ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 ある種そこだけが異様な空気を放っていた。

 奴隷を飼い殺すためだけにあるような炭鉱のさなかに、まるで砂漠のオアシスを想起させるような小綺麗な建物が屹立(きつりつ)している。ここが神栖(かみす)の言ってた、鉱山を取り仕切る連中の居住スペースなのだろう。

 蓮太郎と延珠は顔を見合わせて、どちらともなく頷く。

 屋舎自体の造りは、建設現場にあるような簡易的な移動式事務所のようだが、出入口の扉だけが異常に厳重な佇まいをしていた。銀行の金庫を思わせるような分厚い金属製の門戸(もんど)は、この内側を根城としていた者達が、労働者達の反乱を何よりも恐れていたであろう事を想像させる。

 蓮太郎が先行してノブに手をかける。予想通り扉は施錠されており、取手はびくともしなかった。

 背に腹は替えられない。蓮太郎は延珠を横目で見やり、「頼んだ」と一言。延珠は、「承った」と首を縦に振り、僅かに後退してから腰を落とした。

 一度瞑目してから開眼――赤い眼光を(たた)えた延珠は、短く息を吐くと共に力を解放。人間離れした筋力から繰り出された前蹴りが、防弾扉にも匹敵する金属板にクリーンヒットした。およそ格闘術から発せられたとは思えないような怪音が炸裂し、紙屑のごとく扉がひしゃげ、そのまま蹴り破られた。

 それを皮切りに一気に突入する。XDの銃口を方々に向けながらクリアリングしていく。視界の端――革張りのソファの背後でカーキのシルエットが微かに見えた瞬間、躊躇(ためら)う事なく銃撃を叩き込んだ。

 短い悲鳴と共に肩口から出血する男を尻目に、「奴らだッ!」と叫んだ。これで延珠には伝わるはずだ。蓮太郎は、今しがた攻撃したリトヴィンツェフ一派の兵士へと詰め寄り、体勢を立て直す前に爪先を跳ね上げる。靴の先端が男の顎を蹴り抜き、一撃で昏倒させる。

 直後に義眼が演算結果を痛みとして脳に伝達してくる。反射的に飛び退る。物陰からVSK小銃の乱射が襲いかかり、足許の床材が砂塵を撒き散らしながら弾けていく。

 ――ミーシャ(あの兵士)か!

 XDを照準し、反撃に移る。牽制射撃を敢行すると、すぐさまミーシャは遮蔽物の陰に隠れた。

 ――もう一人はどこだッ!?

 対峙するミーシャに注意は向けたまま、最低限の挙動で周囲を探る。しかし薄暗い室内には、自分と延珠、ミーシャ以外の人間は見当たらない。

「くそッ!」と思わず毒づく。狭い室内、不意打ちを喰らえば躱す余地はほぼない。何としても、ここで手傷を負う訳にはいかない。

 渋面(じゅうめん)を浮かべる蓮太郎を、どこに潜んでいるか分からない兵士達は、してやったという思いで見ている事だろう。彼らの目的はあくまで蓮太郎の足止め。リスクを負ってまで踏み込む必要はない。

 そもそもの勝利条件が違う以上、こちらの圧倒的不利が覆る事はないのだ。

 ――俺達から攻める以外に方法はないか……。

 蓮太郎は内心で覚悟を決めると、背後に手を伸ばす。タイミングをズラして乗り込んできていた延珠がそこにはいた。背中合わせで警戒する彼女の腰を叩くと、ゴーサインのジェスチャーを見せる。

 蓮太郎の意を汲んだ延珠が行動を開始。(きびす)を返して跳躍し、蓮太郎の頭上を飛び越えながら、物陰に潜むミーシャめがけて突っ込んでいく。蓮太郎自身も延珠の斜め四五度の角度に回り込み、そこから援護射撃を叩き込んでいく。

 ――さあ……! 来るなら来やがれッ……!!

