ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 光学迷彩能力(マリオット・インジェクション)により、(とんび)コートのシルエットを景色へ溶け込ませながら、大正浪漫風(たいしょうろまんふう)の男が後ろへ退()がる。それと同時に、ゴシックロリータに身を包んだ少女達が前へと(おど)り出る。居合(いあ)い抜きの構えを取ったまま一直線に突っ込んでくるイニシエーター二人の手首から、青白い燐光(りんこう)(ほとばし)った。

 ――来るッ!

 斥力フィールド(イマジナリー・ギミック)発動の予備動作。

 磯貝(いそがい)骨伝導式(こつでんどうしき)のインカムを通して、後方に控えたアサルト5とアサルト6に指示を送ると、さらに、『広野(アサルト2)!』とコールサインを叫ぶ。

『了解!』という広野の返事を聞く前に、磯貝は踏み込んでいた。意図を()んだ広野もすぐさま動く。

 直後に、二つの幼い声が重なる。「――『弧状斬・乱流(ヴォーゲン・シュナイデン・タービュラント)』」(さや)から解き放たれた(やいば)が、閃光(せんこう)を纏って振るわれる。一〇メートル近くリーチを伸ばされた斬撃が折り重なって襲来。足許の岩肌を破断しながら迫り来る。

 ヘッドギアに搭載(とうさい)された戦闘補助(せんとうほじょ)AIが演算を開始。バイザー内側のモニターに回避ルートを表示すると共に、アサルトスーツの下に仕込まれた『強化筋繊維(クロスバンデージ)』がフル稼働する。全身の筋肉を締め上げられるような感覚が駆け抜け、身体能力を底上げしていく。

「――……ッ!!」紙一重(かみひとえ)で一撃必殺の斬撃の奔流(ほんりゅう)(かわ)しながら、短機関銃(サブマシンガン)を跳ね上げて引き金を絞る。磯貝と広野(こうの)の銃から発火炎が(またた)く。排出(リジェクト)された空薬莢(からやっきょう)が宙を舞い、まとめて吐き出された漆黒(しっこく)の弾頭が少女達を襲う。

 転瞬、()(がね)を叩いたような甲高い音の重奏(じゅうそう)が響いた。因子(いんし)の力を解放した少女達が超至近距離で銃弾の雨あられを撃墜(げきつい)していく。

 これこそ『呪われた子供達(イニシエーター)』の本領。殺傷力の具現化とも呼べる、銃さえものともしない戦闘能力。それを目の当たりにしてもなお、磯貝の眼光から戦意の炎が消える事はなかった。

 ――今だッ!!

 ぽんっ! という発射音が磯貝の背後から鳴った。後方に位置取った隊員達が、サブマシンガン下部に取りつけられたグレネードを発射したのだ。缶ジュースサイズの爆発物が放物線(ほうぶつせん)(えが)きながら、敵陣直中(ちょくちゅう)へ飛来。そのまま着弾、次いで起爆。紅蓮(ぐれん)の炎と爆風が巻き上がった。

『アサルト3、アサルト4! 攻め込め!』磯貝の号令(ごうれい)呼応(こおう)し、前線にいた隊員達が攻めに転じる。爆煙(ばくえん)の目隠しを利用して、(にご)ったカーテンの向こう岸にいるイニシエーター達を狙い撃っていく。

 ――攻め役(アタッカー)は押さえた!

 ――そう来ればッ……!

 磯貝が腰の(さや)からサバイバルナイフを抜き放ったのと、スモークを斬り裂いて日本刀の刀身が現れたのは、ほとんど同じタイミングだった。

 打ち鳴らされる剣戟音(けんげきおん)。ナイフの(みね)で、()ぎ払いを受け止める。「――ッづうっ!」

 和装の輪郭(りんかく)からスパークを散らせながら姿を現した継麻(つぐま)貞蔵(ていぞう)は、引き裂くような笑みを浮かべ、「良い(かん)をしている」と磯貝を(たた)えた。「ただの人間にしてはな」

 左脚を振り上げ、そのまま爪先(つまさき)を磯貝の腹部へ突き刺す。とっさに腹筋に力を入れたが、内臓を圧迫する衝撃が走り抜けた。たたらを踏みながら後退。距離を取るのは許さないとばかりに継麻が詰めてくる。息つく暇もない高速の剣技が磯貝を襲う。

「ぐッ……」苛烈(かれつ)な攻撃に(さら)され、補助装置を使ってもなお防戦一方に追い込まれる。

 継麻の長い手足から繰り出される一撃一撃が、的確にガードの上から重たい衝撃を与えてくる。肘関節(ひじかんせつ)がビリビリと(しび)れ、筋肉に力が伝わらなくなる。

 ――守勢(しゅせい)に回っていてはいつか(けず)り殺されるッ……!

