ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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「……何を……言ってやがる……ッ!?」黒衣の少年の途切れ途切れの声に、リカルドも含めた、その場にいる全員が息を飲む。

 ぐったりと項垂(うなだ)れる全ての黒幕たる男は、「……聞こえなかったか?」と挑発(ちょうはつ)するように告げた。「残念ながら、もう天秤宮(リブラ)が活動を止める事はない。私がそうプログラムした。私達とお前達が繰り広げていたのは壮大(そうだい)茶番(ちゃばん)でしかなかったのさ」

「プログラム……?」とリカルドは胸中に浮かんだ疑問をそのまま吐露(とろ)する。「『ソロモンの指輪』はガストレアと意思疎通(そつう)(はか)るための装置だろ? そいつに命令を強制する機能でもあったって事か?」

「『指輪』じゃない」リトヴィンツェフはすかさず否定した。「重要なのは『首』の方だよ」

「スコーピオンの声帯(せいたい)が?」

 リカルドの問いに、首肯(しゅこう)が返ってくる。

「お前達も知っての通り、『ソロモンの指輪』はまだ研究段階の代物(しろもの)だ。これ単品でガストレアとの交信ができた事例はほぼない。それは相手が天秤宮(ゾディアック)であっても同じだった。……私がやった事は簡単だ。天秤宮(リブラ)天蠍宮(スコーピオン)が生きていると誤認(ごにん)させ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「…………ッ!」

 蓮太郎が冷や汗を噴き出しながら絶句するのを横目に、リカルドは一歩前へと出る。「どういう事だよ!? その言い方じゃまるで……!」

「……ふっ」とリトヴィンツェフが短く笑う。もたげていた頭が静かに持ち上がり、真っ赤に充血した眼球が(あら)わになる。血の(したた)口角(こうかく)を吊り上げ、「教えてやったらどうだ?」と黒衣の少年を見やる。「今の序列なら、ある程度の情報にもアクセスできているだろう。それに蛭子(ひるこ)影胤(かげたね)テロ事件の際、お前は間違いなく『あれ』を見ているはずだ」

「……それッ、は……!」

「里見、何か知ってるのか?」

 リカルドや里緒(りお)磯貝(いそがい)の視線が一斉に蓮太郎(れんたろう)へと注がれる。

 歯噛(はが)みする少年は(わず)かな逡巡(しゅんじゅん)ののちに、おもむろに口を開き始めた。「俺もまだ……確信を持ってる訳じゃない」と苦々(にがにが)しく切り出す。「ステージⅤの……ゾディアック・ガストレアの正体は――()()()()()()()()()()()()()()

「は――」リカルドは頭をハンマーでぶん殴られたような錯覚(さっかく)(おちい)った。「……(うそ)、だろ……?」

「『七星(ななほし)遺産(いさん)』……影胤の奴がスコーピオンを召喚する触媒(しょくばい)に使ったものを俺は見た事がある」少年の目があからさまに泳ぐ。その行動が、次に(つむ)ぐ言葉の意味の重さを否応なしに示していた。やがて、「……壊れた三輪車だった」と彼は言った。「何の変哲(へんてつ)もない……ただの……」

「それが……ステージⅤが元人間だとする根拠か?」

 蓮太郎はかぶりを振る。「さっきも言った通り、確信がある訳じゃない。俺の持ってるアクセスレベルじゃ、そこまでの事は分からなかった。けど……俺には()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 立ちこめる不穏(ふおん)な空気に当てられたのか、全員の口許(くちもと)が引き結ばれる。

 その時だった。「――アンドレイ・リトヴィンツェフ。お前は真相を知っているのか」と磯貝が短機関銃の銃口を突きつけながら問いかけた。「お前の民警許可証(ライセンス)がまだ効力を持っていた時のIP序列は七七位だったな。今の蓮太郎()よりも上だ。お前は何を知っている?」

