この身に巣喰う忌まわしき因子は、自分達を不幸のどん底に追いやりながらも、決して楽に死する事を許してはくれなかった。
夏樹は感覚のなくなりかけた首の筋肉をぎこちなく動かし、すぐ隣に横たわる双子の妹を見やる。ボロ布を被っただけのような装いに、煤だらけの薄汚れた肌。飴色の髪は碌な手入れもされずに伸び放題で、さながら野生の獣のようだった。そんな春樹の姿を眺めながら、おそらく今の自分も同じ見た目をしているのだろうと省みる。
「……お姉ちゃん」と春樹がこちらを見ずに呼びかけてきた。「……凄く、寒いよ。いつになったら温かく……なるの……?」か細く吐き出される息は苦痛に塗れており、いつ途切れてもおかしくなさそうだった。
「……もうすぐだよ。きっと……」そう答えながらも、夏樹自身、いつその時が訪れるのかは分かっていなかった。
体内にガストレアウィルスを宿す自分達が、致命傷を受けてから絶命するまでに残された時間なんて、正確に分かるはずがないのだ。
ゴミの臭いに混じって、生臭い臓器の臭気が鼻腔を舐める。吐き気が込み上げてきたような気がするが、もちろん吐き出せるものなんてない。もう夏樹の胃は原形を留めてはいないのだから――。
引き千切られた腹部からは今もなお血液がとめどなく流れ出し、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた臓器の欠片が周囲を乱雑に彩っている。
一言で言えば油断していた。
一方的に虐殺される事を受け入れなければ、『呪われた子供達』である自分達の命を脅かせる人間など、一般人にはいない。窃盗や強盗をいくら働こうが、この赤く輝く瞳を露わにして少しばかり脅せば、誰もが泡を食ったような顔をして逃げ出した。
何が『奪われた世代』だ。本来向けるべき怒りの矛先さえ間違え、立ち向かう勇気もないくせに夏樹達を忌避する。そんな文字通りの愚者共。少しくらい食い物にしたってバチは当たらないはずだ。
そう――思っていたのに。
「……どこで……間違えたのかな……?」と夏樹はひとりごちる。言葉にして疑問を呈しながらも、本当は分かっていた。答えは最初からだ――。ガストレア因子をこの身に宿して生を受け、産みの親から捨てられた時点で――何もかもが修正できないほどに狂ってしまっていた。
自らの置かれた立場を甘んじて受け入れ、IISOに保護される道を選んでいれば、まだ何かしらの道はあったのかもしれない。だが夏樹はその選択を拒んだ。自分を――あるいは妹を捨てた『人間』達を信じて、その下につくなど到底容認できなかったのだ。
大人の加護などいらない。自分が妹を守る。二人だけで、このクソったれな世界を生き抜いていく。そう心に強く誓った。
なのに――。
その結果が、これだ。おそらく自分達は『人間』にとって超えてはならないラインを超えてしまったのだろう。どこから派遣されてきたかも分からない民警ペアに追い立てられ、最終的にはイニシエーターの凶刃によって致命傷を刻まれた。
脳裏に焼きついたイニシエーターの表情が忘れられない。黒いドレスのようなフリルつきワンピースに身を包んだ黒髪の同族。赤い瞳を隠すつもりもなく爛々と輝かせ、残酷なまでに無邪気な笑みを張りつけて二刀の小太刀を振り回す姿――。プロモーターと思われる燕尾服を着た仮面の怪人と共に、阿吽の呼吸で夏樹達を追い詰めていく様は、いっそ美しくもあった。
這々の体で下水路に逃げ込み、追跡を振り切ったが、もはや命の灯火は掻き消える寸前だった。
霞がかってきた視界の中央に、明滅する裸電球のシルエットが浮かび上がる。無機質な光源を呆然と眺めていると、なけなしの意識が彼方に飛んでいきそうだった。
「……ごめん」と謝罪の言葉が口を突いて出ていた。意思に反して、声は小刻みに震える。「頼りないお姉ちゃんでごめんね……春樹……。私がもっと上手くやれていれば……」