 磯貝の眼前で(とんび)コートが大きくはためき、肉薄(にくはく)してきた継麻(つぐま)が横薙ぎを放つ。磯貝は前傾(ぜんけい)姿勢を取り、斬撃の下を潜り抜けるようにして突っ込んだ。そのまま継麻の腹部に頭突きをかます。体勢が崩れた瞬間、股座(またぐら)に腕を通し、もう片方の腕で和服の(えり)を掴み上げた。

「ちッ!」と継麻が舌を鳴らすが、もう遅い。磯貝の口から気合いの大喝(だいかつ)(ほとばし)り、成人男性の体躯が宙を踊る。背負い投げが炸裂(さくれつ)。継麻の背中が地面へと叩きつけられる。「かはッ……!」

 間髪(かんはつ)()れずに短機関銃を突きつける。さらに継麻の背後からサバイバルナイフを振りかぶった広野(こうの)も急襲。中距離と近距離からの挟撃(きょうげき)。いくら機械化兵士といえど、銃弾を迎撃する(すべ)のない人間に対処し切れる道理はない。

 銃声が(うな)り、果たして驚愕(きょうがく)に両目を()いたのは、継麻ではなく磯貝の方だった。「なッ――!?」突如として割り込んできた夏樹(なつき)が銃撃を残らず斬り伏せる。オレンジ色の火花と金属片(きんぞくへん)四方(しほう)へ飛び散った。継麻へ斬りかかろうとしていた広野には、春樹(はるき)の方が立ち(ふさ)がり、イニシエーターの膂力(りょりょく)に任せた強烈(きょうれつ)な一撃を浴びせられて一気に後退させられる。

広野(アサルト2)! 無事かッ!?』

『何とか防御は間に合いました……! それよりもッ……』

 イニシエーター二人の足止めはアサルト3と4に任せていたはず。にも関わらず夏樹達が継麻の援護に現れたという事は――。

「あはっ! 弱いくせに生意気だね!」と左結びサイドテールの春樹が、甲高い声で嘲笑(ちょうしょう)してくる。「ただの人間が私達に勝てる訳ないじゃん!」彼女の日本刀の切先(きっさき)からは、ポタポタと赤い液体が(したた)っている。先ほどの彼女の攻撃を広野は喰らっていない。その血の出どころは火を見るより明らかだ。

『陣形を組み直せッ――! アサルト3と4がやられた!』

 磯貝と広野が距離を取るために動く。後方から銃撃が殺到(さっとう)し、二人の撤退(てったい)を援護しにかかるが、委細(いさい)構わず、右結びサイドテールの夏樹が突っ込んでくる。「――させませんよ」

 横一文字に振り抜かれた日本刀に燐光(りんこう)が瞬くのさえ確認せず、ほとんど脊髄反射(せきずいはんしゃ)で上体を()せる。頭上を雷鳴(らいめい)のごとき一閃が通過(つうか)。後ろ走りで銃撃を(たた)み掛けて反撃するが、中距離での弾幕などイニシエーターには何の脅威にもならない。闇夜(やみよ)()らめく赤い眼光と共に日本刀の軌跡(きせき)(くう)を走り、その軌道上から幾重(いくえ)にも稲光(いなびかり)を散らせる。

 短機関銃の薬室から銃弾が消え去った瞬間、それを見計らっていたかのように夏樹(なつき)が垂直に跳躍した。月明かりを()に刀を振りかぶる。「――『月光刃(モンドリヒクト・クリンゲ)』」

 ――不味(まず)いッ……!!

 背筋を突き抜ける悪寒。もつれそうになる足を強引に制御しながら横合いに飛び込む。直後、収束させた月光を照射させたような(きら)めきが縦に走る。美しさに目を()かれそうになったのも(つか)()。ズガガガガガガガガッッ!! という破砕音を(とどろ)かせながら、地上を形作る土塊(つちくれ)を両断していく。

 回避行動と同時に弾倉交換(リロード)を済ませていた磯貝は、歯を食い縛りつつ銃口を上空へ向けた。引き金に()えた人差し指に力が込められた瞬間――右肩に灼熱(しゃくねつ)の感覚が弾けた。「ぐッ……!」すぐに継麻(つぐま)のC96から放たれた援護射撃だと悟る。