 弾倉の中身を撃ち尽くすまで引き金を引く。閉所での発砲音は脳にダイレクトに響くほど反響した。吐き気が込み上げてくるほどに頭と鼓膜が揺さぶられ、重なった発火炎が網膜に焼きつく。

 逃げ場を奪われたミーシャの元へ延珠が到達し、敵影を確認した彼女が爆速の回し蹴りを放つ。インパクトと共に壁面が破砕され、壁紙の内側の壁材が滅茶苦茶に舞い散る。「――蓮太郎! 仕留め損なったッ!」

「問題ねえ! 見えてる!」

 顔から脂汗を流すミーシャが、延珠の脇を抜けつつ、蓮太郎へとVSK小銃を照準してくる。

 ――遅い!

 蓮太郎は地面と平行になるまで腰を落として、そのままミーシャへと突撃。一瞬遅れて銃声が重なり、頭上をライフル弾が通過していく。

「――大尉の邪魔はッ! させんッ!!」ミーシャが口角から泡を飛ばしながら吠える。弾切れを起こしたVSK小銃を鈍器代わりにフルスイングしてくる。

 だが、これは読んでいた。義眼の弾き出した回避ルートに沿って、最小限の挙動で一撃を躱すと、踏み込みざまにミーシャの懐へ――。右拳を握り込んで引く。天童式戦闘術一の型三番――。

「『轆轤鹿伏鬼(ろくろかぶと)』ッッ!!」破裂音が鳴り渡る。大気を切り裂くような激甚(げきじん)拳打(けんだ)が、不可避の速度で放たれた。推進力と体重を乗せた一撃は、ミーシャの土手っ腹に直撃し、筋肉の下にあった骨と内臓をまとめて破壊し尽くす。

「ごぼばあッ――!?」と血液と吐瀉物(としゃぶつ)の混じった液体を吐き出すミーシャ。これで勝敗は決した――そう判断した時、彼がおもむろに手を伸ばして蓮太郎の首を鷲掴みした。

「――っ!?」

やれ(ばべ)えッ――!」

 もはや彼の咆哮は言語の(てい)を成していなかった。しかし、少なくとも彼の意を汲める者がこの場には一人いる。ギリギリまで潜伏していた最後の一人がどこからともなく姿を現し、悲哀を張りつけた相貌と共に、こちらへ小銃を向けた。

 蓮太郎は歯を食い縛り、自らの額を思い切りミーシャの顔面へと打ちつける。鈍い衝撃に伴って、首を拘束する力が緩んだ。その隙に半ば倒れ込むようにしてミーシャの左脇腹辺りに潜り込み、そのまま反転――彼の背中へタックルをかましながら突き進む。

 即席の肉壁。人間の盾。しかも残った兵士にとっては自軍の同志だ。

 ――こいつを人質に最後の奴をッ……――!

 そこまで考えたところで、蓮太郎は自身の想定が甘かった事を思い知らされる。喉を引き裂かんばかりの痛烈な叫喚(きょうかん)を上げながら、最後の兵士が小銃の引き金を引いた。

 ドチャドチャドチャッ!! という果実を踏み潰すような音が、蓮太郎のすぐ耳許で連続する。肉壁にしているミーシャから潰れた(かえる)を思わせる(うめ)きが(にじ)み出る。

 安全地帯にいるにも関わらず、背骨の神経が液体窒素にでも浸されたのかと錯覚する。

 ――こいつらッ……!

 想像を絶するほどの覚悟。自らの命を投げ出してでも――(こころざし)を共にしてきた仲間を手にかけてでも、計画の障害となる者を排除するという不屈の決意。止まない弾幕の圧こそが、彼らの不退転の心構えを証明しているようだった。

 すでに事切れたミーシャの軍服の裾を掴み上げ、蓮太郎はさらに突き進む。ここで日和る訳にはいかない。名もなき兵士の覚悟と向き合う事から逃げた瞬間、全身に風穴を穿(うが)たれるのは自明の理だ。

 小銃の残弾がゼロになり、兵士がVSKを投げ捨てて拳銃にシフトチェンジした瞬間、蓮太郎もミーシャの亡骸を放り捨てた。どしゃりと肉の塊が地面に叩き伏せられる。

 渾身の力で足許の土を蹴り抜く。同時に脚部からカートリッジが回転しながら排出され、推進力で蓮太郎の体躯のシルエットがブレる。その勢いのまま、一息で兵士との距離を詰め切る。――天童式戦闘術二の型一四番!

