ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

84 / 96
29

 ここで全てが決する。

 蓮太郎(れんたろう)は薄く息を吐き出し、そして新鮮な空気を肺に取り込んだ。

 腰を落として構えを取る。天童式戦闘術『百載無窮(ひゃくさいむきゅう)(かま)え』。天地は永久無限の存在である事を意味する攻防一体の型――。

 拍動(はくどう)は加速している。全身を流れる血液に緊張が混じり、それが冷や汗となって噴出する。

 だが――不思議と敗北の予感はなかった。あれだけ言葉によって人を手玉に取るのが得意なアンドレイ・リトヴィンツェフを前にして、蓮太郎の胸中には一切の悲観(ひかん)が存在していない。

 周りを見回し、先ほど延珠(えんじゅ)に言った言葉を思い出す。

 今の自分にはたくさんの仲間がいる。

 (かたわ)らに並び立つ傭兵を――藤沢(どうざわ)リカルドを見据(みす)え、「ありがとう、藤沢さん」と(つぶや)いた。「アンタがいなかったら、俺はここまで来れなかった」

「そいつは、こっちの台詞(せりふ)だな」とリカルドは口角(こうかく)を上げる。「里見(さとみ)――お前がいたから、俺は生きて里緒(りお)ちゃんを助け出せた。ただの敗者でしかなかった俺が誰かの命を救えたのは――間違いなくお前のおかげだ」

「……ありがとう」ともう一度(れい)を述べる。そうして静かに目を閉じ、ゆっくりと(まぶた)を開ける。視界の中央に捉えるのは、地獄から伸びる手に全身を絡め取られた悲劇の体現者と、その従者(じゅうしゃ)。「――皆、最後に子供の我儘(わがまま)を聞いてくれ。俺を――いや、俺と延珠をリトヴィンツェフ達のところへ連れて行ってくれ。必ず、ここで終わらせる」

「了解だ、大将(たいしょう)」とリカルドが笑って答える。

「あの人達は里津(りつ)(ねえ)(かたき)。手を抜く理由はないよ」と里緒。

「元よりそのつもりだ」とSATの隊長が言う。「君のおかげで、俺達は警察官としての本分(ほんぶん)を取り戻せた。ここで少しでも、その(おん)を返してみせる」

「……蓮太郎」幾分か落ち着いた声で、延珠が後ろから歩いてくる。「お主らも……」とリカルド達を順々に見やる。「奴らが東京エリアを滅亡させようとしているのは分かっている……。けど、その上で頼みたい事がある……。(わらわ)に……ユーリャと話すチャンスをくれないか……?」

「延珠……お前……」

「無理を言っておるのは妾とて承知の上だ。ユーリャが他の者にとって仲間の仇なのも……。それでも……ユーリャは確かに妾の友達なのだッ……」

「……じゃあ、ユーリャは藍原さんに任せるよ」そう切り出したのは里緒だった。「藍原さんがユーリャと一対一になるように立ち回ってあげる。その代わり、絶対に彼女を抑え続けて。それが条件」

 リカルドが(いぶか)しむ視線を相棒へと向ける。「……良いのか? 里緒ちゃん。ユーリャは――」

「良いの。何となくだけど……これが最善の方法な気がするの」

「……オーケー。里緒ちゃんが言うなら俺に反対する理由はない。SATのお二人さんはそれで良いか?」

「これは当事者達の問題だ」と隊長が答える。「俺に口を(はさ)む権利はない」

「隊長に同じく」と隊員も上司に(なら)う。

 XD拳銃が、九ミリ拳銃が、曲刀(カトラス)が、司馬(しば)重工製(じゅうこうせい)短機関銃と拳銃が――。

 各々(おのおの)(たずさ)える牙が、世界の破滅を目論(もくろ)む復讐者へと突きつけられる。

 仲間に囲まれた少年は、(くも)りなき(ひとみ)で一人の男を見据(みす)えながら宣言する。「決着をつけようぜリトヴィンツェフ。俺は延珠と――仲間達と一緒に未来へ進む。邪魔するんなら容赦(ようしゃ)はしねえッ!」

