ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 エントランスからいくつかの部屋や廊下を隔てたところに美梨(みり)がいる医務室はあった。

「美梨!」横島は乱暴に扉を開け放つと、一〇(つぼ)もない狭小(きょうしょう)房室(ぼうしつ)に、血走った視線を滑らせる。

 一歩遅れて乗り込んだリカルドも、キョロキョロと目線を巡らせて美梨を探す。医務室に詰めているはずの医者の姿はなく、いくつか設置されているベッドの上にも人の姿はない。元々いなかったのか、すでに避難を済ませたあとなのかは分からない。

秀貴(ひでき)さん……? 藤沢(どうざわ)さん……?」もぬけの(から)と思えた部屋から、消え入るような声が聞こえてきた。

 隅にあるベッドの下から涙目の美梨が恐る恐る這い出てくる。

「美梨ッ!」横島が間髪入れず少女へと駆け寄る。「大丈夫だったか? 怪我はしてないか?」

「は、はい……私は大丈夫です。でもその……一体何が……」

「脱獄が起きたらしい」リカルドは端的に言う。「刑務官達は事態の鎮圧に向かった。俺らも巻き込まれない内にずらかるぞ」

 三人で医務室を出ようとした時、至るところから鼓膜を穿つような銃声が聞こえてきた。思ったより状況は(かんば)しくないらしい。人の足音も明らかに増えている。

 脱獄不可能という触れ込みの難攻不落の洋上刑務所。そこからの脱獄を果たした者が現れた。先ほどの警備員の言葉と合わせて考えると、確実に脱獄犯の協力者も乗り込んできているはずだ。

「実行犯が何人いるかは把握できないが、奴らは自分らが確実にここから脱出するために、戦力の拡充(かくじゅう)と状況の撹乱(かくらん)を図るはずだ」

「それって……」と美梨が目を細める。

「他の収容犯を解放していってる可能性が高い。脱獄犯が増えれば増えるほど、施設防衛のための戦力はそっちに分散する。まともに武器も持ってない囚人共が、どれだけの戦力になるのかは想像の通りだが、刑務所側の『数』を()ぐのには十分だろう」

 リカルドは横島へ、「俺の銃、返してくれ」と言う。ホルスターに収まったままの九ミリ拳銃と予備の弾薬を受け取り、ジャケットの内側に仕込み直す。美梨の方は特に言わずとも分かったようだ。彼女の方に預けてあったバラニウム製ダガーナイフを手渡してきてくれた。

「ありがとう。……さて、俺の予想が的中した場合、おそらく戦闘は避けられん。ガストレアじゃない。人間と殺し合うんだ。覚悟は良いな?」

「「……!」」民警二人が息を呑んだ。

「もちろん可能な限り衝突は避ける。時間をかければかけるほど脱出は難しくなっていくからな」

 しかし脱獄犯達は自らの障害となり得る者には容赦しないだろう。難攻不落の地獄からの脱出というまさに蜘蛛の糸。これを全力で掴みに行かない馬鹿はいない。

「実行犯共にかち合わない事を祈るしかない。十分な装備で武装してるだろうプロに俺達が敵う道理はないからな」

 リカルドは九ミリ拳銃を抜いて安全装置を外し、すぐさま発砲可能にする。腰からダガーナイフも抜き、逆手で携えて近距離戦闘(CQC)にも備える。

 リカルドが臨戦体勢に移ったのを見て、横島も自らの得物を引き抜いた。ベーシックなデザインのグロック拳銃だ。

 美梨も愛用のスチェッキン・マシンピストルを抜く。彼女の矮躯(わいく)に似合わぬ大型の拳銃は、一目見ただけで危ういアンバランスさを植えつけてくる。しかしリカルドは知っている。彼女の大型拳銃の制動力は、横島やリカルド以上のものだという事を。

 リカルドはアイコンタクトで二人に合図を送ると、ナイフを持つ方の左手で引き戸の取手に指をかける。

 この医務室ももはや安全地帯ではない。いつタガが外れた暴徒達が雪崩れ込んできてもおかしくない。そう頭では理解しているのに、脳の奥の理性が待ったをかけようとしてくる。ここで救助を待っている方が確実なのではないかと。