 イニシエーターという強大な戦力を前に、注意力の()き方を誤った。痛恨のミスに後悔が押し寄せる。

 空を飛び回る無数のBMI端末のカメラ・アイが、捕食者の鋭利な眼光のごとく磯貝を貫いてくる。

 痛覚を根性だけで(おさ)え込み、筋肉に指令を送る。バラニウムとカーボンナノチューブで組成(そせい)された外づけの人工筋繊維(じんこうきんせんい)(きし)みを上げ、強引に四肢を稼働させる。細胞を()じ切られるような痛みが上乗せされていくが、無視して短機関銃を構えた。

 継麻めがけて応射(おうしゃ)。さらに角度をつけて広野も横撃(おうげき)を仕掛ける。後方の隊員二人も銃撃を加え、四人分の火力でプロモーターを集中砲火。

 しかし継麻の顔色は全く崩れなかった。刹那(せつな)の内に彼の両サイドへ回り込んだゴスロリ少女達が日本刀を振り回し、全ての弾頭を両断。なます斬りにされた金属片が地面を跳ねる。

 瞬く雷光(らいこう)の向こうから、継麻が飛び出す。再びの光学迷彩能力(マリオット・インジェクション)発動――景色と同化していく躯体(くたい)を見失うまいと目を皿のようにして注視する。

 ――継麻の狙いは司令塔()……!

 ――それならば好都合!

 民警同士の戦いでは、高い戦闘能力を有するイニシエーターよりも、指揮官たるプロモーターを崩すのが定石(じょうせき)だという。例に()れず、継麻は磯貝こそチームの(かなめ)だと判断したのだろう。

 ――このまま迎え撃つ!!

『俺がプロモーターを対処する! 広野(アサルト2)以下は全員イニシエーターの足止めに集中しろッ!』

 弾切れした短機関銃から手を離してスリングだけで肩に下げ、腰のホルスターから拳銃を抜く。右手のみで発砲しながら、もう片方の手でサバイバルナイフを抜き放った。

 継麻のいるであろう座標の景色が歪む。おそらくは磯貝が拳銃を照準した瞬間に、銃口から逃れるように動いたのだろう。発射された弾丸は宙を突き進んで彼方(かなた)へ消えた。

 距離を詰め切った継麻が現出(げんしゅつ)紫電(しでん)と共に踏み込み斬りを繰り出す。大振りの袈裟斬(けさぎ)りを、磯貝は上半身を(よじ)って(かわ)す。耳許で擦過音(さっかおん)が過ぎ去り、恐怖が心臓を締め上げた。

 高速で流れていく視界の中で、自分を包囲するBMI端末の数を数える。

 ――五台……!

 ――三台は継麻、残り二台はイニシエーターのものが一台ずつか……!?

 逆手でサバイバルナイフを構えて応戦する。鋭利(えいり)な刃物で皮膚(ひふ)()かれる恐怖。それを強靭(きょうじん)な理性だけで抑圧(よくあつ)し、継麻に対してゼロ距離のインファイトを仕掛ける。

 継麻の(ふところ)へ潜り込み、最低限の挙動だけで急所を狙っていく。胸部(きょうぶ)(のど)(あご)――一撃が致命傷となり得る箇所(かしょ)めがけて、()ぎと突きを組み合わせた連撃を繰り出していく。()太刀(だち)のさなか、継麻の眼許がピクリと動いたのを、磯貝は見逃さなかった。

 ――長い手足と刀を使った剣技(けんぎ)は、最適な距離を(たも)ててこそ意味がある!

 ――自分の間合いよりも内側に踏み込まれれば、リーチの長さは足枷(あしかせ)にしかならないッ――!!

 継麻を防御に集中させればさせるほど、BMI端末の注意は磯貝の挙動に向く。致命傷を避けるために外づけの目に頼らざるを得なくなる。戦況を広く見渡すためのユニットは、単なる保身のための感覚器官に成り下がる。

 焦燥(しょうそう)(にじ)ませた継麻(つぐま)が左腕でC96を持ち上げた瞬間に、ノータイムでナイフの柄底(つかぞこ)を手首へと打ち込んだ。手根骨(しゅこんこつ)へ直撃した持ち手が(あま)す事なく鈍い衝撃を浸透(しんとう)させ、反射的にC96を取り落とさせる。

「しまッ――」継麻の瞳孔(どうこう)に明確な焦慮(しょうりょ)(とも)る。針の穴を通すような(わず)かな(すき)。そこを突く。

 右腕を(むち)のようにしならせ、拳銃を鈍器代わりにして継麻の顎を強打する。意識外から脳を揺さぶられた継麻の軸足が、くの字に折れた。

 すぐさまナイフの切先(きっさき)を下に向け、継麻が落とした拳銃(C96)へと振り下ろす。底上げされた筋力によって鉄製の銃身がバキリと割れ、銃弾の発射機構を破損させる。