「ははッ。私が真相に辿り着いていたとして――それをおめおめと教えてやる義理があると思うか?」

「言っておくが、そちらが死なない程度に銃弾を叩き込む事に抵抗はないぞ」

「試してみるか?」

 (うなが)すようなリトヴィンツェフの視線に、磯貝は銃口を下げる事で応えた。「お前を倒したのはこの少年だ。警察(俺達)にどうこうする権利はない」

 白人の男はつまらなさそうに鼻を鳴らす。

 ――リトヴィンツェフが簡単に口を割るとは思えない。

 リカルドは内心で現状を分析する。

 ――いずれにせよ、天秤宮(リブラ)召喚の真相は闇の中って訳か……。

「里見」と黒衣の少年を呼ぶ。「もう一度聖居(せいきょ)に連絡してくれ。ウィルスの放出まで、もう時間がない。万が一の場合、聖天子(せいてんし)様を東京エリアから脱出させないといけない」

 蓮太郎が携帯電話を取り出そうとしたところで、SATの広野(こうの)が制止して言った。「聖居への報告は俺達でやる。あんた達は引き続きリトヴィンツェフから情報を引き出してくれ」

 端に歩いていく広野と磯貝を見送り、リカルド達は再度リトヴィンツェフを注視する。

 目の充血は言わずもがな、発汗や血管の隆起(りゅうき)も再発しており、もはや息をするのもやっとの状態に見えた。

「……最期に教えろよリトヴィンツェフ」と蓮太郎は言う。「お前の復讐に意味はあったのか? 自分達がされた事を何の関係もない人間に無理矢理押しつけて……それでいったい誰が救われるって言うんだよ……!?」

「……くくく。違う。違うな里見蓮太郎。私達が求めていたのは救いなんかじゃない」

「じゃあ……!」

 リトヴィンツェフは(かす)れた声で告げる。「お前の言葉を借りるなら、私は……私達が救われなかった意味が欲しかったのさ」

「何だよそれ……! 理解、できねえよッ」

「何度でも言うさ。理解など求めていない」そう言ってリトヴィンツェフは天井を(あお)いだ。一面コンクリートの灰色しか広がっていないにも関わらず、まるで陽光(ようこう)(すが)め見たように目を細める。「……長かった」と独りごちる。「これで、安心して地獄に行ける」

「勝手な事言ってんじゃねえよッ!」と激昂(げきこう)と共に少年はリトヴィンツェフの胸ぐらを掴み上げる。「自分だけで満足してんじゃねえ! 貴様(きさま)の見限った世界は! 俺達にとっては生きるに(あたい)する場所だッ! そんな身勝手な理由で消費されて良い訳がないッ!!」

「ならどうする? 今から天秤宮(リブラ)と戦いに行くか? 近づく前に病原菌(びょうげんきん)()き散らされて死ぬだろうがな」

「……ッ!」憤怒(ふんぬ)の表情で前歯を噛む蓮太郎。彼はリトヴィンツェフの(えり)から手を離しながら、「……もう、打つ手はないのか」と(うつむ)く。「このまま天秤宮(リブラ)が東京と仙台を滅ぼすのを見ているしか……」

「――いいや、まだ方法はある」突如、背後で野太い声がする。リカルドと蓮太郎が振り向くと、ボロボロのタンクスーツの巨漢(きょかん)が近づいてくるところだった。

伊熊(いくま)さん……」「将監(しょうげん)……」

「俺が天秤宮(リブラ)と戦う」と伊熊将監は躊躇(ためら)いなく宣言した。「俺の体は半分ガストレアだ。あのステージⅤがぶち撒けるウィルスは人間にしか効かねえんだろ。なら話は簡単だ。――俺なら、奴の()く病原菌の弾幕を()って近づける」

「なッ……」と狼狽(ろうばい)を見せたのは蓮太郎の方だった。「何言ってんだ!? 相手はステージⅤだ! そもそもの戦闘力からして、他のガストレアとは違う! それにッ――」

