ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 去っていく黒衣の少年と、相棒の少女を見送りながら、磯貝は心を落ち着かせるように深呼吸する。

 対峙するのは五翔会(ごしょうかい)の作り出した人間兵器――バラニウムによって身体機能を拡張、強化させ、人間離れした現象さえ引き起こす掛け値なしの怪物。

 機械化兵士。

 里見蓮太郎の同類――。

「…………」磯貝は無意識に銃把(じゅうは)を握る手に力を込めていた。

 先ほど少年に話した通り、五翔会構成員の継麻貞蔵、そして志籐夏樹と春樹の能力については把握している。BMI端末、斥力フィールド、光学迷彩。人間の延長線上にありながら、その境界を超える事に成功した者達――。

 対して、磯貝達の装備は常識の範囲を逸脱する事はない。

 メインウェポンは、直近に更新された司馬(しば)重工製の短機関銃(サブマシンガン)。ヘッケラー&コッホ社のMP5をベースに改良を施された特別製。九ミリパラベラム弾四〇発を装填可能なマガジンを備え、銃身下部にはグレネードランチャーを装着。瞬間火力と取り回しを両立させた設計となっている。

 サブアームは同じく九ミリ弾を発射する自動拳銃と、バラニウムの刃を持つサバイバルナイフ。そして爆発物がいくつか。当然、こちらも司馬重工製だ。

 SATの作戦で頻繁に使用されるポリカーボネイト製の盾は、今回携行していない。機械化兵士の攻撃力の前では、気休めにもならないと判断したからだ。

 その代わり――

「――脚か……もしくは全身に何かを仕込んでいるな?」継麻が(いぶか)しむような視線を投げてくる。「()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。スポンサー様に新しい玩具(おもちゃ)でも買ってもらったか?」

「どうだろうな」と磯貝はあくまでシラを切り通す。

「まあ良いさ。機械化兵士(僕ら)の前では、ただのガラクタ同然なのだからな」

 継麻の(げん)は寸分違わず的中している。磯貝達のアサルトスーツの内側には、司馬重工の試作品である『強化筋繊維(クロスバンデージ)』が仕込まれている。『外骨格(エクサスケルトン)』に用いられる人工筋肉の技術を流用した代物で、バラニウム合金やカーボンナノチューブといった、機械化兵士にも組み込まれるハイテク素材を極限まで薄く、かつ軽量化し、人体に密着させる形で装備する。装着者の筋肉が駆動する際の生体電気を読み取り、コンマ一秒のズレもなく連動する事で、飛躍的な身体能力向上を可能とするのだ。

 だが、軽量化の弊害で機器そのものの安全レベルは極めて低い。安全装置は通常のエクサスケルトンと比べて、ほぼ存在しないと言って差し支えなく、僅かな操作ミスや故障が命取りとなる。

 ――それでも……俺達にこれを着ないという選択肢はない。

 元高序列のプロモーターやイニシエーター、機械化兵士と対峙すると決めた時点で、使えるものは全て使うと誓った。それ相応のリスクを負わなければ、先を()く彼らには到底追いつけない。

『――隊長』と思考を寸断するように、耳許の骨伝導(こつでんどう)式インカムから、広野(こうの)の声がした。継麻達に聞かれぬよう極限まで押し殺した声のはずだが、最新式のAI補正技術によって、声色は非常にクリアに聞こえる。『作戦は事前の打ち合わせ通りで問題ありませんね』

『ああ』磯貝は答える。『問題ない』

『了解』

 隊員達が動く。磯貝、広野を含む四人が二人一組に分かれて両翼に散開。残り二人が後方へ退()がり、機械化兵士達を牽制するように銃口を突きつける。

 SATの面々が臨戦体勢に入ったのを見て、継麻貞蔵は蔑むような笑みを浮かべた。「理解できないな。何を思って僕らの前に立ち塞がる? モノリスの内側に引き篭もっていれば、もう少し長生きできたろうに。自分達の面子(メンツ)を叩き潰した里見蓮太郎の何がお前達をそうまで惹きつける?」

 僅かな逡巡すらも見せず、磯貝は答えた。「守るべき対象である事――それだけだ」

「ははッ! 何を言い出すかと思えば! 逆だろう!? 里見蓮太郎は兵器だ! 僕らは人智を超えた力を与えられた兵器だ! あの少年はそれを理解している! だから両手を血で染め続けている! お前達のような無能のボンクラ共を守るためにな!!」

「その通りだ」磯貝は否定しない。「全ては俺達が弱かったからだ。俺達に力がないから……あの少年を一人で戦わせる事になってしまったんだ」

 本来であれば、少年の味方であるはずだった自分達が、櫃間(ひつま)篤郎(あつろう)に騙されていたとはいえ、銃を差し向けてしまった。磯貝達の間違った行動によって、里見蓮太郎は孤独な戦いに身を投じる結果となった。そして――五翔会に勝利する代わりに、大切なものをいくつも失った。

 磯貝の脳裏に一人の少女の名が浮かぶ。

 紅露(こうろ)火垂(ほたる)

 磯貝達が出会う事すらなく、五翔会の凶刃に倒れたイニシエーター。

 警察の選択次第では救えたかもしれない幼い命――。

「――もう二度とあの少年から奪わせはしない。俺達のやった事……選択肢を間違えた過去は消せない。だが、未来は変えられる。彼と彼の周りの人間達が悲しまないで済むように――ここで五翔会(お前達)を排除する」

「……ああ、分かった。本気で退()く気はないようだな」継麻の表情が明確に変わる。路傍の石ころを眺めるような顔から、叩き潰すべき障害を視認する顔へと。「ならば最低限の敬意を持って相対するとしよう。ジャック・クリスピンも言っていただろう? 『許してやるのは最初だけ』だと。その覚悟を讃え、お前達が僕らの前に立ちはだかるのを一度だけ許してやるとしようか」

「一度で十分だ。お釣りが来る」間髪(かんはつ)()れず、磯貝は淡々と返した。「『人生から逃げる奴は、ビルから飛んじまえ』――だったか? あいにくと、ここにいるのは逃げずに地に足をつけたまま、一度きりのチャンスを掴みに来た大馬鹿者ばかりでな」

 架空のロックンローラーの名言を前に、継麻の口許が僅かに綻んだ。

 (とんび)コートの男は日本刀を半身で構え、静かに腰を下ろす。彼の挙動に呼応するかのごとく、全身から青白いスパークが瞬き、和服の流麗なシルエットが景色と同化していく。

「さながら今の僕達は『鯨』と『蝉』といったところか? どちらが『鯨』の側になるかは分からんがな」

「どちらにもならないさ」と磯貝は言った。「最後まで生きて立っているのは俺達だ。だから五翔会――お前は好きな方を選ぶと良い」

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