「『隠禅(いんぜん)玄明窩(げんめいか)』――ッ!!」繰り出される神速のミドルキック。それは直前で兵士の放った拳銃弾を真正面から弾き飛ばし、一切勢いを弱める事なく兵士の左腰に突き刺さった。再び骨と臓物をスクラップにする感触が神経を撫でつける。「おおあああッ!」と雄叫びを(ほとばし)らせながら、右脚を振り抜いた。屈強な男の体がノーバウンドで飛び、壁へと叩きつけられる。

 相手の無力化に伴って気を抜きかけた直後に、義眼が突如として警鐘を鳴らしてくる。

 時間の圧縮された視界の端で、何かが光る。それが拳銃から発せられた発火炎(マズルフラッシュ)だと気づいた時には、すでに蓮太郎の左肩に焼けるような感覚が走っていた。「……づっッ!?」

 仕留め損なったのを後悔しながら兵士の方へ向き直ったのと同時に、――ごとり、という硬質な何かが落ちる音がした。

 目を凝らすまでもなく、それは拳銃だった。兵士が今しがた蓮太郎を狙い撃つのに使ったものだった。

 薄っすらと硝煙(しょうえん)を立ち昇らせる拳銃は、ぐったりと項垂れる男の傍らに虚しく転がっている。彼が背を預ける壁には、ペンキを乱雑にぶち撒けたかのごとく、赤黒い血がべったりと付着しており、その命の(みなもと)全てが流れ出た事を示していた。

「…………」

 蓮太郎は傷口を押さえながら、おぼつかない足取りで兵士へと近づく。俯く男の顔を上げると、そこには鬼気迫る表情を張りつけたまま絶命した相貌があった。両の瞳には未だ怨嗟(えんさ)とも憎悪(ぞうお)とも知れない濁った炎が宿っており、視線が交差した蓮太郎の皮膚を焼き焦がしてくるようだった。

「蓮太郎っ、無事か?」

 駆け寄ってきた延珠に頷くと、ズタボロになった男を丁寧に寝かせ、手の平を顔に(かざ)す。(まぶた)を閉じてやると、幾分か表情が柔らかくなった。少し離れたところにいたミーシャの死体にも同様の処置を施す。

 ――こいつらのリトヴィンツェフへの忠誠心は……本物だ。

 彼らのやろうとしている未曾有のテロに正当性はない。リトヴィンツェフ一派は疑いようもなく東京エリアの――()いては、蓮太郎達の敵であり、その事実が覆る事は未来永劫ない。

 だが。

 おそらく彼らには、自らの命全てを賭ける価値がある。リトヴィンツェフに、あるいはリトヴィンツェフが成し遂げようとしている何事かに――。

 自分達自身も含めた大勢の運命を巻き込んでまで、彼らが目指す場所はいったいどこなのか。天秤宮(リブラ)を召喚して、世界に混沌を呼び込み、罪なき人々の命を奪い尽くす――。その先にリトヴィンツェフは何を見据えているのだろうか。

 蓮太郎は目を細めてかぶりを振ると、脳内に渦巻き始めた疑問を努めて消し去る。

 どんな事情があろうとリトヴィンツェフは打ち倒すべき敵だ。先ほど自分自身で断定したばかりではないか。

 ここまで来て、決意を揺らがせる仮定を持ち出すべきではない。

 蓮太郎は延珠に視線を向けてから口を開いた。「……俺は撃たれた肩の処置をする。悪いけど、延珠はまだ生きてる奴を拘束しておいてくれ。目を覚ますと厄介だ」

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