ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣 作:鏡之翡翠
三ヶ島ペアと将監が衝突すると同時に、蓮太郎達は第11採掘場に続く通路へ飛び込んだ。
出発前に菫から諭された内容を思い出す。自分が全てを背負い込む必要はない。今の自分には仲間がいる。彼らを全力で頼る事――それが自分のするべき事だと言い聞かせる。
通路を駆けていくにつれ、
通路の最端まで来ると、ブワッと冷えた風が顔面を撫でつけた。
裸電球の人工的な明かりではなく、夜空に浮かぶ月から降り注ぐ淡い光が、周囲の岩肌を薄く照らし出す。
蓮太郎は警戒心を纏ったまま、辺りを見回す。三六〇度見渡す限りの岩壁。歪な円状に切り取られた空が、いつもより近くにあるような気がした。
「ここが……屋外第11採掘場……」と誰にともなく呟く。散乱した
神栖の言葉を信じるなら、この近くに元締め達の詰め所があるはずだが――
「――遅かったな。里見蓮太郎」
「
どうやら、事はそう簡単に運んではくれないようだ。
岩壁を背に、大仰な身振りと共に蓮太郎を出迎えた大正浪漫風の装いをした男は、「安心しろ」と
「そうかよ。なら何でお前らは、こんなところで道草食ってんだ?」
「はは。今さら答えないといけないか?」継麻は軽く笑って肩をすくめた。自身の両隣に控えさせた、瓜二つの格好のイニシエーター達に手で合図を送る。ゴシックロリータの
「蓮太郎……この者達は……!?」延珠は蓮太郎と継麻達を交互に見やりながら問うてくる。
「こいつらが例の『廉価版機械化兵士』だ。気をつけろ。ティナの『シェンフィールド』と影胤の『イマジナリー・ギミック』、そして光学迷彩の『マリオット・インジェクション』――三つのコピー能力を使ってくる」
継麻は不敵な笑みを口許に張りつけたまま、自身も静かに得物を取る。志籐姉妹と同じく日本刀を右手に携え、C96に似た古めかしい拳銃を左手に構える。
「ずっと全力のお前と戦いたかった」と継麻は言った。「イニシエーターと共に前線で戦い抜けるほどの技量を持った機械化兵士。だが――里見蓮太郎、お前一人では駄目なんだ。相棒が傍らにいるお前を倒して、初めて僕達は明確にお前を超えたと言えるんだ」
「…………」
「五翔会の思惑なんて僕には関係ない。僕達こそが! 最も成功した機械化兵士! 全ての連中にこの事実を思い知らせてやるのさ! さあ踊るぞ里見蓮太郎! 全身全霊を持って――僕らをもてなしてくれ!!」
継麻のコートの裾から、そして夏樹と春樹のスカートの下から――三つずつ、合計九台のBMI端末が這い出てくる。球体中央部のカメラ・アイが規則的に
続けて、二人の少女の手許から青白いスパークが瞬く。『イマジナリー・ギミック』由来の
蓮太郎、延珠共に臨戦態勢を取る。
腰を落とす。天童式戦闘術『
「開幕だッ――!!」継麻の叫びが狼煙となった。夏樹と春樹の両名が、燐光を湛える刀を同時に振り抜いた。ズオアッ!! という空気が焼ける音と共に、斬撃が十字状になって殺到する。
――こいつらの機械化兵士能力は、オリジナルには
――恐れる必要は……ないッ!
蓮太郎は迫り来る必殺の斬撃を視界に捉え続けたまま、最少の動きで右腕を後ろに引く。
――天童式戦闘術一の型一二番……!
インパクトの瞬間、蓮太郎は右拳を前へ。撃発音。「――『
本来であれば
しかし――蓮太郎の放った一撃は人体ではなく、二対の斥力フィールドを確実に捉え、見える範囲全てに力を流し込む。パアン! と燐光が文字通りに弾けた。斬撃の相殺。余りにも
延珠が前方へ躍り出る。モデル・ラビットの因子をフル稼働させた超加速。蓮太郎はすかさず後ろからXD拳銃を撃ちまくる。
一瞬の隙を突かれた夏樹達が守勢に回る。後退しつつ銃弾を斬り伏せていく。
「延珠ッ。そのまま突っ込め!!」指示を飛ばしながらも、蓮太郎の視界の端は三人の少女以外の人物を捕捉していた。イニシエーターが銃撃を対処している間に、自らの体を風景に溶け込ませ、静かに延珠へと忍び寄る男を――。
マリオット・インジェクションによって、自身の輪郭を隠していた継麻へ向けて発砲。『呪われた子供達』ではなく、人間ベースの機械化兵士である継麻は、弾頭を斬り払う大道芸は披露せず、素直に身を退いて回避行動を取った。薄く笑う継麻の眼前を銃弾が通過する。
狙いは外れたが、延珠から注意を逸らさせる事には成功した。
紙一重で継麻を躱した延珠が、志籐姉妹の陣形内に割り込む。そのまま両手を地面について、逆立ちするように体勢を反転させる。自らの腕と胴体を軸に大回転。サマーソルトキックの要領で、二人の少女達を薙ぎ払った。
――イニシエーターは延珠に任せる!
――その間に俺はこいつを潰す!