 ――いや、外からの増援はまだ期待できない。

 ――直前まで刑務所側に悟られる事なく事を進めていた連中だ。

 ――外部との連絡手段を断っておくくらいの用意周到さはあるはず。

 当然、これだけの騒ぎを起こした上で外との連絡が遮断(しゃだん)された時点で、警察は異常事態を察するだろう。事態収拾のために機動隊や特殊部隊(SAT)が投入されるのはほぼ確実だ。

 彼らの現着まで耐え忍ぶのも一見現実的な策に思える。とはいえ、それが何時間後になるのか予想できないのも事実だ。

 ――そうだ、受動的に動いてたんじゃ駄目だ。

 ――こっちから行動を起こして安全地帯を確保、もしくは脱出するのが最善……!

 引き戸をゆっくりと動かす。薄く作った隙間からカメラ機能を立ち上げたスマートフォンのレンズを差し込み、医務室の外を観察する。幸い、医務室周辺に人影はなかった。

 リカルドは小さく頷き、ドアを開け切って外に出る。

 最も実戦経験の豊富なリカルドが先頭に立ち、後方を横島が警戒、美梨が隊列中央で左右の死角を差し固める。

 ――電源が落ちてる……これも侵入者の仕業か……?

 医務室内とは打って変わって、廊下は生温い空気が充満していた。天井に点在していたLED電灯もその全てが沈黙している。非常口のピクトグラムのグリーンの明かりと、窓から差し込む月明かりが頼りなく空間の輪郭を浮かび上がらせているだけだ。医務室の電気が生きていたのは、ここが他とは異なるシステムで管理されていたからだろう。

「なあ藤沢……」こめかみに冷や汗を浮かべた横島が話しかけてくる。「さっきの警備員が言ってた事……覚えてるか……?」

「何の話だ?」

「あれだよ。モニター管制室が占拠されたって話……」

「ああ、その事か」リカルドは得心がいったように、「心配しなくて良い」と言う。「ここに来るまでにいくつか案内板に目を通してきたが、モニター管制室はこことはほぼ正反対の位置にある。侵入者と刑務所側の戦力がまだぶつかってるなら、本当にヤバい連中はそこに釘付けになってるはずだ。俺達が巻き込まれる可能性は低い」

「それなら良いんだが……」

 横島はなおも不安そうだが、リカルドはこれ以上何かを言う事はしなかった。実際、保証はし切れない。それにこれ以上言葉を交わす事で、横島が一つの可能性に行き着いてしまうのを避けたかった。

 ――横島が自分の兄が解放されている可能性に気付いちまったら厄介な事になる。

 それを知ったところで兄に引導を渡しに行くような愚かな選択はしないだろうが、この蓋然性(がいぜんせい)が、横島の判断力を鈍らせてしまう事だけは看過(かんか)できない。

 空調の切れた刑務所内は、指数関数的に温度を上げ続けている。アウターの下のシャツがじっとりと汗ばむ。髪が肌に張りつき、(したた)った汗が目に入りそうになるのが(わずら)わしかった。

 遠方から聞こえてくる銃声と怒声がいつここにまで殺到してくるか考えただけで、背筋にゾクゾクと悪寒が走った。

 行きよりも何倍も時間をかけて安全確認をしながら帰路を行く。

 廊下を渡り切り、鉄扉の前まで来ると、肺に溜まった(よど)んだ空気を思い切り吐き出した。たった数十メートルの距離が永劫(えいごう)に続く無限に感じられる。思わず舌打ちした。

 横島と美梨に後方を警戒してもらいながら、先刻と同じ要領で安全を確保して扉の先へ進む。

 視界の先に広がったのは、ビジネスデスクとデスクトップPCが所狭(ところせま)しと並ぶフロアだった。事務所仕事の機能を集めたところなのだろうが、やはりPCの電源は全て落ちており、モニターの一つたりとも映像を映してはいなかった。

「……面倒だな」とリカルドは毒づく。電気の生きていた()()は気がつかなかったが、暗闇に包まれた今になってこの場所の厄介さを思い知る。「気をつけろ。身を隠す場所が馬鹿みたいに多い。脱獄した連中が隠れてた場合、奇襲を仕掛けてくるかもしれない」