「そんな事……ないよ」春樹の声音も同じく震えていた。「お姉ちゃんは……何度も私の事、守ってくれたよ……? だから……そんな事言わないで……」
「春樹……」
「私……生まれ変われるなら……またお姉ちゃんの妹に……なりたいな。今度は『呪われた子供達』なんかじゃなくて……普通の、女の子として……――」
「――ふむ。それは良い事を聞いた。その願い、来世ではなく今世で叶える気はないか?」
沈んだ空気を吹き消すかのように、地下道に響く男の声。革製のブーツの底を高らかに鳴らしながら、長身のシルエットが近づいてくる。
「……誰?」
「継麻貞蔵」躊躇いなく男は名乗った。和服の上から鳶コートを羽織った時代錯誤な男は、死にゆく寸前の夏樹達を、憐れむでもなく、邪険にするでもなく、ただそこにいる者として見下ろしてくる。「先ほど君達が襲撃されているところを見ていた。よくぞこの怪我で逃げ切れたものだ。おかげで探し当てるのに少しばかり時間を食ってしまった」
夏樹は露骨に顔をしかめる。死にゆく自分に、まだ他人への悪感情が抱けるほどの情緒が残っていた事に少しばかり驚く。「……それで」とぶっきらぼうに言う。「もうすぐ死ぬ私達に、いったい何の用ですか……? 見せ物にしたいなら他を当たっていただけますか? 私は妹と二人で死にたいんです」
「ははっ。実に良い」辛辣な言葉を投げかけられてもなお、継麻はどこか嬉しそうだった。「今際の際に置かれても、その胆力。実に見込みありだ」
「…………」このコスプレ野郎は頭がおかしいのだろうか。夏樹は内心で嘆息してしまう。なぜ、よりにもよって人生の最期に、こんな不可解な男と対峙せねばならないのか。
和装の変人は、ひとしきり笑ったあと、真剣な眼差しで夏樹を見やった。突然の態度の変化に、思わず息を飲む。
「さて。そろそろ時間もない。本題に入ろう。詳細は省くが、今、僕はとある実験の被験者となる者を探している。人間でも『呪われた子供達』でも、どちらでも構わない。ただ一つの条件は、死の瀬戸際に追い詰められている事」
「……まさに私達の事ですね」
「その通り!」継麻のテンションが上がる。「まさに理想通りの実験台。いつかの僕を思い出す」
彼の言に引っ掛かりを感じて、夏樹は無意識に問い返していた。「いつかの……あなたと……?」
「ああ、そうだ。僕も君らと同じだった」と自身の腹部を軽く小突く。「生まれ持った肉体の一部を失い、死への秒読みを数えるだけの身だった。だが僕はその運命を踏み躙り、乗り越えた。僕は生まれ変わったのさ。バラニウムの生体部品をその身に組み込んだ機械化兵士として――」
「機械化……兵士……?」知らない単語に、疑問符が浮かぶ。
「そうだ。人間でも『子供達』でもない、新たな生命の在り方――少なくとも僕はそう捉えている。君達は生来持つガストレア因子を呪っているだろう? 吐き気を催すほどに忌まわしく、そして憎らしいと――」
誰にも晒け出した事のない心の最奥を、無遠慮に弄られている感覚がした。なのに――不思議とそこに不快感はなかった。気づけば継麻の次の句を待っている自分がいる。
それを知ってか知らずか、和装の男は口の端を吊り上げて、「僕の手を取れ」と不敵に笑った。「君の持つ固定観念の全てを壊してやろう。そして君の望むもの全てを与えてみせる。さあ言ってみるんだ。君は何が欲しい?」
「……本当に……何でもくれるんですか?」
「もちろんだ。君達を虐げた人間や社会に復讐する力。自身の我の赴くままに振る舞える立場。それ以外にも――」
「――帰る場所が欲しい」
「……!」
夏樹の発した願望に、継麻の眉が驚いたように持ち上がる。