「私は仲間に報いるために進み続ける!」リトヴィンツェフも激昂(げきこう)と共に言い切る。「ここがお前達の終着点だ――――ッッ!!」

 空気を破裂させる激音(げきおん)(とどろ)いた。修羅(しゅら)のごとき様相をしたユーリャ・コチェンコヴァが、床材を蹴り砕き、弾丸と化して突っ込んでくる。

 SATの二人が前へと踊り出ながら、短機関銃と拳銃で迎え撃つ。蓮太郎の眼前で強烈な銃口炎(マズルフラッシュ)明滅(めいめつ)し、大量のバラニウム弾がばら()かれる。弾幕の波が一気呵成(いっきかせい)にユーリャへと押し寄せる。

「――――――――ッッッ!!」活眼(かつがん)したユーリャが右手の鉤爪(かぎづめ)不可視(ふかし)の速度で振るう。無数の軌跡(きせき)の上で火花が踊り、殺到した弾頭がまとめて斬り伏せられていく。

 SATの隊長が叫ぶ。「行けッ! リトヴィンツェフを叩くんだッ!!」

 二人の特殊部隊員と延珠を置き去りにし、蓮太郎とリカルド、そして里緒が駆け出した。

 (せま)り来る鬼神(きしん)から発せられる(プレッシャー)を全面に受け、蓮太郎は脊髄(せきずい)鷲掴(わしづか)みされる錯覚に(おちい)る。チーターの因子を持つユーリャのトップスピードは、人間のそれを(はる)かに(しの)ぐ。彼女のへし折れた左腕が徐々に元の輪郭(りんかく)を取り戻していくのを見やりながら、全力を取り戻すまで、もう(いく)ばくの猶予(ゆうよ)もない事実を突きつけられる。

 蓮太郎は砕けんばかりに歯を食い(しば)り、轢殺(れきさつ)してくるような殺意の波動(はどう)に耐える。

 ――皆を……延珠を信じろッ!

 ――俺の相手はリトヴィンツェフただ一人だッ!!

 右義足(みぎぎそく)のカートリッジに点火(てんか)。ドーム内を炸裂音が反響し、体全体が押し出される感覚。右脚を起点に爆発した推進力が、意識より速く四肢(しし)駆動(くどう)させる。並走(へいそう)していたリカルドと里緒をも後方に捨て起き、ぐんぐんと加速していく。

 骨格(こっかく)が関節ごとバラバラになりそうな感覚になる。義眼が自身の知覚時間を圧縮し、ユーリャの動き一つ一つを克明(こくめい)に映写する。しかし蓮太郎の注意は、銀髪のイニシエーターではなく、その向こうにいるプロモーターへと向いていた。

 コンマ一秒以下の世界で、(あふ)れ出る獰猛(どうもう)さで表情の隅まで塗り潰した男と、視線が交錯(こうさく)した。その血走った虹彩(こうさい)の奥で燃え盛る(ほむら)に、体が、覚悟が滅却(めっきゃく)されてしまいそうになる。

 ユーリャとすれ違う瞬間、直上から彗星(すいせい)のごとく飛来(ひらい)した延珠が、()()(ぐつ)の底を地面へ叩きつけた。靴底に仕込まれたバラニウムの鉄板が、爆砕音を(かな)でる。タイムラグさえもなく床材のコンクリートが(めく)れ上がり、それはすぐに(つぶて)の津波へと変貌(へんぼう)した。

「――ユーリャあああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――ッッ!!」延珠の怒号(どごう)が、あらゆる障害を(つらぬ)いて(ほとばし)り、ユーリャへと突き込まれる。

 少女達の激突を視覚の端で見届け、蓮太郎はすぐさまリトヴィンツェフへと視点を固定した。

 今の一瞬の()()()って肉薄(にくはく)してきていたリトヴィンツェフが、慟哭(どうこく)と共にハンマーを振りかぶる。自らを押し潰さんとしている世界の不条理(ふじょうり)を、こちらから逆に叩き潰す――。漆黒(しっこく)のスレッジハンマーを振るう怪物からは、そんな理不尽に(あらが)う革命者の覚悟が見て取れるようだった。

 だが――。

「――――ッ!!」蓮太郎は右拳を引きながら握り込む。超バラニウムの義手の内側を()う人工筋肉が(きし)み上がり、次いで一気に膨張(ぼうちょう)する。装備者の意思に呼応して、薬室と、その下に残されていたカートリッジ全てに火が(とも)される。

 まとめて撃発(げきはつ)。擬似神経を引きちぎるような衝撃が腕の内側で弾ける。

 ――喰らいやがれッ!!

