ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 XDを跳ね上げて銃撃。反動が腕を駆け巡る。

 狙い撃たれたリトヴィンツェフは相変わらず余裕の表情を崩さぬまま、大きく()を描くように走り込んだ。彼の纏う白いコートの(すそ)が踊り、すぐ(そば)を弾丸が擦過。外れた弾頭が、無意味に床材を弾き飛ばす。

 ――リトヴィンツェフを()るならここしかないッ!

 蓮太郎は歯を食い縛りながら、切れ目なく引き金を(しぼ)り続ける。元々命中しないのは織り込み済みだ。目的は牽制(けんせい)。反撃の隙を与えず、着実にリトヴィンツェフへと近づいていく。

 延珠が戦線に本格参戦し、ユーリャを押さえ込んでいる現状は、戦略上では願ってもいない状況だ。

 感情の爆発に伴う冷静さの喪失(そうしつ)という懸念点(けねんてん)依然(いぜん)として残るが、少なくとも二人のイニシエーターが対峙(たいじ)している今、リトヴィンツェフ単体の対応力は格段に落ちるはずだ。

 約半年前――かつてリトヴィンツェフを確保した時の事を思い出す。

 あの時のリトヴィンツェフの武装は拳銃だけで、半ば不意打ち同然に突入した延珠によって、瞬く間に取り押さえられた。だから、今こうして命のやり取りをするまで、彼の本来の実力など知る(よし)もなかった。

 元高序列の()()()プロモーターとしての腕っぷしは申し分ない。だが――それでも蓮太郎の胸中には、一つの揺らがぬ確信がある。

 ――室戸菫(先生)の言ってた通り、単独の実力なら間違いなくマークの方が上……!

 ――タイマンにさえ持ち込めば、義肢と武術で制圧できるッ!

 戦闘員として発せられる、ある種の()が圧倒的にリトヴィンツェフとマークとでは異なる。常にゼロ距離で眉間に銃口を突きつけられているようなプレッシャーが、彼からは感じられない。

 あくまで彼の本領は、策謀(さくぼう)を巡らす事による状況の撹乱(かくらん)混沌(こんとん)の演出であり、その身を張って前線に立つ事ではない。

 奴の言葉に惑わされるな――。

 脳裏に自身を律する命令を刻み込みながら、蓮太郎は一気に仕掛ける。

 弾倉が空になった直後、その隙を塗り潰すように義足の炸薬(さくやく)点火(てんか)。右脚の擬似腓骨(ひこつ)神経に沿って伸びるエキストラクターが空薬莢(からやっきょう)を排出、回転する黄金色が(きら)めく。

 カートリッジ撃発に伴う推進力が、蓮太郎の体躯を強引に前へと突っ込ませる。ブレる視界の中でも、リトヴィンツェフの相貌(そうぼう)だけははっきりと捉え続ける。

 瞬間加速によってリトヴィンツェフに対応する暇は与えない。刹那(せつな)の内に距離を詰め切った蓮太郎は、その勢いのまま右脚を大きく振り上げる。繰り出されるは天童式戦闘術二の型一四番――。

「『隠禅(いんぜん)玄明窩(げんめいか)』――ッ!!」

 神速の上段蹴りがリトヴィンツェフの側頭部めがけて放たれる。一撃で頭蓋骨(ずがいこつ)をスクラップにする威力を有する殺意の鉄槌(てっつい)。さすがのリトヴィンツェフの顔にも焦燥が(にじ)んだ。

 ――このままッ……!

 だが、蓮太郎の思惑は思わぬ方向から崩される事となる。

 リトヴィンツェフは自身に迫り来る殺傷力の塊に対して、手にしたスレッジハンマーの打撃部を、下から垂直に(すく)い上げるようにして振るう。真下から(ひね)り込まれた一撃は、横方向の力の奔流(ほんりゅう)にぶち当たり、その流れを僅かに乱させる。

 針の穴を通すかのごとき、神技的(かみわざてき)迎撃(げいげき)。その余韻(よいん)に浸る()もなく、すぐさまリトヴィンツェフは腰を落とす。直後に彼の脳天を蓮太郎の靴が掠めた。

 しかし蓮太郎もこの程度では止まらない。天童式(てんどうしき)戦闘術の真髄(しんずい)は近距離戦での絶対的優位性だ。空振った右脚を、全身の筋肉を用いて強引に着地させる。大地を踏み砕く勢いで靴底を叩きつけた。

 右拳を引き、腰を捻る。XD拳銃をホルスターに収めて左手も握り込む。最小限の予備動作から再度攻勢に移行。

 天童式戦闘術一の型六番『烈火無謬(れっかむびゅう)』。

 超至近距離から目にも留まらぬ速さで撃ち込まれる拳打の嵐が、否応なしにリトヴィンツェフを襲う。岩のごとく握り込まれた両の拳が、的確に胸部と腹部を叩きつける。連撃を主体とする技のため、炸薬の恩恵は皆無だが、超バラニウムの右腕から繰り出される質量の暴力は、筋肉の鎧に亀裂を入れるには十分過ぎる威力だ。

 後方に吹っ飛ばされながらリトヴィンツェフが喀血(かっけつ)。そして彼の虹彩(こうさい)が左右別々の方向を向いているのを視認。与えたダメージは、彼の意識に揺さぶりをかけるのに十全なものだ。

 行ける――。蓮太郎は確信と共に踏み込んだ。もう一度『隠禅(いんぜん)玄明窩(げんめいか)』を見舞ってやる。次こそリトヴィンツェフの意識を首ごと伐採(ばっさい)する。

 右義足に仕込んだ薬莢に火を()けようとした瞬間、蓮太郎の首筋に言いようのない悪寒が走った。

 ――……ッ!? 何だ、この感覚は……!?