「……こんな自分でも……生きていて良いんだって思える場所が欲しい……」涙混じりの声が堰を切ったように溢れ出す。「もう……嫌なんです。誰かからの恨みと引き換えに生きるのは……! 毎晩、冷たくて汚い床で寝るのも……! 敵意を向けられながら街を歩くのもッ……! 自分達が生きてちゃいけない存在だと自覚しながら生き延び続ける日々が……苦しくて苦しくて仕方がないんですッ……!」
「……それが君の望みか」
夏樹は首肯する。「……私はただ……平穏な世界で春樹と生きたいだけ。それ以外望むものなんてない。継麻さん……あなたは……私達の帰る場所を与えてくれるんですか……?」
「…………」継麻はしばし無言を貫いたのち、懐から携帯端末を取り出して耳に当てた。「こちら継麻貞蔵。捜索対象が見つかった。すぐに医療班を寄越してくれ。……ああ。彼女達に機械化施術を受けさせる。すぐに手術の準備を。両名ともに内臓の致命的損傷が見られる。ちょうど『グリューネワルト・モデル』の実験台を探していたな。斥力フィールド発生装置を組み込むのに最適な検体になるはずだ。――良いか。必ず成功させるんだ。四賢人を超えるのがお前の望みだろう。ヴェルナー・ギレスベルガーよ」
「……誰、ですか」
「他人の身体を弄り回すのが生きがいの変態だな。だが腕は確かだ」
「その人に任せれば……私と春樹は、まだ生きていられるんですか……」
「――『われわれはいわば二度生まれる。一度目は生存するために。二度目は生きるために』」
「……?」
継麻が不意に呟いた難解な文言の羅列に、夏樹は目を細める。
「ルソーだ」と継麻は言う。「この言葉はまさに今後の君達にぴったりだろう。消えかかった命を繋ぎ止め、そして生きる意味を見出すために道を歩む。拾った命に価値を与える。つまり、これからの人生を胸を張って『生きた』と言えるかどうかは君ら次第という事だ」
和装の男はその場でしゃがみ込むと、夏樹を真っ直ぐと見据える。
「君がそうしてくれたように、僕も誠意を表して正直に言おう。今の僕の立場では、君達の望む平穏を授ける事はできない」
――嘘つき、という罵倒を寸前で飲み込んだ。改めて説明されるまでもなく、何となく分かっていたからだ。バラニウムを体に組み込んだ機械化兵士――誰がどう聞いても、戦うための存在以外の何物でもない。継麻は最初から包み隠さず話していた。それを聞いた上で、叶わぬ無茶な願いを請うたのは他ならぬ夏樹自身だ。
「だが約束しよう」と継麻は続ける。「いつか君達を陽の当たる場所へ送り届けてみせる。それまでは僕が君達の帰る場所となろう。あらゆる脅威から君達を守り通し、煌めく未来へと導いてみせる。――絶対にだ」
鋭利な風切り音を全身で浴びながら、夏樹は走馬灯のように浮かんできた記憶に顔をしかめる。
――何で……。
――こんな時に昔の事を……。
すでに継麻の――延いては夏樹達の願いが成就する事は永遠にない。物言わぬ死体と化した妹の存在が、その事実を否応なしに突きつけてくる。
強者に抗う事こそが、この行き詰まった世界と対峙するための一つの道標だった。その先に掴み取れる何かを見据えていたからこそ、あらゆる痛みに耐える事ができた。
――……でもッ……。
薄れる。掠れる。そして――消える。
自分達を結びつけていた全てが。僅かな綻びが全体へと広がって、そのまま霧散していくような感覚――。
五翔会最大の不穏分子となりつつある里見蓮太郎。あの少年さえ消し去れば、自分達の未来は確約されるはずだった。それ以外は障害にさえならない、単なる通過点のはずだった。
そのはずなのに――。
今、夏樹達を追い詰めているのは、路傍の石ころと切って捨てた無能力者達。かつて里見蓮太郎に敗北した有象無象に過ぎない者達が、夏樹達の心臓に銃口を突きつけている。
「……ッ!」砕けんばかりに奥歯を噛み締める。神経を擦り潰すような痛みが口の奥から駆け抜け、分泌された脳内麻薬が、茹った頭を微かに落ち着かせる。
――まだ……!