 ――天童式戦闘術一の型一五番ッ!

 ガトリングガンの炸裂音を思わせる爆音が立て続けに木霊し、腕部に装填されていた薬莢全てが排出(リジェクト)。薄く色づいた硝煙(しょうえん)も排出口から噴き上がり、役目を終えた空薬莢が最期の輝きを放つ。

 踏み砕く勢いで軸足で床を踏みつけ、破壊力の権化(ごんげ)と化した右拳を解放。「『雲嶺毘湖鯉鮒(うねびこりゅう)全弾撃発(アンリミテッドバースト)――――――ッッッ!!」

 下から(ひね)り込むように放たれた壮絶極まる打ち上げが、今まさに振り下ろされんとしていたスレッジハンマーを(とら)え切る。拳の背と打突部のシルエットが重なった直後、超新星爆発(ビッグバン)想起(そうき)させるような轟音が鳴り響いた。

 蓮太郎とリトヴィンツェフを中心に発生した衝撃波が、周囲一帯の物体へと波及(はきゅう)し、万象(ばんしょう)輪郭(りんかく)をビリビリと震わせる。

 真っ白い閃光が駆け巡り、痛覚をオフにしているはずの右腕が灼熱(しゃくねつ)に包まれる感覚に(さいな)まれる。ガタつく腕に力を込め、自らを追い詰める事象の全部を払い飛ばすように叫ぶ。「うおあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッ!!」

 残像を棚引かせながら、義手が振り抜かれる。スレッジハンマーごとリトヴィンツェフの腕が弾き飛ばされ、一切の推進力を失う事なく、武器の持ち主の胸部へ喰らいつく。コートの下に着込まれていたボディアーマーを瞬刻(しゅんこく)の内に粉砕(ふんさい)し、生身の肉体に突き刺さる。

 リトヴィンツェフの紺碧(こんぺき)眸子(ぼうし)がぐるりと反転し、水栓(すいせん)を全開にしたかのごとく喀血(かっけつ)する。操り人形の糸が切れるように、四肢がだらりと投げ出され、膝から崩れ落ちていく――。

 蓮太郎は荒い呼吸を(きざ)みながら、倒れゆく男を()めつける。「これで……ッ」

 全弾撃発(げきはつ)からの直撃。生身で受ければ最後、体細胞から骨、内臓に(いた)るまで無事では済まない。リトヴィンツェフの皮膚と筋肉は文字通り叩き潰され、心臓は破裂同然(どうぜん)のダメージを負ったはず。

 勝敗は決した。あとは残ったユーリャを撃滅(げきめつ)するのみ。

 そう確信し、(きびす)を返した――。

「まだだ里見ッ! 奴から目を()らすんじゃねえッ!!」

「――え」

 どすっ、という(にぶ)い衝撃。背中の一点に静電気が走ったような感覚がしたと思えば、それはすぐに炎熱(えんねつ)を思わせる痛覚に切り替わった。

「があああッッッ!?」反射的にその場から離れ、痛みに上体(じょうたい)()り曲げながら背後を振り返る。ふらふらと立ち(くら)みながら血に濡れたナイフを携えるリトヴィンツェフを目の当たりにし、言葉に詰まる。「……――ッなんで……ッ!?」

 胸部を陥没(かんぼつ)させたリトヴィンツェフの視点は、もはやどこにも(さだ)まっていなかった。皮膚中のあらゆる箇所(かしょ)から内出血を起こし、人体の許容範囲を超えた負傷を穿(うが)たれながらも稼働(かどう)する(さま)は、まさに亡霊――。

 (のど)干上(ひあ)がる。「()せろッ!」というリカルドの一喝(いっかつ)が鼓膜を叩き、半ば倒れ込むように伏臥(ふくが)する。ワンテンポ遅れて到着した傭兵は、九ミリ拳銃を連続して撃つ。