 言葉では説明のつかない野生の勘とも言うべき何か。それが、ぞわぞわと神経の隅々を舐め上げている。義眼に映る景色は――蓮太郎が理性を伴って見ている光景は、やはり何の警告も発していない。圧縮された時間の中、先手を取れるのは間違いなく蓮太郎のはずだった。

 そのはずなのに――。

 リトヴィンツェフの顔が持ち上がり、(ほり)の深い顔立ちに影が落ちる。白人特有の白い肌と、黒い影のコントラストによって、彼の相貌が骸骨(がいこつ)のごとき様相(ようそう)(てい)する。

 死神――。

 ありきたりな二文字が脳裏に浮かび、直後に注意を逸らされた事を後悔した。

 リトヴィンツェフは、肉食獣のごとき獰猛(どうもう)な表情と共に、コートのボタンを(むし)り取るようにして開け放つ。ロング(たけ)(すそ)がはためき、吹き込んだ空気が衣服のシルエットを膨張させる。その内側にびっしりと敷き詰められたナイフを目の当たりにし、蓮太郎の喉が一瞬にして干上がった。

 ドレスのスカートのごとく膨らんだコートが体ごとぶん回される。仕込まれていた幾本(いくほん)ものナイフが解き放たれ、至近距離にいた獲物(蓮太郎)めがけて一直線に射出された。

 鋭利な切先が次々と食らいつき、制服の生地を突き破って皮膚を引き裂いた。全弾命中。とっさに首と心臓は守ったが、左脇腹と左大腿部(だいたいぶ)に突き立てられた(やいば)尋常(じんじょう)ならざる痛みを与えてくる。「がはッ……!?」

 取り戻せぬ後悔が去来する。なぜ予見できなかった? なぜ義眼で戦況を俯瞰(ふかん)しながら、この一手を見逃した? 自らを責め立てる疑問が湯水(ゆみず)のように湧いては消えていく。

 肉の裏側でジワリと生温かい体液が広がっていく。確実に太い血管をやられた。すぐにナイフを引き抜いて止血しなければ、まず大量出血は免れないだろう。

 よろめく蓮太郎を尻目に、リトヴィンツェフは悠然(ゆうぜん)短機関銃(サブマシンガン)を抜く。「相棒を(かば)わなくて良いのか?」という平坦(へいたん)な問いかけが、ショートする神経を無遠慮に逆撫でした。

「……づうああああああああああああああああああ――――ッッ!!」と蓮太郎は反射的にリトヴィンツェフへと掴み掛かる。コートの襟を鷲掴みした直後、腹部に衝撃が刺さる。このタイミングを待っていたとばかりに、強烈な膝蹴りが叩き込まれていた。

 芯に響くような鈍痛と共に、胃液が逆流してくる。自らの膝を折った瞬間、さらに痛みが重なった。見れば、脇腹に刺さったナイフがさらに奥深くへと(えぐ)り込まれている。明言するまでもなく、その(つか)を握っているのはリトヴィンツェフだった。

「痛いか?」余裕を見せつけるように、リトヴィンツェフが問う。引き裂かれるように吊り上げられた口の端が、かつて対峙した仮面の怪人と重なった。「余計な気は起こさない方が良い。私がこれを()じればどうなるか――わざわざ説明するまでもないだろう?」

「……クソ野郎が」(はらわた)が煮え繰り返る気分だが、実際その通りだった。今、蓮太郎の生殺与奪(せいさつよだつ)の権利はリトヴィンツェフが握っている。せめてもの抵抗に、蓮太郎は血液混じりの唾を外国人然とした顔に吐きかける。「少しはマシな顔になったんじゃねえか」

 対するリトヴィンツェフは、「ははっ」と短い笑いを洩らす。その声色には明らかな愉悦(ゆえつ)が混ぜ込まれていた。

「何がおかしい……?」

 蓮太郎が刺すような視線を向けると、ハリウッド俳優のような男は、「これが笑わずにいられるか?」と問い返してくる。「洋上刑務所(メガフロート)での私とのやり取りをもう忘れたのか?」

「……ッ!」

 頭の中に、()まわしい声が反響する。――『恐怖には匂いがある。お前は怒りで恐怖をマスキングしているのさ』

「覆い隠すものの素材は何でも良い。怒りでなくともな。だが、そうだな……」そこまで言ってから、リトヴィンツェフは(さげす)むように鼻を()らした。「里見蓮太郎。――ずいぶんと安っぽい強がり(ハリボテ)だな」

