ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 リカルドの八九式小銃が(うな)りを上げる。コンテナ倉庫全体に重なった銃撃音が反響し、目を焼き焦がさんばかりの銃口炎(マズルフラッシュ)がぶち()けられる。弾幕(だんまく)(まぎ)れるようにして曲刀(カトラス)を振り(かざ)した里緒(りお)が、マーク・メイエルホリドへと迫る。

 二方向からの挟撃(きょうげき)。マークは銃撃をコンテナの(かげ)に潜り込んでやり過ごし、すぐさまVSK小銃の銃口を突き出して応射。面食らった里緒が靴底を擦らせながら急停止し、殺到したバラニウム弾を曲刀で叩き落とす。怪音(かいおん)と火花が散り、物量から繰り出される運動エネルギーに押し負けてノックバックする。

 その隙にマークが大きく動く。コンテナの突起(とっき)(かんぬき)を足場にして、パルクールのごとき俊敏(しゅんびん)な動きで天板(てんばん)まで登り切ると、体を反転させながら高所から照準。「不味(まず)いッ――!」間髪(かんはつ)()れず銃弾の雨が降り(そそ)ぐ。

 全身の血液が瞬間冷却されるのを感じながら、とっさに床へ倒れ込んで転がる。回転する視界の一角で床材が弾け飛び、耳許で(おぞ)ましい音が重なる。

「……ッ! 里緒ちゃん!」と相棒の名を呼ぶ。「コンテナを()()()()()!!」

「――! 了解!」

 VSKのリロードの瞬間を見計らって里緒が仕掛ける。マークの陣取(じんど)るコンテナへと突撃すると、目にも()まらぬ神速の斬撃を振るった。豆腐(とうふ)包丁(ほうちょう)を入れるかのごとく、鉄製の直方体が両断される。バギィン!! という破断音が反響した。里緒は手を緩めず、さらに斬撃を重ねていく。一瞬にして無数の亀裂がコンテナ表面に走ったかと思えば、数十もの鉄板に分解されたコンテナが重力に従って崩壊――足場を奪われたマークも共に落下。

 受け身は取ったようだが、体勢は崩れた。すぐさま八九式を構えてマークめがけて撃ちまくりながら接近していく。反動が地層のごとく重なって両腕を蹴り上げ、フルオートでバラニウム弾を射出、地面を跳ねる空薬莢が軽快な音を響かせる。

 だが、無防備な相手を狙い撃ったはずのリカルドは驚愕に双眸(そうぼう)()く事となる。「なッ……!?」

 マークは躊躇(ちゅうちょ)なく手近な鉄板(コンテナの破片)を手にするやいなや、それを盾代わりに銃弾を迎え撃ったのだ。着弾と同時に金属同士の甲高い悲鳴が轟き、飽和(ほうわ)した稲光(いなびかり)がマークの周囲一帯を覆い尽くす。

 リカルドは歯噛みする。

 ――里見と戦ってる時も思ってたが、どんな反射神経してやがるんだッ!?

 この距離で銃を相手に立ち回るなど、一介(いっかい)の人間にできる芸当じゃない。特別な力を持たない者が到達できる限界点――マーク・メイエルホリドの性質は、里見(さとみ)蓮太郎(れんたろう)よりは天童(てんどう)木更(きさら)のそれに近いように思えた。

「リカルドッ! 避けて!」

「――!」

 理緒の一喝(いっかつ)で我に返る。転瞬(てんしゅん)閃光(せんこう)の壁を切り裂いて何かが飛来。自らの顔面めがけて押し寄せてくる物体が、解体されたコンテナの破片だと遅れて気づく。

 反射的に八九式を眼前に(かざ)して防御姿勢を取る。直後に鉄板がクリーンヒット。ガードを貫通して、重厚な衝撃が腕を伝わる。

 ブレる視界がかろうじて捉えたのは、こちらへ詰め寄ってくるマークの姿。逆手で構えた二振りのナイフを目にし、背筋が凍る。

「っづああああああああああああああああああああ――――――――ッッッ!!」雄叫(おたけ)びを上げながら、もう使い物にならなくなっているであろう八九式のストックを握り込み、バットよろしくフルスイング。肉薄してきたマークの振るったナイフが、銃砲(じゅうほう)部分と打ち合わされ、硬質なバラニウムの刃があっさりと金属筒を破断した。

 (いきお)(おとろ)えず、リカルドの喉元(のどもと)へと凶刃(きょうじん)が迫る。顔面に脂汗(あぶらあせ)が浮かび上がり、鼓動(こどう)が加速する。

 ――こんなとこで()られてたまるかよ!!