 美梨が緊張で生唾を飲み込む。

「絶対に俺から離れるな。陣形を崩したが最後、一気に押し込まれる可能性もある」

 幸い事務所はそこまで広くない。壁に沿って移動すれば、一方向を警戒するだけで向こう岸にある扉へ辿り着ける。

 ゆっくりと歩を進める。湿度の上がった埃混じりの空気が鼻腔を無遠慮に撫でて不快だった。

 たっぷり一分以上かけて対岸の扉へ辿り着き、パターン通り横島らに後方を見張らせる。

 リカルドが鉄製のドアノブに手をかけた時、「――藤沢あッ!!」という怒号が轟いた。

 その一言でリカルドは全てを察した。

 ――()()()()()()()()()()()()()()

 一瞬鼓膜を震わせた擦過音から、打撃もしくは刃物による攻撃を仕掛けられた事を見破ったリカルドは、振り返る事もせず横に跳ぶ。直後、乱暴な破砕音が響き渡った。「お出ましか! 犯罪者共!」

 さっきまでリカルドがいた場所に黒い囚人服を纏った大柄な男が佇立していた。

 男の手にはどこから入手したのか鉄製のバールが握られており、どうやら、これを振り下ろしてリカルドに襲いかかったようだ。

 ――こいつの他に襲撃者は二人……! 思ったよりいやがるな……!

 バール男ほどのガタイの良さはないが、それなりに鍛えていると思われる男性が二人、リカルド達三人を取り囲むように立っている。

「お前達、民警か。良いものを持っているな」バール男が舐めるような視線を九ミリ拳銃に向ける。「それを寄越せ。そうすればここに縛りつけた上で命は見逃してやっても良い」

「嫌だと言ったら?」

「殺して奪うまでッ!」

 再びバール男が仕掛けてくる。荒事に慣れているのか、リカルドが拳銃を持っているにも関わらず一切腰が引けた様子もない。

 狭い室内なのが(たた)った。瞬きする間に距離をゼロまで詰められ、飛び道具を持つ利点を潰される。事前に襲撃の仕方を打ち合わせでもしてたのか、バール男が動くタイミングに合わせて他二人も横島と美梨に仕掛ける。

 ボッ! という空気を打ちつける音と共にバール男の拳が突き込まれる。反対の手はすでに大きく振りかぶられ、リカルドが防御しても回避をしてもバールによる追撃を加えられるようにしていた。

 ――さすがメガフロート、収監されてる一人一人が油断ならねえって事か!

 ――だが……テメエが喧嘩を売ったのが俺だったのが運のツキだぜ!

 リカルドは体を反転させ、打ち込まれた筋肉の砲弾に両腕を絡ませる。バール男の目が驚愕に見開かれたがもう遅い。刹那の内に腕を絡め取り、軸足の膝に靴底を叩き込んで体勢を崩す。

「がっ……!?」

「シメーだ」

 バール男の打撃の勢いを利用して、掴んだ腕だけで変則的な一本背負い投げを敢行。筋骨隆々の大男の体躯が宙を舞う。そのまま分厚い背中を床に叩きつけた。男の口から空気と血液が同時に絞り出され、白目を剥いて意識を手放す。

「元陸自舐めてもらっちゃ困るぜ」

 リカルド自身に降りかかる脅威は排除したが、敵はまだ二人いる。横島達の方を見据えると、囚人が二人がかりで横島を追い詰めているところだった。

 美梨は震える手でスチェッキンを構えていたが、同士討ちを恐れてか引き金を引けないままでいた。

 ――不味いな……横島は武闘派じゃない。美梨ちゃんも思考が狭まってる……!

「美梨ちゃん! 能力を解放しろ! その程度の連中、銃を使うまでもないはずだ!」

 美梨がはっとした顔をする。リカルドの呼びかけで多少の冷静さを取り戻したようだ。彼女は拳銃を下げると静かに(まぶた)を閉じる。僅かな間を置いて目を開けると、暗闇に真紅(しんく)の光が灯った。

 美梨の両の瞳が赤く変色していたのだ。

 ルビーのような輝きを放つそれは、人類の天敵が持つそれと非常に酷似(こくじ)している。

 そう、ガストレアの目と同じ色――。

 民警は二人一組のペアで構成される戦闘員。呪われた子供達から選出される『イニシエーター』と、彼女らを監督補佐する『プロモーター』。

 母体がガストレアウィルスを経口摂取するなどして胎児が感染、遺伝子が書き換えられる事で、人の身でありながらウィルスを制御する術を持った子供達が生まれる事がある。ガストレアウィルスと抑制(よくせい)因子の二つを(あわ)せ持ち、人間を超越した身体能力や、モデルとなった生物の因子を元にして様々な能力を発現させる。