 継麻が未だ硬直(スタン)状態にあるのを確認すると、自動拳銃を照準。直後に、「――貞蔵(てーぞー)さんに触るなああああああああああああああッ!!」と甲高い悲鳴。広野達の包囲網を強引に突破してきた、左結びサイドテールの志籐(しとう)春樹(はるき)燐光(りんこう)(たた)えた日本刀を手に襲いかかってくる。

『……ッ』と広野の呻き。『隊長ッ!』

『構わない! ()()()()()!』

 突撃してくる春樹を(にら)みつけ、磯貝は左手に持ったサバイバルナイフを投げ放つ。

 走り込みながら春樹が一閃し、ナイフを明後日(あさって)の方向へ弾き飛ばした。

 ゴシックロリータの少女が一瞬にして肉薄してくる。「グチャグチャの挽肉(ひきにく)にしてあげるッ!」と少女の手許から(まばゆ)い光が爆散(ばくさん)斥力(せきりょく)フィールドが殺意の刃を形作った直後――

「――ここだッ!」自動拳銃の引き金(トリガー)を絞る。薬室に装填された弾丸の発射装薬(はっしゃそうやく)撃発(げきはつ)、破裂音を響かせる。銃砲の螺旋機構(らせんきこう)から回転しながら弾頭が射出され、亜音速(あおんそく)を伴って、延長線上にいる春樹へと迫る。

 バイザー越しに映る、可憐(かれん)な少女の侮蔑(ぶべつ)に満ちた笑み。この後に(およ)んで拳銃ごときで迎撃しようとした磯貝への(あざけ)りが見て取れた。

 フリルのついた(そで)の輪郭がブレる。イマジナリー・ギミックによって拡張させた斬撃で、銃弾もろとも磯貝を両断する腹積りなのだろう。振り抜かれた(やいば)が飛来する弾の先端に触れ――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「「――――ッ!?」」その光景を目の当たりにした継麻(つぐま)夏樹(なつき)(そろ)って息を飲む。

「……え……?」何が起きたか分からないといった顔で、春樹が口腔(こうくう)と胸から血を(あふ)れさせる。

 三者の反応を無視して、磯貝は即座に銃撃を重ねた。弾丸が少女の柔肌(やわはだ)躊躇(ちゅうちょ)なく食い破る。バラニウムの再生阻害効果によって、塞がらなくなった傷口から、とめどなく命の源が流れ出していく。

「てい……ぞう、さん……、おね、えちゃん……」

 途切れ途切れの呼びかけを掻き消すように、少女の(ひたい)めがけて、最後の一発を叩き込む。割れた頭蓋骨(ずがいこつ)の隙間から、砕けた脳漿(のうしょう)が飛び散り、矮躯(わいく)仰向(あおむ)けに倒れ込んだ。

 操縦者の脳波停止を感知したのか、磯貝を注視していたBMI端末一台と、広野達を包囲していた端末二台が一斉に機能を失い、垂直に落下した。ビットも春樹自身も――もう二度と動く事はなかった。どこからともなく絶命した彼女の名を呼ぶ声がした。

 継麻達には知る(よし)もないが、SAT隊員達の拳銃(サブアーム)には特注の弾丸が装填されている。

 バラニウムの含有量(がんゆうりょう)を四〇パーセント減らし、その代わりに重金属(じゅうきんぞく)の一種であるタングステンを練り込んだ合金によって形成された弾丸。(なまり)と比較して一. 七倍の質量を有するそれによって作られた弾頭は、標準的な銃弾とは比べものにならない運動エネルギーを発揮する。

 再生阻害効果こそ通常のバラニウム弾より劣るものの、その質量に物を言わせた破壊力は計り知れない。硬い外殻(がいかく)を持つステージⅣクラスのガストレアさえ問答無用で食い破るほどに――。

 出発直前、司馬(しば)未織(みおり)から聞かされた言葉を思い起こす。『――この弾のコンセプトは、「銃撃を撃墜(げきつい)()る身体スペックを持った相手に対し、強引に銃撃を通す」事。ウチらが想定した仮想敵(かそうてき)は高位のイニシエーターや機械化兵士。――()()()()()()()()()()()()()()()

 どれだけ劣勢に追い込まれようと、この銃弾を使わなかったのは、まさにこの瞬間のため。彼らが磯貝達に対して万策尽(ばんさくつ)きたと確信した時、この切り札はこれ以上なく突き刺さる。