 渾身(こんしん)の力をもってして左足で地を踏み締めると共に、右の爪先(つまさき)を真上へと突き上げる。バラニウム製の先芯(さきしん)が仕込まれた安全靴が、ナイフを迎撃した。マークの手から無理矢理引き剥がされたナイフは、回転しながら宙へと舞い上がり、明後日(あさって)の方向へ飛んでいく。

「……!」マークの目許(めもと)がピクリと動く。安全靴の仕込みに気づかれたのだと悟る。もう不意打ちには使えないだろう。手札を(さら)してしまった事実に、僅かな後悔が去来(きょらい)する。

 だが知られてしまったものはどうしようもない。リカルドはすぐさま体勢を立て直し、破損した小銃をスリングごと投げ捨てて九ミリ拳銃を抜く。それを確認するや、マークの方もノータイムで動く。彼が横合いに飛び退いたのと、拳銃から銃口炎が()いたのはほとんど同時だった。

 先刻までマークのいた場所をバラニウム弾が(はじ)く。耳障(みみざわ)りな怪音(かいおん)鼓膜(こまく)を突かれながら、眼球だけを動かしてマークを追う。

 こちらとの距離を保ちながら、回り込むように走るマーク。すでにその手にはナイフではなく、照準されたVSK小銃があった。

 悪寒。

 一秒後に弾痕(だんこん)だらけになって血の海に沈む自分の姿が、脳裏に浮かび上がる。

 度を(いっ)した緊張によって過呼吸になりかけた時、矮躯(わいく)がリカルドとマークの間に割り込んだ。里緒は決死の形相(ぎょうそう)で汗の玉を振り乱しながら、曲刀を()ぎ払う。大振りの一撃がVSK小銃本体を真っ二つに叩き割った。露出(ろしゅつ)した薬室から装填(そうてん)済みの弾丸が(こぼ)れ落ち、割れた鉄屑(てつくず)やビスが散乱する。

 マークの眉がしかめられ、微かに聞こえる舌打ち。リカルド同様、瞬時の判断で銃を放り捨てる。

 これで互いに殺傷力特化の銃は失った。残ったのは拳銃とナイフのみ。拳銃の命中率を鑑みれば、このあとの展開は近距離(クロスレンジ)での殴り合いになる事必至だ。

 ――ありがとよ里緒ちゃん……!

 ――これで形勢はこっちに傾いた!!

 大きく息を吸って、不足した酸素を脳に行き渡らせる。左手でダガーナイフを抜き放ち、右手の九ミリ拳銃で牽制(けんせい)に出ようとした瞬間、腹部に凄まじい衝撃が突き刺さる。里緒が手加減の余地なく体当たりをかましてきたのだ。内臓がひしゃげるような感覚と共に胃液が逆流。味覚に嫌な酸味を感じながら、背中から叩き伏せられる。一瞬遅れて付近で爆音と爆煙が上がる。

 ――手榴弾かッ!?

「無事ッ!? 怪我はない!?」

「俺は大丈夫だ! けど里緒ちゃんはッ……」

 今、里緒はリカルドの上に覆い被さるようにして倒れている。至近距離で手榴弾が起爆したにも関わらず、リカルドには傷ひとつない。ならば飛び散った金属片がどこへ行ったかなど自明(じめい)()だ。

 ぬるりとした感触が、リカルドの腹部に(つた)う。「……ッ!」生温(なまぬる)鉄錆(てつさび)臭いそれの正体は、説明するまでもなく里緒の血液だ。

 取り乱しかけたリカルドの(ほお)(はた)かれる。里緒は身を(ひるがえ)すと共に曲刀を構え、「大丈夫! 手榴弾の外殻(がいかく)はバラニウムじゃなかった! すぐに治るから!」と(まく)し立てる。「それよりも早く動かないと敵がッ――……!?」

 そこで里緒の言葉が詰まる。

 リカルドも弾かれたように彼女と同じ方向を見やり――そして気づく。

 ――()()()()()()()!?

