ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 義足に搭載されたカートリッジが炸裂し、濃密(のうみつ)火薬臭(かやくしゅう)鼻腔(びこう)を突く。スラスター加速によって一気に駆け出す。リトヴィンツェフとユーリャの形成する陣形直中(ちょくちゅう)に突っ込んでいく。

 先手必勝。

 ――天童式(てんどうしき)戦闘術(せんとうじゅつ)二の型一六番!

 再び足から破裂音(はれつおん)空薬莢(からやっきょう)が回転しながら吐き出され、推進力が乗る。爆発的加速と共に、左足を軸に回し蹴りを繰り出す。「『隠禅(いんぜん)黒天風(こくてんふう)』ッッ――――!!」

 狙うはリトヴィンツェフ。プロモーターさえ落とせば、イニシエーターのパフォーマンスは極端に落ちる。

 だが――。

 ――こいつッ……!

 常人の視力では捉え切れぬほどの速度で放たれた一撃。それを余裕を(にじ)ませた表情で(なが)める男の相貌(そうぼう)が目に入る。殺傷力の圧力に(さら)されようと、全く怖気づいた様子のないリトヴィンツェフは、そのままスレッジハンマーを手に前へと踏み込んでくる。

 ()を下側で持ち、腰の(ひね)りを加えながら鉄塊を逆袈裟(ぎゃくけさ)にフルスイングする。バラニウム特有のブラッククロームが暗色の軌跡を走らせ、打突部が義足の(すね)に直撃。インパクトの瞬間、除夜(じょや)(かね)を思わせる鈍い金属音が拡散した。「……づッ――!!」芯まで詰まった衝撃が余す事なく人工筋肉と神経を走り抜ける。炸薬によって得たはずの推進力が一気に減退(げんたい)。強引に勢いを殺された事で、軸足が平衡感覚を失う。

 思わずよろめいた直後、リトヴィンツェフと視線が交差する。落ち(くぼ)んだ瞳が、底のない深淵(しんえん)のごとく、蓮太郎の魂を冥府(めいふ)(いざな)おうとしていた。

「――――――――――――――――っっっッッ!!」背中から一斉に汗が噴き出す。脳を直接鷲掴みされたような錯覚が蓮太郎を襲う。

 脊髄反射(せきずいはんしゃ)で飛び退()き、そのまま後ろ走りで距離を離す。

「ユーリャ。追え」というリトヴィンツェフの指示に呼応し、鉤爪(かぎづめ)を携えたユーリャ・コチェンコヴァが動く。とんっ、という軽やかな動きで後方へ飛んだかと思うと、そのまま腕をクロスさせて、宙空を蹴り抜いたかのごとく加速して突撃。黒く(きら)めく無数の刃が、コンクリートの地面を抉り裂きながら、蓮太郎へと迫ってくる。

 稼働するヘリのプロペラをそのまま突きつけられたような恐怖が、容赦なく心臓を掴み上げる。

 がむしゃらにXD拳銃を跳ね上げると、細かい狙いをつける事もなく連発。滅茶苦茶に放たれた弾幕は、ユーリャの肌へ喰らいつく前に一つ残らず斬り伏せられた。

 ――駄目だッ。銃撃じゃユーリャを捉えられない!

 すぐに思考を切り替える。脚部カートリッジを撃発させてスラスターを点火。横合いから爆風でも浴びせられたのかと思うほどの勢いで、体躯が吹き飛ばされる。無理矢理な加速によって強烈なGがかかり、三半規管が掻き回されるような気がした。

 どうにか体勢を立て直して駆け出す。このままユーリャを中心に円を描くように走り込み、角度をつけてリトヴィンツェフを強襲する――。

 そう算段をつけた時、高速で流れる視界の一角がリトヴィンツェフの挙動を視認した。コートの内側――おそらくは腰もしくは(わき)のホルスターから、銃を取り出したのを――。

 片手持ちできるサイズの短機関銃(サブマシンガン)を抜いたリトヴィンツェフは、ノータイムで照準すると同時に引き金を(しぼ)る。数珠(じゅず)繋ぎの銃声が、蓮太郎の鼓膜を無遠慮に殴りつけた。走る蓮太郎を猛追するかのごとく銃弾が押し寄せ、ワンテンポ遅れて足許の床材が弾け飛んでいく。