 命中した凶弾(きょうだん)が、リトヴィンツェフの肉体を弾けさせるが、当人はなおも倒れない。

 先ほど彼が噛み砕いた錠剤(じょうざい)の中に、強力な神経ブロック薬や、麻薬に近い成分の薬剤が含まれていたのかもしれない。

「……まだ、だ……」と意識を朦朧(もうろう)とさせる男は言う。「……まだ……このまま持ち堪えればッ……必ずマークが……私達、を……」

「リトヴィンツェフ……」

「私を殺し……私という呪縛(じゅばく)からあの子を解き放つのは……マークだ……。だから私は……今ここで倒れる訳には……!」

 うわ言のように溢し続けるリトヴィンツェフに対し、蓮太郎は目許を歪ませながら首を振った。違う。この男が理解していないはずがない。この場に蓮太郎の仲間達が集結した時点で、コンテナ倉庫を防衛していたマーク・メイエルホリドがどんな結末を迎えたかなど、改めて説明されるまでもないはずなのだ。

 体も精神もとうの昔に限界を超え、死者から押しつけられた使命感のみによって突き動かされ続けてきた亡者のなれ()て。

 蓮太郎は背中の激痛も構わず、今にも泣き出しそうな顔でXD拳銃を持ち上げた。

「――大尉(たいい)ッ!」直後、背後から金切り声と共にユーリャが突っ込んでくる。延珠の攻撃から逃れ、立ち塞がったSAT達を払い()け、無防備を(さら)す事も(いと)わずに一直線に主人の元へと()(さん)じる。

 すでにユーリャの負傷は再生が九割型済んでいた。里緒に斬りつけられた側頭部からの出血は止み、ぎこちない動きではあるが左腕も稼働している。

 銀髪の少女の後方からSATが短機関銃で銃撃するが、その全てが刹那(せつな)の内に撃墜(げきつい)される。

 血のように(あか)瞳孔(どうこう)が肉食獣よろしく(ひらめ)き、蓮太郎を殺傷(さっしょう)範囲に捉える。

 もはや彼女を止めるものは何もない。蓮太郎は尋常(じんじょう)ならざる焦燥(しょうそう)()られながら、XDの銃把(じゅうは)を握り込んだ。迎撃のために銃口を跳ね上げた瞬間、驚愕に目を剥いたユーリャと目線が交差する。「――なッ……!?」

 ユーリャ・コチェンコヴァの横合いに回り込んだリカルドと里緒が、虎の爪(バグ・ナウ)の装着された双腕(そうわん)拘束(こうそく)したのだ。慣性が矮躯(わいく)を強引に動かそうとするが、傭兵と相棒の少女は、渾身(こんしん)の力で腕を掴み取ったまま踏ん張り続ける。二人の靴底(くつぞこ)が、(すさ)まじい摩擦力(まさつりょく)(ともな)って地面と()れ合い、焦げた(にお)いと煙を発する。

「離せえッ!」と銀髪の少女は体面もかなぐり捨てて叫ぶが、決死の表情の傭兵は、「離す訳がねえだろうが!」と吐き捨てる。

 彼らが稼いだ一瞬の隙を突いて、内壁を走り伝いながら延珠が襲来。因子の開放と同時に、壁面(へきめん)を蹴り砕きながら陣形直中に突っ込んでくる。鮮紅色(せんこうしょく)を帯びた虹彩(こうさい)哀愁(あいしゅう)(うる)む。「――ッああああああああッ!!」という苦痛に満ちた雄叫びを上げながら、回転ノコギリのごとく輪転(りんてん)。遠心力の塊と化した右脚部(きゃくぶ)が大気を引き裂き、強烈なソニックブームを発生させる。

 勢いそのままに放たれた回転蹴りが、ユーリャの腹部にぶち込まれた。その場にいる全員の耳を(ろう)するほどの破裂音が轟く。「(わらわ)がッ――ここでお主を止めてやるッッ――――!!」

 激甚(げきじん)な破壊力に巻き込まれてもなおリカルド達は拘束(こうそく)()かなかった。ユーリャの両肩口(かたぐち)から関節の砕ける異音(いおん)が鳴る。

 延珠の右脚が振り抜かれ、解放された莫大(ばくだい)な運動エネルギーが問答無用で小さな体を吹き飛ばした。最後まで足止めに(てっ)していたリカルド達も同様に宙空(ちゅうくう)へと投げ出される。