 先ほどまでそこにいたはずの兵士が忽然(こつぜん)と姿を消していた。胸の内側で焦燥(しょうそう)が爆発的に膨張(ぼうちょう)する。慌てて立ち上がり、里緒と背中合わせになって死角を潰し、九ミリ拳銃の銃口を四方へ向ける。

「……マークが離れるところを見たか?」

「見れてない。……さっきの爆発は姿を(くら)ませるための陽動(ようどう)だったんだと思う」

「まんまとしてやられたって訳か……」

 周囲は複雑に配置されたコンテナだらけ。身を隠す場所はいくらでもある。いつ、どの場所から奇襲が飛んできてもおかしくはない。

 マークの実力は正面戦闘でも、リカルドと里緒の二人を(はる)かに凌駕(りょうが)する。それにも関わらず、(から)め手も(いと)わず、油断なく徹底的に敗北の()を潰しにかかってくる。

 元スペツナズ所属の筋金入りのプロフェッショナル――対人戦における練度は、単なる自衛隊の一隊員などでは比較にもならないだろう。

 リカルドは首を振って、湧いた邪念を振り払う。

 ――弱気になるんじゃねえ! 考えろ! あらゆる可能性を!

 自分達は蓮太郎と延珠にとっての最後の防衛ラインだ。ここを突破されれば最後、高序列のイニシエーターさえも単独で撃破する化け物がリトヴィンツェフに加勢する事になる。何としてでも、マーク・メイエルホリドを自由にさせる訳にはいかないのだ。

 しんと静まり返ったコンテナ置き場に、自分と里緒の息遣いだけが交互に響く。首筋に嫌な汗が(したた)り、激しく脈動(みゃくどう)する心臓に反比例して、体温が冷え込んでいく感覚がした。

 マークの気配は全く感じられない。彼の呼吸する音どころか、足音の一つさえも聞こえてこない。人間離れした隠密能力を突きつけられ、なけなしの平静さえ()き乱されそうだった。

 ――どこから……。

 ――どこから来る……!?

「――傭兵。お前に()いてみたい事があった」

「――!」不意に投げかけられたマークの声に、リカルドの瞳孔(どうこう)が開く。周囲を見回して姿を探るが、当然のごとく人間のシルエットなど見当たらない。マークの声音は辺り一面に反響し、その出どころを押さえる事もままならない。

 その事を良く理解しているからだろう。マークは構わず語りかけてくる。「なぜ、お前は戦う? なぜ里見蓮太郎に協力する?」

「……さっき言っただろうが。おたくらが俺の大切なもんを奪ったからだ」

「何も変えられない事を分かっているのにか?」

「……何が言いたい?」

 リカルドの(いぶか)しむ問い返しに対し、マーク・メイエルホリドは淡々と答えた。「――第三次関東会戦」

「……っ」肩が強張る。マークから、その言葉が出てくるとは思わなかった。

「本来であれば、東京エリアは『アルデバラン』率いるガストレアの軍勢に敗北し、大絶滅を迎えていた。今の東京エリアがあるのは民警の活躍と犠牲の賜物(たまもの)だ。はっきり言ってやろう。先の戦いにおいて、自衛隊が果たした役目など一つもない。俺は間違った事を言っているか?」

「……何だよメイエルホリドさん。律儀(りちぎ)に俺の事も調べてくれたのか? 俺が元自衛隊だって事は、おたくらには言ってなかったはずだが」

 挑発するように探りを入れるが、マークは一切取り合う様子がない。「お前達は――自衛隊は課せられた責任を果たせなかった負け犬だ」と断定するように告げる。「それを分かっていながら、なぜまだ銃を手に取る? (こぼ)れ落ちる事を理解していながら、なぜまだ他人の命を(すく)い上げようとする? まだ里見蓮太郎と同じ目線で世界を見れると思っているのか?」

「…………」

 マークの吐き出す言葉は、さながら(はり)(むしろ)のごとく、一言一句が的確に胸を(えぐ)(つらぬ)いてくる。

 彼の言っている事に、確かに間違いはない。リカルドの表層の心理はその事実を抵抗なく受け入れていた。

 これまで、何度も失ってきた。

 友人を。両親を。自衛隊の同僚達を。横島(よこじま)秀貴(ひでき)を。占部(うらべ)里津(りつ)を。そして自らの責務、自らの自尊心を――。

 何度だって後悔してきた。失くしたものを指折り数え、その度にどうしようもない無力感に(さいな)まれ続けてきた。

 あの黒衣の少年のような力があれば――。

 旧品川地区でエヴドキヤ・アレンスカヤと対峙(たいじ)した際、確かにリカルドは世界との向き合い方を変えた。手許に残った微かな希望だけでも守り通すと。占部里津から託された少女を、災厄(さいやく)から(かば)い切ると誓った。横島の(わす)形見(がたみ)である少女を、必ず取り戻してみせると誓った。