「……ッ! よくも春樹をッ――――!!」片割れを失った夏樹(なつき)激昂(げきこう)と共に動く。光学迷彩能力を起動して姿を(くら)ませながら、磯貝めがけて突進――しようとした直後に広野(こうの)を含む隊員三人が拳銃を抜いて発砲した。鼓膜を穿(うが)つ銃声を(とどろ)かせ、重金属の弾頭が少女へ押し寄せる。直撃寸前に刀でパリングするが、推進力を殺し切れずに、小さな体が横合いに回転しながら吹っ飛んだ。

 磯貝は、すかさず短機関銃に持ち替えて追撃しようとするが、そこで継麻の硬直が解けた。鬼の形相(ぎょうそう)で刀を振り(かざ)した継麻が、コートの(すそ)をはためかせながら踏み込んでくる。「貴様あああああああああああああああッッッ――――――――!!」

「――――ッ!」とっさに短機関銃の側面で刃を受け止めた。鍔迫(つばぜ)り合いの形にもつれ込むが、強化筋繊維(クロスバンデージ)稼働能力(スペック)凌駕(りょうが)する力で、継麻が押し込んでくる。

 ――このままでは……!

 僅かな逡巡(しゅんじゅん)(あだ)となった。意識の隙間に刺し込むように放たれた膝蹴りが、磯貝の鳩尾(みぞおち)へ直撃。筋肉が一瞬硬直し、そこから痙攣(けいれん)(いびつ)な生体電気を読み取った強化筋繊維(クロスバンデージ)が誤作動を起こし、意思に反して体を締めつけてくる。

「死ね! この有象無象があああああああああああッッ!!」継麻が咆哮(ほうこう)を飛ばしながら再度仕掛けてくる。上段からの斬り下ろし。あの膂力(りょりょく)で肉体を()でられれば、磯貝の胴体は真っ二つにされる事必至だ。

 すかさず機器(スーツ)をシャットダウンすると、自由になった右拳を握り込み、今まさに振り下ろされんとしている継麻の左肘めがけて正拳突きを放つ。骨同士がぶつかり合わされ、薄い皮膚が衝撃を殺し切れずに衝撃をダイレクトに神経へ伝える。

 与えた(かす)かな(しび)れが斬撃の起動を()らした。刀身は磯貝のヘッドギアの表面を削り落とすに留まり、そのまま(むな)しく(ちゅう)()ぐ。

 ――攻めるッ!

 即座に短機関銃を照準し、引き金を力の限り引いた。しかし不発。先ほど継麻の攻撃を受け止めたせいで内部機構が損壊(そんかい)し、弾詰まり(ジャム)を引き起こしたのだ。内心で(どく)づきながら鉄屑(てつくず)と化した銃本体を投げ捨てる。

 次の一手を考えようとした時、特大のノイズが磯貝の思考を(かす)めた。

 視界の端――一刀(いっとう)の内にアサルト5とアサルト6を斬り伏せた志籐(しとう)夏樹(なつき)が、こちらに向かってくる。広野(アサルト2)はまだ健在だが、イニシエーターの速度を捉え切れずに距離を大きく空けられている。

 夏樹の手許(てもと)が青く光り、(いま)だ肉薄状態にある継麻も攻撃の予備動作を取る。

 強化筋繊維(クロスバンデージ)をオフにした事で、ヘッドギアの戦闘補助AIがエラーを吐き出した。回避ルート検出不可(ふか)――。ディスプレイに表示された文言は、そのまま磯貝に手立てがなくなった事を示している。

『隊長ッ――!!』広野の呼びかけが(むな)しく鼓膜を震わせる。

 死を目前にして、時間の流れが緩慢(かんまん)となった世界のさなか、磯貝は思考を高速で回す。

 ――まだだ……! まだ……倒れる訳にはいかないッ。

 ――里見蓮太郎(あの少年)を助けると誓ったんだろう!?

 ホルスターに差した拳銃に手を伸ばす。同時にかつての光景がフラッシュバックした。

 勾田(まがた)プラザホテルでの里見(さとみ)蓮太郎(れんたろう)追撃戦。年端も行かぬ少年が見せたのは、これまでの磯貝達の鍛錬(たんれん)全てを無意味だったと一蹴(いっしゅう)するような鬼神(きじん)のごとき挙動(きょどう)の数々。ブラッククロームのバラニウム製義肢から破裂音を響かせ、不可視の速度で仲間を叩き伏せていく姿。瞬殺されていく仲間を見て、磯貝は刹那(せつな)の判断で拳銃を抜こうとした。