「――――――――――」

 ぷつん、と。

 頭の裏側で何かが弾ける音がした。

 忘我(ぼうが)に任せて、右手でリトヴィンツェフの手首を掴み取る。男の腕ごと脇腹に刺さったナイフを引き抜く。粘つく血液が糸を引きながら創傷(そうしょう)から解き放たれ、大気に触れた傷口が強烈な疼痛(とうつう)を放つ。

 全身に高圧電流を流されたような苦痛を、絶え間なく溢れる脳内麻薬(エンドルフィン)で無理矢理抑え込む。

「次は怒りか。まるで駄々を()ねる子供だ」なおも挑発を仕掛けてくるリトヴィンツェフ。握り潰されるほどのパワーで手首を拘束されているにも関わらず、眉一つ動く気配はない。

 蓮太郎は義手の五指に、さらに力を込めていく。人間の筋力を遥かに凌駕(りょうが)する機械仕掛けの指が、ミシミシと筋肉に()り込んでいく。もはや人の肉を捻り潰す事に一切の迷いはなかった。

「私が憎いか? 里見蓮太郎。スコーピオンを討伐して蛭子(ひるこ)影胤(かげたね)の計画を頓挫(とんざ)させ、アルデバランを撃滅して第三次関東会戦を生き延び、そして五翔会(ごしょうかい)の陰謀を阻止して――ようやく掴み取ったはずの平穏を崩そうとする私の事が」

「……ああ、憎い。憎いに決まってるッ」と蓮太郎は声を張り上げる。「俺には理解できないッ。なぜ貴様(きさま)らは()ました顔でこんな事ができるッ!?」

 その問いはリトヴィンツェフだけに投げかけられたものではなかった。

 七星(ななほし)遺産(いさん)を使ってスコーピオンを召喚(しょうかん)した蛭子影胤。ティナ・スプラウトを使って聖天子(せいてんし)を暗殺しようとしたエイン・ランド。政界で自らの立場を確立するためにモノリス倒壊の原因を作った天童(てんどう)和光(かずみつ)。生物兵器の研究のために、無関係な人々を巻き込んだ櫃間(ひつま)親子――。

 蓮太郎には何もかも理解できない。なぜ彼らは(そろ)いも揃って、自身の目指すもののために他人を犠牲にする事を(いと)わない?

 答えは期待していなかった。

 しかし薄く笑ったリトヴィンツェフは、含み笑いと共に告げる。「守るべきものの優先順位が変わったからじゃないか?」と――。

「守るべきものだと……!? それは人の命よりも重いのかッ」

「場合によっては」リトヴィンツェフは否定しなかった。「他人はどこまでもいっても他人だろう。逆に問うが、見知らぬ誰かの命はそんなに尊いものなのか? 自らの自尊心と()()天秤(てんびん)()けた時、皿がどちらに傾くかなど改めて証明するまでもないはずだ」

「リトヴィンツェフ……! 貴様にとっては東京と仙台の人間全員の命より、自分のくだらないテロリズムの方が優先されるのかッ!?」

「だからそうだと言っている。私は私が守り抜きたいもののために、烏合(うごう)(ども)の人生を根こそぎ蹂躙(じゅうりん)し尽くす。その決意と共にここに立っている」

 もはや言葉を交わす意義などないと、言外に突きつけられているようだった。

 蓮太郎は左手でXD拳銃を抜き放つと、ノータイムでリトヴィンツェフへ照準。引き金に掛けた人差し指に力を込めた直後、左目と義眼が映す景色が大きく乱れる。「……っ!?」すぐに顔面へ頭突きをかまされたのだと気づく。

 ――まただ……!

 ――また義眼で演算し切れなかったッ……!

 蓮太郎の右眼窩(がんか)()め込まれた戦闘用デバイスは、亜音速の銃撃ですら的確に捉える。イニシエーターのような高速戦闘可能な超人相手ならともかく、真人間相手の白兵戦でここまで遅れを取るなど、普通はありえない。

 圧倒的戦闘能力で強引に()り潰しに掛かってきたマークとは別物――。リトヴィンツェフの動きには何か理論立ったカラクリがあるはず。

 だが。「――そろそろスクラップになりたいだろう?」直上から振り下ろされた鉄槌(てっつい)が思考するのを許さない。一歩後退したリトヴィンツェフがスレッジハンマーを振るう。

「……くッ!」蓮太郎も後方へ跳ぶ。直後に目の前を打突部位が(かす)める。一瞬遅れて足許で爆砕音。

 巻き上がった粉塵(ふんじん)に紛れるように、立て続けにリトヴィンツェフが動く。振り下ろした勢いそのままに(つか)から手を離すと、左足で地を踏み締めると同時に、右脚で柄を蹴り上げた。地面に突き立てられた鉄塊部分を軸に得物が反転。持ち手の下部先端が蓮太郎の下顎を直撃する。「――づッ!?」

