ブラック・ブレット8 Träume 破滅の病巣   作:鏡之翡翠

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 藤沢(どうざわ)リカルドの眼差(まなざ)しには一寸(いっすん)の曇りもなかった。

 傭兵の(するど)い眼光に気圧(けお)されそうになりながらも、「藤沢さんまでッ――何言ってんだよ!?」と詰め寄る。「ここが()たないって言ったのは藤沢さん自身だろッ!」

「だからこそだよ」とリカルドは言った。「伊熊(いくま)さんが失敗すれば天秤宮(リブラ)はどうなる?」

「…………っ」思わず言葉を飲み込む。

 言われずとも分かっている。将監はああ言ってはいたが、ステージⅤと正面切って戦うなど()骨頂(こっちょう)にもほどがある。勝率など、どれだけ甘く見積もっても一パーセントにも満たないだろう。

「保険が必要なんだ」傭兵は続ける。「俺はここに残って、『ソロモンの指輪(ゆびわ)』と『スコーピオンの(くび)』で天秤宮(リブラ)との交信を試す。リトヴィンツェフは無理だって言ったが、武力を使わないやり方なら、間違いなくこれが現実的な方法だ」

「けどッ……」

「それはリカルドがやらないといけない事なの!?」突如として後ろから割り込む声があった。振り返ると、(ほお)上気(じょうき)させてこちらを(にら)みつける占部(うらべ)里緒(りお)が立っていた。「分かってるの!? 伊熊さんの勝ち負けに関わらず、この場所は崩壊するんだよ! たとえ天秤宮(リブラ)を止められたとしても――」

 里緒の決死の叫びは、有無を言わさず中断させられた。

 発砲音が響き渡り、直後に黒髪の少女の絶叫が木霊(こだま)する。

「なッ……!?」蓮太郎は自身の目で見た光景が信じられなかった。

 硝煙(しょうえん)棚引(たなび)かせる九ミリ拳銃を構えた傭兵は、淡白(たんぱく)な声色で告げる。「これは俺のケジメだ。第三次関東会戦で東京を守れなかった俺の――いや、俺達自衛隊の落とし前をつけなきゃならねえ」

 里緒の右脛(みぎすね)からは絶え間なく血が流れ出している。つい先ほどまで命の奪い合いに身を投じていたリカルドの九ミリ拳銃に装填(そうてん)されていたのは、ガストレア因子特効(とっこう)のバラニウム弾だ。適切な処置をしなければ、里緒の失血は(まぬが)れない。

 銃声を聞きつけたSATの二人が慌てた様子で駆け寄ってくる。その内の一人が、すぐに救急キットを取り出して里緒の(そば)(かが)み込んだ。

「里緒ちゃんは生きてくれ――」守るべき少女を躊躇(ちゅうちょ)なく狙い撃った男は、懇願(こんがん)するように言った。

 彼の目には塵芥(ちりあくた)ほどの殺意さえない。

 その瞳孔(どうこう)の奥に宿っていたのは、並々ならぬ覚悟そのものであった。

「俺は里津(りつ)ちゃんに頼まれた。『妹を守って欲しい』ってな。だから――どれだけ君に(うら)まれたとしても、俺には里緒ちゃんを()の当たる世界に帰す義務がある」

「待って……よッ、そんなの……あんまりだよ……!」苦痛に目許を(ゆが)ませながらも、少女の眼差(まなざ)しは自身が最も信頼を寄せる男へと注がれていた。

 愛する者をこの手で傷つけようとも、その命を(つな)()めていて欲しい――。かつて同じような方法で延珠(えんじゅ)を戦場から遠ざけようとした蓮太郎には、リカルドの抱える葛藤(かっとう)が痛いほどに理解できてしまっていた。

「――里見。お前にこいつを預ける」

 そう言って、傭兵は構えていた九ミリ拳銃を蓮太郎へ向かって投げ渡した。とっさに受け取った右腕の擬似神経(ぎじしんけい)が、未だ熱を持つ銃身の感触を確かに(とら)える。

「そいつは俺が自衛隊員として生きて戦った(あかし)だ」

「……やめろよ」蓮太郎は無意識に九ミリ拳銃を握り締めていた。「ふざけんじゃねえよッ。何でどいつもこいつもッ……そうやって勝手にいなくなろうとするんだよッ!? せっかく一緒に戦う仲間になれたのにッ!」

 千寿(せんじゅ)夏世(かよ)布施(ふせ)(みどり)薙沢(なぎさわ)彰麿(しょうま)紅露(こうろ)火垂(ほたる)。かつて背中を預け、共に戦い、命を散らして蓮太郎の前から去って行った仲間達――。

 何度も思った。もう二度と失いたくないと。その(たび)に両手は虚無(きょむ)(つか)み、言い表せぬ無力感に(さいな)まれた。

 目頭(めがしら)が熱を持つ。(たかぶ)る感情が形を(ともな)うようにして、一筋の涙が(こぼ)れた。

 そんな蓮太郎を見て、「ははっ、感無量(かんむりょう)だな」と藤沢リカルドは(おだ)やかに笑った。「どうやら俺の存在は、英雄にとって想像以上にデカかったらしい」

 かつて自衛隊員として東京エリアの守護(しゅご)(にな)っていた男は、背筋を伸ばして姿勢を正すと、真っ直ぐと蓮太郎を見据(みす)える。指先を伸ばした右手を頭の前で(かざ)し、敬礼(けいれい)の動作を作る。

里見(さとみ)蓮太郎(れんたろう)――最後にあんたと共に戦えて光栄(こうえい)だった。皆を……東京エリアを頼んだぜ」

「そんな……駄目だ! 藤沢さん!」蓮太郎は首が千切れんばかりに、かぶりを振って傭兵の言葉を否定しようとする。だが、直後に重厚な地響きが反響し、どうしようもない現実を叩きつけられる。

 スラックスのポケットに仕舞い込んでいた携帯電話が着信音を鳴らす。画面に視線を落とすと、発信者はティナだった。

 スピーカー部分を耳に当てると、ティナの上擦(うわず)った声が流れてくる。『お兄さん! 一刻も早くここから脱出を! 伊熊将監さんと天秤宮(リブラ)が交戦に入りましたッ!!』

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