 銃撃に意識を割かれた一瞬――その僅かな警戒の切れ目を狙うように、ユーリャが動く。彼女は慣性の法則などどこ吹く風といった調子で、強引に挙動を止めると同時に、軸足を反転。蓮太郎へ向き直り、まっしぐらに突っ込んでくる。

「しまッ――」

 狼狽(ろうばい)する蓮太郎に対し、一切心の動いた様子のないユーリャ。人形のごとく無機質な表情で、肉を乱雑に斬り裂くための凶器を振り(かざ)し、小さな体を潜り込ませてくる。

 死を前にして義眼がフル稼働。熱を帯びたプロセッサが、眼球周辺の皮膚と神経を焼き焦がす感覚。眼窩(がんか)の奥がチリチリと痛み、その苦痛と引き換えに生き延びるための道を示す。演算結果に腕を引っ張られるようにして構えを取り、腕部の炸薬に火を()ける。――天童式戦闘術一の型一二番!

 円筒状のカートリッジが宙へ投げ出され、硝煙(しょうえん)の香りが舞い散る。

「『閃空瀲艷(せんくうれんえん)』ッ!」突き出された掌底(しょうてい)が、()ぎ払われた鉤爪と激突した。衝突面から勁力(けいりょく)が伝達され、(やいば)経由(けいゆ)して生身の体に到達。

 衝撃波が矮躯(わいく)を後方へ吹っ飛ばし、自身の得物の射程外へと追いやられる。絹のような銀髪を振り乱し、その隙間から(のぞ)灼熱(しゃくねつ)の眼光が、蓮太郎を射抜いてきた。

 それには取り合わない。迷いなくXDを突きつけ――

「蓮太郎ッ! 後ろッ――!」

 どこからともなく聞こえてきた延珠の声に、無意識に体が反応した。背中を()でる僅かな空気の乱れが、リトヴィンツェフの奇襲を察知させる。

 その場から横っ飛びに避けたのと、振り下ろされたハンマーがコンクリートを砕き割ったのはほぼ同時。叩き上げられた(つぶて)が蓮太郎のを(ほお)(かす)め、(しび)れるような痛みが突き抜ける。

「相棒のお嬢さんに感謝だな」不敵な笑みと共にリトヴィンツェフがさらに詰め寄ってくる。打撃の乱流が至近距離で吹き荒れ、防戦一方に追い込まれる。

 ――くそッ……!

 長い()の先端に重い打撃部分を取りつけたスレッジハンマーは、確かに遠心力を乗せて重厚な一発を出せる強力な武器だ。蓮太郎の薬莢(やっきょう)炸裂による爆速の格闘術さえ迎撃せしめるほどに。

 だが、それだけの威力を出そうとすれば、当然制動力は落ちる。破壊力の(みなもと)である打突部分が、体から離れたところで動く分、扱う人間は否応なしに遠心力に振り回されるはずだ。

 それだけの制約、デメリットを抱えながら、リトヴィンツェフは一切体幹をブレさせる事なく、的確に殴打を打ち込んでくる。一発一発が確かな重さを(たた)え、生身に当たれば骨が砕けるのは確実だ。

「どうした機械化兵士。腰が引けてるぞ」

「……ッ! 黙れッ!!」飛び退(すさ)りながら、右拳を引く。左の靴底で地面を叩きつけ、腰の捻りを加えながら炸裂音ごと拳を解放。――天童式戦闘術一の型五番。「『焔火扇(ほむらかせん)』!!」

 音を置き去りにするほどの神速の正拳突き。必殺の威力を有した拳は、リトヴィンツェフの顔面へと一直線に迫り――

 「――恐怖に駆られた人間は実に(ぎょ)(やす)い」

 悠々(ゆうゆう)と振るわれる弁舌(べんぜつ)。自らが安全地帯にいると信じて疑わないような泰然(たいぜん)とした面持(おもも)ちを崩さぬまま、その男は突き込まれる拳を迎え入れる。

 加速した金属の拳が直撃する寸前――蓮太郎はハッとして自身の取った選択を後悔した。洗脳が解けるかのごとく、先のリトヴィンツェフの言葉が脳に()(わた)る。いったい自分は何をしている? なぜリトヴィンツェフだけを狙った? 奴の相棒であるユーリャは未だ健在(けんざい)だというのに――。