――まだ貞蔵さんは生きているッ……!
一台残してきたBMI端末は、今もなお対峙する継麻とSAT隊員を映し出している。
自分にできる事はただ一つ。
――すぐに狙撃手を落として貞蔵さんに加勢する!
乱入してきた何者かの当たりは、すでについている。弾丸と共に戦場へ飛び込んできたバラニウム製のBMI端末――。ビットを観測手として狙撃を行う機械化兵士など、夏樹の知る限り一人しかいない。
ティナ・スプラウト。
四賢人たるエイン・ランドが『NEXT』計画にて生み出した、イニシエーターと機械化兵士のハイブリッド。その実力は、ほぼ単独での戦果のみでIP序列元九八位という肩書きが証明している。
廉価版ではなく、フルスペックのイニシエーター産機械化兵士。彼女の扱うオリジナルの『シェンフィールド』は、夏樹達のコピー能力では観測し得ないあらゆる情報を測算、分析する。
この『神算鬼謀の狙撃兵』の射程距離内で、彼女に競り勝つのは実質的に不可能だ。
――だから……近づき切る!
夏樹の目線が、高所から自身を捉える銃口を見据える。ティナがいるのは採掘場をぐるりと取り囲む断崖絶壁の上。ここからの距離は、目測でおよそ四〇〇メートルほど。自分の脚力であればすぐに詰め切れる。そう確信した夏樹は、さらに力を解放。一直線に狙撃手めがけて突っ込んでいく。
瞬間、遠方で雷鳴のごとき銃撃音が轟いた。対物ライフルから放たれた大口径弾が亜音速で飛来。だが夏樹の赤い目は、その軌道を見逃さなかった。「――……ッッ!!」速度を落とさず上半身の僅かな捻りだけで銃弾を躱す。背後で土煙と爆音が同時に湧き上がるが、その全てを意識の彼方へ追いやり、突撃を敢行する。
――あと一〇〇メートル……!
二発目は撃たせない。佇立する岩肌が眼前に差し迫った瞬間に跳躍。垂直に聳え立つ崖の凹凸を足場にして登っていく。
幾度めかのジャンプで頂上へと到達――一気に視界が開け、眼下に未踏査領域の樹海が広がる。
――いた……!
そして見つける。巨大なバレットM82ライフルを構えるドレス姿の少女を。赤熱させた二対の眼光が交差する。
金髪の少女が懐から拳銃を抜くのを視界の端に収めながら、夏樹も得物に手を掛ける。ルーティンワークと化した挙動を合図に、イマジナリー・ギミックを発動。手許で爆光が膨れ上がる。
短期決戦だ。ここで殺す。
「弧状斬――ッッ!!」溜めた光を解放するように、鞘から刀身を抜き放つ。刃を象った斥力フィールドが、ティナめがけて一気呵成に押し寄せる。
同時に光学迷彩を起動。ティナの『シェンフィールド』で補足されているため、効果は僅かだろうが、多少の目晦ましにはなるはずだ。
ティナがドレスの裾を翻しながら斬撃から逃れ、体勢が崩れた隙を突くように夏樹は距離を詰めた。そのままティナの顎めがけて、日本刀の柄底を――
「――掛かりましたね」「……ッ!?」
叩き込もうとした寸前で、振り抜いた腕の動きがビタリと止まる。一瞬遅れて皮膚に鋭い痛み。破れ落ちた袖の生地を見て、夏樹は何が起きたかを看破した。「……ピアノ線ッ――!?」
金髪の少女が右手に嵌めた黒手袋――それに付属した金属製の輪っかから、月光を反射する細い糸が伸びていた。
「くッ……!」狼狽を露わにした夏樹が手を引っ込めた瞬間、ティナの追撃が炸裂する。突きつけられた銃口から絶え間なくマズルフラッシュと発砲音が重なった。とっさに刀を振り回すが、至近距離で展開された弾幕の圧に押し負ける。四肢にバラニウムの弾頭が食らいつき、細胞を引き千切られる感覚が夏樹を襲う。