 しかし、(こぶし)を交わす超至近距離での戦闘において、磯貝の戦術判断は誤り以外の何物でもなかった。

 一瞬で距離を詰め切られ、ホルスターを押さえられると共に、防弾プレートの上から天童式戦闘術(てんどうしきせんとうじゅつ)より繰り出される発勁(はっけい)を喰らい、意識を()り取られた。

 運び込まれた病院で目覚めてからも――。

 櫃間(ひつま)親子が失脚(しっきゃく)し、全ての事件が収束(しゅうそく)してからも――。

 ただ、ひたすらに考え続けた。

 あの時、どうするのが正解だったのかを。

 あの黒衣(こくい)の少年に勝利する未来があれば、自分には何ができただろう。少しでも彼と話す機会を得られれば、彼に協力する選択肢もあったかもしれない。全てがたらればの話となってしまった今でも、何度も何度も考えてしまう。

 その仮定の未来を――今ここで(つか)み取る。

 目の前には、真人間を(はる)かに凌駕(りょうが)する力を有した機械化兵士。交戦距離は一メートルにも満たない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()――。

 それを実体験により、誰よりも理解した上で。

 磯貝は拳銃の銃把(じゅうは)を握り込んだ。

 直後に時間の流れが元に戻る。時計の針が正常に(とき)(きざ)み始めた空間の中、それぞれが敵対者を撃滅(げきめつ)するために最後の一手を打つ。

 そして――。

「――――――――――――――――――――――――ッ!!」

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()磯貝(いそがい)抜き撃ち(クイックドロウ)が火を()いた。

 ゼロコンマ秒にも届かない一瞬の内に引き金を引き切った拳銃から、火薬の炸裂音(さくれつおん)()(わた)り、強烈(きょうれつ)な反動が腕を()ね上げる。通常の交戦距離ならば大きく(ねら)いが外れるところだが、ゼロ距離から射出(しゃしゅつ)された弾は寸分(すんぶん)(くる)いもなく目標へと突き進み、そのまま継麻の腹部を(つらぬ)いた。爆発的な運動エネルギーを(たた)える重金属製(じゅうきんぞくせい)の弾丸は、皮膚(ひふ)を突き破ってもなお推進力(すいしんりょく)を落とす事なく、内臓(ないぞう)脊椎(せきつい)粉砕(ふんさい)し、背中の表皮さえも食い破って貫通する。

 驚愕(きょうがく)に両目を見開いた継麻の口から、濁流(だくりゅう)のごとく血液が(あふ)れ出した。彼の握った刀は、磯貝の命へ届く寸前(すんぜん)で取り落とされる。

 くず()れる継麻を尻目(しりめ)に、磯貝は夏樹の方へ向き直る。すでに爆散(ばくさん)するような燐光(りんこう)が少女を起点(きてん)(またた)いており、彼女の動揺(どうよう)など関係なく斬撃は飛んでくるだろう。

 磯貝は覚悟を決める。

 ここで夏樹と刺し違える。何人(なんぴと)たりともここは通さない。里見(さとみ)蓮太郎(れんたろう)の戦いの邪魔は誰にもさせない。

 一歩前へ。僅かな迷いすらも見せずに踏み込む。

 涙を(にじ)ませた少女と視線が交差した。一直線に向けられるのは、どうしようもない磯貝への殺意。それを全面に受けながらも、引き金に()かった指から力が抜ける事はない。

 神経を研ぎ澄まし、視界の中央に夏樹を捉える。斥力フィールド(イマジナリー・ギミック)核融合(かくゆうごう)を思わせる閃光が爆発的に(ふく)れ上がり、彼女の感情を(かたど)るかのごとく、(いびつ)(やいば)を形成した。

 一秒後に自らの上半身と下半身が両断されるイメージに(さいな)まれながら、磯貝は真っ直ぐと銃口を突きつけ、トリガーに掛けた人差し指に力を込める。

 その、刹那(せつな)――。

 どこからともなく爆音が轟き、磯貝と夏樹の間に割り込むようにして飛来したライフル弾が大気を切り裂いた。

「「……――ッ!?」」意識の埒外(らちがい)から降って湧いたイレギュラーに、双方の体が硬直する。スイングと斥力フィールド維持のタイミングをズラされた事で、夏樹の攻勢が不発に終わる。空振った腕から燐光が(しぼ)んでいく。

 ――狙撃だと!?

 ――援軍……!? それとも別の勢力……!?