 しかし、時間が流れが止まる事はない。

 拳打(けんだ)がリトヴィンツェフへ届く前に、背中で幾本(いくほん)もの痛覚が()ぜる。

 背後から奇襲を仕掛けたユーリャが、右手の鉤爪を(なな)めに振り下ろしていた。筋肉の繊維が引き千切(ちぎ)られ、間欠泉(かんけつせん)よろしく噴き出した血液が、重力に従って頭上から降り注ぎ、蓮太郎の頭部を赤黒く濡らす。

「……ほう」その光景を眺望(ちょうぼう)しながら、リトヴィンツェフは感心したように嘆息(たんそく)した。

「……――れたと思ったのに」

 蓮太郎の背後で震える声色は、今にも消え入りそうな雰囲気を放ちつつも、どこか形容(けいよう)(がた)怨嗟(えんさ)(はら)んでいた。

「延、珠……?」底知れない空気を背中で感じ取りながら、蓮太郎はとある違和感を覚える。斬り裂かれたはずの背部(はいぶ)の痛みが、重傷を刻まれたにしては()()()()()()()

 触れるまでもなく、裂傷(れっしょう)肩口(かたぐち)から肩甲骨(けんこうこつ)にかけて(あさ)く通っているのが自覚できる。表皮を裂かれた痛みこそあるが、動きに支障が出るほどではない。そこで遅ればせながら気づく。

 今しがた降った血の雨は――()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「――っ!?」弾かれたように横へ飛び、距離を離す。リトヴィンツェフ達を視界にまんべんなく収められる位置に陣取った瞬間、XDを突きつける。改めて現実を叩きつけられ、顔面が蒼白(そうはく)()まり、絶句してしまう。

 ユーリャの振り下ろした虎の爪(バグ・ナウ)は、やはり蓮太郎へ届き切る前に静止していた。藍原(あいはら)延珠(えんじゅ)(かか)げた左手の皮膚(ひふ)(やいば)が食い込み、肉の下にある骨によって受け止められていたのだ。

 痛々しい傷口からは、今も絶え間なく体液が流出している。バラニウムの鉤爪からは、当然再生阻害効果のある磁場(じば)が発生している。延珠の負った傷は、しばらく塞がる事はないだろう。彼女の神経には、今現在も耐え難い激痛が走り抜けているはずだ。

 なのに――。

 当の延珠からは、肉体的苦痛に(うめ)く様子は微塵(みじん)も見られない。引き結んだ(くちびる)(うる)んだ(ひとみ)は、明らかに別の痛みに耐えている事を示している。

「……覚悟ができましたか? 延珠」おもむろにユーリャが問うが、延珠の虹彩(こうさい)が銀髪の少女へ向けられる様子はない。

 代わりに激しい慟哭(どうこく)があった。「友達になれたと思ったのにッ――!!」

 感情の(たかぶ)りに連動するかのごとく、双眸(そうぼう)紅蓮(ぐれん)()まる。血液を何十倍にも濃縮したような毒々しい(あか)。それが裏から照らされたように(にぶ)く光り輝く。(したた)った涙は、瞳の色を反射し、流血を思わせる様相を(てい)していた。

 延珠は鉤爪を受け止めていた手を躊躇(ちゅうちょ)なく握り込む。(えぐ)れた傷口からさらに出血するが、本人は全く意に介した様子はない。

 面食らったのは直接対峙するユーリャの方だった。「何をッ」と口にした時には、すでに彼女の体は宙を舞っていた。延珠が掴んだ鉤爪ごとユーリャを放り投げた事を、離れて見ていた蓮太郎とリトヴィンツェフだけが把握していた。

 瞬間、バゴオッ!! という爆砕音と共に延珠が跳躍する。モデル・ラビットの因子の解放。驚異的な脚力を用いて、刹那(せつな)の内にユーリャより高い位置まで飛んだ延珠が仕掛ける。空中で繰り出された強烈な回し蹴りが、ユーリャの顔面に突き刺さった。

 摩擦(まさつ)のない空中で激甚(げきじん)な運動エネルギーをぶつけられた矮躯(わいく)が、一直線に地面へと叩きつけられる。粉塵(ふんじん)とコンクリ(へん)を巻き上げ、煙の中から銀髪の少女の呻き声が洩れる。