好機を見出した蓮太郎がさらに踏み込んだ。左足を軸にして、右回し蹴りを放とうとしたところで、義眼の演算結果が脳に警鐘を鳴らす。ほとんど反射的に横へ飛び退る。
拳銃を突きつけてきた継麻がノールックで引き金を引きまくった。BMI端末による視覚補助が、狙いを正確なものとする。蓮太郎がさっきまでいた場所を銃弾が通過。背筋に悪寒が走る。
体勢を立て直そうとしたところで、さらなる追撃が来る。こちらへ向き直った継麻が、今度は右手の刀を掬い上げるようにして振り抜いてくる。
とっさに退くが、切先が右の頬を薄く裂いた。静電気が走ったような鋭い痛み。「……ッ!」
――こいつの狙いは……俺の義眼か!?
「その目はお前の実力を担保するものの一つだ」継麻が口角を吊り上げる。「言い換えれば明確な弱点。それを庇いながらどこまでやれる!?」
達人クラスの剣技が猛威を振るい、確実に蓮太郎を追い詰めていく。
近接主体のイニシエーターほどの圧はないにせよ、継麻のそれは的確に意識の隙間を縫うようにして打ち込まれる。義眼の補助がなければ、今頃蓮太郎の皮膚はズタボロにされていただろう。
思わずバックステップを踏みながら距離を離した瞬間、「悪手だな」と冷酷な声が突き込まれた。C96による散発的な銃撃が飛来してくる。とっさに身を
左腕を犠牲にするつもりで、両腕を顔の前で交差させた時――突如として上空から鼓膜を穿つような爆音が轟いた。
そして、どうやらそれは継麻にとっても予想外の出来事だったらしく、彼は刀を引っ込めて後方へ飛び退いていた。
――いったい何が……!?
僅かな安堵感と共に上空を見やり、驚愕に目を見開く。「あれは……!?」
この場を覆い尽くした爆音の正体――それはヘリのローター音だった。
自分達を未踏査領域へ送り届けてくれた軍用ヘリが戻ってきたのかと思ったが違う。青色を基調とした機体に見覚えはなかった。
しかし、突如として現れたヘリコプターの所属は
瞬間、機体の両扉が開き、そこから
「――夏樹! 春樹! 避けろ!」泡を食ったように継麻が声を張り上げた。すぐに彼自身も動く。
兵士達は片手で|司馬重工製のグレネードつき短機関銃を構えると、地上の継麻達へ向けて容赦なく銃撃を
その隙を突いて兵士達が
初撃を放った兵士が地面へ両足を突くと同時に前転。衝撃を逃がしながら着地。彼が降り立ったのを皮切りに、次々と同じ格好の兵士達が飛び降りてくる。濃紺のアサルトスーツにタクティカルベストやプロテクターを着込み、バイザーつきのヘルメットで頭部を覆った六人の兵士達が、継麻と蓮太郎の間に割り込むようにして隊列を組んでいく。背中のプロテクターには白字で大きく『POLICE』の印字。
彼らの格好には見覚えがある。「まさか……SAT……!?」
「――ようやく……ようやく追いつけた」隊列中央にいた隊員が静かに、かつ感慨を込めた声色で呟いた。彼は蓮太郎に背中を見せたまま、「ずっと君に謝りたかった」と言う。「あの時……無実の君に銃口を向けてすまなかった」
そこで蓮太郎の記憶も呼び起こされる。
五翔会の陰謀に巻き込まれ、無実の罪で逃亡していた時――
「ああ。ここにいる全員が、あの時君に負けた隊員達だ」
「何で……こんなところにまで……!?」
「君を助けるためだ」隊員は断言するように告げた。「大人として――警察として――俺達には子供を守る義務がある。
SAT隊員達の持つサブマシンガンの銃口全てが継麻へと照準される。
鳶コートの男はその光景を視界に収めながら、嘲るような高笑いをしてみせた。「はははははははッ! 誰かと思えば! そうか!
「贖罪? いいや、違う」
「何……?」
「言っただろう。責任を果たすために来たと」隊員は語気を強める。「五翔会、そしてアンドレイ・リトヴィンツェフ。お前らは東京エリアに仇なすテロリストだ。――テロの鎮圧。それこそが
「笑えない冗談だな」継麻の相貌から表情が消えた。彼が左手を掲げて合図をすると、延珠と対峙していたイニシエーター二人が退却し、戻ってくる。「室内戦という最も有利な状況で、里見蓮太郎に手も足も出なかったお前達が僕らに勝てるとでも?」
「ああ。そのつもりでここに立っている」
「……どうやら本気で死にたいと見える」継麻はつまらなさそうに溜息を
合計九台のBMI端末が踊るように旋回し、SAT隊員達を包囲していく。その光景を目にしてなお、隊員達が取り乱す様子は微塵もなかった。
「行くんだ」と中央の隊員が蓮太郎へ言った。「ここは我々が引き受ける。アンドレイ・リトヴィンツェフの討伐は君に任せたい」
「……あいつらは全員、機械化施術を受けた人間兵器だ。勝算はあるのか?」
「すでに
「分かった。継麻達はアンタ達に任せる。……絶対に死ぬんじゃねえぞ」
隊員は背を向けたまま無言で頷くと、「また会おう」とだけ返してきた。
彼から見えていないと分かりつつも、蓮太郎も首肯した。タイミングを同じくして、こちらに戻ってきていた延珠に目配せする。
すかさず隊員達の脇をすり抜けるようにして飛び出した。継麻は宣言通り、今はこちらを攻撃する気はないようだ。三人の機械化兵士の注意は、全てSAT達へと向けられていた。
蓮太郎はもう振り返らなかった。
並走する延珠の気配だけを感じながら、自らに課せられた使命を握り締め、ひたすらに駆けていく。