 歯茎(はぐき)に痺れるような痛み。戦闘に支障が出るようなダメージではないが、一瞬足を止めるには十分過ぎる一撃だった。

 リトヴィンツェフは、すかさず柄を握り直すと、駄目押しとばかりの横薙ぎを繰り出す。とっさに義手を(かざ)して受け止めるが、芯にまで届くような衝撃が全身を揺さぶった。重複する金属音が鼓膜を乱暴に震わせ、頭蓋骨の裏側が騒音に包まれる。

 鉄塊が発揮する運動エネルギーに押し負けて、横合いに押し込まれる。義手の痛覚を切っていなければ、意識を焼き切られるほどの激痛に(さいな)まれていた事だろう。こめかみから嫌な汗が滴る。

 (いま)だに振動の止まない右手の指を開閉させ、関節の稼動部が故障していない事を確認する。問題ない。まだ戦える。

 制服の袖で口許を拭うと、改めてリトヴィンツェフを見据える。凹凸の深い顔立ちには、僅かな疲労感こそ見え隠れしているが、主導権を握っている者特有の余裕も滲んでいる。

 前言撤回。これがベラルーシ最強のイニシエーターと肩を並べて戦うプロモーターの実力。圧倒的スペック差さえもものともしない驚異的な対応力。フル装備であれば、蓮太郎と延珠の二人相手でも逃げ切れたという先の(げん)は、ハッタリではないのだろう。

 ――……くそッ。

 蓮太郎は内心で毒づく。このままではジリ貧になるのは明白だ。おそらく蓮太郎単騎では、リトヴィンツェフを仕留められない。

 焦燥感と共に、脳裏に一つの文言が浮かび上がる。

 ――『二千分の一秒の向こう側(ターミナル・ホライズン)』。

 かつての『ブラックスワン・プロジェクト事件』の際、五翔会のエージェントである巳継(みつぎ)悠河(ゆうが)との決戦で覚醒した義眼の力。リミッター回路の先に到達した者のみが見る事のできる事象の地平。

 視界がホワイトアウトし、音と光を含む、あらゆる重圧の消え失せた世界。一秒を二〇〇〇枚のフレームにまで刻み分け、文字通り自身以外の全てを置き去りにする。この神の領域に達した演算能力を()ってして、蓮太郎は悠河との狙撃対決に競り勝った。

 だが、あの最終決戦以降、義眼が蓮太郎の望みに応えた事は一度としてない。かつて目の当たりにした光景の残滓(ざんし)だけが、頼りなく記憶に張りついているだけだ。

 もう一度、あの境地(きょうち)に至る事ができれば――。

 この窮地(きゅうち)を脱するための手立てが手に入る。そうすれば、目の前の男にも――。

 そこまで考えたところで、我に返ってかぶりを振る。不確定な手札に活路(かつろ)を見出そうとするのは、愚行(ぐこう)以外の何物でもない。

 安易(あんい)な方法に流されそうになった自らを(いまし)めて拳を握り込む。義肢に仕込んだカートリッジも残り少ない。長期戦になれば奴らの思う(つぼ)だ。

 考えろ。どうすればリトヴィンツェフを崩せる? ユーリャが延珠に抑え込まれている間に何がなんでも――。

「――ろう! 蓮太郎ッ!」

「――!」突如として聴覚を叩いた、知った声にハッとする。

「避けるのだッ、蓮太郎!!」

 ほとんど脊髄反射で後ろに飛び退()く。直後に銀色の長髪を乱雑に(なび)かせた少女が襲来する。蓮太郎の頭上から急降下してきたユーリャが、鉤爪をクロスさせるように振るい、先ほどまで立っていた場所を抉り飛ばす。

 風に踊る前髪の隙間から、氷のような冷たさを放つ瞳が覗く。

 胸を氷柱(ひょうちゅう)にでも貫かれたのかと錯覚するほどに、心臓が絶対零度の痛みに晒された。敵意を(はら)んだ一瞥(いちべつ)だけでこのプレッシャー。やはり、只者(ただもの)ではない。

 ――それよりも延珠はッ……!?

 とっさに周囲を見回して、相棒の声の出所を探る。――発見。『首』の保管された円筒形容器のすぐ側で、片膝を突いて苦悶の表情を浮かべる延珠と目が合う。

 彼女は右手で自身の脇腹を押さえていた。見れば、皮膚に押しつけられた手のひらが赤く濡れそぼっている。その光景こそ、延珠がユーリャに競り負けた何よりもの証左だった。

「――ユーリャ! テメエッ!!」瞬間的に血が沸き立つ。XD拳銃をホルスターからドロウし、ユーリャへと照準する。

 だが銃の筒先が向いた先に、すでに銀髪の少女の姿はなかった。代わりに現れたのはスレッジハンマーを振りかぶったリトヴィンツェフ。

 すぐさま二人の意図を看破する。互いを陽動にしての挟撃。どちらかを対応しても、どちらかの必殺の一撃は喰らう。

 ――ユーリャはッ……!

 ――後ろ!!