 すなわち。

 彼女達イニシエーターが本気を出せば、鍛えた成人男性が相手だろうと敗北を(きっ)する道理など存在しない。

 予備動作すらなしで美梨の矮躯がリカルド達の視界から消えた。音すら置き去りにする速度で、弾丸のごとく美梨が囚人達の包囲網へ突っ込み、その内の一人の腹に掌底(しょうてい)を叩き込んだ。少女の細腕から生み出されたとは信じられないほどの衝撃が、囚人の腹筋とその下にある内臓を圧迫し、莫大(ばくだい)な運動エネルギーに負けて吹き飛ぶ。

「美梨ちゃん! 伏せろ!」

 リカルドは自分が昏倒(こんとう)させた大男からバールを奪い取り、それを未だ呆気に囚われたままの最後の一人へ投擲(とうてき)する。

 リカルドの指示の裏に込められた意味を察した美梨がとっさに体を屈め、直後に鉄の凶器が囚人の側頭部に直撃した。

 最後の一人が糸の切れた人形のようにくず折れたのを見届け、リカルドは二人へと駆け寄った。「無事か! 二人共!」

 横島が力なく首を縦に振り、美梨も、「大丈夫です」と返答する。

「すぐにここから出るぞ。予想以上に手の回りが早い」

「こいつらはそのままにしてて良いのか……?」息を荒げた横島が()いてくる。「目が覚めたらまた襲ってくるんじゃ……」

「必要ない。ロープの代わり探して縛り上げている時間がもったいない。モニター管制室や独房エリアでドンパチやってた連中がここまで来てるって事は、迎撃してた刑務官達が押されてるって事だろ」

 包囲を突破した脱獄犯達が大挙して押し寄せてくれば、さすがの元自衛隊員のリカルドでも手に余る。横島は言わずもがな、美梨だって数で攻められれば無事でいられる確証はない。

「ここから先は一瞬たりとも気を抜くな」と扉を開けつつ忠告する。「必ず三人で生きて脱出するぞ」

 事務所を出て廊下へと飛び出す。サウナのような熱気が籠る廊下は、薄っすらと鉄の匂いがした。

 横島が今にも嘔吐(おうと)しそうな表情で、「……確かここを抜ければエントランスだったよな……?」と視線を前方へ向けた。

 リカルドは首肯しつつも、「……くそッたれが」と苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。「考え得る限り……最悪な展開じゃねえか」

「? 何を言って――」

「秀貴さん……! 構えてくださいッ……!」スチェッキンの銃口を暗闇の先へ跳ね上げた美梨が、押し殺した声で警告を飛ばす。

「美梨ちゃんの方は気づいたみたいだな」すでに九ミリ拳銃を構えて戦闘準備を済ませているリカルドは、「……二人」と呟いた。「しかも片方はイニシエーター……とんだ貧乏くじだ」

 電源の落ちた廊下は、人間の視力では数メートル先までしか見通せない。月光が室内を照らしていれば話は変わるが、今はちょうど月が雲に隠れてしまっているのか、届く光は微々たるものだった。

 こちらに近づいてくる何者かの存在に勘づいたのは、長年の経験が成せた技だ。

 視界に頼らず、僅かな足音や衣擦れの音、吐息、体臭といったように、目以外の感覚器官をフル活用して対象を索敵する。陸自時代にモノリス近郊や未踏査領域でガストレアや日陰者共と戦うために身につけた技能だ。

 だが――あるいは横島のように何の気配にも気づかない方が幸せだったかもしれない。

 鼓動が加速していく。血の気が引いていく。体の芯から体温が抜け落ちていくのに、顔や手足の先からは(おびただ)しい量の汗が噴き出していく。

 拳銃を握る手が極寒のさなかにいるかのように震えているのに気づいて、思わず奥歯を噛み締めた。

「――何だ、刑務官じゃないのか。少しはマシな奴がいると思って近づいてみたんだが」

 暗闇を切り裂くようにして、背の高い男が姿を現した。()りの深い顔に割れた(あご)は、一目で彼が黄色人種ではない事を伝えてくる。オールバックにされた短い金髪と相まって、さながらハリウッド俳優のような出立ちだ。飾り気のない黒の囚人服でさえ、彼が身に纏えば役者の衣装のように見えてしまう。