「半分がガストレアだって言うなら、もう半分は人間だ」リカルドが言う。「仮にウィルスからの即死を免れたとしても、被弾した以上無事でいられる保証はない。天秤宮(リブラ)のウィルスは因果律(いんがりつ)()じ曲げるみたいに、必ず人間を死に至らしめる」

「……声が聞こえたんだよ」不意に将監は呟く。

「声……?」

 蓮太郎が問い返すと、将監は慇懃(いんぎん)(うなず)く。

「ガストレア因子に頭を支配されてた時からずっと……俺には天秤宮(リブラ)の声が聞こえてた。そいつは言語の(てい)すら()してねえ叫びに近かったが、理性を取り戻した今なら分かる。あのガストレアは助けを――救いを求めてる。断言できる。俺なら奴を止められる」

 将監の言葉に嘘を言っている気配は感じられない。少なくとも、彼が確信を持って推論(すいろん)を語っているのは間違いなさそうだった。

 しかし、「……駄目だッ」と黒衣の少年は絞り出すように否定した。「仮に天秤宮(リブラ)を止められたとして……アンタはどうなるッ!? 三ヶ島(みかじま)社長は未搭載領域(みとうさりょういき)に乗り込んでまでアンタを助けようとしていたんだぞ! あの人の思いは無駄にするつもりか!?」

「……悪いとは思ってる」将監は歯切れ悪く答えた。「だがな」と首筋を乱暴に掻く。「一度自我を取り戻したからこそ、はっきりと分かる事がある。俺は――近い内、またガストレア因子に飲み込まれる」

「え……?」

「三ヶ島さんが投与したAGV試験薬は、確かに俺の中にあった因子を押さえ込んだ。だがそれも一時的なもんだ。……分かるんだよ」と将監は自身の胸に手を当てた。「この中に巣食ったガストレアは、今も俺を食い潰そうとチャンスを(うかが)ってる」

「…………」

「良いか。俺は死者だ。伊熊将監っつう民警は、あの作戦の時に死んだんだ。ここに立ってんのは、そいつの記憶を持っただけの別人だ」

「そんな事ッ――」

 蓮太郎が反論しようとするが、将監は被せるように断じる。

「俺はガストレアだ。そして人類の敵だ。それ以上の何もんでもねえ」

「…………ッ!」

 これ以上の問答(もんどう)は必要ないと言わんばかりに、熊のごとき大男は(きびす)を返した。右手に(たずさ)えた大剣を肩で担ぎ、ゆっくりとした足取りで、自身の開けた天井の穴へ向かって歩いていく。

「将監ッ……!」

「ああ、そうだ」と男は振り返る事なく言う。「夏世(かよ)最期(さいご)を見届けたのはお前なんだってな。……あいつは(なん)て言ってた?」

「…………夏世は……アンタが無事だと信じたまま()ったよ。……世界を救ってくれって……それだけを言い残して……」

「そうか」と短く答える。「……一つ頼まれてくれや。三ヶ島さんと谷塚(たにつか)のガキによろしく言っといてくれ」

「……ああ、分かった」

 将監は礼も言わず、後ろ手に手を振って応えた。「そういや、お前、里見っつったか」と思い出したように黒衣の少年の名を呼ぶ。「ちょっとばかし良い目になったじゃねえか。……夏世の遺言(ゆいごん)、絶対に無碍(むげ)にすんじゃねえぞ」

 床材を蹴り砕き、跳躍する将監。一飛びで天井の出入口に舞い戻ると、無言のまま奥に消えていく。

 その様を見届け、リカルドは、(かたわ)らで(くちびる)を引き結ぶ少年を見やる。「里見(さとみ)、生き残った連中を連れて脱出するんだ。天秤宮(リブラ)と伊熊さんがぶつかるんなら、おそらく――ここも長くは()たない。屋外採掘場付近に、警視庁のヘリが待機してる」

 リカルドの言葉に対し、蓮太郎は何かが引っ掛かったような表情を浮かべた。「藤沢(どうざわ)さんは……?」

「――俺は、ここに残る」とリカルドは迷わずに言い放った。「まだやるべき事があるんでな」

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