 浮かんだ疑問の答えはすぐさま示された。『――聞こえますか? SATの隊長さん』という幼くも落ち着いた声が、ヘッドギアの内側を震わせる。知らない人物だった。いったいどうやって磯貝(いそがい)達の無線の周波数帯(しゅうはすうたい)に割り込んだのかは見当もつかないが、()き通るような声色は、こちらの疑念(ぎねん)などお構いなしに話しかけてくる。『私はお兄さんの――いえ、里見蓮太郎さんの仲間です』

『あの少年の……!?』そこで磯貝は気づく。いつの間にか――自分達を包囲するBMI端末が増えている事に。

 継麻達のものとは正反対の()()()()()。おそらくは材質はバラニウムだろう。先ほどまで対峙(たいじ)していたものとは明らかに異なる複雑な軌道(きどう)(えが)いて浮遊(ふゆう)するそれは、一瞬にして戦況の雰囲気を塗り替えていた。

『本当は蓮太郎さんに加勢しに行くつもりでしたが、ここであなた方に協力した方が、より優位な状況を作れると判断しました。援護は私にお任せください。その代わり――必ず彼らを仕留めてください』

『……ああ。言われなくとも!』

 乱入者の正体を探る余裕など、今のこちらにはない。あの少年の味方だというなら信用するまでだ。

 志籐(しとう)春樹(はるき)の死体から日本刀を奪い取り、刀と拳銃――付け焼き刃の二刀流で構えを取る。

 後退した夏樹が継麻へと呼びかける。「貞蔵(ていぞう)さんッ……!」

「――狙撃手を押さえろ! 夏樹!」と和装の男は、口角から血の(かたまり)を吐き出しながらも命令を飛ばす。彼の関節(かんせつ)から、およそ人間から発せられたとは思えないような機械音が鳴る。銃撃で穿(うが)たれた傷口の出血が止まり、背骨が砕けたにも関わらず、手足が駆動(くどう)を再開する。「その間に僕がこいつらを()る――!」と転がっていた自身の得物を拾い上げる。

「……っ! 了解、しましたッ……!」

 継麻の身を案じながらも、夏樹は指示に従う。(きびす)を返して地面を蹴り抜く。射線(しゃせん)から狙撃手の位置を割り出し、一気に射手(しゃしゅ)を潰しに突撃する。彼女のものと(おぼ)しきBMI端末が二台追従(ついじゅう)した。さらに狙撃手のものと思われる黒いビットも猛追(もうつい)

 間髪(かんはつ)()れず継麻も動いた。重症具合からは考えられないような神速の()ぎ払い。磯貝もとっさに刀を当てがって受け太刀する。衝撃に押し飛ばされそうになりながらも気合いで踏ん張り、腰だめに構えた拳銃を、後退しながら連続で発砲。続けざまの激甚(げきじん)な反動と共に、銃口から殺意の塊が吐き出されていく。

 継麻(つぐま)(かわ)す事を前提に次の手を組み立てていた磯貝は、そこで二度驚愕を味わう羽目(はめ)になった。

 ギャリギャリギャリイィッッ!! という金属同士の衝突音を響かせながら、振り回された刀がタングステン合金の弾頭を斬り潰していく。際限なく増大していく爆光(ばくこう)が、ヘッドギアのシールド越しに網膜(もうまく)を焼く。「なッ――!?」

 イニシエーターの筋力すら突破する破壊力の暴風(ぼうふう)(さら)されてもなお、継麻の脚は止まらない。押し寄せる殺意の(つぶて)を次々と撃墜(げきつい)しながら、磯貝めがけて進軍していく。

 ――人工筋肉を始めとする生体部品をオーバークロックしたのかッ!?

 浮かんだ推測を自分で否定したくなった。人間の限界を超えた性能の引き出し。それはつまり機械の稼働許容範囲を超える運用をするという事だ。機械化兵士達は、自らの臓器など生命維持に必要不可欠な部位を人工物に置き換えている者も多い。そんな無茶を通せばどうなるか――それは本人が一番良く理解しているはず。

「僕達は――ッ!」と金属音にも劣らぬ声量(せいりょう)で継麻が(まく)し立てる。「()()()()()()()()()()()()()()()()! ハミングバードでもソードテールでもダークストーカーでも――ましてやネストでもないッ!! 夏樹(なつき)春樹(はるき)も、お前達のような無能力者に負ける()()()なんかじゃないッ! 里見蓮太郎を討ち取ってそれを証明するまで、僕は倒れる訳にはいかないんだよッ!!」

 再び距離が詰まり切る。

 限界値を超えた筋力で振り抜かれた(やいば)が、磯貝の持つ日本刀の(みね)にぶち当てられる。クレーンで振り回された鉄骨(てっこつ)を叩きつけられたような(おも)みが、腕全体の骨格を(きし)ませる。