 高速演算を続けるプロセッサが、ユーリャ・コチェンコヴァの挙動の軌跡をギリギリで補足する。義眼の弾き出したユーリャの現在の座標を脳に叩き込み、右義足に力を入れ、炸薬に点火。カートリッジを撃発。スラスターの角度を地面と垂直になるよう調整し、渾身の力で跳躍した。

 上から殴りつけられるような衝撃に耐えながら宙空(ちゅうくう)へと(おど)り出る。直後にリトヴィンツェフとユーリャの攻撃が空振った。再度スラスターの向きを変えて撃発する。次は引力に引き()り込まれるように体が引っ張られる。

 義足の発揮する推進力で慣性と重力を捻じ曲げながら、右脚を振り上げて天へと掲げる。再び炸裂音が木霊する。

 蓮太郎は砕けんばかりに前歯を噛み締めた。――天童式(てんどうしき)戦闘術(せんとうじゅつ)二の型四番――ッ!

 脚部から空薬莢が回転しながら吐き出される。鼻腔(びこう)に焦げ臭さを感じたまま、蓮太郎は構わず攻勢に出た。「叩き潰れろッ!! 『隠禅(いんぜん)上下花迷子(しょうかはなめいし)』――ッ!!」

 音を置き去りにするほどの速度で打ち落とされた(かかと)落としが、その直下にいるユーリャへと炸裂する。目を()く少女は、すぐさま左腕を上段に(かか)げてガードしたが、蓮太郎の放った一撃は細腕(ほそうで)の防御を上から粉砕し、あらぬ方向へとひしゃげさせる。

「――ッ!」とリトヴィンツェフの(まゆ)が僅かに動く。「ユーリャ!」

 構わず追撃に移る。苦鳴(くめい)()らす少女へとXD拳銃の銃撃を叩き込む。強引なゼロ距離射撃が、ユーリャの右肩口の肉を食い破った。

 くず折れるユーリャと入れ替わるようにリトヴィンツェフが踏み込んでくる。質量の塊がフルスイングされ、その軌道の延長線上にいる蓮太郎を追う。

 義眼の超演算が眼窩(がんか)の奥をスパークさせ、痛みと引き換えに回避ルートを算出する。蓮太郎はとっさに両腕を地面に突きながら上体を伏せる。コンマ一秒後に頭上をハンマーが通過。そのまま両腕を支柱に体を回転させ、リトヴィンツェフの軸脚めがけて払い蹴りをかます。

 一気に体勢を崩すリトヴィンツェフの相貌(そうぼう)に冷や汗が浮かんだのを、蓮太郎は見逃さなかった。立ち上がりざまに左腕の(ひじ)を、割れた(あご)にぶち込んだ。

「ごッ、は……!」

「ようやく崩れたな、リトヴィンツェフ!」攻め入るなら、ここしかない。駄目押しの『雲嶺毘湖鯉鮒(うねびこりゅう)』に移ろうと拳を引いた瞬間、腹部に衝撃が走った。

 腹筋が不自然に収縮。呼吸難に(おちい)りながら、視界の端で(なび)く銀髪を視認して、ユーリャから突進されたのだと気づく。

 そのまま地面に押し倒され、後頭部を強打する。皮膚がぱっくりと割れる感覚に、言葉にできぬ恐怖が湧く。

「大尉にはッ……指一本触れさせません!」耳許でユーリャの怒号が轟く。

「そいつから離れろ! ユーリャ!」続けてリトヴィンツェフの蛮声(ばんせい)が反響した。

 蓮太郎は、「くそッ」と口の中だけで毒づいた。先手を打って、ユーリャの腕からもがき抜けると同時に、無我夢中で地面を転がる。逃げる蓮太郎を追従するかのごとく、リトヴィンツェフの放った短機関銃(サブマシンガン)の銃撃が走る。

 戦闘序盤の使用で弾倉の中身が減っていたためか、弾幕はすぐに()んだ。銃撃の切れ目を狙って立ち上がると、目の前にユーリャの相貌(そうぼう)が飛び込んできた。

 ――傷の再生はまだされてない!

 バラニウムの再生阻害効果によって、銀髪の少女の両腕は依然(いぜん)として使いものにならなくなっている。骨を砕き折られた左腕はもちろんの事、肩を潰された右腕もだらりと投げ出されたままだ。

 好機。蓮太郎は覚悟を決める。「延珠ッ!」と相棒の名を呼ぶ。「リトヴィンツェフを狙え!」

 一瞬で良い。自分がユーリャを釘づけにすれば、イニシエーターの援護なしのリトヴィンツェフは、延珠にとって格好の的だ。

 それを延珠も理解したのだろう。止まぬ痛みに目許を歪めながらも、すかさず動く。モデル・ラビットの因子をフル解放した超加速をもってして、リトヴィンツェフの方へと突っ込んでいく。

「――ッ、大尉ッ!」とユーリャが後悔の表情と共に主人の方へ振り向くが、もう遅い。彼女が今いるのは、蓮太郎の必殺の間合い。

 防御を捨てた『水天一碧(すいてんいっぺき)(かま)え』と共に前へと躍り出る。被弾は覚悟の上。致命傷さえ避けられれば構わない。ここでユーリャを崩し切る。

 ――天童式戦闘術一の型八番ッ!

