ああ? 何言ってっか――全然分かんねえよッ!!」鉄板を振り被りながら、将監が迫り寄ってくる。かつて見た時より――防衛省で彼が蛭子影胤相手に喧嘩を売った時より、圧倒的に速い。義眼の演算能力をもってしても、ブレる残像をかろうじて捉える事しかできない。「――ぶった斬れろや!!」

 無理矢理体を捻り、振り抜かれた鉄板の軌跡から逃れる。

 しかし将監の動きは止まらない。あれだけ大振りの一撃を放ったにも関わらず、流れるような動きで鉄板を方向転換。返す刀で蓮太郎を仕留めにかかる。

「――ッああああッッ!!」叫びと共に腰を捻り、右腕部から破裂音。続け様に黄金の空薬莢が排出。天童式戦闘術一の型三番。「『轆轤鹿伏鬼(ろくろかぶと)』ッ!」

 爆速で放たれた正拳突きが、将監の繰り出した斬撃を間一髪で迎撃する。バラニウム同士が激突し、擦り合わされた金属が眩い閃光を散らす。聴覚を破壊するような怪音が響き渡り、互いの発した運動エネルギーが相殺し合う。蓮太郎、将監共に、たたらを踏みながら後退し、転瞬、「うああああッ!」という慟哭に近い声が、将監の背後から走り抜けた。

「避けろ! 蓮太郎!」延珠が泡を食ったように警告してくる。「銃撃だ!」

 直後、谷塚美梨のスチェッキンが一繋ぎの銃声を撒き散らした。フルオートで吐き出された銃撃が、蓮太郎の足許の土を次々と弾けさせる。

 蓮太郎は強引に体勢を立て直し、その場から飛び退いた。そして入れ替わるように延珠が飛び出してくる。瞳を赤熱させた延珠は、美梨を敵意剥き出しの視線で射抜く。「蓮太郎に何をするッ!」

 ――ッ! 不味い!

「やめろ延珠! あの子は要救助者だッ!」

「だが!」

退()いてくれ! あの子が死んだら俺は藤沢さんに顔向けできない!」

「――ッ!」延珠は靴底を擦らせて急停止し、バックステップで離脱。蓮太郎の前に立ち塞がるようにして位置取る。

「悪い……!」蓮太郎は瞑目して、首を横に振る事しかできなかった。

 ――俺には分かる……!

 ――あの子は、俺を狙い撃つ前に『叫び声』で動きを伝えてきたんだ……!

 圧縮された視界の端が捉えた、谷塚美梨の相貌。そこに込められた想いを、蓮太郎は確かに受け取っていた。

 だから、何があっても彼女に凶刃を差し向ける訳にはいかない。

 あの少女を必ず藤沢リカルドの元に帰す。その決意を捻じ曲げる事は許されない。

「はははははッ! 獲物前にして怖気づくたあ、ずいぶんと舐めた真似してくれんじゃねえかッ!!」甲高い笑い声を上げながら、再度将監が動いた。「夏世! さっさとリロードして、こいつら狙い撃て!」

 将監が一直線に詰め寄ってくる。攪拌された空気が嵐のごとく渦巻き、十分な距離を取っているにも関わらず、蓮太郎の頬を無遠慮に叩いてくる。

 蓮太郎は目線で延珠に合図を送ると、ウサ耳パーカーの少女は口許を引き締めて、横合いに跳躍した。

 すかさずXD拳銃の引き金を引きまくる。

 将監が先ほどと同じようにバラニウムの鉄板で銃弾を吹き飛ばし、傷一つ負わずに肉薄してくる。「おるあああッ!!」という獰猛な掛け声と共に、鉄板が大気を斬り裂いて、蓮太郎の胴体を一刀両断しにかかる。

「やれ! 延珠!」と蓮太郎は迷いなく言い放った。

 跳躍していた延珠が、宙空で一回転。天井を足場に、ブーツの底で蹴り抜く。「ここだあッ!」加速した矮躯が、真下にいる将監めがけて突き進み、今まさに蓮太郎を斬り伏せようとしていた右腕へ飛び蹴りを叩き込んだ。

「ッ!?」将監の右腕があらぬ方向へ折れ曲がり、バラニウムの鉄板が地面へと叩きつけられる。

 ――今だ! 天童式戦闘術二の型一四番!

 火薬が炸裂。脚部の擬似尺骨神経に沿うように伸びたエキストラクターが空薬莢を掴み出す。螺旋を描くように、それが宙へと投げ出された。「『隠禅(いんぜん)玄明窩(げんめいか)』ッ――!!」

 完璧にタイミングを合わせた爆速のハイキックが、スタン状態の将監へ迫る。

 ブラッククロームの義足が残像を伴って、将監の側頭部を一直線に蹴り抜いた。擬似神経から伝わる確かな手応え。勝敗は決した。そう確信し――

「――ヌルいぜ」聴覚を舐め上げた声に、瞬間的に背筋が凍る。

 ――なッ、んで……!?

 口を開く暇さえなかった。眼前を熊のような大きな手が覆ったかと思えば、一瞬で視界が黒く染まる。将監に顔面を鷲掴みされたのだと気づいた時には、すでに遅かった。

「蓮太ろ――」

 延珠の悲鳴が鼓膜を掠めた時には、蓮太郎の体躯はすでにあっけなく宙を舞っていた。

 そのまま後頭部から地面に叩きつけられる。受け身の一つも取れず、全ての衝撃が、首と背中の神経に問答無用で駆け巡る。「がはッ――!?」吐き気を感じる隙もないままに喀血(かっけつ)。胃の内容物全てが捻り出されるのではないかと錯覚した。

「ただの蹴りが俺に通じる訳ねえだろうが!」と将監が吠える。「舐めんのも大概にしやがれえッ!!」

 掻き回される脳味噌に、将監の猛獣のごとき雄叫びは、否応なしに突き刺さる。

 ――何で……これが効かねえんだよッ……!? 化け物め……!