 押し込まれながらも、磯貝も負けじと声を荒げた。「そんな理由で東京エリアの平穏を脅かしたのか!? ガストレアを壁内に解き放って、罪のない市民に危害を加えたのか!? その利己的な目的のために里見蓮太郎(あの少年)藍原延珠(少女)を悲しませたのか――ッ!?」

「お前ごときに僕達の何が分かるッ――!!」

 怒気(どき)に任せた一閃。もはや軌跡(きせき)しか視認できぬ一撃は、反射的に(かか)げた刀のガードを上から粉砕(ふんさい)し、その先にいた磯貝(いそがい)の左肩を深く斬り裂く。砕けた刀の欠片(かけら)裂傷(れっしょう)から()き出した鮮血が、闇夜を赤く照らし出した。

 磯貝は、激痛を溢れ出るアドレナリンで無理矢理誤魔化し、すかさず照準した拳銃を撃つ。ゼロ距離で放たれた銃撃が、継麻の得物の側面にクリーンヒット。先刻(せんこく)の銃弾迎撃によって耐久性が低下していたためか、バラニウム製の日本刀はあっけなく砕け折れた。

 ――これで継麻の武器はもうない!

 ――残弾は薬室にあと一発……これで仕留(しと)めるッ!!

 立て続けの反動のせいで痙攣(けいれん)し始めた右手に、なけなしの気力を絞り込んで稼働させる。銃口が継麻の心臓部を捉えたのと、彼が(ちゅう)()う日本刀の先端部を掴んで筒口(つつくち)に突き立てたのは全く同じタイミングだった。

「――……ッ!」絶好の機会を潰された磯貝のこめかみから、脂汗が噴出する。

 (たが)いに丸腰(まるごし)。しかし継麻にはまだシェンフィールドのコピー能力由来のBMI端末(ビット)がある。

 対して磯貝には文字通り何もない。

 短機関銃を失い、ナイフを失い、強化スーツは使いものにならなくなり――今しがた拳銃をも失った。

 未だ(くつがえ)らぬ圧倒的不利。

 その非情極まる現実を全身に叩きつけられながら、磯貝は銃を捨て、雄叫(おたけ)びを上げながら右拳(みぎこぶし)を握り込んだ。

 そうだ。まだ自分には、この鍛え上げた肉体がある。最後の最後に自分(こいつ)を信じられずにどうする。自分は警察組織の抱える最精鋭部隊の一員ではなかったのか。

 裂けた筋繊維の隙間から血が()くのも構わず、ブーツの底で土をにじる。

 踏み込んでくる磯貝を見て、継麻の方も殴り合いの腹を決めたようだ。ズタズタになった手のひらを握る。雷光(らいこう)蓄電(ちくでん)したような鋭い眼光が、こちらを真っ直ぐと射抜いてきた。

 踏み込みと同時に腰を(ひね)り上げ、拳を振りかぶる。

 浮遊する三つのビットに()め込まれたカメラ・アイが、磯貝の一挙手一投足さえ見逃すまいと()めつけてくる。継麻の方が詰め寄ってくる気配はない。明らかなカウンター狙い。磯貝の拳が空振ったところを確実に刺すつもりなのだろう。

「――……これで、俺達の勝ちだ」磯貝の冷静な宣言が洩れ出る。その言葉を果たして継麻(つぐま)貞蔵(ていぞう)はどう受け取っただろうか。

 直後に四方八方(しほうはっぽう)から飛来(ひらい)したバラニウム弾が、継麻の操るBMI端末全てを撃ち抜いた。拡張した視界が狭まり、反撃の(かなめ)を突如として失った継麻の動きが鈍る。「――な、に……!?」

『――隊長、あとは任せましたよ』『俺らにできるのはここまでです』『この一勝だけは譲る訳にはいかねえんですわ』『これで少しは借りを返せましたかね』『十分(じゅうぶん)過ぎる戦果ですよ』

 インカムから広野(こうの)を始めとする隊員達の声がした。負傷しながらも、最後の力を振り絞って磯貝を援護した彼らの声色(こわいろ)はどこか(ほこ)らしげだった。

 言いようのない悲哀(ひあい)失意(しつい)(にじ)ませた継麻の相貌(そうぼう)凝視(ぎょうし)しながら、磯貝は全ての力を乗せた拳を振り抜いた。互いの肉と骨が鈍い音を響かせ、顔面を強打された継麻の躯体(くたい)が背中から地面に叩き伏せられる。

「……ちくしょう」ごぼりと粘質な体液を吐き出し、継麻の全身から力が抜け落ちた。止血されていた傷口から(せき)を切ったように血が流れ出す。

 ただ一つ――戦場に残った志藤(しとう)夏樹(なつき)のビットだけが、その様子を静かに見下ろしていた。

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