 腰の(ひね)りと同時に後ろへ引いた右腕から、立て続けに三発カートリッジが弾き出される。濃密(のうみつ)硝煙臭(しょうえんしゅう)鼻腔(びこう)に焼きつく。

「『虎搏天成(こはくてんせい)三点撃(バースト)』――――ッッッ!!」神速を二乗したかのごとき、雷鳴さながらの拳打が解き放たれる。大気をオレンジ色に焼き切りながら突き込まれた拳は、銀髪の少女の鳩尾(みぞおち)へ一直線に突き刺さった。

 柔肌(やわはだ)を叩き潰す感触が擬似(ぎじ)神経を駆け巡る。それと同時に首筋に鋭い痛み。直撃の寸前で、ユーリャが折れた腕を鞭のようにしならせて放った鉤爪の先端が、薄皮を()いだのだ。

 だが、双方のダメージの差は火を見るより明らかだ。十分過ぎるほどにお釣りが来る。蓮太郎は委細(いさい)構わず拳を振り抜いた。強烈な打突音が遅れて響き渡り、華奢(きゃしゃ)な体が大きく後方へと吹っ飛んだ。

 ほぼ同じタイミングで、リトヴィンツェフとの一瞬の攻防を制した延珠の蹴りが炸裂。岩をも砕く破壊力の嵐が、真正面から叩きつけられた。スレッジハンマーの受け太刀(だち)さえものともせず、ユーリャ同様、(ちゅう)滅茶苦茶(めちゃくちゃ)に踊る。

 同じ方向に投げ出された二人が、背中から地面へ叩き伏せられ、堆積(たいせき)した砂埃(すなぼこり)がぶわりと舞い上がる。

「蓮太郎……ユーリャ達は……」いつの間にか(となり)に戻ってきていた延珠が小さく(こぼ)す。

 蓮太郎は延珠の方を見やる事なく、「まだだ」と言った。油断なくXDの弾倉を交換しつつ、「連中がこれで終わる訳がない」と断言する。「次に備えろ、延珠」

 リロードを済ませた拳銃の先端を、粉塵(ふんじん)のカーテンの向こう(がわ)へ突きつけた直後、「――やってくれたな、里見蓮太郎」という地の底から()(のぼ)るような声が響いた。

 蓮太郎から僅かに遅れて延珠も身構える。

 (けむり)が晴れ、満身創痍(まんしんそうい)ながらも二本の脚で(たたず)む男女の姿が(あら)わになった。

「強がんなよ、立ってるのもやっとだろ」蓮太郎は目を細めてリトヴィンツェフを()めつけながら指摘する。「さっさと降伏したらどうだ? 天秤宮(リブラ)のコントロールをこっちに明け渡せ。そうすれば洋上刑務所(メガフロート)に出戻りできるように掛け合ってやる」

「冗談だろう?」リトヴィンツェフは鼻で(わら)った。「ここまで来て後戻りする理由があるとでも?」

 コート姿の白人の口の端からは、絶えず血液が(つた)っている。延珠に打ち込まれた一撃が相当効いているのは間違いない。

 先ほどの挑発はハッタリでも何でもなく、歴然(れきぜん)たる事実のはずだ。イニシエーターの筋力から繰り出される脚技をモロに喰らった人間が無事でいられる道理などない。

 当のリトヴィンツェフは、自身の容体などどこ吹く風といった様子で、「もうすぐなんだ」と呟く。「長かった戦いの日々が、ようやく報われる。この高揚感を前にして、立ち止まってなどいられる訳がない」

「何が報われるだ!? リトヴィンツェフ! 貴様らのやろうとしてる事はただの虐殺だッ! 罪のない人達を天秤宮(ゾディアック)の暴力で蹂躙(じゅうりん)し、その(しかばね)の上で高笑いしようとしているだけだッ! 貴様達の目指すもののどこに正当性があるッ――!?」

「理解してもらいたいなどとは思わんさ」血を流しながら、眼前の男は薄く笑う。「――お前達もそうだろう?」

「……何の話をしている」

()()()()()()()

「――ッ」

「お前が(やと)い主のお嬢さんと()そうとしている事は、誠実さをもって第三者に打ち明けたところで、諸手(もろて)を上げて受け入れてもらえるものなのか?」

 突き刺すような指摘だった。今しがたの自分の問いかけが、全て跳ね返されたような気分に陥る。

 唇を引き結ぶ蓮太郎を見て、リトヴィンツェフは満足そうに微笑んだ。「殺したんだろう? 第三次関東会戦のあと、黒幕とも言える天童の人間を一人――」

「あれは……ッ」

「よもや『直接手に掛けたのは自分じゃないから関係ない』と言い張る訳ではあるまい。天童木更(きさら)が天童和光(かずみつ)に引導を渡す行為を黙認(もくにん)したのは、言い逃れのできない事実だろう。あの戦いの要因を作った人間を(あぶ)り出して粛清(しゅくせい)する――そんな御高説(ごこうせつ)を盾に、個人的な報復を果たした。起こった事はただそれだけのはずだ」