 それでも――(わだかま)った感情の闇の全てを振り払えたかと問われれば、首を縦に振れる自信はない。

 永遠に凡人(ぼんじん)のままでしかいられない自分に対して、(ぬぐ)い切れぬ劣等感は依然(いぜん)として泥のように滞留(たいりゅう)している。

 だが。

「――良いんだよ。それで」

「何……?」

 リカルドの穏やかな声色に、マークは怪訝(けげん)な反応を返す。

「おたくの言う通りだよ。俺は自衛隊として国の盾になれなかった。東京エリア滅亡の瀬戸際で、民警(里見達)の活躍を見て思い知ったよ。世界に必要なのは俺じゃなかったって」

「ならばお前には何がある? 何が残っている? いったい何が無力な自分を許し、肯定している?」

「さあな」と切って捨てる。「けどそれは――おたくの求めている答えとは違うと思うぜ」

「……何を言っている」

「しらばっくれんなよメイエルホリドさん」

 マークと言葉を交わして、分かった事が一つある。なぜ彼は殺し合いのさなかに関係のない話を差し込んできたのか。

 理由は明快だ。「おたくは今――()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………」

自分(テメエら)の無力さを俺達に転嫁(てんか)してんじゃねえよ。おたくらが許せないのは役立たずの自衛隊でも、ましてや滅ぼそうとしてる東京や仙台でもねえ。あの時……天秤宮(リブラ)から祖国を守れなかった軍人(自分達)だろうが」

 大絶滅の脅威を前に、何もできなかった自分達。リカルドにもマークにも、その点において本質的な違いはない。

 しかし、二人の間には決定的な違いが――埋めようのない深い溝がある。

 それはきっと、後を託せる者がいたかどうかだ。

 里見蓮太郎が、藍原延珠が、天童木更が、ティナ・スプラウトが、薙沢(なぎさわ)彰麿(しょうま)が、壬生(みぶ)朝霞(あさか)が、片桐(かたぎり)兄妹が、蛭子(ひるこ)親子が――。我堂(がどう)長政(ながまさ)のように(こころざし)半ばで散った者も含めて、東京エリアを守るために集結した民警達が――。

「俺みたいなのが無事生き残れて、ここに(いた)るまで不貞腐(ふてくさ)れたまんまでいられたのも、全部あいつらが決死の想いで戦ってくれたからだ。おかげで立ち直るための時間ができた。心の底から守りたいと思えるもんを見つける事ができた」

「……そこのイニシエーターがか?」

「里緒ちゃんだけじゃねえよ。俺が守ってやりたいと――助けてやりたいと思ったのは、里見だよ」

世迷言(よまいごと)もここまで極まると笑えんな」マークの言葉尻に苛立(いらだ)ちが(にじ)む。「お前が里見蓮太郎を守るだと? あの機械化兵士とお前の間に、どれだけの隔たりがあるのか推し量る事もできないのか」

「おたくにゃ分かんねえだろうよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()

「もう良い。どうやら時間の無駄だったようだ」

 再び空気が限界まで張り詰める。マークの声が鳴りを潜め、僅かな気配さえ空気に溶け込んで消えていく。

「……リカルド」と背後から(ささや)くようにこちらを呼ぶ声がする。「どうするの?」

 こちらも声のボリュームを落として返す。「……認めたくはないが、俺の反応速度じゃマークの奇襲に対応するのは無理だろうな。だから狙うのは里緒ちゃんを起点にしたカウンターだ。一手で良い。マークの攻撃を止めてくれ。その隙を突く」

「……分かった」

 衣擦(きぬず)れの音さえも聞き逃すまいと、聴覚を()()ます。耳が痛くなるほどの静寂(せいじゃく)の海の中から、(さざなみ)のような違和感を掴み取ろうと集中する。

 ――さあ……! ()るなら()やがれ……!!

 身構えた瞬間だった。

 ()()()――という先ほど聞いたのと酷似(こくじ)した音が響いた。それの正体を看破(かんぱ)した時には、すでに視界には漆黒(しっこく)暗幕(あんまく)が降ろされ、(そび)え立つコンテナの輪郭(りんかく)さえ知覚できなくなっていた。

 照明が再び落とされた――脳がその文節(ぶんせつ)を浮かび上がらせたのと同時に、突如として胸の中央で衝撃が弾けた。

「……――は」無意識に導かれるようにして、目線を下へ落とす。暗視ゴーグル()しに(するど)(かがや)くマークの眼光が突き刺さる。

「――(しず)め。敗残兵(はいざんへい)が」

 見えなくとも、じわりと広がっていく感触で理解した。

 闇に紛れて放たれたマークの刺突が、()()()()()()()()()()()()()――。

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