 不敵な笑みを浮かべる白人男性の隣には、やはり日本人離れした美貌(びぼう)を持つ少女が佇立(ちょりつ)していた。

 腰まで届く長い銀髪(ぎんぱつ)に冷酷なアイスブルーの瞳を(たた)えた少女は、そのお嬢様然とした顔に似合わぬカーキ色の軍服を身に纏っていた。銃火器の携行は確認できないが、代わりに彼女の両腕には異様な武装が見て取れた。

 鉤爪。

 ナックルガードのような見た目をした、腕に装着する金属棒に四つの爪がついている。およそ実用的な得物には見えないが、それを携える彼女と武器本体にはべっとりと赤い液体が付着していた。

 ――ガストレア由来の動物の因子を持つイニシエーター達は、自分の発現した特徴に合わせて武器を選ぶ。

 ――プロモーター以上にワンオフの装備を持つ連中……。

 ――しかも目の前にいるのは殺人さえ忌避(きひ)しないレベルのイカれ幼女、絶対に油断はできねえ。

 ここにガストレアはいない。だから返り血をこびりつかせた幼い少女は、ここに来るまでに何の罪もない刑務官や警備員の命に手をかけてきたのは明白だ。

 囚人服の白人男性は、おそらく侵入者達が解放しにきた本命の人物。この危険地帯で、その本人と共にいる少女はまず間違いなく敵側の最高戦力だろう。

「なあ、ここを通しちゃくれねえか?」震える喉を無理矢理動かし、リカルドは軽口を叩くように交渉に移行する。「俺達は偶々この時間帯に居合わせただけのお客様なんだ。ここのスタッフと違って、命懸けでおたくらを足止めする義務もない」

「それはそうだろうな」白人男性も同意する。「だが現実問題として、お前達はこの場に居合わせ、私達の顔を見た訳だ。ここを無事に出たお前達が警察にこちらの情報を売らない保証がどこにある」

「まさか刑務所にいる連中皆殺しにするつもりか? 撹乱用に解放した囚人まで殺してたんじゃ、日が昇る前に増援の特殊部隊がやってきちまうぞ」

 白人男性は鼻を鳴らした。「ふっ、そこまでやるつもりはないさ。少なくとも私達がここを立ち去るまでは、お前達には立ち往生していてもらいたい」

「つまり交渉は」

「決裂だな」

 静かに戦いの火蓋が切られる。

 横島と美梨も殺し合いは避けられないと悟ったらしい。どちらからともなく生唾を飲み込む音が聞こえた。

 白人男性が顎をしゃくると、鉤爪の少女が一歩前に出た。「――序列元七七位、モデル・チーター。ユーリャ・コチェンコヴァ。推して参ります」

「――は」

 一瞬、リカルドは少女が何を言っているのか理解できなかった。

 序列。もっと正確に表すのならばIP序列。

 国際イニシエーター監督機構(IISO)が定める、民警ペアの優劣を数値化したものと言い換えても良い。評価基準の詳細を把握している訳ではないが、序列高位者イコール強者の方程式が成り立つのはリカルドでも知っている。関東会戦で戦果を上げた里見蓮太郎ペアが二一〇位、かつてテロを起こした蛭子(ひるこ)影胤(かげたね)ペアが元一三四位だったと風の噂で聞いた事がある。

 リカルドはこの二組の戦いを間近で見ている。関東会戦の最終決戦で、その様を傍観(ぼうかん)していたリカルドの自尊心を叩き折った彼らの序列以上――。

「――二人共ッ、今すぐ逃げ」

 音はなかった。

 ユーリャと名乗った少女が先刻の美梨などとは比較にならない速度で駆け出し、〇コンマ一秒以下でリカルド達の陣形に到達。もはや本能や反射に近いレベルでリカルドは身を(ひね)り、最も近くにいた美梨をかろうじて突き飛ばす。

 神速をもって振るわれた両の鉤爪の内、片方が虚空を()いだ。

 そして。

 

 もう片方の(やいば)が、反応の遅れた横島秀貴の首を下顎ごと(えぐ)り飛ばした。

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