「…………」

 いったいリトヴィンツェフはどこまで把握しているのか。洋上刑務所で面会した時から、蓮太郎の事を調査している素振りはあったが、まさかここまでとは思わなかった。

 リトヴィンツェフに突きつけている銃口が、内心の動揺(どうよう)伝播(でんぱ)したかのように小刻みに震え出した。駄目だ。抑えろ。心の乱れを悟られるな。幾度(いくど)となく言い聞かせても、いったん揺さぶられた心が平静を取り戻す様子は一向に見られない。

 構わずにリトヴィンツェフは続ける。「曲がりなりにも東京エリアには――いや旧日本国には、かつての()が生きている。であれば犯罪や汚職(おしょく)に手を染めた者は、法という物差しに()()って裁かれるべきだ。それをお前達は身勝手な『私刑』によって(ひね)り潰した。お前達の中にいくら正当な理由が存在しようとも、世間はそれを容認するほど寛容(かんよう)ではない」

「貴様がそれを平然と口にするのか……!? 身勝手な理由で東京と仙台を滅ぼそうとしている貴様が……ッ!」

「例え話が理解できなかったか?」(さげす)むような眼差しが、こちらへ向けられる。「私がやろうとしている事も、お前達がやろうとしている事も、根本的には違いがないと言ったんだ。自身の内から原油(げんゆ)のごとく(あふ)れ出る(ねば)ついた使命感。それに浮かれ、踊らされているだけの道化(どうけ)。お前が私を糾弾(きゅうだん)する正当性など、世界中どこを探してもない。良い加減理解できたか?」

 言葉は何も出てこなかった。

 胸の中で言葉にならぬ言葉が、リトヴィンツェフの言い分に反論しようとする。だが、それが言語という輪郭(りんかく)を伴って現実世界にアウトプットされる事が叶わない。それは心のどこかで蓮太郎自身が、リトヴィンツェフの理論に屈服してしまっている事を証明していた。

 揺らぐ。

 引き金に掛けた指から、徐々に力が抜けていく。今優勢なのは自分達のはずなのに。

「――……そんなの……関係ない」

 耳に飛び込んできた言葉に、思わずハッとする。発したのは自分じゃない。蓮太郎はすぐさま自分の隣を見やった。

 目許を怒りに歪ませた延珠が、燃え上がる瞳でリトヴィンツェフを射抜いたまま、ずんずんと前へ歩き出す。

「お主の言い分など! 知った事ではないのだッ!」と真正面から先ほどの理論を否定する。「お主は(わらわ)の友達を――ユーリャを殺しの道具にしたッ! お主を倒す理由など、それだけで十分なのだ――ッ!!」

 リトヴィンツェフが思わずといった様子で吹き出した。「ははっ! 聞いたか里見蓮太郎。やはり子供には敵わないな」と短機関銃をリロードし、延珠の接近に備えていく。「ユーリャ、まだやれるな」

「……はい」と銀髪の少女は神妙な面持ちで応じた。関節を鳴らしながら、ぎこちなく右肩を回す。「戦闘継続に支障はありません」

 すでに彼女の右肩は再生が済んでいる。バラニウム磁場の影響は多少なりどもあるだろうが、完全にへし折れた左腕ほどではない。

「延珠ッ」蓮太郎は先行するウサ耳パーカーの相棒へと呼びかける。「リトヴィンツェフの()()()()に乗るな――!」

 このままでは不味い。負傷しているとはいえ、依然(いぜん)として元七七位の連携は脅威そのものだ。蓮太郎か延珠のどちらかが押し負ければ、一瞬にして形勢はリトヴィンツェフ達へと傾く。

 なけなしの力を振り絞り、銃把(じゅうは)を握る手に力を込める。

 蓮太郎とリトヴィンツェフ、双方の飛び道具の筒先が、延珠を隔てて跳ね上げられた瞬間だった。

 突如として頭上から爆音が轟き、内側から爆砕したかのごとく、内壁に使われていた建材が(つぶて)となって降り注いだ。その場にいる四人の動きが同時に止まり、全員が予想外のイレギュラーに対して、異常の出所へと注意を移す。

「――よお、ずいぶんとお楽しみみてえだな」

 現れたのは黒光りする軌跡。()()()()()()()()が土煙を乱暴に斬り裂いて、その向こうにいる人物の姿を浮き彫りにする。壊された天井から急降下してくるのは、ボロ切れのようなタンクスーツに身を包んだ金髪三白眼(さんぱくがん)巨漢(きょかん)――。

将監(しょうげん)ッ!?」蓮太郎は驚愕に両目を丸くしながら、出現した男の名を呼んでいた。

「どいてろ!! クソガキ共ッ!」将監は着地するよりも先に、手にした肉厚の剣を薙ぎ払う。およそ人間の膂力で振り回されたとは思えないほどの風切り音が木霊し、コンクリートの地面を砂糖菓子のごとく叩き割った。

 乱入者の男は着地と同時に足許を蹴り抜き、一直線にリトヴィンツェフとユーリャの元へ突撃していく。

 肉食獣を思わせる咆哮がドーム内を反響し、振りかぶった大剣が、些細な躊躇さえもなく人体めがけて振るわれる。「大尉ッ!」とユーリャが主人を庇うように前へと飛び出し、丸太のような腕から繰り出される一撃を受け止めた。黒色の金属同士が打ち鳴らされ、瞬間的な摩擦がオレンジ色の火の粉を撒き散らす。

