ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 打ち捨てられるようにして停車していた四トントラックを確認し、リカルドは周囲を警戒しながら、車体下部を覗き込んだ。荷締め道具を格納するための網籠には、発信機代わりに仕込んだスマートフォンがそのまま残されていた。

 端末を回収すると、「当てが外れたって訳じゃなかったみたいだな」と胸を撫で下ろす。「リトヴィンツェフ一派はここにいる」

 ――里見や三ヶ島さんも無事に辿り着けてると良いんだが……。

 ここに来るまで、はぐれた仲間と合流する事は叶わなかった。今しがた見つけた鉱山への入り口も、施錠されたままで誰かが通った痕跡はない。

「他にも入り口があるのかな?」と里緒が首を傾げる。

「十中八九あるだろうな。これだけ広い鉱山だ。ない方がおかしい。他の皆が別の入り口から突入できてるのを祈るばかりだ」

 左手に持ったマグライトを点灯させ、右手の九ミリ拳銃の引き金に指をかける。逆手で前方を照射し、左手首に右腕を重ねるようにして拳銃を構えた。視界の先に続く薄闇を見据え、ブーツの底で土をにじる。

「このまま行こう」と里緒の方を見やる。「警戒は怠るなよ。ここは敵さんの本拠地だ」

 崩れかけたコンクリートで舗装されたトンネルを警戒しながら行く。

 粉っぽい空気が鼻腔に纏わりつき、否応なしに集中力を削いでくる。二人の息遣いだけが規則的に響き、側に味方がいる事を伝えてくれる。

「ねえ、リカルド」背後から押し殺した声が聞こえる。

「どうした?」

「……ずっと気になっている事があるの」と里緒はおもむろに切り出した。「里津(りつ)(ねえ)を殺した奴らは……アンドレイ・リトヴィンツェフって人は、どうしてここまで大規模なテロを仕掛けたんだろう?」

「里見が言ってた答えじゃ納得できなかったのか? 東京エリアを滅亡させる――。里見自身がリトヴィンツェフから聞いてる」

「東京エリアの大絶滅が目的って事については、あたしも疑ってない」

「それなら何が気になるんだ?」

「仕掛け方」と里緒は端的に言う。「天秤宮(リブラ)を召喚して大絶滅を引き起こすつもりなら、それだけに注力すれば良かったはず。……あたしが思うに、あの人達は回り道をし過ぎてる」

「具体的には?」

「里見さんがリトヴィンツェフの目的を知っている事。それそのものが答えじゃないかな」

「つまり、リトヴィンツェフがわざわざ里見を洋上刑務所(メガフロート)に呼びつけて話をしたところからおかしいって訳か」

「うん」と里緒が相槌を打った。「アンドレイ・リトヴィンツェフと里見さんの間には、多少なりとも因縁があったんでしょ? なら里見さんに目的を打ち明けた時点で、それは宣戦布告になる。テロの存在を知った里見さんは、それを止めようと動くはず。実際にそうなったし」

「なるほどな。目的の完遂だけを目指すなら、仲間内だけで計画を共有しておけば良かった。なのに連中は極秘にするべき計画を第三者である里見に話した……」

「あたしの事を殺しに来たのもそう。最終的に東京エリアを壊滅させるつもりだったのなら、わざわざ外周区に出向いてまで、人一人殺すなんて割に合わない」

 里緒の言う事は最もだ。

 一つ一つの行動を洗い出していけば、リトヴィンツェフ一派が道理に合わない選択を取っているのは明らかだ。

「…………」

 外周区でエヴドキヤ・アレンスカヤと対峙した際、彼女が口にしていた言葉を思い出す。

 ――『これから東京エリアと仙台エリアは絶望の淵に叩き落とされた上で「大絶滅」を迎える。だから困るんだよ。そんな中で希望を抱いたまま死ぬ奴がいるとさ。一人の例外もなく、全員が絶望を顔に張りつけたまま息絶えてこそ、大尉の願いは完遂されるんだ』

 これから根絶やしにする人間全員を絶望に染め上げる。

 ただ殺すだけでは不十分、自らの望む形で全ての状況を整えた上で『爆弾』を起爆させる。

 それこそがアンドレイ・リトヴィンツェフの宿願。

「東京や仙台の住民全員に、自分達のやろうとしてる事を思い知らせる……――その一点に、まだ俺達が知らない思惑が込められているって事か」

「少なくとも、あたしはそう見てる」

 仮に彼女の推測が当たっているのであれば、まだ東京エリアには『何か』が仕込まれているはずだ。天秤宮(リブラ)そのものの脅威や、仙台との衝突を除いて――。

稲生(いのう)首相を説得してる聖天子(せいてんし)様は言わずもがな」と里緒は神妙な面持ちで、先を続ける。「聖居(せいきょ)の人達も今はてんてこ舞いのはず。この機に乗じて争いを起こそうとしている国の対応に追われてる」

「……だな」とリカルドも相槌を打つ。「西欧諸国の介入も厄介だが、特にアメリカ、ロシア、中国……この辺りの大国が本格的に()()()こようもんなら、今の東京にそれを跳ね返すだけの力はない」

「そう。この状況を作り出した人達が、この絶好の隙をフイにするとは思えない」

 この後に及んでもまだ出し惜しみしている隠し玉。本当にそれがあるのかさえ定かではないが、仮に里緒の予想が的中していた場合、東京エリアは駄目押しとばかりに混沌に叩き落とされる事となる。

 そして、物理的に手の届かない場所にいるリカルド達にはどうする事もできない。

「ごめん。こんな時に嫌な話しちゃって」と里緒がやるせない表情を浮かべる。

「いや、大丈夫だ。起き得る事態の可能性を潰しておくに越した事はない。それに――」

「――?」

「頼れる連中なら、たくさんいる」

 もし東京エリアに今以上の厄災が訪れようとも、あそこには里見蓮太郎の信じた仲間達が大勢いる。

「聖天子様だけじゃない。阿久津さんに多田島さん。天童のお嬢さん、室戸さん――他にも俺達の知らない味方がいるはずなんだ。だから、きっと問題ない」

 東京エリアではない。そこに住む人々にこそ力がある。リカルド達にできるのは彼らを信じ、己の為すべき事を為すだけだ。

「進もうぜ。リトヴィンツェフはすぐそこだ」

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