 蹴りの勢いを殺し切れず、空中で大きく体勢を崩した延珠が、背中から地面に打ちつけられた。

 すでに駆け出していた蓮太郎は、痛みに(うめ)く相棒の横を通り過ぎながら、「あとは任せろ」と内心で告げた。延珠の覚悟を無駄にはしない。これで決める。

 ユーリャの潰れた肩関節から伸びる両腕は、もう使いものにはならない。反撃はない。あと一撃――それで終わる。

「――うおおああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――――――――ッッッ!!」

 だが。

 まだ末路(まつろ)を受け入れない者がいた。

 (かす)れた喉から理性のなくなった絶叫を走らせながら、スレッジハンマーを携えたリトヴィンツェフが現れる。蓮太郎とユーリャの間に割り込むように仕掛けてきた男は、焦点(しょうてん)の定まらない瞳で、それでもなお打ち砕くべき障害の前に立ち(ふさ)がる。

「――リトヴィンツェフ」

 荒ぶるリトヴィンツェフとは対照的に、蓮太郎の声音は落ち着いていた。

 憐憫(れんびん)(にじ)ませた目で亡霊を見つめながら、黒衣の少年は静かに言葉を(つむ)ぐ。

「もう良い。俺がお前を救ってやる――」

 万象を粉砕する怨念(おんねん)鉄槌(てっつい)が振りかぶられる。それを視界に収めながらも、構わずに『水天一碧(すいてんいっぺき)(かま)え』と共に攻撃動作に移行(いこう)する。

 (つか)を握り込んだリトヴィンツェフが死に物狂いで最後の一撃を放とうとした瞬間――突如として空中から発砲音が木霊(こだま)する。未だ(ちゅう)()う藤沢リカルドが、驚異的な制動力をもってして銃撃を敢行したのだ。

 九ミリ拳銃から放たれた二発のバラニウム弾が螺旋(らせん)を描きながら突き進み、リトヴィンツェフの肘関節を砕き抜いた。支えを失った両手から、漆黒のハンマーがあっけなく取り落とされる。

 何が起きたか理解できていないといった顔で唖然(あぜん)とするリトヴィンツェフへと肉薄(にくはく)し、跳躍(ちょうやく)して体を半回転――脚部(きゃくぶ)の残り薬莢(やっきょう)を全て撃発(げきはつ)させる。「天童式戦闘術二の型一一番――」

「ぶちかませええええええええええええええええええええええええええええええッッ!! 里見いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい――――――――――――――ッッッッッ!!」

 全ての景色を置き去りにしながら、爆発的推進力を得た右脚が振るわれる。

「『隠禅(いんぜん)哭汀(こくてい)! 全弾撃発(アンリミテッドバースト)』――――――――――ッッッッ!!」

 全てを乗せたオーバーヘッドキックが炸裂し、ブラッククロームの義足爪先が的確にリトヴィンツェフの鳩尾(みぞおち)を捉えた。肉も骨も砕き尽くし、甚大(じんだい)な威力に任せて体を吹き飛ばす。リトヴィンツェフは自身の背後にいたユーリャに背中から激突し、諸共(もろとも)コンクリートの地面を何度もバウンドする。

『スコーピオンの首』の収まる円筒形容器付近に叩きつけられた二人は、ぐったりと四肢を投げ出したまま動かなくなった。

 先刻までの喧騒(けんそう)から一転。周囲は耳が痛くなるほどの静寂(せいじゃく)に包まれた。

 小刻みに呼吸をする蓮太郎は、オーバーヒート寸前の右脚を引き()りながら亡霊へと近づく。「……なあ」と眼前の男へ呼びかける。「アンタ言ってたよな。俺に、恐怖を怒りでマスキングしてるって――」

 リトヴィンツェフからの応答はない。

 構わずに黒衣の少年は続きを口にする。

「そっちだって同じだろ。天秤宮(リブラ)のウィルスに(おか)されていく目先の恐怖を、全てを巻き込んだ自殺っつう高揚感(こうようかん)で塗り潰していただけなんじゃないか」

「……どうだろうな」やがて、息も切れ切れにリトヴィンツェフは答えた。

 自嘲気味(じちょうぎみ)に笑う亡霊の顔は、少しだけ()き物が落ちたように見えた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。