 一際大きな音と共に、互いにノックバック。ユーリャの陰から短機関銃を覗かせたリトヴィンツェフが、間髪を容れず引き金を絞る。

「ちいッ!」将監はすかさず剣を盾代わりに、自身の体を(かば)った。急所めがけて飛来した弾丸は剣の側面に弾かれたが、残り全弾が腕や脚を食い千切る。よろめく将監はこめかみに青筋が浮かべながら、喉が張り裂けんばかりに叫ぶ。「――テメエら! 出番だ! やれッ!!」

 将監の空けた大穴から、二人の武装したSAT隊員が現れる。一人が拳銃、もう一人が短機関銃を構えて同時に発砲。火薬の炸裂する音が重なって響き渡った。

 高所からの制圧射撃を受け、すぐさまユーリャが迎撃に回る。右手の虎の爪(バグ・ナウ)が残像を棚引かせながら振り回され、直上から降り注いだバラニウム弾を次々と斬り払っていく。

 だが突如として矮躯が弾かれたように跳ねる。何が起きたか分からないといった様子で目を見開くユーリャ。

 義眼によって知覚時間の圧縮された視界で、一連の状況を捉えていた蓮太郎だけが、その正体を看破する。

 ――拳銃の方から撃たれた弾がユーリャの防御を上から叩き潰した……!?

 ユーリャの体勢は未だ崩れたまま。即座にリトヴィンツェフがフォローに回り、自身のサブマシンガンを乱射するが、すでに隊員達は物陰(ものかげ)に身を潜ませたあとだった。

 そして。

 隊員達と入れ替わるように、穿(うが)たれた穴の奥から一人のシルエットが飛び出してくる。ミリタリージャケットを羽織(はお)った大柄な男は、直下にいるリトヴィンツェフを見据えたまま、右脚を振りかぶる。急降下の加速を乗せて放たれる強烈な右回し蹴りが、リトヴィンツェフの側頭部めがけて繰り出された。

 リトヴィンツェフが(かか)げた銃身とブーツの甲が打ち鳴らされる。ミリタリージャケットの男が脚を振り抜き、同時に盾代わりの銃が明後日(あさって)の方向へと弾き飛ばされた。リトヴィンツェフの中距離戦の(かなめ)であった短機関銃が虚しく宙を舞う。

 リトヴィンツェフが不快(ふかい)げに目許を歪ませる。「しつこいぞッ! 傭兵ッ……!」

「里見はこの世界の希望だ! おたくらごときに奪わせてたまるかよ――ッ!」

藤沢(どうざわ)さんッ!」と蓮太郎は、ミリタリージャケットの傭兵を――藤沢リカルドの名を呼ぶ。

 着地したリカルドはダガーナイフを抜き放つと、迷いなくリトヴィンツェフに接近戦を仕掛けていく。さらに後方から、回復した将監も戦線復帰。バラニウム大剣の質量の暴力がリトヴィンツェフを翻弄し、その隙間を突くようにリカルドのナイフが不意打ちを差し込んでいく。

 SATの二人も降り立ち、その内一人がリカルド達に加勢する。もう一人は蓮太郎に駆け寄ってくるなり、止血剤と包帯を差し出してきた。「隊長達が時間を稼ぐ。里見君、君はすぐに応急処置を」

 蓮太郎は、「すまない」とキットを受け取り、「……アンタ達」と隊員を一瞥(いちべつ)する。「五翔会は……継麻(つぐま)貞蔵(ていぞう)はどうしたんだ?」

「心配しないで良い」と隊員は答える。「倒したさ。俺達でな」

「まさか……本当に……」

「負傷者は全員、ここに通じる抜け道のあった事務所に集めてる。三ヶ島さんと、ペアのイニシエーターの子も命に別状はない」

 その事実に蓮太郎は無意識に胸を撫で下ろす。

 そして同時に確信した。三ヶ島が賭けに勝った事を。

 今、リカルドと共にリトヴィンツェフと戦っている伊熊(いくま)将監は、間違いなく彼本人だ。

「……すぐに俺も戻らないと……」衣服を破り、腹部の大きな傷口に止血パッドを押しつける。圧迫感によって一時的に痛みが増幅されるが、気力で踏ん張り、包帯で固定する。

 静止する隊員を横目に、茫然(ぼうぜん)と立ち尽くす延珠の元へ近づく。

「蓮太郎……」少しだけ落ち着いた様子の延珠が、こちらを見上げてきた。

「馬鹿野郎。一人で突っ走ってんじゃねえ」と蓮太郎はツインテールの頭を軽く小突く。そしてリトヴィンツェフ達と対峙する仲間達を見やり、「言っただろ」と笑う。「頼れる仲間ができたって。今の俺達には背中を預けられる大人達がいる。もう良いんだよ。……俺達だけで苦しまなくたってな」

 限界は近い。だが手足はまだ動く。

 信じて託してくれた仲間達のためにも、ここで諦める訳にはいかない。

「行くぞ、延珠。皆と一緒に全てを終わらせるんだ」

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