「何で、何で何で何でッ――!!」胃の奥から()り上がってきたドス黒い感情をぶつけるように、延珠が(まく)し立てる。「何でこうなるのだッ!? お主は(わらわ)の事を助けてくれたのにッ……どうして妾は恩人と戦わねばならぬ! 何でいつも妾ばっかり――ッ!!」

「延珠……」ユーリャは瓦礫(がれき)を押し()けて立ち上がりながら、口の端から()れた血を拭う。彼女の目には憐憫(れんびん)とも冷淡(れいたん)とも言えぬ複雑な色が、折り重なって(にじ)んでいた。

「……もう、後戻りはできないのか……? 妾達は……友達にはなれないのか……?」

「……残念ながら」やや間を置いて、銀髪の少女は答える。「大尉の思い描く世界の中に、東京エリアの人間は一人もいません。当然、延珠、あなたもです」

 それは言外(げんがい)に延珠を殺すと宣言していた。個人の抱える情など関係なしに、自らの主人の意向に基づいて事を()す。ユーリャ・コチェンコヴァという少女はどこまでいってもアンドレイ・リトヴィンツェフの道具であり、至極(しごく)真っ当な軍人であった。

「そういう事だ。お嬢さん」二人の会話を打ち切るように、リトヴィンツェフが口を(はさ)む。

 彼は悠然(ゆうぜん)()を進めながら、「だが安心すると良い」と言う。「その悲しみも、辛さも、すぐに泡沫(うたかた)のごとく消えるだろう。この悪と悲惨(ひさん)で満たされた世界ごと、私が壊し去ってみせる。そのあとには何も残らない。かつてショーペンハウアーは『世界は盲目的(もうもくてき)な意志によって動かされている幻に過ぎない』と説いた。私がもたらす理性的な破滅は、世に蔓延(はびこ)悪辣(あくらつ)な幻想を根こそぎ()り取る」

「……悪趣味な厭世(えんせい)主義だ」と蓮太郎は吐き捨てるように返す。

大手(おおで)()って楽天(らくてん)主義を(かか)げられるほど、世界に善性(ぜんせい)が満ちていない事は、お前が一番良く分かっているはずだが?」

「…………っ」言い返せない自分が嫌になる。殺し合う運命にあった延珠とユーリャの邂逅(かいこう)そのものが、リトヴィンツェフの論理を裏づけているように思えてならない。

 ハリウッド俳優のような顔立ちの男は、そんな蓮太郎の内心を見通すように口の(はし)()り上げ、「自らの戦う理由が()らいだか?」と問うてきた。「矛盾に羽交(はが)()めにされる気分はどうだ? 握った武器が――。鍛え抜いたはずの肉体が――。途端(とたん)にチープな玩具(がんぐ)のように思えてくるだろう」

「……黙れ」

()じる必要はない。兵士として生き続ける限り、誰もが一度は通る道だ。お前にとっては、それが今際(いまわ)(きわ)に訪れただけに過ぎない」

「黙れと言っているッ!!」激昂に身を任せてXD拳銃を跳ね上げる。リトヴィンツェフの眉間めがけて銃口を突きつける。

 瞳に不気味な光を宿すリトヴィンツェフは、洋上刑務所(メガフロート)での一幕(ひとまく)を思い出したのか、声を()らして苦笑する。「ここにはお前を(いさ)める刑務官もいなければ、双方(そうほう)(へだ)てる檻もない。選択には慎重になるべきだ」

 その忠告さえも、蓮太郎にとっては火に油を注ぐ結果にしかならない。――殺す。聖天子と交わした会話さえも忘れ、思考回路のあらゆる箇所(かしょ)が一つの解答を提示してくる。――射殺しろ。そうして奴の口を永遠に(ふさ)げ。

「さあ第二ラウンドといこうか」銃口に(さら)されているとは思えないほどの平静を保ちつつ、リトヴィンツェフはゆったりと告げる。「私とユーリャを殺したいなら、急いだ方が良い。今、誰と戦っているかは知らないが、ここにはいずれマークが来る。そうなれば万が一にもお前達が勝利する未来はない」

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