 カートリッジと天童式戦闘術を組み合わせた打撃は、ステージⅣガストレアさえも沈める威力を有する。それが直撃したにも関わらず、まったく怯む様子を見せない将監は、まさに闘神そのものだった。

 ――バラニウムの再生阻害さえものともしない、皮膚や筋肉そのものの頑強さ……。

 ――これを崩すには……ッ!

 先ほどのミーシャ達の動きが脳裏に浮かぶ。圧倒的物量による弾幕。それによって、文字通り擦り潰す事でしか、将監を止める術はないのだろう。

 だが銃火器の類を携行していない延珠は言わずもがな、蓮太郎も飛び道具はXD拳銃しかない。

 格闘術主体の二人では、余りにも相性が悪過ぎる。

 ――くそ、くそくそくそッ!

 胸中で毒づきまくるが、当然それで状況が好転する訳はない。

 右腕の骨折を治癒し切った将監が、ゆっくりと足音が近づかせてくる。

 もはや万事休すかと思われた、まさにその瞬間だった。「――遅れて済まなかったね、里見君。ここからは私達が引き継ごう」

 銃声が重なるように跳ねる。蓮太郎の前方――言い換えれば将監の後方から放たれた銃撃が、一寸の容赦もなく大男の背中の皮膚を食い破っていく。銃弾をモロに浴びた将監の肩から鮮血が吹き出し、短い呻きがスカーフ越しに洩れる。

「三ヶ島社長……ッ!」

「私達の事は気にしなくて良い! すぐに行くんだ!」スーツの上からタクティカルベストやプロテクターを着込んだ三ヶ島は、硝煙を立ち昇らせるMP5サブマシンガンを構えたまま、声を張り上げる。

 三ヶ島の傍らには、自身の身の丈ほどもあるケースを抱えた加倉井(かくらい)咲良(さくら)が佇んでおり、その足許には気を失っているらしき谷塚美梨が倒れ伏していた。

「テメエらッ!! 夏世に何をした!?」

 将監が青筋を浮かべて怒号を飛ばすが、当の三ヶ島は冷静な瞳で将監を見据えた。「眠ってもらっただけさ。無関係な彼女は、この戦いに相応(ふさわ)しくない」

「何だと……!?」

「私は迎えにきたんだよ。将監――いつまで化け物の真似事なんてしてるつもりだ? 君は三ヶ島ロイヤルガーダーの社員だろう? ならば私の下に戻れ。そこは君のいるべき場所じゃない」

「どこの馬の骨とも知れねえ奴が! その名を出すんじゃねえよッ――!!」

 もはや将監は蓮太郎の事など眼中にないようだった。自らのイニシエーターを奪われた怒りからか、その激情の矛先は全て三ヶ島へと向けられていた。

 将監の携える鉄板から、ミシリと嫌な音が鳴る。「今すぐ夏世を返せ……!」

「嫌だと言ったら?」

「この場でミンチにしてやるだけだ!」激昂と共に身を屈め、僅かな溜めののち突進する。大柄な体躯を地面と並行にして、極限まで空気抵抗を削り、その速度は常人が対処できる範囲を優に超えていた。

 駄目だ――と蓮太郎の直感が警告を鳴らす。

 義眼の演算機能込みで、ようやくギリギリ追える将監の速度。それを真人間の三ヶ島が捉える事などできるはずがない。

「逃げろッ! 三ヶ島社ちょ――」

 言いかけたところで蓮太郎は驚愕の光景を目にする。

 放たれた神速の一撃の軌道上から、するりと三ヶ島の体が抜けた。さながら技の挙動が最初から分かっていたかのように――。

 三ヶ島はサブマシンガンの銃口で将監を捕まえたまま、右サイドに回り込み、躊躇なく引き金を絞った。MP5が発する唸りが反響し、そのままノーガードの将監を襲う。

 さらに咲良が仕掛ける。何一つとして合図を送った様子がないにも関わらず、完璧な合わせ方だった。小柄な体躯を生かして将監の懐へ潜り込み、長尺のケースをフルスイング。ドゴオッ!! という打突音が響き、将監がほとんど吹き飛ばされるようにノックバックする。

 その隙にリロードを済ませた三ヶ島が再度攻勢に出る。MP5と、咲良の構えたUSP拳銃が同時に発火炎をぶち撒けた。黒い弾頭が容赦なく、将監の細胞とガストレア因子を引き裂いていく。

 無数のバラニウム弾を短時間で浴びせかけられた将監が、「ぐはッ……!」と吐血して膝を折る。

「ガストレアウィルスに感染しても変わっていないな」三ヶ島は分かり切っていた事実を確認するように告げる。「感情が爆発すると、すぐに動きが単調になる。ガストレア相手なら、それで良いかもしれないが、私相手に通じると思わないでもらおう」

「何を……言ってやがる……!?」

「――君が対峙しているのが誰なのか、思い出させてやらないといけないようだ」

 決意と共に、経営者の男と相棒の少女は言う。

「IP序列元二二五三位、三ヶ島影以(かげもち)

「同じく加倉井咲良」

「降格して久しいが、まだまだ腕は錆びついていないぞ。イニシエーターを失ったプロモーター一人くらい、軽く捻れる程度には鍛えているからね」

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