コンディションを乱された影響をモロに受け、光学迷彩が解除される。展開したビットの一つがティナの弾倉交換の挙動を確認、背中に悪寒。このままでは押し切られる。半ば確信にも近い敗北のビジョンを想起し、無我夢中で地面に手を翳す。
ティナが撃鉄を起こすタイミングで、夏樹も斥力フィールドを爆散させた。瞬間的に膨張したエネルギーが土塊を粉砕し、粉塵と瓦礫を巻き上げた。天然の防壁が殺到した銃弾をまとめて叩き落とす。
「たまたま成功作になれただけの奴がッ! 私達の邪魔をするなあああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――――ッッッ!!」
ノータイムで刀に手を掛け、纏わせた斥力フィールドと共に薙ぎ払う。二人を隔てる煙幕のカーテンが一刀の内に斬り裂かれ、必殺の斬撃がティナへ迫る。
「――……え?」
だが。
そこで夏樹は目の当たりにした。
開けた視界の中央――猛禽類を思わせる鋭利な眼光でこちらを射抜きつつ、対物狙撃銃でこちらを照準するティナ・スプラウトの姿を。
「――――――――――っ!?」脳細胞を震わせる生存本能のアラート。しかし警笛を鳴らすには余りにも遅過ぎた。鼓膜を破裂させるような爆音がゼロ距離で爆ぜる。
放たれた大口径のバラニウム弾が斬撃と衝突。殺意を孕んだ燐光を、無害な光の粒へと変え、その先に佇む夏樹めがけて突っ込んでくる。
死。
自らの運命を決定づける絶対的な一文字に、抗う暇もなく思考が上塗りされていく。
自身の迎える末路を自覚させられ、圧縮された時間の中、静かに目を閉じる。そして瞼の内側に映し出されたのは、今まさにあのSAT隊員と対峙する継麻の姿だった。戦場に残してきた一台のBMI端末が、二人の男の激突を鮮明に映写する。
互いの右拳が交わる寸前、あらゆる角度から飛来した弾丸が、継麻の操る端末を一台残らず撃ち落とす。
硬直する継麻。最初で最後の好機を掴み取るために踏み込む隊員。
鬼気迫る相貌で、握り込んだ拳を振りかぶる隊員を、継麻は哀惜を含んだ目で見やり――次いで、その双眸は夏樹の繰るビットのカメラ・アイへと向けられた。
継麻の唇が動く。音声の送受信機能を持たないはずのBMI端末は、しかし明瞭に彼の最期の言葉を捉えていた。
―― い き て く れ 。
直後に顔面へと突き込まれる拳。叩き伏せられる継麻を視界に収め、夏樹は慟哭と共に開眼する。
直撃寸前で体を捩じ切れんばかりに捻り上げ、大口径弾の軌跡から逃れる。夏樹の薄い胸を貫くはずだった弾は、彼女の右肩の付け根に食らいつき、関節を粉砕。千切れた右腕が、握り込んだ日本刀と共に彼方へと飛んでいく。肉片と血煙が放射状に撒き散らされ、落雷を直接体内に流し込まれたような激痛が走り抜けた。
失った四肢の感覚に想いを馳せる事すらせず、夏樹は踵を返して一気に駆け出した。陽動代わりに残った二台のビットをティナへと差し向け、手のひらから放出した斥力フィールドで追撃を牽制。断崖絶壁の縁へと辿り着くやいなや、迷わず飛び降りた。
重力に従って加速し、落下していく矮躯。猛スピードで視界に迫ってくるのは、未踏査領域の暗く深い樹海の景色だ。あらゆる生命を飲み込み尽くすような暗色の絨毯を目の当たりにし、これが地獄の景観なのかもしれないと内心で溢していた。